第21話 冒険者と迷宮 3
ダンジョンへ突入する直前、ガイアスは集まった三つのパーティを見渡していた。
ファズオラ南部で発生した、前代未聞のダンジョン。
既に自警団が大規模な討伐を試み、そのほとんどが帰らぬ人となっている。しかも、生還した者達の証言によれば、内部には通常のダンジョンでは考えられないような悍ましい怪物が徘徊し、長時間滞在した者は精神に異常をきたすという。
そして──奥には天使がいる。
情報だけを聞けば、何とも理解し難いダンジョンだった。
「みんな集まってくれてありがとよ」
ガイアスが口を開く。
「それぞれこのダンジョンについて調べているとは思うが、俺が調べた事を共有させて欲しい。今回、俺はこの依頼を受けるに当たって、生存者から直接聞き取りをする事を条件にしたんだ」
ロッツは黙ってガイアスの話に耳を傾けていた。
もちろんロッツ達も今回のダンジョンについて調べている。しかし、そもそも自警団から持ち帰られた情報自体が少なく、その上、生還者達は現在ギルドによって保護されており、詳しい話を聞くことも出来なかった。
そのため、こうしてガイアスが独自に集めた情報を聞けるのはありがたい。
ガイアスは一度言葉を切ると、集まった冒険者達の顔を順番に見た。
「まぁ……詳細は省くが、生存者はちょっと錯乱していてな。それほど詳しくは聞けなかったんだが──今回のダンジョンボスは、おそらくアンデッドだ」
「アンデッド?」
誰かが呟く。
「ああ。しかも、ただのアンデットじゃない。話を聞いた限りじゃ、リッチか、それに準ずるモンスターの可能性が高い」
その瞬間、周囲がざわめいた。
「リッチだと?」
「本当にそんな化け物がいるのか?」
「推奨討伐難度は白金級じゃなかったか?」
ロッツも眉を寄せる。
断片的な情報しか得られていなかったが、今回の相手がアンデッドである可能性はロッツも高いと考えていた。
アンデッドは種類によって弱点が異なるものの、多くの個体が聖属性や炎属性に弱い。スケルトンのように刺突攻撃が効きにくい代わりに、殴打による攻撃が有効なものもいる。
その点で言えば、レースガーデンには炎属性の魔術師であるナディアがいるし、聖属性を付与するための聖水も準備している。
しかし、それがリッチとなれば話は別だった。
高い知能を持ち、幾つもの魔法を操る上に、身体を破壊しただけでは倒すことが出来ない。どこかに隠されたコアを見つけて破壊しなければ、何度でも蘇ると言われる厄介極まりない存在だ。
金級のレースガーデンが相手をするには、あまりにも荷が重い。
「だから魔術師のいない俺たちグラディアスは、対リッチ用の装備とアイテムを揃えてある」
ガイアスがそう言うと、ロッツは改めて彼らの装備を眺めた。
よく見れば、グラディアスの五人は普段とは少し違った装備を身につけている。
「武器は全て魔法付与済みだ。毒や呪いを防ぐタリスマンも持っている。浮いているリッチに攻撃するために、靴も魔法の靴を用意した」
ガイアスが腰に下げていた小さな巻物を取り出す。
「そして……静寂のスクロールだ。俺たちが先にリッチを見つけたら、即座にこれを使う」
その言葉を聞いた瞬間、エドガーとルミアの表情から笑みが消えた。
「……なるほど」
エドガーが静かに呟く。
【静寂】──周囲の音を消し去り、隠密行動を可能にする魔法だ。
だが、それだけではない、発声を必要とする魔法の行使すら封じる。
つまり、魔術師にとっては戦闘能力そのものを奪われるに等しい。
「ふぅん。僕らがボスを倒すためには、先に見つけろって事ですね」
「まぁ、そうなるな」
ガイアスは悪びれる様子もなく答える。
