第45話 守る者なき王城
王城の北門。
普段からあまり出入りの無い門で、婚約披露舞踏会が行われているにも関わらず、この門を利用するものは少ない。
「こんな日だってのに、門番仕事かよ……今日が非番の奴が羨ましいぜ」
「愚痴るなよ……俺まで悲しくなるだろう?」
「違いねえ……」
二人の衛士が顔を見合わせて笑い合う。
そろそろ夜の帳が降りてきて、見通しが利かなくなて来た。
そんな時だった。
暗がりの向こうから、大人数の足音が聞こえてきた。
二人の衛士に緊張が走る。
「な、何者だっ!! 止まれっ!!」
「止まれっ!! 此処から先は王城であるぞっ!!」
二人の衛士は、前方の暗がりに向けて槍を突き出す。
シュンッ、シュンッ
二本の矢が暗がりから飛び出してきて、衛士の一人に胸に突き刺さる。
「ぐああああっ!!」
「お、おいっ!?」
倒れ込む仲間に駆け寄ろうとした所に、再び矢が襲い掛かる。
ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ
もう一人の衛士の胴体に矢が突き刺さる。
「うがああっ!!」
衛士が倒れ込むと、暗がりから十数人の黒ずくめの男達が姿を現す。
そして倒れている衛士達を物陰に引きずっていく。
衛士から制服や装備品をはぎ取ると、男達のうちの二人が素早くそれを身に着ける。
「お前たちは此処で見張りだ……ヤバくなったら逃げろ……いいな」
リーダー格の男がそう言うと、衛士になり替わった二人が大きく頷く。
「お気をつけて……何かあれば笛を鳴らします」
「お前たちもな……」
そして黒ずくめの男達は王城の中へと姿を消していく。
其処へヴァルキュリア騎士団の騎士達が北門へとやってくる。
偽の衛士が槍を構え、暗がりから現れた騎士達に誰何する。
「此処は王城であるぞっ!! 貴殿たちは何者かっ!?」
彼女たちは騎乗したまま、名乗りを上げる。
「我々はヴァルキュリア騎士団小隊長、クアトロであるっ!!」
「ヴァルキュリア……な、何故ヴァルキュリア騎士団がこのような場所へっ!?」
「王城の北門の警備が手薄であり、非常に危険であると判断した……以後、我々もこの場所の警護にあたるっ!!」
クアトロがそう言うと、衛士達に困惑の表情が浮かぶ。
「そ、そのような事は要請しておらん……お引き取りを願おう」
衛士がそう答えるが、クアトロはそんな衛士達を睨みつける。
「これはお前たちのような、一衛士の判断するものではない……我々は上の判断で此処に来ている……」
そこまで言った時、クアトロの視界に血痕が目に入る。
それは衛士達の後ろから、物陰に向かって引きずられたような跡であった。
「おい……その血痕は何だ? 此処で何かあったか?」
クアトロが衛士達に質問する。
「……」
衛士達は何も答えずに、ただ槍を構えているだけだ。
「……なぜ何も答えぬ……お前たち、名前は? 所属は何処だ?」
矢継ぎ早にクアトロが質問すると、偽衛士の一人が懐から笛を取り出す。
そして大きく息を吸ってから、笛を鳴らし始める。
ピイイイイイイッ!!
