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最凶迷宮ラビリントス〜待ってても誰も来ないので迷宮自ら迎えに行きます〜  作者: いおなずん


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第28話


「あれれ? もしかしてにゃんちゃん見てたのー?」


 少女はロッツの視線を追うようにして振り返ると、何の躊躇もなくミコのいる場所へ近付いていった。

 フワフワと飛んでいく。


 まるで、庭で遊んでいる子供が可愛がっているペットの様子を見に行くかのような気軽さで、少女はミコの身体へ近寄ると、その長いオレンジ色の髪を優しい手つきで撫で始める。


 その手つきだけを見れば、本当に大切なものを慈しんでいるようにも見えた。


「イムねーずっとにゃんちゃん欲しかったのー。でもね、ママがダメだって言うから……だからね! このにゃんちゃんが来てくれたときすっごく嬉しかったんだー!」

 少女は嬉しそうに笑った。

 ぱぁ、と花が咲いたような無邪気な笑顔だった。

 その表情と、目の前にある光景がどうしても結びつかない。


 ロッツは何も言えなかった。


「……ミコ」


 ようやく絞り出した声に、少女が首を傾げる。


「んー? この子ミコちゃんって言うの? うふふ、名前あったんだねーにゃんちゃん」


 まるで新しく飼い始めた動物に名前が付いていたことを知って喜んでいるだけのような口調だった。


 その声を聞いているだけで、ロッツの胃の奥が再び締め付けられる。


「うぷっ……それ……犬……」


 思わず口から出た言葉は、自分でも何を言っているのか分からないようなものだった。


 今、この場で重要なのはミコの頭が乗っている身体が猫なのか犬なのか、そんなことではない。


 それなのに、少女の言葉があまりにも理解不能だったせいで、ロッツはそこへ突っ込まずにはいられなかった。


「えへへ、そうだねーワンちゃんだねぇ。でもねにゃんちゃんだと身体が小さすぎて合わなかったんだよねー。まぁ似てるしいいかなぁって」


「に、似て……?」


 ロッツは絶句した。


 猫と犬が「似ているからいい」。


 それだけの理由で、人間の頭を獣の身体へ取り付けることを何でもないことのように語っている。


 話が通じない。

 いや──話が通じないという言葉すら、生温いように思えた。

 この少女にとって、ミコの身体は人間ではない。


 

 ただ、自分が欲しかった「にゃんちゃん」という遊び道具に過ぎないのだ。

 ロッツは少女の手がミコの髪を撫で続けているのを見つめた。

 その仕草だけなら、これほど優しいものはない。

 だが、その手が触れている相手は、つい先日まで共に戦っていた仲間だった。

 少女の無邪気さと、その行為の残酷さがあまりにもかけ離れていて、ロッツの感情はぐちゃぐちゃになっていく。


 怒りなのか。

 悲しみなのか。

 恐怖なのか……

 それすら、もう分からない。

 ただ、ここにいてはいけない、それだけははっきりしていた。


 ロッツは少女がミコに気を取られている隙に、素早く立ち上がり……そして、一気に駆け出した。





「はぁ、はぁ、はぁ……」


 キッチンを抜ける。

 先ほどまで自分が倒れていたリビングへ戻る。


 部屋の中を見回すと、そこにはもう一つ扉があることに気付いた。

 出口かもしれない。と、少なくともあの少女から離れられる可能性があるなら、確かめるしかない。

 ロッツは扉へ駆け寄り、勢いよく開いた。


「なっ……」


 そして──またしても言葉を失った。

 扉の向こうにあったものを見て、ロッツはその場から動けなくなった。

 そこにいたのは、巨大な異形だった。

 いくつもの人間の胴体だけを繋ぎ合わせたような身体。

 その異様な胴体からは無数の腕と脚が生え、全体として見れば巨大なムカデのような姿をしている。


 頭部を見れば、ブロンドの髪をした女性のように見える。

 しかし、その顔には生気がない。


 黒い眼窩からは黒い涙が流れ落ち、苦悶に歪んだ表情を浮かべている。


 今までロッツが見てきた異形の化け物たちよりも、さらに巨大だった。


 それだけでも十分に恐ろしいのだが、本当に異常なのはそこではなかった。

 巨大なムカデのような女は、部屋の中央にいる別の男へ向かって、何度も何度も包丁を突き立てていた。


 ザクッ……ザクッ……ザクッ……



 何度刺したのか分からない。


 男の身体は異常なほど膨れ上がっていた。まるで全身に何かを詰め込まれたかのように膨張している。そして、そこかしこから赤黒い血を垂れ流し、大きな腹部の傷からは内臓らしき物も飛び出ていた。


 それなのに……顔だけは人間のままだった。

 黒い涙も流していない。

 眼球も確認できる。だからこそ逆に異常さが際立っていた。


 そして、その顔に浮かんでいるのは苦痛ですらなかった。

 虚ろな表情をたたえ、包丁が身体へ突き刺さるたびに──「おっ、おっ……」とそんな小さな声を漏らすだけだった。



「ひぃ……」


 ロッツの喉から、情けない声が漏れた。

 それでも、巨大な女はロッツへ視線を向けることすらしない。

 まるでそこに誰もいないかのように、ただ目の前の男を刺し続けている。


 そして──背後から明るい声が聞こえた。


「あーここに居たんだぁ」


 ロッツの身体が硬直する。

 振り返らなくても分かった。

 あの少女だ。


「うふふ、こっちがねぇわたしのママだよ。で、こっちがわたしを虐めてたオジサン。今はねママがわたしの為にオジサンを懲らしめてくれてるの! えへへ」


 少女は嬉しそうに説明する。

 ロッツは、目の前の光景と少女の言葉を何とか頭の中で結びつけようとした。


 だが、無理だった。


 一体何を言っているのか……


 一体何を見せられているのか……


 

