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最凶迷宮ラビリントス〜待ってても誰も来ないので迷宮自ら迎えに行きます〜  作者: いおなずん


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第10話 愚望誉望祈試廃宮 4



「う、うそでしょぉぉぉっ!?」


 ウェンディの悲鳴が響く、その石造りの部屋には、多くの亡霊がひしめいていた。


 先程も戦ったレイス、ホーントの群れ……そして、その後方には一回り大きな霊体――スペクターまで浮かんでいる。


 数は二十……いや三十はいるだろう。

 ぞわり、と冷気が肌を這った。


「先生もワースもいないし……」


 ウェンディは唇を噛み覚悟を決める。


 逃げ道はない、これがトラップとしてのモンスターハウスならば敵を全滅させなければ出口は現れない。 冒険者としては死を覚悟する凶悪なトラップの一つだ。


「やるしかない!」


 ロングソードを抜くと銀色の刀身が淡く光を帯びた。

 光の加護──霊体へ絶大な効果を発揮するウェンディだけの力だ。 これがあるからウェンディはアンデットや霊体系モンスター相手ならば絶望する事が無い。


「やぁぁぁぁっ!」


 一気に踏み込み剣を振るう。


 先頭のレイスが霧散する。


 返す刃でもう一体。


 三体目……

 四体目……


「まだまだぁ!」


 だが――左右から幼児霊であるホーントが迫る。


「っ!」


 身体を捻って避けるが、その隙をスペクターが狙う。 冷たい腕が肩を掠める──


「ひゃっ!」


 身体から力が抜ける。


(まずい……。)


 霊体の攻撃。 それは生者が受ければ生命力を奪う呪いだ。 何度も受ければ身体が麻痺してしまい、動けなくなるとそのまま全ての生命力を奪われて死に至る。 霊体がその死体に憑依すれば【動く死体(リビングデッド)】の完成だ。


「だったらぁ!」


 ウェンディは逆に敵の群れへ飛び込んだ。

 止まれば囲まれる……ならば動き続ける。 

 剣を振るうたび、暗い部屋に銀閃が光を帯び弧を描く──さながら剣舞の様に止まる事無く剣が舞う。


 一体。

 二体。

 三体。

 次々と霊が消えていく。

 

 気がつけば──


「はぁはぁはぁ……明かりが付いた?」


 最後の一体らしきレイスが消滅すると、うっすらと部屋に明かりが灯る。 どうやら壁に掛けてあるランタンに火が灯ったようだ。


「終わった?」


 そう思った瞬間だった。

 奥の壁が静かに開く。 その先に一人の男の姿が見えた。


「ウェンディ」


「先生!」


 ウェンディはスレインへと思わず駆け寄る。


「先生も無事だったんですね!」


「ええ、ウェンディもよく頑張りましたね」


 いつもの穏やかな笑みを浮かべスレインがウェンディの頭を撫でる。


「先生、ワースは?」


「……まだ出てきていません」


 スレインは奥の壁を見つめた。


「でも、ワースなら大丈夫だよね!」


 ウェンディはワースの無事を微塵も疑っていなかったが、どうやらスレインは違うようで…… 険しい表情を崩さない。


「先生?」


「ウェンディ、こちらへ来なさい」


 促されるまま廊下を進み奥の扉へと入って行く。

 そこは社交場だったのだろうか、広く豪華な広間があった。 

 いくつものアーチを描いた大きな窓が並んでいるが、外は真っ暗に塗りつぶされていて窺い知ることは出来なかった。


 奥の一段高くなったステージに豪華な宝箱が一つ。

 その周囲だけが、不自然なほど美しく保たれている。


「これ……」


「待っている間に解読しておきました」


 スレインが宝箱に記された文字を指で指し示しながら静かに言う。


「試練を越えし者の願いを叶える……」


 ウェンディは目を輝かせる。


「やった! じゃあ早速開けましょう! あっワースを待ちますか? 先に開けるとうるさそうですもんねー!」


「ウェンディ、続きがあるのです」


 スレインの表情が曇る。


「代償があります」


「代償?」


「宝を持ち帰れるのは一人だけ」


 スレインの言葉をウェンディが飲み込むまでに一瞬の静寂が包む。


「宝箱を開け宝物を手にした瞬間、この迷宮は崩壊するようです」


「え?」


「しかし、宝物を手にした者は迷宮外へとワープするようです……つまり、生きて外へ出られるのは……宝を持った者だけです」


 ウェンディは固まった。


「えっと……じゃあ、宝箱は諦めるとして……他に出口を探さないと!」


「……置いていきなさい」


「……何を」


「時間がかかり過ぎている……ワースは恐らくもう……」


 スレインは優しく微笑む。


「ウェンディ、今代の勇者としての貴女に託します。 おそらくこの宝箱に入っている武器は魔王を倒す為に必要でしょう。 私は……平和な未来を掴めるなら、それで十分です」


