第8話 闇の使い方
二体目の角兎を仕留めた頃には、太陽がかなり高く昇っていた。
朝露を残していた草原はすっかり乾き、陽光を浴びた草の穂先が風に揺れるたび、緑の波が緩やかな丘を越えていく。歩き続けていた背中には薄く汗が滲み、革の装備が肩へ食い込む感触も、朝より少し重くなっていた。
二体目の角兎には、闇魔法を使わなかった。
一体目との戦いで、自分がどれほど不用意に相手の姿を隠してしまったのかを思い知ったからだ。
草むらから飛び出した角兎の動きを見極め、突進を半歩だけ避けて剣を振るう。
相手の姿が見えていれば、十年間繰り返してきた剣術は、ほとんど迷うことなく身体を動かしてくれた。
魔石と角を回収し、革袋の中身が増えたことを確かめると、俺は一度周囲を見渡した。
討伐依頼の達成まで、残る角兎は一体。まだ時間には余裕があるが、朝から歩き続けた身体には、そろそろ休息が必要だった。
街道から少し離れた場所に一本の木を見つけ、俺はその木陰へ向かった。
太い幹の根元には短い草が広がり、枝葉の隙間から落ちる陽光が、地面にまだらな模様を描いている。木の下へ入ると、草原を渡ってきた風が汗ばんだ首筋を撫で、陽の当たる場所よりもずっと涼しく感じられた。
俺は幹へ背中を預けるように腰を下ろし、鞄から朝メルが持たせてくれた昼食の包みを取り出した。
生成りの布を広げると、中には黒パンと干し肉が収められていた。
黒パンは朝より少し硬くなっていたが、噛むほどに素朴な小麦の味が広がり、塩気の強い干し肉と一緒に食べると、思っていた以上に腹が満たされる。
水筒の水を一口飲み、俺は木陰から見える草原へ目を向けた。
遠くにはグランベルの城壁が小さく見え、その向こうには、街の建物の屋根が陽光を受けて鈍く輝いている。近くでは小鳥が草の間を跳ね回り、時折、風に乗って虫の羽音が聞こえてきた。
王宮にいた頃なら、昼食の時間も場所も、あらかじめ決められていた。
食卓には温かな料理が並び、誰かが椅子を引き、食事が終われば次の予定を告げられる。
何不自由のない暮らしだったが、こうして自分で選んだ木陰に座り、持ってきた食料を食べていると、あの頃とは違う満足感があった。
自分で歩く場所を決め、疲れたら休み、腹が減れば食べる。
そんな当たり前のことが、今の俺には不思議と新鮮だった。
黒パンを食べ終え、残っていた干し肉を布へ戻そうとした時、その下から小さな干し果物が転がり出てきた。
「あ……そういえば」
朝、メルが笑いながら言っていたことを思い出した。
――歩き疲れた時に食べると、甘くて元気が出るんだよ。
掌へ載せた干し果物は、日に当たって少し温かくなっていた。
口へ入れると、最初は固かった果肉がゆっくりと柔らかくなり、濃い甘みが舌の上へ広がっていく。
思わず、頬が緩んだ。
朝、俺が昼食のことを考えていなかったと知った時、メルは呆れたように笑っていた。
けれど、こうして食べるものを用意してくれたことを思うと、あの明るい笑顔の奥にある優しさが、少しだけ分かった気がする。
「……帰ったら、お礼を言わないとな」
小さく呟いてから、俺はもう一度水を飲んだ。
冷たい水が喉を通り、歩き続けて火照っていた身体が少しずつ落ち着いていく。
木の幹へ背中を預けたまま空を見上げると、葉の隙間から青い空が覗いていた。風が吹くたびに枝が揺れ、足元へ落ちる光と影の模様が、静かに形を変えている。
枝葉が幾重にも重なった場所には濃い木陰ができているが、その縁では、葉の形をした小さな影が草の上を滑るように動いていた。
俺は何気なく、その一つを目で追った。
風に揺れる葉に合わせて、小さな影が右へ左へ移動する。
その様子を見ていた時、今朝の戦いが頭に浮かんだ。
角兎を覆った黒い靄。
魔法は狙いどおりに発動したが、闇の中に隠れた角兎の姿を、俺自身も見失ってしまった。
あの時は、相手の身体をすっぽりと覆うように闇を広げていた。
