第9話 愚望誉望祈試廃宮 3
「ねぇ、これってファズオラの迷宮?」
ウェンディは岩肌にぽっかりと開いた洞窟を覗き込みながら問いかける。
つい先程まで何もなかった岩壁だ。
それが大地の震動と共に裂け、まるで最初からそこに存在していたかのように洞窟が姿を現したのである。
「いや……どうでしょう」
周囲を調べていたスレインが静かに答えた。
「ファズオラの迷宮に新たな入り口が現れたのか……それとも全く別の迷宮なのか……」
そう言って岩肌へ手を添える。
「一つだけ言える事があります。 突如この入り口が開いた事には、何か……"意思"のようなものを感じますね」
「意思? な、何の意思なんですか? 神様とか?」
落ち着きなく辺りを見回していたワースが尋ねる。
「そうですね……強いて言えば」
スレインは入口脇の壁を指差した。
「迷宮の意思、とでも言いましょうか。ここをご覧なさい」
「んー? 先生、何ですかこれ?」
「古代語? ……いや、少し違うのか?」
壁一面に刻まれた文字を見てウェンディは首を傾げる。
魔術師であり古代文明にも造詣の深いワースも目を細めて解読を試みるが、小さく首を振った。
「古代文字に似ているみたいですが……駄目です。 読めません」
「これは一般に知られている古代マイロ文字よりも、更に古い神話時代の文字――聖刻文字です」
「神話時代の聖刻文字!? 先生読めるんですか?」
「ええ、少しだけなら。昔、考古学に夢中になっていた時期がありましてね」
そう言ってスレインは指先で文字をなぞる。
「汝……試練を越えし時……願い……叶う……」
途中で小さく眉を寄せた。
「願い……いや、欲とも読めますね。願望、あるいは欲望でしょうか。 愚かな望…….……祈り……試す、廃宮? 迷宮の名前でしょうか?」
「試練を越えたら願いが叶う……?」
ワースの目が一気に輝く。
「本当に神代の迷宮なんですか!? だったら、とんでもないお宝が眠ってるかもしれませんよ!」
「えー、願いが叶うかぁ」
ウェンディは腕を組んで考え込む。
「みんなで楽しくバーベキュー?……とか?」
「はぁ? アホか?」
即座にワースが呆れた声を上げた。
「神話時代の迷宮なんて確認されてるのは2.3個しかないんだぜ!? それが今、新たに発見されたんだぜ! もっといい願いがあるだろ!」
「えー? いい願いってたとえば?」
「えっ? えーっと、す、凄い財宝とか凄いアーティファクトとか……凄い魔法の武具……とか? とりあえずみんなでバーベキューなんていつでも出来る願いじゃねーだろ!」
「……凄いバーベキューは?」
二人がまた口喧嘩を始めると、スレインは苦笑を浮かべる。
「……私としては、一度ファズオラへ戻り、冒険者ギルドへ報告してから調査した方が良いと思います」
「いやいやいやいや!」
ワースは勢いよく首を振る。
「今すぐ入るべきですよ! これ絶対、迷宮が俺達を呼んでるんです!」
「呼んでいる……ですか」
「そう、きっと呼んでいる! 多分、今を逃したら入口が閉じちゃうかもしれません!」
スレインは腕を組み、小さく息を吐いた。
確かにその可能性は否定できない。
もし神代の迷宮なら、次にいつ現れるか分からない。
「ふぅ。 きっと、とか多分が多いですが、ワースの希望ではないですか? ……ウェンディ」
「はい?」
「貴女はどう思いますか?」
突然話を振られたウェンディは「あー」と頭を掻いた。
「うーん……」
少しだけ考えてから笑う。
「わかんないです、とりあえず入ってみたらいいんじゃないですか?」
「ほら!」
ワースが勝ち誇る。
「危なかったら逃げればいいですし!」
あまりにもウェンディらしい答えに、スレインは思わず苦笑した。
「……全く、あなた達は」
結局、スレイン自身もこの未知の迷宮への好奇心を抑え切れなかった。
「わかりました」
スレインは静かに洞窟へ向き直る。
