第49話 銀嶺
王宮の舞踏会場は、完璧な笑顔で満たされていた。
その裏で、この国はすでに反乱に飲まれている。
巨大なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。
磨き上げられた大理石の床。
色鮮やかなドレスと軍装。
王家主催による、近隣各国の使節を招いての婚約披露舞踏会。
優雅な音楽が流れ、貴族たちが笑みを交わす。
だが、華やかな空気の裏側で、王都の各所で反乱が始まっていた。
その為、本来なら女性王族警護の要であるヴァルキュリア騎士団も、人員を分散せざるを得なかった。
この舞踏会場に残された護衛の数は僅か。
それでも舞踏会は続けられている。
国王は笑みを崩さない。
『……王家は乱に屈していない』
その姿勢を、各国へ示すために。
舞踏会場中央。
中性的な顔だちと長身が印象的な青年貴族とフラウセリア王女殿下が躍っている。
背筋は真っ直ぐに伸び、流れるようなステップで王女を導いている。
周囲の令嬢たちが熱っぽい視線を送っていた。
やがて曲の調べが静かになり、皆の踊りが終焉する。
男性は胸に右手を当て、左手を背中に回す。
女性はスカートを摘まみ、優雅に礼をする。
中央で踊っていた青年貴族と王女殿下も向かい合って優雅に頭を下げている。
◆
ニコはアグネス越しにフラウを見る。
アグネスの左手が、すっと上着を跳ね上げる。
そこに、あってはならないモノがあった。
「(短剣っ!!)」
ニコの全身の血が凍る。
左手だけで鞘から短剣が抜かれる。
周囲の人々はまだ曲の終わりの挨拶の最中で、誰もアグネスの抜いた短剣に気付かない。
アグネスは左手を高々と上げ、目の前に差し出された無防備な王女殿下の首を目がけ、一気に振り下ろそうとしている。
ニコは無意識のうちに足が動いていた。
叫ぶより先に、体が動く。
二人までの距離は2mも無い。
「(間に合えっ!!)」
床を蹴る。
ドレスの裾が翻る。
誰かが何かを叫んでいた。
だが聞こえない。
視界にはフラウしか映っていなかった。
ニコの伸ばした手が王女殿下に触れる。
凶刃はすぐそこまで近づいている。
「(あと一歩っ!!)」
左手がフラウセリアの肩を押す。
フラウセリアの体が弾かれ、床に倒れ込む。
しかし凶刃の動きは止まらない。
王女の首があった場所に、ニコが飛び込む。
次の瞬間。
左の肩口に異物が入り込む、不快な感触。
そして一瞬遅れて激痛が襲い掛かってきた。
「……っ!!」
最初、ニコの体は痛みを理解できなかった。
ただ、肩口が焼けるように熱い。
ニコの白いドレスの肩口が、真っ赤に染まる。
血飛沫が白布に散る。
遅れて、会場の空気が凍りついた。
ニコはそのまま王女殿下の上に覆いかぶさり、次の攻撃に備える。
「アグネスっ!! 止めてっ!!」
反射的に叫ぶ。
その瞬間だった。
アグネスの目が、大きく見開かれる。
驚愕。
躊躇。
ほんの一瞬。
その目が、ニコを見て揺れた。
「……」
だが次の瞬間。
会場の扉が爆発音と共に吹き飛んだ。
悲鳴。
怒号。
舞踏会の会場が、血と喧騒の混乱に満ちていった。
◆
「ニコッ!!」
儀礼用の細剣を持ったフロムが、ニコとフラウセリアの元に駆け付ける。
「アグネスっ!! てめえっ!!」
フロムが怒りの籠った目でアグネスを睨みつける。
「……フロム……」
フロムの後ろからニコの声が聞こえる。
「フロム……アグネスはあたしが相手をする……フロムはフラウを……お願い」
ニコが左肩を押さえながらゆっくり立ち上がる。
「ばかっ、そんな怪我をしてて何をっ」
「だからだよ……この怪我じゃフラウを守り切れない……だからフロム。フラウをお願い……」
「ニコ……」
フロムは床に座り込んでいるフラウセリアを見る。
「……わかった……王女殿下は任せろ……」
「ありがと、フロム」
ニコはアグネスから視線を逸らさずに答える。
フロムとニコの立ち位置が入れ替わる。
「さあ、王女殿下……こちらへ」
「え、でも……ニコが……え……血がっ」
フラウセリアが混乱している。
「そうです。ニコが決死の思いで殿下をお救いしたのです……さあ、行きましょう」
フロムがフラウセリアの手を取って貴賓席の方へ移動する。
その状況をじっと見ていたアグネスが、目の前のニコに話し掛ける。
「そんな身体で、何が出来るって言うんだい?」
アグネスが挑発的な笑みを浮かべる。
「アグネスを止める……それ以上でもそれ以下でもないよ」
ニコはアグネスを見つめる。
「ただ、前にも言ったけど……あたしの大切な人達に手を出すなら……戦うって言ったよね」
ニコは右手を腰の後ろに回す。
其処には護身用に隠し持っていた懐剣、『銀嶺』がある。
ニコは銀嶺を掴むと、その鞘を口に咥える。
アグネスを見据えたまま、ゆっくりと銀嶺を引き抜いていく。
銀嶺の刃が、シャンデリアの光を反射させ白く光る。
ニコは咥えていた鞘を吐き捨てる。
アグネスの目が細められる。
「ふん……そんな短い剣で何が出来るのさ……左手も動かないくせに」
ニコの左肩は真っ赤に染まり、今はその腕を上げる事も出来ない。
しかしニコは一歩も引かない。
「そんなに手負いのあたしが怖い? アグネスは昔から、不安があると挑発的になるよね」
「……なに?」
「あと、図星を刺されると、すぐに顔に出る……入団してからずっと一緒に居たんだよ……アグネスの癖ぐらい、お見通しだよ」
「くっ」
アグネスが短剣を右手に持ち換えると、横薙ぎに振るってきた。
「ちっ」
ニコは一歩下がり、切っ先を避ける。
「キミがあたしに敵うとでも思っているのかいっ!?」
「やってみなきゃ、わかんないでしょっ!!」
ニコは銀嶺を空中に放ると、半回転させて逆手に持ち換える。
「来なよ……あたしの大切な人達に手を出したことを後悔させてやる」
「ぬかせっ!!」
アグネスの短剣がニコの首筋に迫る。
ニコが銀嶺で受け止める。
ギリギリと刃同士が擦れる音が響く。




