第13話 迷宮都市ファズオラ 3
迷宮都市ファズオラ──街の中央に大迷宮へと通じる巨大な【グランドゲート】がある。
10人が横並びで通る事の出来るほど巨大なトンネル状の門の【グランドゲート】は現在では保護と管理の為、更に巨大な建造物で覆われている。
その建物は迷宮への出入りの記録や依頼を担当する冒険者ギルドに加えて、酒場、食堂、解体場、商店、簡易宿泊施設、治療院、教会まで完備してある地上7階建てのファズオラのランドマークになっている。
連日、迷宮に向かう冒険者や商人、依頼をする街人などで大盛況な【グランドゲート】。 それを臨む大通りに面した一等地にある不動産屋の店内、3年目になる店員ドマ・リヘンナは面倒な客が来たと辟易していた。
「はぁ……お客様、ご希望の物件の条件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「えっと、ラビちゃんどんなお家住みたい?」
「ふむ。 我はこの身体を適度に休ませる事ができればなんでも良い。 エリゼの好きに決めるが良い」
「えー? 私の好きに? 私も特に希望はないんだけどぉ……やっぱりある程度広くて、大きなバルコニーとかあったらいいな! 大きな犬とか飼えたら飼いたいし広い庭も欲しいなぁ。 あっ! あと家庭菜園もしたいから農地に出来る場所も欲しいかな。 おしゃれな見た目がいいし、地下室とかかっこいいかも! あと大っきなお風呂と広いキッチン! それにそれに……」
エリゼは乗り気じゃないと言いつつ止まる事無く希望が溢れてくる。
「希望ありまくりじゃないか……」
「あ、あの〜お客様、それら全てを叶えるのはちょっと……難しいかもしれません。 お客様のご予算を教えて頂ければこちらで候補を見繕って参りますが? ただ、最低でも月20万ギール以下の物件は取り扱っていないので……」
「ラビちゃん予算だって、どうしよう…….1億ギールぐらい?」
「い、1億!?」
ドマは目の前の二人を改めて眺めた。
どちらもまだ少女と呼んで差し支えない年頃だ。
1人は15歳にも満たないような少女。 艶やかで闇夜を映したような黒髪の少女は気品がありどこかの貴族のお嬢様と言われても納得できる容姿だが…… 隣にいる少女は侍女服すら着ていない。しかも主人と思しき少女に対して、ずいぶんと馴れ馴れしい。
(結論としてこの子達は平民だと思うのだけれど……1億なんて大金本当に持っているのかしら? 聞き間違いかしら?)
「お客様、いま1億ギールとおっしゃいました? 1オークとかでは無く?」
(1オークって何よ? 焦って変なこと言ってしまったわ)
「エリゼよ、1億ではないぞ……」
(やっぱり! 1億なんてのは聞き間違いだったのね!)
「5億ギールじゃぞ。 足りなければヴァンスにもっと持って来させるしな」
「ご、5億!? 5オークとかではなくて?」
(5億!? そんな大金をこんな女の子達が!? それにしても我ながら5オークって何なのよ!? オーク5体ならそれはそれで凄いけども……)
「5オークって何の話しじゃ? 5億ギールで間違いないぞ、ほれ」
ラビリントスが小さな革のポーチに手を突っ込むとテーブルへ大量の白金貨を無造作に放り出す。
白銀に輝く貨幣がテーブルの上でぶつかり合い硬質な音を響かせるとドマは思わず息を詰まらせ固まってしまう。
「へぅ!?」
「ラビ様、遅くなりました」
そこへ、カランカランとドアベルを鳴らして不動産屋へ入ってきたのは仕立ての良い執事服を着た初老の男性だった。
「鑑定に時間のかかっていたアイテムの買い取りも無事に済みましたので追加で20億ギールほど資金を用意できました。 ところで、良い物件は見つかりましたか?」
「にににに20億ぅぅ!? た、ただいまご希望に沿う物件の資料をお、お持ち致します! 少々お待ちくださいませっ!」
ドマは急いで高級物件の資料をまとめるとラビリントス一行の下へ戻るのだった。
