第20話 冒険者と迷宮 2
ファズオラ南部の外壁沿いには、街の中心部とはまるで別世界のような場所が広がっている。
スラム街。
古びた建物が所狭しと並び、まともな舗装すらされていない道には、昼間だというのにどこか薄暗い空気が漂っている。街の南端に位置していることもあり、外壁によって半ば隔離されたような場所だった。
そんなスラム街へと続く路地裏に、武装した集団が集まっていた。
数えて十三人ほど。
それぞれが数人ずつのグループに分かれ、これから始まるダンジョン攻略に備えている。
「よう、ガイアス。久しぶりだな」
その中でも一際大柄な男へ、小さな人影が近付いて声をかけた。
身長だけなら人間の子供と大差ない。
しかし、その小さな男を見て子供だと思う者はいないだろう。短く整えられた髪に鋭い目つき、そして何より、冒険者として幾多の修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ独特の雰囲気がある。
「ロッツか。聞いてるぜ、最近の『レースガーデン』の活躍をよ。張り切ってるみてぇじゃねぇか」
声をかけられた髭面の男が、豪快に笑った。
ガイアス。
身長も肩幅もロッツの倍近くあり、並んで立てば親子と言われても納得してしまいそうな体格差だ。
そんな二人は、再会を喜ぶように拳を軽くぶつけ合った。
「まぁな。稼げる内に稼いでおかないとな」
「違いねぇ」
ロッツが肩を竦める。
冒険者という仕事は、いつ何が起きるか分からない。
一瞬の油断で命を落とすこともあれば、四肢を失ったり、半身不随になったりして、その日を境に冒険者を続けられなくなることもある。
そもそも、若い頃と同じように動き続けられるのは一体いつまでなのか。
だからこそ、冒険者達は稼げる時に稼ぐ。
明日も無事に生きていられるという保証など、どこにもないのだから。
「それよりも、やっぱりこの三パーティが呼ばれたか」
ロッツは周囲を見渡した。
自分達『レースガーデン』
そしてガイアス率いる白金級パーティ『グラディアス』
さらに──
「あれが『プロミネンス』の『灼炎』と『煌炎』ね……」
ロッツの視線が、スラム街の入り口近くに集まっている四人へ向いた。
その中でも目立っているのは、二人の少年少女だった。
「俺は面識があるが……まぁ、イケすかねぇ奴らだ」
「噂は本当なのか?」
ロッツが顔をしかめる。
「話した時は、まぁお行儀良くしてたが……常にニヤニヤしやがってな。こっちを下に見てるのが見え見えだったよ」
「なるほどな」
ガイアスが顎髭を撫でる。
『プロミネンス』
ファズオラでも名の知れた金級冒険者パーティであり、その中心にいるのが二人の天才魔術師だった。
アラミス魔術学院を最年少で卒業。
それだけでも十分に異例の存在だというのに、二人は学院時代から独自の魔術理論を構築し、卒業後に冒険者となってから僅か二年で金級まで昇り詰めた。
金級といえば、中堅からベテランに差し掛かるほどの実力者だ。
そこへ至るまで、早くても五年。
平均すれば十年近い歳月を必要とする。
それを僅か二年で駆け上がった。
『灼炎』エドガー・ヴァルクリス。
『煌炎』ルミア・ヴァルクリス。
双子の天才魔術師、まだ十五歳。
それにもかかわらず、既に白金級へ手が届くのではないかと噂されるほどの実力者だった。
ファズオラには高名な冒険者が数多く集まっているが、それでも二人の名前を知らない者は少ない。
もっとも──
その二人には、実力とは別の意味でも有名な噂が付きまとっていた。
『プロミネンス』は、エドガーとルミア以外のメンバーが頻繁に入れ替わっている。
理由は簡単だ。
二人を守るための盾役として加入した冒険者達が、次々と死んでいるからだ。
魔物の群れに襲われれば囮にされる。
危険な場所では肉壁のように扱われる。
そして何より──
二人は、自分達が放つ魔法に仲間が巻き込まれることすら気にしない。