甲高い笛の音が当たりに響く。
そしてもう一人の衛士が、構えていた槍をクアトロに突き出した。
「ええいっ!!」
「くっ!!」
クアトロは素早く剣を抜いて槍を振り払う。
「全員、戦闘開始っ!!」
「「「「「おおっ」」」」
騎乗していた騎士達が一斉に馬を降り、腰の剣を引き抜く。
騎士達が一斉に偽衛士に斬りかかる。
笛を吹いた偽衛士が、王城の方へ向かって叫ぶ。
「ヴァルキュリアが来たぞっ!! お急ぎくださいっ!!」
「貴様っ!!」
クアトロが背後から袈裟懸けに偽衛士を斬り捨てる。
「ぎゃあああっ!!」
斬られた偽衛士が石畳の上に倒れ込む。
もう一人の偽衛士も、討ち取られたようだ。
そして、周囲を探索していた騎士が叫ぶ。
「小隊長、これをっ!!」
「なんだっ」
クアトロが声のするところへ駆け込むと、そこには二人の男性が衣服や装備を脱がされた状態で横たわっていた。
「やはり、入れ替わっていたのか……という事は、さっきの笛の音は……くそっ」
クアトロは思わず歯噛みする。
「王城の警備は近衛騎士団か……奴らは何をしているのだっ!?」
「小隊長……伝令を立てましょう」
「そうだな……一人はアレクシア団長の元へ、もう一人は近衛騎士団の本部へ行ってくれ……『北門から敵が侵入した』とな」
「「はっ」」
二人の騎士が自分の馬の元へと走って行く。
「残りの者は周囲を警戒せよっ!!」
クアトロの指示に騎士達が散開する。
騎士の一人がクアトロに質問する。
「我々は追いかけなくて良いのですかっ?」
「……先ほども言ったろう……王城の警護は近衛騎士団の管轄下なのだ……我々は王城内での行動は許可されていない」
「そ、そんな……敵が侵入しているのですよっ!?」
「だからこそ、伝令を飛ばした……我々にできる事は、これ以上の敵の侵入を防ぐことだ」
「……くっ」
質問した騎士は悔しそうに唇を噛む。
そしてクアトロもまた、悔し気に奥歯を噛みしめるのだった。
◆
王城内にも、街の中で起きた反乱、暴動、そして火災の報告が次々と上がってきていた。
しかし、近衛騎士団団長ゲルファルト・ドースンは、近衛騎士団を動かす事は無かった。
「我々の任務は王城、そして王家の方々をお守りする事が使命である……国王陛下よりの勅命ならいざ知らず、我々が市井の警護に出向く訳にはいかぬ」
ゲルファルトはそう言って、第一騎士団やヴァルキュリア騎士団の要請を断っていた。
「まったく……自分たちの手が回らぬからと言って、我々を頼るなど……第一騎士団やヴァルキュリア騎士団には矜持が無いのか?」
伝令が到着する度に、ゲルファルトはそう言って伝令を下がらせていた。
「まったく……無能な輩どもめ……己の任務も全う出来ぬというのか」
ゲルファルトはそう言って、机の上のグラスのワインを飲み干す。
其処に新たな伝令が到着する。
「お伝えしますっ!!」
駆け込んできたのは、クアトロに命じられたヴァルキュリア騎士団の伝令だった。
「今度は何事だっ!! 市井の事は自分たちで対処せよっ!!」
「違いますっ!! 北門より賊が侵入しました……王宮に向かっているものと推測しますっ!!」
「な、何だとっ!?」
ゲルファルトは持っていたグラスを落とす。
「警備が手薄だった北門が狙われました……我々が到着した時は既に衛士が入れ替わっており、城内に侵入した賊の数は不明です」
「くっ、ふざけるなっ!! そのような事が……信じられるかっ!?」
「……閣下……事実でございます……至急、対応をお願いいたします」
「分かっておるっ!! 誰か、誰かおらぬかっ!!」
ゲルファルトが大声で部下を呼ぶ。
廊下の向こう側からノロノロと二人の騎士が現れる。
「王城内に賊が侵入したっ!! 至急対処せよっ!!」
ゲルファルトが指示するが、二人の動きは鈍い。
「何をしておるっ!! さっさと行かぬかっ!!」
すると二人の騎士は顔を見合わせてからゲルファルトに尋ねる。
「どこに向かえばよろしいのですか?」
その問いかけに、ゲルファルトはおろか、伝令の騎士も顔色を無くすのだった。