「何を……」


「この宝箱の中には神話時代のアーティファクト、銀装アーゲントュームが入っているそうです」


 宝箱が淡く光り、蓋の隙間から神々しい輝きが漏れる。

 ウェンディの心臓が高鳴る。 

 魔王を倒せば一時ながらも世界が平和になる……今代の勇者として神託を受けたウェンディはその義務がある。


 ウェンディはゆっくり歩き出す。


 一歩……二歩……三歩


 宝箱の前で立ち止まる。


「……何を」


 ぽつりと呟く。


「さっきから何を言ってるの?」


 スレインへと向き直る。


「先生は、そんなこと言わない」


「……どうしました?」


「ワースは絶対生きてます」


「……」


「それに……」


 ウェンディは瞳に涙を湛え笑みを作る。


「先生なら三人で帰る方法を考えるもん! だって先生、いつも言ってるもん! 最後まで諦めずに考えろって! それでも迷った時は! 目的を簡潔に、シンプルに考えろって!」


「貴女の目的は魔王を倒す事、シンプルに考えて武器を取るべきでは?」


 スレインの貼り付いた様な笑みがウェンディの癇に障る。


「違う! 私の目的は皆んなで幸せに暮らす事! その為に魔王を倒すの! だから、ワースも先生も居なくなったら駄目なの! それに先生は絶対にワースを……私達を見捨てたりなんてしないんだからっ! えぇぇぇぇぇいっ!」


 ゴッ!!


 ウェンディの拳がスレインの顔面へめり込んだ。


「ぶふぉっ!?」


 スレインが吹き飛ぶ。

 空中で身体がぐにゃりと歪む。

 皮膚が破れ、顔が崩れ手足が伸びる。


「ギギギギギ……!」


 現れたのは灰色の肌を持つ異形。

 細長い四肢。

 のっぺりとした顔。

 赤い目だけがぎょろりと光る。


「うぇ!? ド、ドッペルゲンガー!?」


 ウェンディは慌てて剣を構える。


「よくも……先生の顔で……先生の声で、勝手な事言ったなぁぁあ!!」


 光を纏った剣が大きく振り下ろされた。

 眩い閃光。

 

