第14話 ニーアと迷宮
「シクシクシクシク……」
暗く昏い宮殿の奥、暗澹とした部屋の中から少女の啜り泣く声が聞こえてくる。
「ううっ……ラビ様に嫌われちゃったかなぁ……シクシクシクシク……」
部屋の主の落ち込んだ気分を反映してか退廃的な宮は殊更に陰鬱な雰囲気を醸し出し昏い冷気を吐き出している。
主の名は バンシー・ニーア。 淡い浅葱色の髪、透き通るような白い肌、憂いを湛えた瞳……息を呑むほどの美しい少女である。
ラビリントスの原初の迷宮の階層、愚望誉望祈試廃宮、もとい本来の階層名【時果つる離宮 虚妄絢爛泡影瑠璃宮】の階層主だ。
ウェンディ達と相対した時はラビリントスがレベルを最低まで下げた為により荒廃した姿で顕現した迷宮だが、本来ならば、虚構とは思えぬほど絢爛豪華な宮殿である。
だが今は、主であるニーアの精神状態を反映してか、そこかしこに陰鬱な空気が漂っていた。
四六時中メソメソと泣いているニーアの部屋にコンコンとノックの音が響く。
「シクシク……」
ニーアは顔を上げず返事もしない。 部屋にやってくる者など決まっている。 執事であるヴァンスぐらいだ。
毎日決まった時間に食事を持ってきてくれる。
コンコンッ
普段は返事をしなければ食事を乗せたワゴンを置いて去っていく。 彼は長くニーアに仕えている為、余計な事はしないのだ。 ニーアもそれが心地良く思っていた。
コンコンッ
3度、少し間を空けたノックの後に低い男性の声がかかる。
「ニーアお嬢様、大切なお話しがあるのですが少しよろしいでしょうか?」
「ふぇ!?」
ニーアは驚く。 ヴァンスが落ち込んで塞ぎ込んでいるニーアに声をかけるなど初めての事だった。 いつもなら散々に泣き疲れて自ら部屋を出てくるのを穏やかに待っていたのだ。
「……な、なぁに? ま、まさかヴァンスまで私に愛想尽かして出て行こうって言うの!? そんなぁぁあ! ふぇぇえん!」
「ニーアお嬢様、大丈夫です。 このヴァンス、ずっとお側にお仕えいたします」
「うぅぅ……ヴァンスぅぅ……」
ドア越しに慰めるヴァンスの温かな言葉にニーアは感極まって更に涙を流す。
「それはそうとして、ラビ様がお呼びです」
「はひゅっ…………」
「ニーアお嬢様?」
ガンッ!!
ラビリントスの名前を出した途端に息の止まった様な音が聞こえたためヴァンスがドアに耳を近づけると勢いよくドアが開かれる。
ヴァンスを吹き飛ばし部屋からニーアがおずおずと顔を出す。
「ラ、ラビ様がお呼びですって!? も、もしかして怒られるの!? それとも褒めて下さるのかしら!? ねぇねぇ、どっちだと思う? あっ、ラビ様に会うなら服装はどうしましょう! 華やかな方がいい? それとも反省してる感を出すためにシンプルな方が良いかしら? あら? ヴァンスはどこかしら?」
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「ほほほほ、本日はお日柄も良く……」
「……雨じゃがの」
いつもの黒い喪服の様なドレスを脱ぎ、華やかな純白のドレスに着替えたニーアはモジモジとスカートの裾を弄りながら昨夜必死に考えてきた口上を述べる。
ラビリントスが大きな窓に目を向けるとどんよりとした厚い雲に覆われ、暗くシトシトと雨が降り続いていた。
「ララララ、ラビリントス様におか、おか、おかれましては……」
「誰がラララララビリントスじゃ。 良い良い、硬い挨拶は要らん。 ニーアよ、早速じゃがこの屋敷でヴァンスともども一緒に住め」
緊張して話の進まないニーアを手で制して端的に要件を告げる。
「くぁwせdrftgyふじこlp!? ラ、ラビュしゃまと一緒に住むッ!?」
「何て? まぁ部屋はもう用意してある、私物などは後で自分でもってまいれ。 それと瑠璃宮の使用人達を借りるぞ」
「ラ、ラビリントス様とい、一緒に住む……これは夢かしら? いえ、違うわ……夢、幻……泡沫の様にいずれ消えゆく幸せ……これは終わりの始まり……?」
「……ヴァンス、連れて行け」
遠い目をしてブツブツと独り言を呟くニーアをヴァンスが引きずって部屋を出ていく。
「めちゃくちゃ綺麗な子だけど、な、なんか凄い子だね……仲良くなれるかな……」
お人好しのエリゼにしては珍しく若干笑顔が引き攣っていた。
「ラビ様! あんな頭のおかしい小娘とオイラが同じなんて、そんな事ないっスよね!? アイツよりかは役に立ってるっスよね!?」
グラがぴょんぴょんと飛び跳ね必死にアピールすると、ラビリントスは痛くもない頭を抱えてため息を吐く。
「はぁ、ヘビーレインをコッチに連れて来るべきじゃったか……」
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「……はっ!? ここは?」
ニーアが目を覚ますとベッドに寝かされていた。
寝具自体は以前からニーアが使っていたものだ。 全体的に暗い青色で統一された天蓋付きのベッドだ。
けれど、部屋の内装が違う。
「思い出してきたわ……ここは……そう、ラビ様の屋敷……」
ヴァンスや使用人達が運んで来たのか最低限の家具などは既に配置されていたが、瑠璃宮の自室ほど物が溢れておらず整然としていた。
ニーアは大きな窓にかかる厚いカーテンを開くと眩しい陽光が差し込んでくる。
夜と暗闇の住人であるニーアは普段なら決して陽の光に当たったりしないのだが、今日ばかりは弾む心が太陽にすら感謝を述べたくなったのだ。
「ありがとうございます……ありがとうございます!」
初夏に差し掛かる陽がニーアの白い肌を照らし頬が朱に染まる。 内から湧き出る歓喜により自然と笑顔が溢れてしまう。
「ラビ様が……!! ラビ様が!!」
ニーアは勢いよく窓を開け放つと、涙を流しながら声高に叫ぶ。
「美少女になってたわ!!」