けれど、目の前の小さな影を見ているうちに、別の考えが浮かんできた。
闇は、必ずしも大きく広げる必要はないのではないか。
例えば、相手の顔だけを覆うくらいの大きさにできたら。
身体の動きを見失うことなく、相手の視界だけを妨げられるかもしれない。
胸の奥で、何かが静かに動いた。
俺は昼食の包みを丁寧に畳んで鞄へしまい、周囲に魔物の気配がないことを確かめてから立ち上がった。
◇
木陰から数歩離れたところで、俺は左手を前へ出した。
草原には変わらず穏やかな風が吹いていたが、手のひらを上へ向けると、身体の奥にある魔力の流れが少しずつ意識へ浮かび上がってくる。
最初に闇魔法を使った時には、その感覚を捉えるだけでも苦労した。
今では、冷たい水が細い管を通るような感触を思い浮かべれば、左腕へ魔力を導くことができる。
俺は掌の先へ意識を集中させ、静かに魔法を発動した。
「《ダーク》」
黒い靄が生まれた。
いつものように周囲へ広がろうとする闇を見つめながら、俺は魔力の流れを少しずつ抑えていった。
これまでは、できるだけ大きく広げることを意識していた。
しかし、今度は逆だ。
広がろうとする闇を、狭い範囲へ留める。
最初は人の頭ほどの大きさで安定したが、そこからさらに小さくしようとすると、黒い靄の輪郭が細かく揺れ始めた。
魔力を強く抑え込めば、闇そのものが薄くなる。反対に、少しでも意識を緩めると、押さえられていた靄が周囲へ広がってしまう。
俺は眉を寄せ、左手の先で揺れる黒い塊を見つめた。
剣を握る時も、似たようなことがある。
柄を強く握りすぎれば手首の動きが鈍り、逆に力を抜きすぎれば、斬撃の瞬間に刃筋が安定しない。
必要なのは、ただ力を込めることではない。
使うべき力を、必要なだけ保つことだ。
俺は一度呼吸を整え、魔力を無理に押さえつけるのではなく、流れの量を少しずつ調整するように意識を変えた。
すると、広がろうとしていた闇の輪郭が、わずかに落ち着いた。
さらに慎重に魔力を調整すると、黒い靄は拳二つ分ほどの大きさまで縮まった。
完全な球ではない。
煙とも霧ともつかない黒い塊が、掌の先でゆっくりと形を変えている。
それでも、先ほどのように勝手に広がってしまうことはなかった。
「……これくらいなら」
俺は黒い塊を見つめながら、角兎の顔を思い浮かべた。
身体全体を覆うには小さすぎる。
だが、頭の周りだけなら、十分に覆える大きさだ。
俺は左手を少し前へ動かし、闇を掌から離してみた。
黒い塊が、ゆっくりと前へ進んでいく。
掌の先から見えない糸が伸び、その先にある闇を引いているような、不思議な感触がある。
右へ動かせば、闇も右へ滑る。
左へ動かせば、少し遅れて左へ寄る。
ただ、距離が離れるにつれて、魔力の感覚は少しずつ曖昧になっていった。
三メートルほどなら、まだ形を保てる。
四メートルを越えると、闇の端が細かく揺れ始め、五メートル近くまで離したところで、黒い塊は薄い靄となって散りかけた。
俺は慌てて左手を引き、闇を掌の近くへ戻した。
「……まだ、この辺りが限界か」
魔力の流れを止めると、黒い靄は空気へ溶けるように消えていった。
手のひらには、かすかな冷たさだけが残っている。
今のところ、闇を小さく保ちながら動かせる距離は、せいぜい四メートル程度だろう。
それでも、使い方によっては役に立つかもしれない。
俺はもう一度周囲を確かめ、腰の剣を抜いた。
右手に剣を構え、左手の先へ小さな《ダーク》を生み出す。
これまでの訓練では、剣を振るう動きに合わせて魔力が乱れ、黒い靄が消えてしまうことが多かった。
今なら、少しは違うかもしれない。
俺は左手の闇を保ちながら、右手の剣をゆっくりと動かした。
肩を回し、肘を伸ばし、刃先を斜めへ滑らせる。
黒い塊はわずかに揺れたが、消えることはなかった。