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「こ、こちらがオススメの物件になります! ファズオラの海沿いは人気なエリアなので、あまり広い物件がないのですがここならば小高い丘の上ですのでファズオラの西にあるアーリア海も良く見えますし、【グランドゲート】から少し遠いことを除けば広さも十分でご希望に近い物件かと思います!」
ドマが案内した物件はファズオラの中心地から馬車で1時間ほどの小高い丘の上にあった。
3階建ての大きなお屋敷で、部屋数もありエリゼの希望した風呂や広いキッチン、庭園まで付いている。
「1年ほど空き家になっていますので少々お庭は荒れておりますが手入れをすれば見違えるかと」
「ほぅ、いいんじゃないか。 エリゼはどうじゃ?」
「わぁ!! おっきい! すごーい! こんな所に住めるなんてお姫様みたい!」
「こちら、一括でご購入頂けるなら3億8000万ギールとなっております!」
「ラビ様、ここに決めてしまってもよろしいんじゃないでしょうか?」
「ありがとうございます! ではお手続きを致しますね! それと、これだけ広いお屋敷ですと使用人や料理人、庭師など必要だと思いますが、ご希望があれば私達の方でご紹介できますが?」
「お気遣いありがとうございます。 ですが、使用人の当てはございますので大丈夫です。 即金で払いますので今日から住んでもよろしいでしょうか?」
「へっ? 書類の作成に数日いただきますので本来ならご入居はその後なんですが……それに見て頂いた通り家財道具などは一切ありませんよ?」
一行は屋敷の中を見て回っているが、備え付けの家具以外は一切無く、ガランとしているものだった。 エリゼは色々と妄想を膨らませながら見ているので終始楽しそうにブツブツ言っているが。
「大丈夫です。 大容量の収納庫を持っていますので」
冒険者や商人ならば拡張された亜空間にアイテムを収納する収納袋やアイテムバッグと呼ばれる魔導具を持っていたりする。 容量が少ない物でもそれなりに高価な魔導具だが、大容量の収納庫ともなれば迷宮から稀に産出するアーティファクト扱いの類いだ。 一部の大貴族や豪商ぐらいしか所持していない。
「収納庫…………そ、それならば……では、至急帰って手続きをしますので書類などは明日こちらにお持ちする、でよろしいですか?」
「ありがとうございます」
馬車に乗り込んだドマにヴァンスは鍵のついた金属製の小さなアタッシュケースを渡す。
「は、白金貨……こんなに……」
ドマはアタッシュケースを開くと中に入っていた白金貨を専用のモノクルで鑑定をする。
1枚につき1000万ギールにもなる最高額の貨幣の為、偽造防止の魔刻印が施してある。
貨幣専用のモノクルで覗けば偽造不可の刻印が浮かび上がるのだ。
「38枚全て本物ですね! で、ては早速店に戻って手続きを進めてきます!」
「よろしくお願いします」
遠ざかる馬車を見送った後、ヴァンスは飽きてアリの巣を眺めているラビリントスの下へ向かう。
「ラビ様、本日からこのお屋敷がお住まいになります。 そこでお願いがあるのですが……」
「なんじゃ?」
バラバラになった虫の死骸を巣に持ち帰るアリを眺めたままラビリントスが返事をする。
「アレから部屋に引きこもってしまっているニーアお嬢様も一緒に住まわせてもらってもよろしいでしょうか?」
あの廃宮での一件以来、ニーアはすっかり自室に引きこもってしまっていた。
元から引き篭もり体質ではあったが、更に酷くなり食事の時ですら姿を見せず、ヴァンスが部屋の前まで運んでいる有様である。
「ニーアか。 構わん、好きにしろ」
「ラビ様! ラビ様はあの小娘に甘いっス! あんな小娘を側においても何の役にも立たないっスよ!」
「グラ、お主も特に役に立っておらんがな」
「またまた〜っス……えっ、マジっスか!?」
「フフフ、ありがとうございます。 使用人等に関しましては瑠璃宮の者達を連れてこようと思いますがよろしいですか?」
「ふん、面倒事はヴァンスに任せる。 良きに計らえ」
「はっ」
ヴァンスが深くお辞儀をすると、話の終わったラビリントスは屋敷の中へと入っていく。
ラビリントスの眺めていた蟻の巣は、いつの間にか綺麗にならされ潰されていた。
巣穴を行き交っていた蟻たちは、1匹残らず動かなくなっていた。