「危険だと判断したら即座に撤退します。決して私から離れないこと。いいですね?」
「はい!」
「了解!」
三人は顔を見合わせ、小さく頷き合う。
そして未知なる迷宮――
《愚望誉望祈試廃宮》
その内部へと足を踏み入れていく。
◇ ◇ ◇
一歩、足を踏み入れた瞬間だった。
薄い膜を突き破るような感覚と共に景色が一変する。
「えっ?」
辺りを見渡したウェンディは目を見開いた。
入口が消えている──
いや、正確には入ってきた洞窟の入り口は木製の大きな両開きの扉に姿を変えており、周りの風景も岩肌の洞窟ではなく広い貴族の館、そのエントランスホールに見える。 ただ、豪華なシャンデリアは垂れ下がり、壁は朽ち中央の大きな階段は崩れて二階へは繋がっていない。 煌びやかだった過去を思わせる廃墟となっていた。
「閉じ込められた……?」
「落ち着きなさい」
スレインは慌てる様子もなく壁へ手を当てる。
「恐らく、外の入口と迷宮内部は物理的には繋がっていないのでしょう。試しにあの扉を開けば、元の入口へ戻れるはずです」
その落ち着いた声だけで、不思議と二人の緊張が和らぐ。
先生がいるなら大丈夫。
2人にそう思わせるだけの安心感が、スレインにはあった。
館の内部は完全に廃墟と化したものだった。
砕けた石柱。
倒壊した壁。
首のない彫像。
壁には風化してモチーフの分からない絵画がかけられている。
ただの貴族の館としては段違いに豪奢だった名残がある。 まるで長い年月忘れ去られていた王族の離宮の様だった。
「だから……廃宮なのかな」
ウェンディがぽつりと呟く。
「恐らく」
スレインが頷く。
「迷宮というより、離宮跡なのでしょう」
その時だった。
壁から青白い霧が滲み出す。
「来ます」
スレインが短く告げる。
次々と姿を現したのは、半透明の亡霊達だった。
「レイス……ホーント!」
廃墟、廃屋、霊園などに出没する低級の霊体系モンスター達を見据えてワースが杖を構える。
「いっくよー!」
ウェンディが迷いなく飛び出した。
一閃、レイスが真っ二つになり霧散する。
通常ならば物理無効の霊体系モンスターだがウェンディは魔法は行使出来ないが、高レベルの光の加護を受けている為、通常攻撃が常に聖属性を帯びている。
「右です!」
「はい!」
スレインの声に反応し、振り向きざまに二体目を斬る。
背後から迫るホーントへは、ワースの魔法が飛んだ。
「魔力矢!」
魔力を束ねた魔法の矢が亡霊を撃ち抜く。
「ありがと!」
「礼より前見ろ!」
「えへへ!」
軽口を叩きながらも2人の連携は見事であり、スレインが手を貸す必要も無さそうだった。
ほどなくして最後の一体が消滅する……だが、その霊は光となって消えることなく、黒い靄となって壁へ吸い込まれていった。
「先生……」
「妙ですね」
スレインが霊が吸い込まれていった壁を見つめる。
「これは……聖刻文字による魔法陣? 魔力を迷宮が回収している……?」
嫌な予感がした、その瞬間、壁の魔法陣が光を発して部屋全体へと蒼白い光が奔る。
「しまっ──!」
壁から床一面へと魔法陣が広がる。
白い閃光。
三人の姿は、一瞬でその場から消え失せた。
◇ ◇ ◇
「うぅ……」
激しい発光に目を眩ませていたウェンディがゆっくりと起き上がる。 いつの間にか倒れていたようだ。
「先生?」
辺りを見渡し声を掛けても返事はかえってこない。
「ワース?」
静まり返った石造りの部屋。
その奥で、無数の赤い瞳が一斉に開いた。
「…………え?」
先程まで戦っていたレイスやホーントに加えて高位霊のスペクターまでもまざっている。
数十体もの霊達が、ゆっくりとウェンディへ狙いを定め迫ってくる……
「う、うそでしょぉぉお!?」
慌てて腰に佩いた剣を抜く。
「やるしかない!」
以前スレインに貰った業物であるロングソード、その刀身をひと撫でしてウェンディは亡霊の群れへ飛び込んだ──