 異形は真っ二つになり、短い悲鳴と共に黒い煙となって消滅する。


 同時に。

 ゴゴゴゴ……

 部屋の奥の壁がゆっくりと開き始めた。

 新たな道が姿を現す。


 壁の奥へと続く通路を駆け抜ける。


「先生! ワース!」


 叫びながら駆け抜けると、やがて石造りの回廊の先に光が見えた。


「……いた!」


 そこには無傷のスレインとワースが立っていた。


「先生!」


 ウェンディは勢いよく駆け寄る。


「やっぱり! 無事だったんですね!」


「ええ、もちろんです」


 スレインは穏やかに微笑む。


「貴女の事ですから心配はしていませんでしたが……大丈夫ですか?」


「おいウェニィ」


 ワースが怪訝そうな顔をする。


「何でそんなにボロボロなんだ?」


「え?」


 服を見ると煤と埃で汚れおり、顔は乾いた涙の跡に汚れが付いていた。


「あるぇ? なんでだろ?」


「はぁ、もっとスマートに戦えねーのかお前は」


 ワースは呆れながら頭を抱える。


「相変わらず力任せだったんだろ」


「ちゃんと勝ったもん!」


「はいはい」


 二人のやり取りを見て、スレインは安心したように息を吐く。


「どうやら三人とも試練を与えられていたようですね」


「先生は何だったんです?」


「あぁ……私はほら、幻術や幻覚の類いが効きませんので……なんというか、間抜けな魔物を退治しただけですよ。 ふふっ」


 スレインは自分の眼を指さして、苦笑いを浮かべる。


 ワースも肩を竦める。


「あっ、あーー! お、俺も変なのが出てきただけ! も、勿論俺には全く効かなかったぜ!」


 妙に歯切れが悪く、ワースは何かを隠している気がしたが、今はそんなことを聞く空気ではなかった。


「さて、多分この迷宮はこれで終わりでしょう。 向こうに出口らしき場所がありました」


 その時だった……


「シクシク…………」


「つっ!?」


 スレインが目を細める。


「……どうやらまだ終わっていなかったようです」


「…………シクシク……シクシク……」


 何処からか幼い少女の泣いているような声が聞こえてくる。


「あれは……」


 スレインが声のする方を注意深く観察すると、生まれ持った異能【真実の瞳】が隠された部屋を見つける。


 廊下の奥にある魔術で隠された秘密の扉……


 スレインが近寄れば扉が勝手に開き、質量を持ったような昏い冷気が漏れ出てくる。 その陰鬱な暗い部屋の中央で、一人の少女が膝を抱えて泣いていた。


「うぅ……シクシク……」


 淡い浅葱色の髪。

 透き通るほど白い肌。

 黒い喪服のようなドレス。

 歳の頃は十二、三歳だろうか? 儚い雰囲気を持った美しい少女だった。


「女の子?」


「ウェンディ!」


 思わず近寄ろうとするウェンディをスレインが慌てて制止する。


「まだ油断は――」


 しかしウェンディは既に少女のへと歩いていた。


「どうしたの?」


 ウェンディは少女の前でしゃがみ込むと俯く顔を覗き込む。


「なんで泣いてるの? どこか痛いのかな?」


 少女は涙で濡れた瞳をゆっくり上げる。 けれど、ウェンディの事は視界にすら入っていないようにブツブツと何ごとかを呟きながら中空を見る。


「失敗した……」


「え?」


「違うの間違えただけ、違うの、違う……」


 少女は肩を抱き、震えながら呟く。


「一人も殺せないなんて……」


「えっ?」


「うぅっ……だ、だってレベル1まで下げるなんてっ……雑魚しか使えないし、どうしろって言うのよ! うぅっ……ど、どうしようぅ、ラビ様に見捨てられちゃぅ……」


「ねぇ、大丈夫? ラビ様……?」


 ウェンディは少女の様子に不気味な気配を感じつつも生来のお人好しの為、声をかける。 少女の独り言の中に人物の名前らしきものがあったが、ウェンディには聞いた事の無い名前だった。


「どどど、どうしようぅ……どうしようぅ……や、やっぱり1人ぐらい殺しておくべきかしら……」


 少女の震えが止まり、ゆっくりと立ち上がった。

 俯いたまま。

 長い前髪の奥で。

 口元だけが笑っていた。


「うふふ、そうよね……私が直接ヤッたっていいわよね! だ、だってここまで来たのがわるいんだもんね!」


 ゾクリ。

 その場にいた全員の全身を悪寒が駆け抜ける。


「ウェンディ!」


 スレインが叫ぶ。


「離れるんだっ!」


 少女がゆっくり顔を持ち上げる……


 ハイライトの消えた瞳は深淵の様に真っ黒だった……


「あぁぁああ……きゃぁぁぁあああああああああああ!!!!」


 声の調子を確かめる様な僅かな予備動作の後に少女が叫ぶ。

 瞬間──耳を劈くような絶叫が迷宮中へ響き渡った。


「っぁ……!」


 愚望誉望祈試廃宮の主、バンシー・ニーア。

 幼い少女の姿ながら、その叫び【恐怖の叫び(スクリーム オブ フィアー)】は聞いた者の魂を切り裂き、凍えさせ、破壊する。 あらゆる状態異常を引き起こし、耐性の無い者が聞けば文字通り一撃必殺の即死攻撃にもなりえる。



「あっ……かっ……」


 ウェンディの手から剣が滑り落ちる。

 膝が震える。

 呼吸ができない。

 心臓だけが激しく暴れ狂う。


 何も考えられなくなる程の恐怖。


 ただただ恐ろしい。

 頭の中が真っ白になり視界がぐにゃりと歪む。

 腰が抜け、その場にへたり込む……


 じわりと生暖かい液体がウェンディの太ももを濡らしていく……


「う……」


 隣ではワースも同じように倒れ込んでいた。


「や……やだ……いやだ……た、助けて……」


 身体が動かない。

 涙だけが止まらない。


「くっ、ウェンディ! ワース!」


 スレインが勇気を搾り出して声をだす。 しかし、身体は自由に動かない。 歴戦の戦士であるスレインですら恐怖のあまり動けないでいる。

 少女は静かに笑う。


「うふふふふ……やっぱり、初めからこうしてれば良かったんだ……えへへ……」


 何の罪悪感も無いように屈託なく笑う少女、その姿にスレインは戦慄する。

 かつて人類の英雄と言われた男は目の前の幼い少女から感じる高密度で深い闇の魔力に圧倒され震えていた。


(なんだこの少女は……いままで出会った全てよりこの少女が恐ろしい……魔王よりも強いんじゃないか……)


