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第50話 諦めの悪い少女

 

「国王陛下、御無事ですかっ!?」


 貴賓席にジェシカが駆け込んでくる。


「余は無事である……この騒ぎは何事かっ!?」


「はっ、市中を騒がす賊の一味と思われます……少数ですが、王城への侵入を許してしまいました」


 ジェシカの報告を聞き、国王陛下の顔色が変わる。


「近衛騎士団は何をしておるっ!?」


「はっ、目下のところ中庭が主戦場になっており、近衛騎士団が対応しております」


 そこまで言ってから、ジェシカは国王陛下に頭を下げる。


「陛下……このような状況です……王宮の奥への避難をお願いたします」


「な、何っ!? 余に、逃げ出せと申すかっ!?」


「はい……陛下の身に何かございましたら、取り返しがつきません」


「此処には諸外国からの賓客も来ておる……その衆目の前で賊を恐れて逃げ出せと申すかっ!!」


 国王陛下が顔を真っ赤にしてジェシカに怒鳴りつける。


 しかし、ジェシカも引かない。


「陛下……お怒りは御尤もでございます……されど、不敬を承知で申し上げます」


 ジェシカは顔を上げて国王陛下を見つめる。


「我々の代わりは幾らでもおりますが、国王陛下の代わりはいらっしゃいません。国王陛下には、この騒ぎの後を平定して頂く大切な役目がございます……」


「……」


「此処は何卒……避難を……お願いいたします」


 国王陛下がジェシカに何かを言いかけた時、横にいた王妃陛下がすっと国王陛下の腕を掴む。


「陛下……我が家臣の具申を聞き入れましょう……此処で意地を張るより、今後を考えるべきです」


 王妃陛下の言葉に、国王陛下の動きがとまる。


 王妃陛下は言葉を続ける。


「ヴァルキュリアの騎士よ……後は任せても良いのね」


「はい。命に代えましても……お約束いたします」


 王妃陛下はジェシカの言葉に満足そうに頷く。


「陛下……参りましょう」


「……し、しかし……」


 国王陛下がまだ躊躇している時に、フロムがフラウセリア王女を連れて貴賓席に駆け込んできた。


「王女殿下をお連れしましたっ!!」


「フラウセリアっ!!」


「お、お母さまっ!!」


 フラウセリアが王妃陛下に抱きしめられる。


「無事だったのね……良かった」


「ニコが……ニコが助けてくれたのです」


 其処にレオンハルトも現れる。


「フラウセリアッ」


「レオンハルト様っ」


 二人は手を取り合い、お互いの無事を喜ぶ。


 そしてジェシカが再び国王陛下に願い出る。


「国王陛下……ご決断を……」


 国王陛下は王妃陛下、そしてフラウセリアとレオンハルトの姿を見て決断する。


「わかった……我々は奥の院まで移動する……ヴァルキュリアの騎士よ、後は任せるぞ」


「「御意」」


 ジェシカとフロムが騎士の礼をとって、国王陛下一行を見送る。


 そして二人は、混乱している舞踏会場に振り返る。


「ニコを救いに行くぞっ」


「はいっ」


 ジェシカとフロムは細剣を抜刀すると、舞踏会場に向けて駆けだして行くのだった。


 ◆


 舞踏会場の中央では、ニコとアグネスが何度目かの鍔迫り合いを行っている所だった。


「しぶとい奴だなっ!!」


「そっちこそっ!!」


 二人の顔の真ん中で、アグネスの短剣と、ニコの銀嶺がギリギリと音を立てている。


「片腕も動かないくせに……諦めろっ!!」


「嫌だよっ……あたしは諦めが悪いんだっ!!」


 ガキンッ


 鍔迫り合いが終わり、二人の間に距離ができる。


「(左手の感覚が無い……ちょっと血が流れ過ぎたかな……)」


 ニコは逆手に銀嶺を構えながら、息を整える。


 対するアグネスも、最初の頃の様な余裕はなく、大きく肩で息をしている。


 周囲でも黒ずくめの男達とヴァルキュリアの騎士達が戦っている筈なのに、何故か自分達の呼吸の音しか聞こえない。


「(……ん……少しだけど……左手の指が動く……)」


 ニコは左手の指先を何度か動かす。


「(これなら……仕掛けて見る価値はありそうだね……)」


 ニコは不敵な笑みを浮かべる。


 その笑みが気に入らなかったのか、アグネスの眉間に皺が寄る。


「ふん……何をする気か知らないけど……無駄な足搔きさ……」


「やってみなきゃ……分かんないでしょ?」


「こいつ!!」


 アグネスが横薙ぎに短剣を振るってきた。


 ニコはその剣を迎え撃つように銀嶺をぶつける。


 ガキンッ


 アグネスの短剣の切っ先が逸れるのを見て、ニコは右手に持っていた銀嶺を左手に持ち換える。


「(頑張れ、あたしの左手っ!!)」


 アグネスの体勢が崩れてがら空きになった上半身目がけて、銀嶺を振り上げる。


「くっ!!」


 アグネスが体を逸らせるが、ほんの一瞬遅かった。


 銀嶺の切っ先がアグネスの左頬から眉の辺りまでを一気に切り裂いた。


 バッ


 アグネスの顔から血飛沫が飛ぶ。


「ぐああっ!!」


 アグネスは左手で顔を押さえる。


「アグネスッ」


 ニコは再び右手に銀嶺を持ち換えると、アグネスの首目がけて銀嶺を振り下ろす。


「お嬢様っ!!」


 突然の叫び声と共に、ニコの銀嶺が弾き飛ばされる。


 いつの間にか駆け寄ってきた黒ずくめの男が、アグネスを抱きかかえる。


「お嬢様……此処までです……撤退しましょう」


 アグネスは男に抱きかかえられたまま体を揺らして抵抗する。


「嫌だっ……此処まで……此処まで来たのにっ!!」


「お嬢様……失礼っ!!」


 黒ずくめの男はアグネスの鳩尾を殴りつける。


「ぐはっ」


 アグネスの身体が九の字に曲がり、全身の力が抜ける。


 男はニコを睨みつけると、アグネスの身体を肩に背負う。


 そして背中を向けて一目散に舞踏会場から駆けだして行く。


「……アグネス……」


 ニコはアグネスたちが立ち去った方向を見つめながら呆然と立ち竦む。


「(あれ……何だか……揺れている?)」


 不意にニコの視界が回り始める。


「(……何が何だか……わかんないや……)」


 次の瞬間、ニコはその場に崩れ落ちる。


「ニコッ、おいニコッ」


 其処にフロムとジェシカが駆け寄ってきて、床に倒れているニコを抱き起す。


「しっかりしろ、おい、ニコッ」


 フロムが何度もニコの身体を揺り動かすが、ニコはぐったりと意識を失うのだった。




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