次に、少しだけ動きを速めてみる。
剣が空気を切る音に合わせて闇の輪郭が揺れたものの、左手へ意識を戻せば、どうにか形を保つことができる。
しかし、本来の斬撃に近い速度で踏み込んだ瞬間、状況は変わった。
足から腰へ力を伝え、右腕の剣を振り抜こうとしたところで、意識が自然と剣へ集中する。
そのわずかな間に左腕を流れていた魔力が乱れ、掌の先の闇は輪郭を失って消えてしまった。
俺は剣を振り抜いた姿勢のまま、しばらく左手を見つめた。
「……やっぱり、まだ難しいか」
剣を振るうだけなら、何も問題はない。
闇魔法を発動するだけなら、以前よりずっと安定してきた。
けれど、二つを同時に行おうとすると、どうしても意識が片方へ偏ってしまう。
十年間かけて身体へ染み込ませた剣術と、覚えてまだ数日の闇魔法。
同じように扱えないのは、当然なのかもしれない。
俺は剣を下ろし、少し考えた。
これまでは、剣と魔法を同時に使えるようになることばかりを目指していた。
右手で剣を振るいながら、左手で闇を操る。
それができれば、確かに戦い方の幅は広がるだろう。
しかし、今の俺にはまだ難しい。
ならば、本当に同時に使う必要があるのだろうか。
俺は右手の剣へ目を落とした。
磨かれた刃が陽光を受け、細い銀色の光を返している。
剣術では、相手の攻撃を受け流してから反撃することがある。
相手の剣を逸らし、姿勢が崩れたところへ踏み込む。
あるいは、こちらから牽制を仕掛け、相手が防御へ意識を向けた瞬間に、本命の斬撃を放つ。
それらは、必ずしも完全に同時の動作ではない。
相手の動きを変え、生まれた隙を利用して剣を振るう。
ならば、闇魔法も同じように考えられるのではないか。
魔法で相手の動きを乱す。
その直後に、剣で仕留める。
同時に使えないのなら、順番につなげればいい。
俺は剣を構え直し、左手を前へ出した。
小さな《ダーク》を生み出し、少し離れた草の上へ動かしてみる。
黒い塊が前へ滑り、狙った場所で揺れた。
俺はそこで魔力の流れを断ち、闇が薄れ始めたところで剣へ意識を切り替えた。
踏み込んで、斬る。
剣が空気を裂き、足元の草が風圧で小さく揺れた。
魔法を維持しながら斬る時とは違い、剣の動きには迷いがなかった。
ただし、闇を消してから剣へ意識を切り替えるまでに、ほんのわずかな間がある。
今の俺には、その時間を完全になくすことはできない。
それでも、さっきよりずっと自然に動けた。
俺はもう一度、同じ動作を繰り返した。
闇を作り、動かし、消す。
そして、剣を振るう。
何度か試すうちに、魔法を終えてから剣へ移る感覚が、少しずつ掴めてきた。
剣と魔法を別々の技術として考えるのではなく、一つの戦いの中で役割を分ける。
そう考えると、これまで上手く噛み合わなかった二つの力が、ほんの少しだけ近づいたような気がした。
もちろん、訓練場と実戦は違う。
朝、エレナに言われた言葉を思い出し、俺は剣を鞘へ戻した。
今の方法が本当に通用するかどうかは、魔物を相手にしてみなければ分からない。
ただ、先ほどまでとは違い、何を試したいのかははっきりしていた。
俺は木陰へ戻って鞄を背負い、草原の向こうへ目を向けた。
依頼達成まで、あと一体。
次の角兎を見つけたら、今の方法を試してみよう。
そう決めて、俺は再び歩き始めた。
◇
三体目の角兎を見つけたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
草原は朝よりも明るく、陽光を受けた草の穂先が、緩やかな風に合わせて銀色に揺れている。小高い場所から下りかけた時、少し先の草むらで白いものが動いたのが見え、俺は足を止めた。
距離は十五メートルほど。
草の間から覗く白い身体と、額から伸びる細い角。
間違いなく、角兎だ。
俺は周囲を見渡し、足元の地形を確かめた。
