第43話 舞踏会に潜む影
貴族街、アンダーウォーター男爵の館。
燃えさかる炎によって室内が真っ赤に照らし出されている。
黒煙が室内に充満し始め、炎による熱気と相まって地獄の様な様子を見せている。
その地獄の様な光景の中、グランツが鬼神のごとく仁王立ちして、床に倒れているアンダーウォーターを睨みつけている。
アンダーウォーターの顔は青黒く腫れていて、激しい打擲の跡が伺えた。
グランツは半ば意識のないアンダーウォーターに吐き捨てるように言い放つ。
「それでは……我が主君は……貴様のゴミの様なプライドと、わずかばかりの金子の為に犠牲になったというのか……」
「……ううう……」
グランツはアンダーウォーターが何故、主君を陥れたのかを聞きだした。
しかし、その答えは予想していたにも拘らず、本人の口から聞かされると、怒りで体中が破裂しそうだった。
「この外道がっ!!」
グランツは足でアンダーウォーターの頭を踏みつける。
「我が主君が……どれ程無念の思いを抱いて……このっ、腐れ外道がっ!!」
ガツッ、ガツッとアンダーウォーターの頭を踏みつける。
その度に、アンダーウォーターの口からうめき声とも悲鳴ともつかない声が零れる。
夫が打擲される姿を見ていた妻は、既に意識を失っている。
グランツが怒りに任せてもう一度、アンダーウォーターの頭を踏みつけようとした時だった。
「おっさん……その辺にしときな……騎士が怒りに任せて暴力を振るうなんて、最低だぜ?」
その声にグランツが振り向く。
其処には、冒険者の様ないでたちをしているヴァスケスの姿があった。
「ああ……『元騎士』だから仕方ないか……盗賊モドキだもんな……おっさん」
ヴァスケスが心底軽蔑したような表情でグランツに話し掛ける。
「……貴様……」
「三度目だよな、おっさん。そろそろ決着をつけようぜ」
そう言ってヴァスケスは鞘から剣を引き抜く。
「ふん……前回、痛い目に会った事を忘れたのか……アバズレ」
「忘れるわきゃねえだろ……未だにあばらが痛むぜ……だから、きっちり仕返ししねえとな」
その言葉にグランツも鞘から剣を引き抜く。
「返り討ちにしてやるわ……」
グランツが一気に間合いを詰め、上段から剣を振り下ろす。
ヴァスケスが横に飛びのき、遠心力を使って横薙ぎに剣を振るう。
「ちいっ、こざかしい」
ガキンッ
振り下ろした剣を、下から斬り上げるようにして、ヴァスケスの剣を打ち払う。
「相変わらず、馬鹿力だな、おっさん」
弾かれた剣をとっさに逆手に持ち換え、肩から刺突していく。
剣先がグランツの鎧に激突する。
鎧を突き抜く事は出来なかったが、グランツの体勢が大きく揺らぐ。
ヴァスケスは再び剣の握りを変えると、何度も何度もグランツの身体に剣を打ち下ろす。
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ
防戦一方になるグランツ。
「く、調子に乗るなっ!! 小娘っ!!」
グランツが叫びながら横薙ぎにヴァスケスの剣を跳ね返す。
「何度やっても無駄だっ!!」
「無駄かどうか、やってみなきゃわかんねえだろっ!!」
再びグランツの重い一撃がヴァスケスに襲い掛かる。
「(くそっ……おっさん、年のわりにいい動きしてんじゃねえか……打ち合っていたらこっちが持たねえな)」
ヴァスケスは何度か斬り合った後、大きく後ろに飛びのく。
二人が互いの間合いの外で睨みあう。
既に室内には、逃れる事が出来ないほどに火が回っている。
熱気と煙の充満する室内で、ヴァスケスとグランツの戦いはまだ続くのだった。
◆
王宮の舞踏会場。
沢山の貴族が見守る中、フラウセリアとレオンハルトの二人だけがホールの中央で見事なダンスを披露している。
レオンハルトのリードでフラウセリアがクルリと回ると、会場の彼方此方から悲鳴のようなため息が漏れる。
ニコもそんな二人の踊りに視線を奪われていた。
「フラウ……凄く綺麗……レオンハルト様もちゃんとフラウのリードをしているし……はう……」
そんな中、数人の貴族の青年達が壁の隅から、ホールの中へと足を進める。
どうやらフラウセリアと踊る権利を獲得しようとしているらしい。
「(確かに、フラウセリアと踊る事が出来たら、一生の思い出になるだろうな……って、ダメじゃん。あんなに近づけさせちゃ)」
どうやらニコ以外にも、彼らの魂胆を見抜いた先輩騎士達が、やんわりとその進路を塞いでいる。
「(おお、流石先輩たち……流れるように自然な動きだ……)」
ニコは思わず、先輩騎士達の動きを観察する。
その時だった。
一人の青年貴族が、敢えてフラウセリアの方には進まず、騎士達が手薄な方向へと移動している事に気付いた。
「(あれ……動きは自然なんだけど……凄く違和感を感じる……)」
ニコは自分の持ち場を離れて、その青年の姿を追いかけ始める。
貴賓席の近くで警護をしていたフロムもニコの動きに気付く。
「(あいつ……持ち場を離れて何をしてやがんだ……)」
そう呟いてフロムがニコに近づいていく。
そいてフロムもニコが追う貴族の青年の姿を確認する。
「(ん……ニコのやつ、あの青年を追いかけてんのか……)」
フロムは少し早足にしてニコに追いつく。
「ニコッ……何、持ち場を離れてんだよ?」
「フロム!? ちょ、ちょっと気になる人がいて」
「あの貴族だろ……確かに妙な身のこなしだよな……全然人にぶつからねえし……」
「そうなの……何だか、あの青年から目を離しちゃいけない気がして……」
「わかった……アイツはあたしが追いかける……ニコは持ち場に戻れ」
「う、うん。ありがと、フロム」
ニコとフロムは軽く拳をぶつけ合う。
「ニコはジェシカ班長に連絡しておいてくれ……じゃあな」
「う、うん、フロムも気を付けて」
そして二人は別々の方向に進んで行くのだった。