 スレインは以前戦った先代魔王を思い浮かべる。 激しい死闘、幾つもの貴重なアイテムと仲間の犠牲によりようやく討ち取った魔王。

 けれど、目の前の少女には当時のアイテムと仲間が居ても勝てるビジョンが浮かばなかった。 

 せめて今代の勇者……自分の持てる知識と技術を継承したウェンディだけでも逃さなければとスレインが知恵を絞る……しかし……


「あ…………あぁ……ひひっ……」


 恐慌状態に陥ったウェンディがロングソードの刃を自らの首へと押し当てる……精神が持たず錯乱し自害しようとしているのだ。


 それを見たスレインがウェンディを止めようとするが、身体が思うように動かない。 最悪を想像し目を閉じたその時だった。


 カランッカランッ


「ニーアお嬢様」

 乾いた金属音の後に静かな老人の声が響く。

 

 いつの間にか、一人の老執事がウェンディの前に立っていた。


 燕尾服に白手袋、白髪を綺麗に撫でつけた老紳士。

 

「ラビリントス様より伝言です。」


 少女がびくりと震える。


「ラ、ラビ様?」


「余計な事はするな。 だそうです」


 少女は真っ青になった。


「ひぅ……あわわわわ、ご、ごめんなさぁい……」


 少女は泣きながら部屋の奥へ走っていく。


「ひーん、シクシク…………」


 そして、そのまま闇の中へ消えていった。


 振り返り老人は困ったように笑う。


「申し訳ございません」


 深く頭を下げると、先程はたき落としたロングソードを拾い上げる。


「私はヴァンスと申します、以後お見知りおきを」


 そう言って再び一礼をする。


「本来、この程度の迷宮ではニーアお嬢様が表へ出る予定ではございませんでした。 が……少々暴走してしまいまして」


 スレインは静かに息をする。 先程の少女も化け物だったが、目の前の老執事もまた化け物だ。 もし戦闘になれば勝機は無い。


「つまり事故だった、と?」


「恥ずかしながら……左様でございます」


 ヴァンスは懐から三本の小瓶を取り出した。

 透明な液体が黄金色に輝いている。


「こちらは霊薬【アンブロシア】、身体の欠損なども含め、心身に及ぶあらゆる異常を瞬時に治療する秘薬にございます」


 スレインの喉が自然と音を鳴らす。


「二本はこの方達の治療用として……そして一本は、迷惑をお掛けしたお詫びとしてどうぞお納めください」


 スレインは一瞬だけ目を見開いた。 本来ならばあと少しで死ぬかもしれない目にあったのだ、事故だったと言われても到底許せる様な事案じゃない。 しかし、この化け物を相手にそんな物で許せる訳がないだろうと啖呵を切れるほどの胆力も残っていない。 今はただ生き残れた事を感謝するので精一杯だ。


「……アンブロシア」


 本物ならば王侯貴族ですら手に入らない伝説であり幻の霊薬だった。


「よ、よろしいのですか?」


「もちろんです」


 ヴァンスは微笑む。


「皆様はラビリントス様の試練を見事クリアされたのですから」


 スレインは慎重に瓶を受け取ると一本をウェンディへ、一本をワースへと慎重に飲ませいく。 

 二人がアンブロシアを飲み干すと、瞳に正気が戻ってくる。


「……あ、あれ?」


 ウェンディは何度か瞬きをする。


「先生……?」


 ワースも身体を起こし、大きく息を吐く。


「助かった……のか?」


 ヴァンスは再び一礼をして、ウェンディにロングソードを手渡す。


「では。出口はこちらでございます」


 部屋の奥の石壁が静かに開く。

 その向こうには見慣れた森の景色が広がっていた。

 眩しい陽光が差し込む。 3人はヨロヨロと光が差す方へと歩いて行く。

 


 神代の迷宮──レベル1【愚望誉望祈試廃宮】



 踏破者──ウェンディ、スレイン・マーズ、ワース・ワン。



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