第12話 森の歩き方
東部森林までは、グランベルから街道を歩いて二時間ほどかかる。
街を出てからしばらくは、穏やかな田園風景が続いていた。城壁を離れるにつれて街道沿いの建物は少なくなり、代わりに広い農地が左右へ伸びていく。
低い石垣の向こうでは朝露を残した麦の穂が風に揺れ、畑へ向かう農夫たちが鍬を肩に担いで歩いていた。時折すれ違う荷車からは野菜や干し草の匂いが漂い、車輪が石畳から土の道へ移るたびに、乾いた軋みが朝の空気へ響いている。
頭上には雲の少ない青空が広がり、昇り始めた太陽が街道を明るく照らしていた。背中の荷物は歩くたびに小さく揺れ、肩紐の当たる場所には少しずつ重みが感じられるようになってきたが、昨日まで一人で歩いていた道を、今日は三人の仲間と進んでいる。それだけで、同じ景色もどこか違って見えた。
そんなのどかな道を歩きながら、リックは朝から何度も俺へ話しかけてきた。
「なあアルク。本当に闇魔法士なんだよな?」
「そうです」
「何ができるんだ?」
「今は《ダーク》だけです」
「だけ?」
「だけです」
「攻撃魔法は?」
「ありません」
リックは何とも言えない顔をした。
赤い髪を朝風に揺らしながら、しばらく俺の顔を眺めていたが、やがて困ったように眉を寄せる。
「それでよく魔法士名乗れるな」
「俺が決めたジョブじゃありません」
思わずそう返すと、隣を歩いていたフィナが吹き出した。
「でも昨日、剣は十年って言ってたよね」
「はい」
「じゃあ剣士でいいじゃん」
「俺もそう思ってたんですけど」
「適性ジョブが《闇魔法士》だった、と」
「そういうことです」
フィナは面白そうに笑いながら、俺の顔を覗き込んできた。
朝日に照らされた短い金髪が軽やかに揺れ、澄んだ瞳には好奇心が浮かんでいる。身体の動きを妨げない軽装の革鎧は、細身ながらしなやかに引き締まった体つきによく馴染み、肩から背負った弓と矢筒も、彼女にとっては身体の一部のように自然だった。
街道の小石を軽やかに避けながら歩く姿には、どこか小動物を思わせる身軽さがある。そんな彼女が不意に顔を近づけてきたものだから、俺は少しだけ戸惑い、慌てて前方へ視線を戻した。
王族だったことだけを伏せれば、俺の事情は説明そのものは簡単だった。
五歳から剣を習い続けてきたのに、十五歳の適性の儀で与えられたジョブは《闇魔法士》。
しかも、魔法を正式に習ったことすらない。
こうして改めて口にすると、自分でも随分とちぐはぐだと思う。
「よく分かんねえな」
リックが首を捻った。
「俺もまだ分かってません」
「適性ジョブと実際の戦い方が違う奴なら、たまにいるぞ」
前を歩いていたガレスが口を挟んだ。
「珍しいんですか?」
「珍しくはある。だが、いないわけじゃねえ。神官適性なのに槌を振り回す奴もいるし、狩人なのに弓を使わず短剣ばかり使う奴もいる」
「じゃあ、闇魔法士が剣を使っても……」
「好きにすりゃいい」
ガレスは振り返らないまま、あっさりと答えた。
「冒険者はジョブ名で魔物を倒すわけじゃねえ。自分が何をできるのか知って、生き残れる戦い方を覚えた奴が残る」
その言葉を聞いたとき、俺は思わずガレスの背中を見つめた。
使い込まれた革鎧には細かな傷がいくつも刻まれ、肩から背負った円盾にも、長年の戦いを物語るような痕跡が残っている。何気ない口調で告げられた言葉だったが、そこには実際に危険な依頼を重ねてきた者だけが持つ、揺るぎのない実感があるように思えた。
王宮では、レグナード王家の者なら剣士であることが当然だった。
剣を極め、その先に《魔剣士》や《剣聖》を目指す。
幼い頃からそう教えられ、俺自身も疑問を持つことなく十年間、剣を振り続けてきた。
けれど、ここでは違うらしい。
ガレスは俺が《闇魔法士》であることを知っても、剣を捨てろとは言わなかった。
それどころか、自分にできることを知り、それを活かせばいいと、まるで当たり前のことのように言う。
朝の風が麦畑を渡り、金色に近づき始めた穂の群れが、波のように揺れていた。