「前衛ばかりの俺たちには何の問題もないが、魔術師のいるパーティには辛いだろうな」
ロッツはちらりとナディアを見る。しかし、特に慌てた様子もなく話を聞いていた。
ナディアは魔力が尽きた時に備え、使い捨てのスクロールや魔法を封じ込めた水晶を常備している。魔術師というのは、魔法が使えなくなった時のための備えまで用意しておくものだ。
おそらく、あの双子も同じような準備をしているだろう。
「なら、競争って事ですね」
エドガーが口元に笑みを浮かべる。
「うふふ。エド、先を越されないように頑張りましょうね」
ルミアも楽しそうに笑った。
それを見たロッツは、何となく嫌な予感を覚えた。
どうにも、この2人とは仲良く出来そうもない……背中を預ける事は無理だろう。
勿論、いきなり襲って来たりなどはしないだろうが。 ただ――あまり一緒にいたくない相手だということだけは、何となく理解できた。
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「ロッツ、気持ち悪いにゃあ……」
「ええ……全くもって同意ですね」
ダンジョンへ突入してしばらく。
薄暗い路地のような場所を進みながら、ミコとクロッグが揃って顔を顰めていた。
ダンジョン内部だというのに、そこは洞窟でも遺跡でもない。
まるでスラム街をそのまま閉じ込めたような奇妙な場所だった。
崩れかけた家屋が並び、道端には何に使うのかも分からないガラクタが散乱している。建物の隙間から差し込む光は妙に薄暗く、昼なのか夜なのかすら判然としない。
空気も重い。
腐敗したような臭いが漂っているわけではない。
それなのに、そこにいるだけで身体の奥に嫌なものが入り込んでくるような感覚があった。
「たしかにな……本当に趣味が悪りぃぜ」
ロッツも周囲を警戒しながら吐き捨てる。
ダンジョンへ入った三つのパーティは、最初の分岐でそれぞれ別の道を選んでいた。
グラディアスは中央。
プロミネンスは右。
そしてレースガーデンは左。
どうせボスを倒した者が勝者になるのなら、別々に探索した方が早い。
そう判断した結果だった。
だが、左の道を進んで間もなく、ロッツ達は最初の異変を目にすることになる。
「……あれは?」
ナディアが足を止めた。
ロッツもすぐに物陰へ身を隠し、慎重にその先を覗き込む。
そこにいたのは、一匹の巨大なネズミだった。
体長は一メートルを優に超えている。
グレーターラット。
通常のラットより遥かに大型化した魔物で、スラムなどでは害獣として忌み嫌われている存在だ。
しかし──その頭部だけが、明らかにおかしかった。
「……人間の、頭?」
ナディアが小さく呟く。
巨大なネズミの身体に、人間の頭部が縫い付けられている。
首の辺りには無理やり皮膚を繋ぎ合わせたような痕跡があり、そこから血とも膿ともつかない液体が流れ落ちていた。
人間の顔をしているにもかかわらず、その目は虚ろで何も見ていない。
口元からは涎を垂らしながら、意味の分からない言葉をぶつぶつと呟いている。
「よく、そんな冷静に観察できるな……」
ロッツが呆れたように言う。
「観察しなければ、何なのか判断できないでしょう」
「まぁ、それはそうなんだが……」
ナディアは魔術師らしく冷静だった。
ただし、その声には僅かな緊張が混じっている。
「報告にあった通りの悍ましい化け物だな……」
ロッツが呟く。
自警団の生存者が語っていた怪物。
まさか本当に、こんなものがいるとは思っていなかった。
「じゃあ、報告にあった中にいると精神に異常をきたすってのも本当にゃ?」
ミコが怯えたように耳を伏せる。
「ミコ、おかしくなりたくないにゃ……」
