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最凶迷宮ラビリントス〜待ってても誰も来ないので迷宮自ら迎えに行きます〜  作者: いおなずん


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第4話 兄妹と迷宮


 森を抜けた頃には、ラビリントスの足取りは目に見えて重くなっていた。

 神代より数え切れぬ英雄を退けてきた迷宮の主は、少女の身体を借りてから初めて、自らの意思とは無関係に膝が震えるという現象を経験していた。


「……これが空腹」


 額には汗が滲み、呼吸は浅くなる。身体に満ちていた魔力は健在であるにもかかわらず、力だけが抜け落ちていく感覚は実に奇妙だった。


「ラビリントス様、大丈夫ッスか?」


「大丈夫では……ないな」


 ラビリントスは素直に認めた。

 未知とは実に恐ろしいものだ。 英雄との戦いでも、神との戦争でも味わったことのない種類の苦痛だった。


「くっ……人間とは、これほど面倒な生き物であったか……」


 呟いたその直後、視界がぐらりと揺れる。

 もう足が前へ出ない。

 ラビリントスの身体は道端に倒れてしまう。 もう少女の身体に動く力は残っていない。

 

 たとえ少女の人間としての身体が死んだとしてもラビリントスならば死体をアンデットにして動かす事はできる。 けれど出来れば人間としての身体を保持しておきたいと考えていた。


「ラビリントス様! オイラが何か探してくるッスか?」


「頼もう……アンデットにすると身体が腐っていくからな」


「了解ッス!……人間って虫とか食べれるッスかね?」


 不穏なセリフを残してグラが食糧を探しに行った。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 

「お兄ちゃん! 誰か倒れてる!」


 どれくらい経っただろうか、少女の体力を消耗しない為に休眠していたラビリントスの耳に少女の声が聞こえた。


 続いて駆け寄る足音。


「おい、君! 大丈夫かい?」


 誰かが肩を支える。目を開ければ、ぼやけた視界の向こうに二人の若者が心配そうに覗き込んでくる。


 歳は二十歳前後だろうか。


 日に焼けた青年と、栗色の髪を肩まで伸ばした少女。

 決して裕福そうには見えないが、どこか穏やかな雰囲気を纏っている兄妹だった。


「グレイお兄ちゃん!この子、凄い痩せてるわ」


 青年は少女の頬へ触れる。

 体温が低い。抱き上げればその身体は驚くほど軽かった。

 

 まともな食事を取っていたとは思えないほど痩せている。


「エリゼ、急いで家へ運ぶぞ」


「うん!」


「……何故じゃ」


 ラビリントスは少女の身体を通じてかろうじて声を漏らした。


「何故、我を助ける」


 兄妹は顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げる。


「意識はあるみたいね!」


「何故? 何故って……」


 グレイは苦笑した。

「そりゃあ、普通に倒れてる人を見つけたら助けるだろ?」


 その一言に、ラビリントスは何と返さなかった。 ただ、少女の体力は限界でラビリントスは意識を休眠させる事にした。



 

 鼻先をくすぐる香りで目が覚めた。


 木造の天井が目に入り、寝ているのは柔らかな寝台。


 そして迷宮では決して感じることのなかった類いの匂いだ。


「起きた?」


 優しい声に視線を向けると、エリゼが湯気の立つ器を抱えて立っていた。


「お腹空いてるでしょ?」


 器からは野菜と香草の甘い香りが漂ってくる。

 スープの隣には焼きたての柔らかそうな白いパンが添えられていた。


「食事……」


「えへっ、お口に合うといいんだけど」


 エリゼが差し出すとラビリントスは器を受け取った。


 温かい……人間の食事とはどのようなものか。

 木の匙を手に取るものの、しばらく動きが止まる。


「どうしたの?」


 エリゼがラビリントスを覗き込む。


 次の瞬間、黒髪の少女は勢いよくスープを飲みパンを齧りだす。 


 それを見てエリゼは思わず吹き出し、それから慌てて口元を押さえた。


「あ、ごめんね。えへへ、凄いお腹空いてたんだなって思って」


 エリゼは優しくラビリントスの口元を拭く。

 

 ラビリントスの初めての食事は野菜の甘みと肉の旨味が溶け出たスープだった。

 身体の奥深くへ、じんわりと熱が染み渡っていく。


「…………」


 言葉が出ない。

 ラビリントスは夢中で匙を口に運んだ。


 一口、また一口。

 気付けば器は空になり、パンまで綺麗に平らげていた。


「ふふっ、まだおかわりもあるからね」


 エリゼは嬉しそうに微笑む。


「そんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があるわ」


 ラビリントスはしばらく黙っていた。


 何万年という歳月を過ごして来たが、一切食事など取る必要もなかった。


 財宝や神酒。不老の霊薬、世界樹の果実などの迷宮を攻略する者達の心を惹く伝説上のアイテムもラビリントスならば作り出す事もできる。


 だが、この素朴なスープほど心を満たすものはラビリントスには作れない。


「ふむ。人間の食事などただのエネルギーの補給だと思っておったのじゃが……なかなか気に入ったぞ」


「エネルギーの補給?」


 エリゼはきょとんとした後、くすりと笑った。


「あはは、変わったこと言う子ね」


 その笑顔を見つめながら、ラビリントスは静かに思う。


(ふむ。この者たちには相応の褒美を与えてやろうかの)


 その時だった。


 ドォンッ!!

 家全体が揺れるほどの轟音が響いた。


「おい!お前らぁ金目の物を探して来いッ!」


 乱暴に扉を蹴り破る音……ゾロゾロと5人ほどの男達が入って来る。 

 男達は見るからに粗野で下卑た笑みを顔に貼り付けている。


「な、何だアンタ達は!?」


 突然の闖入者にグレイの顔から血の気が引くも勇敢に立ち向かう。

 エリゼが不安そうに兄の袖を掴む。


 ラビリントスはおかわりの白いパンを頬張っている。


「ガッハッハッハッハ! この家は当たりだぜぇ! 若ぇ女もいる! 野郎ども! 奪い尽くすぜェ!」


 男達が手当たり次第家財をひっくり返しては物色していく。


「やめろっ! なんなんだアンタら!」


「お願い!やめてぇ!」


 グレイとエリゼの悲痛な叫びが重なる。


「お頭ァ! 奥にもう1人、ガキが居ますぜ!」


 漆黒の瞳が、ゆっくりと細められる。


 その眼差しは、獲物を見つけた捕食者のようであり、口元は妖しく三日月に歪んだ。


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