「えへへ、あっ! そういえば、キミも可愛くしなくちゃね! 丁度良いのが手に入ったんだ!」


 少女が何かを思い出したように声を上げる。

 そして、その手に握られているものを見た瞬間──


「ひ、ひぃっ!!」


 少女の手には、大きな肉切り包丁が握られていた。

 その刃を見ただけで、身体が勝手に逃げようとする。

 金級冒険者として積み重ねてきた経験も、戦士としての誇りも、矜持もその瞬間には何の意味もなかった。


 ただ、怖かった。

 目の前にいる少女が、自分をどうするつもりなのか。

 

 ロッツは背を向ける──逃げなければならない。


 だが──


「ぎゃぁぁああっ!?」


 右肩に鋭い痛みと熱を感じた。

 

「うふふ、腕……取れたね!」


 少女の嬉しそうな声を聞きながら、ロッツは自分の右肩へ目を向けた。


「……え?」


 右腕がなかった。

 肩から先が、綺麗に消えている。

 肉切り包丁で斬られたのだ。

 そう理解した瞬間、ようやく恐怖が現実のものとして押し寄せてきた。 


 だが──不思議なことに痛みがない……


「なっ、い、痛みが……無い……?」


 ロッツ自身が、そのことに戸惑っていた。

 痛くないのだ、まるで最初から、そこに腕など存在しなかったかのようだった。


「えへへ、大丈夫だよ? わたしの【無垢なる遊戯《チャイルドプレイ》】なら痛くなく変身出来るからね!」


 褒めてもらいたい子供のように胸を張る。

 

「これはねー最近やってきて何だか難しい事言ってた人の腕なんだ。黒くてカッコいいでしょ?」


 少女が持ち上げたものを見て、ロッツは再び目を見開いた。

 それは一本の腕だった──人間のものにしては浅黒く指先からは鋭い爪が伸びている。

 そして腕には、独特な紋様の刺青が刻まれていた。


 その特徴を、ロッツは知っている。人間と大半の亜人種達の共通の敵、魔族だ。



「なっ! ま、魔族の腕?」


「まぞく? まぁいいや、コレを付けてあげるね!」


 少女は聞いたこともない言葉を聞いたように可愛らしく首を傾げる。


 そして、まるで玩具を取り替えるような気軽さで、その腕をロッツへ近付けた。


「や、やめろ……やめろぉッ!!」


 ロッツは必死に抵抗した。

 だが──

 あっという間だった。

 少女が腕を押し付けるとそれだけで、浅黒い腕がロッツの右肩へ繋がった。


「……え?」



 右腕を動かしてみる。指を曲げると一本ずつ、問題なく動く。

 元の腕よりも長く、太い。そのため身体全体のバランスは明らかにおかしくなっている。それでも、関節の位置も、指の一本一本まで、自分の身体の一部であるかのように動かすことが出来た。


 何の違和感も痛みもない……拒絶反応すらない。


 だからこそ――恐ろしかった。

 この少女は、生きた人間の身体をまるで人形の玩具のように扱っている。

 

 そして、それを当たり前のこととして成立させてしまう。

 

 その事実が、何よりも恐ろしかった。


「次は……どこにしよっか? えへへ」


 少女が楽しそうに笑った。その笑顔を見た瞬間、ロッツは理解した。


 少女は次にどこを取り替えるかを考えている。

 

 そして最後には、自分もまた──

 

 あの異形の化け物たちや可哀想なミコの様になる……

 自分という存在を残したまま、身体だけを好き勝手に作り替えられ、虚ろな瞳でこのダンジョンを徘徊する。


 死ぬことよりも恐ろしい事が……自分が自分でなくなることの方が、遥かに恐ろしい。


 諦観したロッツはその場から動く事が出来なくなっていた。

 

「あの……あなたが……イム、でしょうか?」


 

 囁くような……小さな声が聞こえた。


 ロッツは反射的に声のした方へ顔を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 クラシカルスタイルのメイド服、手には一本の傘。

 その姿だけを見れば、ここが血と肉の臭いに満ちた異常な空間だとは到底思えないほど、場違いなほど整った格好をしている。


「え? おねいちゃん誰?」


 少女の動きが止まった。

 そして、メイド服の少女へ視線を向ける。


「主様の……命によって……あなたには一緒に……来てもらいます……」


 メイドの声は小さかった。

 囁き声と呼ぶ方が正しいほどの声量だった。

 ロッツほど聴覚に優れた者でなければ、聞き取ることすら難しいだろう。


「え? なぁに? よく聞こえないよぉ」

 少女は首を傾げると、少し困ったような顔をした。

 しかし次の瞬間、その表情が再び明るくなる。


「でも……おねいちゃん可愛いね! そうだ!! おねいちゃんも、わたしの家族になろうよ! もっと、もっっっっと可愛いくしてあげる!」


 少女が笑った。

 そして──肉切り包丁を構える。


 その瞬間、メイド服の少女の目が細くなった。


「…………主様、対象の……制圧に……切り替えます」


 傘が、ゆっくりと構え直される。


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