第51話 傷跡と、その先
「知らない天井……じゃない。良く知ってる天井だ……」
ニコは目を覚ますと、第一声でそんな事を呟く。
「これって、あたしの部屋じゃん……と言ってもニコレットの部屋だけど」
ニコは自分がベッドの上に寝かされている事に気付く。
「いつの間に自宅に戻ったんだ? 舞踏会場で、アグネスと戦っていた筈なのに……」
そう呟いて体を起こそうとすると、左肩に激しい痛みが走る。
「痛ったっ!!」
自分の身体をよく見ると、上半身が包帯でグルグル巻きにされている。
しかも下半身には、おむつのような物まで履かされていた。
「(ぎゃあああ……これはちょっと恥ずかしいんですけど……)」
ニコは暫くベッドの上で身悶えする。
と、その時ベッドサイドの机の上に、銀嶺と手紙が置いてあるのが目に入った。
「銀嶺だ……誰かが届けてくれたのかな……良かった、無くならなくて……」
ニコは銀嶺をそっと指先で撫でる。
「この子には助けられたからなぁ……後でシドニアスの所に持って行かないと……」
ニコは銀嶺の下に置かれていた手紙を手に取る。
手紙には蝋封が為されていて、ニコはその紋章をじっと見つめる。
「これって……確かフロムの実家の紋章だよね……って事はフロムからの手紙かな?」
ニコは片手で難儀しながら蝋封を剥がして、中の手紙を取り出す。
「やっぱりフロムからだ……でも、手紙って……なんだろ?」
ニコは手紙に目を通すのだった。
◆
ニコ。この手紙を読んでいるって事は、意識が戻ったんだな。
おまえ、無理しすぎなんだよ。危なかったんだぞ?
みんな心配してるんだ。早く良くなれとは言わない。しっかり傷を治せよ。
まあ、目覚めたばかりで状況も良く分からないだろうから、あの後の事をわかる範囲で教えてやる。よく読むように。
まずは、ニコが一番気にしているだろう、王女殿下の話だ。
王女殿下は無事だぞ。
ただ、レオンハルト卿が凄く心配して、次の日には二人は帝国に向けて出発したぞ。
王女殿下も凄くニコの事を心配していたそうだ。
落ち着いたら手紙を書いて差し上げろ。
王都では十数件への放火と、数百人規模の反乱が発生していたそうだ。
でも、第一騎士団の活躍で、無事鎮圧できたそうだ。
ただ残念なのは、反乱を焚きつけた男は拘束できなかったようで、引き続き捜査が行われている。
貴族街でも騒ぎがあったんだが、こっちはヴァスケス班長の活躍で、敵の首謀者をつかまえた。さすが、ヴァスケス班長って感じだな。
舞踏会場の方は、何人かの先輩が負傷したが、こちらも無事鎮圧できた。
これは、ジェシカ班長と、あたしの活躍のおかげだ。
で、アグネスについて。
あの後、アグネスがどうなったかは分からない。
拘束されていないんだから、どこかに逃げおおせたんだろう。悪運強そうだったからな、あいつ。
そんな感じで、今は多少混乱しているが、段々と落ち着きを見せている。
だから、ニコ。ちゃんと身体を治せよ。
追伸
サマンサも、アグネスも、そしてニコもいない四人部屋は凄く寂しい。
こうして手紙を書いていると、入団した時の事が昨日のことのように思い出せる。
だから……早く戻ってこい。
フロム・ガーネット。
◆
ニコは手紙を読む。
何度も繰り返して、手紙を読む。
何故だか分からないが、涙が溢れてきて手紙を濡らす。
「……あたしも……みんなに会いたいよ……」
ニコがそう呟いたとき、部屋のドアがノックされる。
「はい」
ニコが返事をすると、ドアが開いて侍女のマリアがびっくりした表情でこっちを見ている。
「……マリア……どうしたの?」
「お、お嬢様……お目覚めになられたのですね……お嬢様」
そう言ってマリアが駆け寄ってきて、ニコを抱きしめる。
「マ、マリア。痛い……痛いってっ!!」
「あ、失礼しました……そうだ、御当主様にお知らせしなくてはっ!!」
マリアはそう言って部屋から飛び出していく。
ニコは右手で左の肩を撫でながら、もう一度手紙に目をやるのだった。
◆
暫くすると、部屋に父親と祖母のアンリエッタが入ってきた。
「目が覚めたのか……良かった」
父親がニコに声を掛ける。
「三日も目を覚まさなかったのよ……凄く心配したのよ」
そう言ってアンリエッタがニコの頭を撫でる。
「……ご心配をおかけしました……お父様、おばあさま」
ニコは小さく頭を下げる。
すると父親が少し困ったような表情を浮かべる。
「ニコレット……目を覚ましてすぐにこんな事を伝えたくはないんだが……」
「……?」
父親はニコの顔を見ながら口を開く。
「お前の背中の傷なんだが……懸命に治療したのだが、大きな傷跡が残ってしまった」
「……まあ、あれだけの怪我だから仕方ないですね」
ニコは傷の事を聞かされても、そんなものかと思う。
しかし父親は違うようだった。
「その傷では、嫁の貰い手もないだろう……どうだ、修道院に入るか?」
「はあっ?」
思わずニコの声から低い声が漏れる。
「い、いや。これはお前の事を思って言うのだ。騎士団に居れば、今後もこのような事が起きないとも限らん。であれば、修道院に行くか、その傷でもよいという貴族の妾になるしかないだろう」
父親の言葉は、この時代の貴族の一般常識でもあった。
しかし、背中に傷が出来ただけで修道院送りや、妾になるのはお断りだった。
それはアンリエッタも同じ考えのようで、父親を般若の形相で睨みつけている。
「何を言い出すんですっ!! まずは王女殿下をお守りして立派だったと褒めるべきではありませんかっ!!」
祖母の激しい叱責に、父親が体を震わせる。
「まったく、貴族の悪い所だけを身に着けてしまったようね……少し教育を間違えたようね」
アンリエッタは懐から扇を取り出すと、バシッと父親の手を叩く。
「貴方とは少しお話する必要がありそうね……」
そう言って顎で部屋の外へ出ろと伝える。
「ニコレット。また後で顔を出すわね」
「は、はい。おばあさま」
そして父親はアンリエッタに襟首を掴まれると、そのまま部屋の外に連れ出されて行った。
部屋の中に静寂が戻る。
ニコは先程の父親の言葉について考える。
「そうだよね……そう言う世界だよね……傷があったらまともな結婚も出来ない世界なんだ……」
「まあ、それならそれで……あたしにも考えがあるけどね」
ニコはそう言うと、再びベッドに横たわる。
「まずは身体を治さないとね」
そう言ってニコは目を瞑るのだった。