近くに大きな岩や木はなく、地面も比較的平らだ。草は膝ほどの高さまで伸びているが、相手が突進してくれば、その動きは十分に見えるだろう。
風は俺の背中から角兎の方へ吹いていた。
こちらの匂いが届いたのか、角兎は草を食むのを止め、ゆっくりと顔を上げた。
赤い瞳が、まっすぐこちらを捉える。
俺は右手で剣を抜いた。
左手を前へ出し、身体の奥から魔力を引き上げる。
朝、一体目の角兎を相手にした時には、魔法で身体全体を覆おうとした。
しかし、今度は違う。
必要なのは、相手の動きを一瞬だけ乱すことだ。
俺は掌の先へ意識を集中させ、先ほど練習した大きさを思い浮かべた。
「《ダーク》」
黒い靄が生まれた。
周囲へ広がろうとする闇を抑え、拳二つ分ほどの大きさへ留める。
輪郭はまだ不安定だったが、左手の先で黒い塊がゆっくりと揺れている。
角兎が低く身を沈めた。
発達した後脚に力が溜まり、額の角がこちらへ向けられる。
俺は剣を構えたまま、相手の動きを見つめた。
角兎が地面を蹴る。
白い身体が草を押し分け、真っ直ぐこちらへ迫ってきた。
速い。
しかし、一体目の時とは違い、相手の姿ははっきりと見えている。
後脚の動きも、頭の向きも、突進の軌道も分かる。
俺はすぐには魔法を動かさず、角兎との距離を測った。
十メートル。
八メートル。
まだ遠い。
この距離から闇を飛ばしても、途中で形が崩れてしまうだろう。
俺は左手の魔力を一定に保ちながら、右手の剣を少しだけ引いた。
角兎は勢いを緩めることなく近づいてくる。
六メートル。
白い身体がさらに低く沈み、額の角が俺の腹へ向けられた。
五メートル。
今なら届く。
俺は角兎の顔へ意識を集中させ、左手をわずかに押し出した。
「行け!」
黒い塊が、草の上を滑るように前へ飛んだ。
そのわずかな間にも角兎は勢いを緩めずに突進を続け、俺が放った闇との距離を一気に縮めていた。
闇が狙った位置へ届くより先に、白い身体が一歩分ほど踏み込んでくる。
俺は咄嗟に魔力の流れを調整し、闇を角兎の顔へ追いつかせようとした。
しかし、動きを速めた途端に黒い塊の輪郭が乱れ、狙いもわずかに右へずれてしまう。
このままでは、顔を完全には覆えない。
そう判断した瞬間、俺は無理に修正するのをやめた。
狙いを変える。
顔全体でなくてもいい。
片側の視界を塞ぐだけでも、突進の軌道を乱せるかもしれない。
俺は左手の位置をわずかに変え、黒い塊を角兎の右目側へ寄せた。
闇が、白い顔の半分を覆う。
赤い瞳の片方が黒い靄に隠れた瞬間、角兎が反射的に頭を振った。
突然視界の一部を奪われたことで、前脚の着地点がわずかに外へ流れ、一直線だった突進の軌道が横へずれる。
だが、勢いそのものは止まらない。
角兎は姿勢を崩しながらも、鋭い角を前へ突き出してきた。
俺はその動きを見極め、左手へ流していた魔力を断った。
黒い靄が薄れ始める。
同時に剣へ意識を移そうとしたが、切り替えにはわずかな遅れがあった。
その間にも、角兎は迫ってくる。
俺は右足を引き、身体を半身に開いた。
額の角が、革鎧の脇をかすめる。
硬いものが革を擦る音が耳元近くで響き、腹の横へ冷たい感覚が走った。
だが、角兎の頭はすでに俺の身体の外側へ流れていた。
無理に剣を振れば、刃筋が乱れる。
俺は一瞬だけ踏み込みを待ち、相手の前脚が地面へ触れた瞬間を捉えた。
崩れた姿勢を立て直そうとする角兎の首筋が、剣の届く位置へ入る。
俺は地面を踏みしめ、腰の回転を右腕へ伝えた。
刃が、白い毛並みの下へ滑り込む。
一閃。
角兎の身体が勢いを失い、草の上へ落ちた。
短く地面を転がったあと、白い身体はそのまま動かなくなった。
俺は剣を振り抜いた姿勢のまま、しばらく動けなかった。
草原を渡る風が、汗ばんだ頬を撫でていく。
足元では、踏み倒された草がゆっくりと起き上がり、遠くから小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
