第48話 王家の至宝
「(フランツ侯爵に嫡男がいらっしゃる事は知っていたけど……こんな方だったかしら)」
フラウセリアは少しだけ違和感を抱きながらもリヒターと名乗る青年貴族のリードに合わせる。
まるで女性と踊っているかのような優しいリードに、フラウセリアは少しずつこの青年とのダンスを楽しみ始める。
「(レオンハルト様の男性的なリードも素敵だけど……女性の気持ちが分かっているようなリードも素敵……)」
アグネスとフラウセリアは、時に近づき、時に離れながらダンスを踊る。
中性的な顔立ちと、細身で長身の青年の姿に、周囲の女性達も思わずため息を漏らす。
いつの間にか、アグネスとフラウセリアの踊る姿は、会場の人々の注目の的になっていた。
「(とうとうこの時を得る事が出来た……)」
アグネスはフラウセリアの細い手を取りながら思う。
「(重いものなど持ったことの無い手……ましてや剣など握った事無い……繊細な手)」
アグネスの脳裏に今までの自分の経験が走馬灯のように浮かんでくる。
「(……我々の不幸など知らずに……のうのうと生きてきた王女……)」
「(そのか細い首に手を伸ばせる距離に……わたしはいる)」
アグネスは踊りながら、その時を待つ。
「(この婚約披露舞踏会という舞台で……最高のタイミングで、王家の至宝を手折ってやる)」
アグネスの笑みが深くなり、音楽はクライマックスへ近づいて行く。
◆
「(まずいだろっ!? 何で誰もガードしてないんだっ!?)」
フロムは慌てて二人に近づこうとする。
しかし、二人の踊りを見ようとする貴族たちが、幾重にも重なって進路を塞ぐ。
「(人が多すぎて、近づけないっ!!)」
それでもフロムは貴族たちを押しのけて、フラウセリアの元に近づこうとする。
「通らせてくれっ!!」
フロムの必死な表情と態度に、貴族たちが怪訝そうな視線を向ける。
「ヤバいんだってっ!! あの二人を躍らせるなっ!!」
しかしフロムの声は、音楽とざわめきで消されてしまう。
「ジェシカ班長や先輩たちは……?」
フロムが周囲を確認するが、フラウセリアとアグネスの周囲にヴァルキュリアの騎士達の姿が見えない。
「(アグネスは絶対に何かを仕掛けてくるっ!! たった数メートル先なのに……何でこんなに遠いんだっ!!)」
その時視界の片隅に、ニコの姿を捉える。
配膳のテーブルの近くで、ホールの中央を見つめている。
「(ニコッ……気づいてくれっ!! 王女殿下がヤバいんだっ!!)」
◆
中庭での死闘は、最初は押されていた近衛騎士団が、今は数の優位性で押し返していた。
「こ、これ以上は……くっ」
黒ずくめの男達も半数近くが戦闘不能になっていた。
リーダー格の男が共に行動していた二人に指示を出す。
「お前らだけでも会場に向かえ……近衛騎士団は我々で抑えておく」
「し、しかし……」
「このままでは我々の方がジリ貧だ……せめてお前達だけでも、王家に一矢報いてくれ」
「くっ……」
リーダー格の男が騎士の剣戟を捌きながら二人に叫ぶ。
「ゆけっ!! お前たちに任せるっ!!」
「「……はっ!!」」
二人の男が、戦列を離れ、一気に王宮に向かって走り出す。
騎士達もそれに気づき、阻止しようと動き出すが、その間に黒ずくめの男達が立ち塞がる。
「お前達は、此処で我々の相手をしてもらう……あいつらを追わせる訳にはいかんのだっ!!」
「どけっ!! ええい、こいつらを倒すぞ」
近衛騎士団と黒ずくめの男達の最後の戦闘が再開された。
◆
ニコはホールの中央に視線をくぎ付けにされていた。
「なんで……アグネスが……フラウと?」
状況が理解できずに、自問自答を繰り返す。
ニコの足は少しずつホールの中央に向かって歩き始める。
二人に近づいて行くに従い、二人が一緒にいる危険性を理解する。
「(もしアグネスが……王家に何かしようとしたら……王家が最も大切にするものに手を掛けられる場所に居るとしたら……)」
ニコの心臓の鼓動が大きくなる。
「(アグネスは……何を狙う? そんなの決まっているじゃない……)」
ニコの歩みが少しずつ早足になっていく。
二人を取り囲む貴族たちを押しのけて、ニコが懸命に近づいて行く。
「(駄目だ……アグネス……駄目だよっ!!)」
ニコの目には踊る二人しか映っていなかった。