「まだ入ったばかりですよ。これくらいで精神に異常をきたすとは思えません」
クロッグが慰めるように言う。
「ただ……」
彼は怪物へ視線を戻した。
「天使がいたって話もありましたね」
「ああ」
ロッツも頷く。
「天使は分からねーが、精神に異常をきたすってのは……あんな化け物に囲まれたりしたら、おかしくなりそうじゃねーか?」
ロッツは周囲を見渡す。
「それに、ここの雰囲気……空気感ってのか? なんだか妖しい薬でも混ぜられたみてーな、嫌な感じがする」
理由は分からない。
ただ、この場所に長くいたくない。
そう本能が告げていた。
「とりあえず、長居はしたくねーな」
ロッツがそう言った時だった。
ふと、ナディアが怪物を見ながら眉を寄せた。
「……ロッツ」
「ん?」
「報告では、ここの魔物は冒険者を襲ってこなかったそうね」
「ああ」
「本当にその通りなのかしら?」
ロッツは少し考えた後、物陰から小石を拾い上げ、怪物の近くへ投げた。
ころころと転がった石が怪物の足元へぶつかる。
「……」
人頭ネズミは何の反応も示さなかった。
ただ、意味の分からない言葉を呟きながら、ふらふらと歩き続けている。
「本当みたいですね」
クロッグが言う。
「襲っては来ないが倒せないんだとよ」
「どういう意味にゃ?」
ミコが首を傾げる。
「攻撃しても怯えるばかりで、やり返してこねーらしい。そんでもって……いくら斬ろうが潰そうが死なないらしい」
「……気持ち悪いにゃぁ」
ミコの顔が引きつるのを見てロッツは肩を竦めた。
「何のつもりで、こんなモンスターを生み出しているのかしら?」
ナディアの疑問に、ロッツは答えられなかった。
しばらく人頭ネズミを眺めた後、やがて小さく息を吐く。
「さあな。一つだけ言えるのは──俺たちには理解できねーイカれた奴がいるって事だ」
その言葉に、ナディアも黙り込む。
「そいつがリッチか何かは知らねーが。まぁ、襲って来ないってんなら、先に進もうぜ」
ロッツが立ち上がり先へ進もうとした。
しかし──
「……ロッツ」
ナディアが呼び止める。
「何だ?」
「私、何か嫌な予感がするわ」
その声は、いつものナディアとは違っていた。
顔から血の気が引いている。
ロッツはその表情を見た瞬間、冗談を返す気を失った。
ナディアは臆病な女ではない。
これまで幾度となく危険な依頼をこなし、魔物を前にしても冷静に魔法を撃ち込んできた。
そんな彼女が、これほど露骨に怯えている。
「……ああ、俺もだ」
ロッツは周囲を見渡す。
「どっちにしろ、本当にボスがリッチなら俺たちだと火力不足だ。すぐに逃げられる位置で後方支援に徹するか」
「ええ。それがいいと思うわ」
ナディアが小さく息を吐く。
本来なら、こんな気味の悪いダンジョンなど一刻も早く出て行きたい。
しかし自分達は金級冒険者だ。
依頼を受けた以上、危険だからといって無責任に逃げ出すことは出来ない。
ナディアは気持ちを切り替えるように一度深く息を吸い、改めて杖を握り直した。
その時だった。
バサ、バサッ──
「……?」
上空から、何かが羽ばたく音が聞こえた。
ロッツが反射的に顔を上げる。
ナディアも同時に空を見上げた。
薄暗い空間の向こうに何かがいる。
それがこちらへ近付いてくる。
バサ、バサ、バサ──
羽ばたきの音が次第に大きくなっていく。
「何だ……?」
ロッツが目を細める。その瞬間、ひらり、と何かが空から落ちてきた。
ナディアの目の前を通り過ぎ──
純白の羽が、彼女の足元へふわりと舞い落ちる。
「……羽?」
ナディアの呟きにロッツの表情から、血の気が引いた。
自警団の生存者が残した、最後の報告。
──奥には、天使がいた。