右手には、いつもの斬撃と変わらない感触が残っていた。
踏み込みの深さも、刃筋も、剣を振り抜いた時の身体の動きも、これまで何度も繰り返してきたものだ。
けれど、左手にはまだ、闇魔法を使った時の冷たい感覚が残っている。
右手の剣と、左手の闇。
今までは、どちらか一方を使おうとすると、もう一方が上手く扱えなかった。
それが、今の戦いでは違った。
闇魔法で相手の動きを乱し、その隙へ剣を振るった。
二つの力が、一つの戦いの中で初めてつながったのだ。
俺はゆっくりと剣を下ろした。
胸の奥から、遅れて熱いものが込み上げてくる。
剣を握る右手に力が入り、思わず口元が緩んだ。
「……これだ」
自然に言葉が漏れた。
闇で相手の視界を乱し、その隙へ剣を振るう。
まだ魔法から剣へ意識を切り替えるまでには、わずかな遅れがある。
さっきも角兎の突進を避けるのが精一杯で、革鎧の脇を角がかすめていた。
それでも、今まで別々に扱っていた二つの力が、一つの戦いの中で初めてつながった。
俺は左手を開き、掌に残るかすかな冷たさを確かめた。
思い返せば、最初に生み出した闇は、木の標的に当たっても、ぽふっ、と消えるだけだった。
あの時は、まさかこんな使い方ができるとは思わなかった。
「……面白いな、闇魔法って」
小さく呟くと、自然と笑みがこぼれた。
まだまだ試してみたいことがある。
けれど、その前に。
俺は草の上に倒れた角兎へ目を向けた。
まずは、依頼をきちんと終わらせなければ。
◇
三体目の角兎から魔石を取り出す頃には、陽が少し西へ傾き始めていた。
解体用の小刀を握る手つきは、朝よりも幾分落ち着いていた。
まだ慣れたとは言えないが、魔石の位置を探す時に無駄な力を入れなくなり、角を取り外す際にも、刃を入れる場所を慎重に選べるようになっている。
取り出した魔石を布で拭い、革袋へしまう。
続いて、額の角を傷つけないよう丁寧に外し、残りの素材と一緒に収めた。
革袋の中には、三つの魔石と三本の角が入っている。
袋の口を閉じると、魔石同士が小さく触れ合い、乾いた音を立てた。
これで、依頼は達成だ。
俺は立ち上がり、草原の向こうへ目を向けた。
遠くにはグランベルの城壁が見える。
朝、街を出た時にはまだ淡い色をしていた空が、今は少しずつ柔らかな午後の光へ変わり始めていた。風に揺れる草の穂先が陽光を受け、緩やかな丘の向こうまで金色の筋を描いている。
俺は鞄を背負い直し、革袋を腰へ結びつけた。
歩き出すと、袋の中で魔石が小さく触れ合う音がした。
朝は、依頼を無事に終えられるかどうか、そればかり考えていた。
今は、その革袋の重みが心地よかった。
俺は歩きながら、朝のギルドでエレナに言われた言葉を思い出した。
――今日も、夕方までには帰ってきてくださいね。
空を見上げると、太陽はまだ十分に高い位置にある。
このまま戻れば、夕方までには街へ着けるだろう。
宿へ帰ったら、メルにも昼食のお礼を言わなければならない。
干し果物の甘みを思い出すと、自然と頬が緩んだ。
草原を渡る風が、汗ばんだ頬を柔らかく撫でていく。
俺は少しだけ歩幅を広げた。
遠くにはグランベルの城壁があり、その向こうには、夕暮れへ向かう街の屋根が並んでいる。
腰の革袋から、また小さく魔石の触れ合う音がした。
今日の依頼は、無事に終わった。
それに、エレナさんへ報告したいことが、もう一つ増えた。
俺は何気なく右手を腰の剣へ添えた。
ふと左手を開くと、掌にはまだ、闇魔法を使った時のかすかな冷たさが残っていた。
俺はその手をしばらく見つめ、それから小さく笑った。
午後の陽光が草原を金色に染める中、俺はグランベルへ向かって歩き続けた。
お読みいただき、ありがとうございます。
これからどのように成長していくのか、楽しんでいただければ嬉しいです。




