第15話 スラムの花と迷宮
新居が決まってから数日、ラビリントスはエリゼを伴って連日のように迷宮都市ファズオラを探索していた。
迷宮から出た事のなかったラビリントスにとっては目に映る物全て新鮮な輝きを放っていた。
「それにしてもエリゼよ」
「なぁにラビちゃん?」
「人間とはどうにも不便な生き物じゃな……」
ファズオラは迷宮の周りに自然と人が集まって出来た都市のため起伏の激しい土地が存在する。
坂道や階段を登り、下り、また登る。
初期は都市計画も定まらず各々が勝手に家などを建てたものだから道は曲がりくねり、都市自体も迷宮の様に複雑化していた。
外縁部の方がよっぽど綺麗に区画分けされていたりする。
そんな訳で現在ラビリントスはぜぇぜぇ、ハァハァと肩で息をしながら歩いていた。
「ハァハァハァ……この身体……脆弱すぎないか?」
「ん〜、ラビちゃんが入ってる? その身体の元々の持ち主さんはきっとお貴族様とかじゃないのかな? それぐらいの子供は平民ならみんなもっと逞しいし」
ラビリントスは自身の迷宮で亡くなっていた少女の亡骸に憑依しているが、どうやら新鮮過ぎる死体に憑依したため身体は生身の人間と遜色なく、心臓も動き血も巡っているし空腹や生理現象などもそのままであった。
その為身体能力が元の少女と同じで、激しい運動などした事のない様な貧相なものであった。
「あれ? ラビちゃん踵から血が出てるよ! 靴擦れしちゃったかな?」
見ればサンダル履きの素足から血が出ていた。
「あらぁ、結構傷になってるけど痛くないの?」
「うむ、我はこの身体がバラバラになろうとも死なんからな。 不要な痛覚などは切っておる。 ただ心肺機能などは無理すると身体が動かなくなってしまうからな」
「痛覚も切ってたらダメだよ! もし切り傷とかに気付かずに大量に血液を失ったら動けなくなっちゃうよ!」
「ふむ。 まぁこの身体が完全なる死体に成り果ててもゾンビとして動かす事は出来るしな。 なんだったら新しい身体に替えても良い」
当初ラビが新鮮な死体にこだわったのは、腐敗したり白骨化した身体だと人間社会に溶け込むのが難しそうだったからだが、現在の少女の身体が血の通わない死体になったとしても見た目が人間なら問題は無かった。
むしろラビリントスからすれば煩わしい生理現象が無くなる事は歓迎する所だ。 ただ……
「しかし、もしも完全なる死体になった場合に味覚も失われてしまうとな……」
「ほら、美味しいもの食べられなくなっちゃうよ! それにその身体の持ち主にも家族が居るはずだから抱きしめた時に冷たいのは嫌だと思うの」
「中身は我じゃが?」
エリゼはラビリントスのツッコミを無視して続ける。
「それにしてもその子はどうしてそんな辺鄙な迷宮なんかにいたのかしらね……」
「辺鄙な迷宮だと……中身我じゃが!?」
ラビリントスはエリゼに辺鄙な迷宮扱いされ少し不満そうに頬を膨らます。 見た目が美少女なためただのあざとかわいい姿にしかならなかったが。
「あっ、こっから先は行かない方がいいかも……」
2人で話しながら歩いているとどんどんと寂れた雰囲気になっていくと、いつの間にか道の舗装は途切れぬかるんだ剥き出しの地面にいまにも崩れそうな雑多な建物。 悪臭漂うスラム街の入り口へとやって来てしまった。
そこへトタトタと小さく痩せこけた少女が走ってやって来る。
「おねいちゃん達、コッチに来たら危ないよ。 そんな綺麗なお洋服着てたら……汚れちゃうから」
少女は自分の来た方向をチラチラと伺いながらラビリントス達に早く帰った方が良いと警告をしてくる。
「あ、危ないから早く帰ってね。 あっ、でもこのお花……」
そう言って少女はおずおずと数輪の花束を差し出す。
「ほぅ、早速貢ぎ物とはお主なかなか見る目があるの」
「ありがとね。これ、少ないけど」
花束を手にご満悦のラビリントスの横でエリゼは少女に数枚の銅貨を渡す。
「わぁ! ありがとうおねいちゃん達! 気をつけて帰ってね、バイバイ!」
少女はすきっ歯の笑顔を見せると手を振り走ってスラムへと消えていった。
「なんじゃ、小遣いをやるならもっと渡してやれば良かったものを。 意外とケチなんじゃなエリゼは」
「違うよぉ。 そりゃあもっと渡してあげたいけど、スラムで大金なんか持ってたらあの子が危ないのよ」
まだ大人の歯の生え揃っていない七、八歳ほどの少女はスラムでも最底辺の弱者だろう。 良かれと思って大金を渡せばたちまち奪われてしまう。
「あれくらいでちょうどいいのよ……」
エリゼは心配そうに少女の背中を見送っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「わぁ! エリゼおねいちゃん、また来てくれたんだぁ!」
「うふふ、こんにちはイムちゃん。 今日もお花ある?」
人1倍お節介でお人好しなエリゼが不憫な少女を放っておける筈もなく、あの日以来エリゼは何度もスラムの入り口まで来ていた。
お互いに自己紹介を済ませ名前で呼び合うようになっていた。
「今日はねとっても綺麗なお花があったんだよ! 特別にエリゼおねいちゃんにあげるね!」
イムは紫色の大きな花弁の花をエリゼに渡す。
「へぇ、これはデルフィニアだね。 近くに咲いている所があるの?」
「うん! お花の名前は分からないんだけど綺麗なお花がいっーぱい森の近くに咲いてたの!」
ファズオラは迷宮都市として、迷宮が1番有名であるが、西には海があり巨大な港を持っているし、北にはゾーラ山、そして南にはユグの大森林が広がっている。
「えぇ!? 大森林まで行ってるの? 危ないからダメよ!」
「大丈夫、森の中までは入らないよ。手前の草原にいっぱい綺麗なお花咲いてるんだ!」
ユグの大森林は豊富な森林資源に溢れているが、魔獣が生息しており危険な場所だ。
多くの薬草や薬の原材料となる草花が自生しているが、その収穫は主に冒険者に依頼している。
「何かあってからじゃ遅いの。 そう言えばイムちゃんはお母さんと一緒に住んでるのよね? お母さんは大森林まで行ってる事知ってるの?」
エリゼがイムにちゃんと母親に許可を得ているのか問うと、イムは目を背け怯えたようにお腹をさすりはじめる。
「……うん」
その反応にただならぬ予感を感じたエリゼはラビリントスにイムの保護を願いでる事を決心した。
「イムちゃん、もし良かったらなんだけど……私達と一緒に住まない?」
その言葉にイムは驚いたように一度目を見開くと、次の瞬間には視線を地面に落とす。
「……でも、お母さんに怒られるから……」
「それなら私がお話に……あっ! ちょっと! イムちゃん!」
エリゼはイムの母親に直接交渉しようと考えたがイムは急に走り去ってしまう。
「イムちゃん……」