これまでに『プロミネンス』へ加入した冒険者の大半が死亡している。
その噂が広まっているせいで、新しいメンバーを募集しても人が集まらなくなっていた。
そして現在では――
「最近は奴隷を使ってるって噂まであるらしいな」
ロッツが小声で呟いた。
「まぁ、あくまで噂だ」
ガイアスはそれ以上を口にしなかった。
その時だった。
「こんにちは、ガイアスさん。今日はよろしくお願いしますね」
「こんにちは、ガイアスさん。本日はよろしくお願いしますわ」
「っ!?」
背後から突然声をかけられ、ロッツは思わず肩を跳ねさせた。
振り返る。
そこには、二人の少年少女が立っていた。
まだ幼さの残る整った顔立ち。
絹のように滑らかな金髪。
身に纏っているのは魔術師らしいローブで、金糸による刺繍が施されている。その手には、それぞれ身長ほどもある長い杖が握られていた。
そして二人とも──ニヤニヤと笑っていた。
「白金級の『グラディアス』とご一緒できるなんて恐縮です」
「うふふ、そうですわね。そちらは……『レースガーデン』のリーダー、ロッツさんですわね? お会いできて嬉しいですわ」
「あ、ああ。『プロミネンス』のお噂はかねがね……」
「噂だって、ルー」
「そうですわね、エド。良い噂だとよいのだけれど」
二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
ロッツは眉をひそめる。
──おかしい。
足音が聞こえなかった。
衣服が擦れる音すら。
自分は草原小人族だ。
人間より優れた聴力や視力を持ち、さらに斥候として長年経験を積んできた。
その自分が、声をかけられるまで二人の接近に気付かなかった。
(……いや、気配を消すのが上手いだけじゃねぇ)
ロッツの背中に冷たいものが走る。
(わざわざ驚かせるためだけに【静寂】をかけてきやがった)
周囲の音を遮断する魔法。
それを、ほんの悪戯程度の感覚で使ったということだ。
「……随分と趣味が良いようで」
ルミアが楽しそうに笑う。
ロッツはその笑顔を見て、何となく嫌な予感を覚えた。
「それで、ダンジョンのボスは早い者勝ちでいいですか?」
エドガーがガイアスを見る。
「僕達が先に倒してしまっても?」
「ああ、構わねぇよ」
ガイアスは厳つい顔に笑みを浮かべた。
「まぁ、俺たちも君らに負けねぇように善処するさ」
「それは楽しみですね」
エドガーは笑った。
ガイアスも笑っている。
だが、その目は少しも笑っていなかった。
彼は見た目の厳つさに反して、冷静な男だった。
感情に任せて行動することはなく、必要であれば相手に合わせて柔軟に立ち回る。
だからこそ──
白金級まで昇り詰めることができた。
『グラディアス』は五人全員が前衛という、極端な編成のパーティだ。
魔術師もいなければ、回復役もいない。
普通なら、到底バランスの取れたパーティとは言えないだろう。
それでも彼らが白金級に到達できたのには理由がある。
依頼完遂率九十八パーセント。
その驚異的な数字を支えているのが、リーダーであるガイアスだった。
依頼を受ける前に情報を徹底的に集め、必要な装備や道具を揃え、自分達の実力で達成できる依頼だけを選ぶ。
無謀な挑戦をしない。
勝てる戦いだけをする。
それを徹底した結果が、九十八パーセントという数字だった。
「……今回はガイアスがいて安心したぜ」
遠ざかっていく双子の背中を見ながら、ロッツが小さく呟いた。
「まぁ、今回は仲間だ。仲良くやれとは言わねぇが、問題は起こすなよ」
「はっ、そっちじゃないさ」
ロッツは肩を竦め、ガイアスへ向き直った。
「アンタがいるってことは……この依頼の攻略の絵図は、もう描けてるんだろ?」
「…….まぁな」
ガイアスは顎髭を撫でながら答えた。
「だが、俺だって完璧じゃあないぞ」
そう言って、ガイアスは笑った。
スラム街の奥、まだ見ぬダンジョンを見据えて。