その景色を眺めながら、俺は腰に下げた剣の柄へそっと手を添えた。
十年間磨いてきたこの剣を、これからも振るっていい。
それだけのことが、今は少し嬉しかった。
◇
やがて農地が途切れ、街道の先に大きな森が見えてきた。
遠くから眺めていたときには、緑色の木々が連なっているだけに見えた東部森林だったが、近づくにつれてその印象は変わっていく。背の高い広葉樹が幾重にも枝を広げ、その下には若木や低い灌木が密集していた。木々の隙間には薄い朝靄が残り、森の奥へ視線を向けても、重なり合う葉と幹に遮られて、その先までは見通せない。
街道の両側に広がっていた明るい農地とは違い、森の入り口にはひんやりとした空気が漂っていた。
風に乗って届く匂いも変わっている。乾いた草や麦の香りに代わり、湿った土と苔、樹皮や落ち葉が混ざり合った、少し重たい匂いが鼻をくすぐった。
「ここからは気をつけろ」
森の入り口で足を止めたガレスが、俺たちを振り返った。
「この辺りはまだ比較的安全な場所だが、森に入れば何が出てくるか分からねえ。街道と同じつもりで歩くなよ」
「はい」
「それと、ここからは無駄口を控えろ。声は思ってるより遠くまで届く」
その言葉に、先ほどまで冗談を言っていたリックも表情を引き締めた。
フィナはすでに弓の位置を確かめ、腰の短剣が邪魔にならないよう軽く調整している。
街道では楽しそうに笑っていた彼女の横顔にも、いつの間にか真剣な色が浮かんでいた。
「フィナ、先を頼む」
「うん、任せて」
短く答えたフィナが、自然な動作で先頭へ出た。
俺たちはその後ろに続き、森へ足を踏み入れる。
頭上では枝葉が幾重にも重なり合い、さっきまで全身を照らしていた朝の光が急に細くなった。木漏れ日は地面に不規則な模様を描き、風が吹くたびに淡い光の斑点が落ち葉の上を滑っていく。湿った土は街道よりも柔らかく、踏みしめるたびに靴底がわずかに沈んだ。
どこかで鳥が鳴き、その声に応えるように別の方向からも鳴き声が返ってくる。姿の見えない虫の羽音や、風に擦れ合う葉の音が絶え間なく響いていたが、不思議なことに、森全体は街道よりもずっと静かに感じられた。
その中を歩き始めてすぐ、俺はフィナの足運びに目を奪われた。
彼女の歩き方は、街道にいたときとはまるで違っていた。
落ち葉や小枝が散らばる地面を進んでいるはずなのに、ほとんど足音がしない。細い木の根を避け、柔らかな土を選び、時には少し遠回りをするように足を運んでいるが、その動きには迷いがなかった。
細身の身体が木々の間を滑るように進み、短い金髪が肩先で小さく揺れる。腰を落として低い枝をくぐる動作も自然で、周囲を警戒しながら歩いているというより、森そのものに馴染んでいるように見えた。
俺も真似をして、なるべく音を立てないように足を運んでみる。
剣術の訓練では、重心の移動や足運びを徹底的に教え込まれてきた。
だから、静かに歩くことくらいは難しくないと思っていたのだが、森の地面は訓練場のように平らではない。
足元の柔らかさも場所によって異なり、少し体重をかけただけで落ち葉が乾いた音を立てる。
どうにか足音を抑えようと注意していると、背後から低い声がかかった。
「アルク」
「はい?」
「足元をよく見ろ」
ガレスの言葉に視線を落とすと、靴のすぐ先に乾いた枯れ枝が横たわっていた。
もう少しで踏むところだった。
慌てて足をずらすと、ガレスは小さく頷いた。
「剣の間合いを見るときみたいに、足を置く場所も先に見ておけ。踏んでから気づいても遅えぞ」
「分かりました」
俺は頷き、今度は少し先の地面まで注意して歩き始めた。
けれど、数歩進んだところで再び声がかかる。
「そこもだ」
足を止めて地面を見たが、今度は落ち葉が積もっているだけにしか見えなかった。
「……何かあるんですか?」
「その落ち葉の下、空洞になってる。踏めば大きな音がするぞ」
ガレスが指した場所をよく見ると、確かに落ち葉の一部が不自然に盛り上がっていた。土が詰まっているように見える場所とは違い、枯れ葉の重なり方にもわずかな隙間がある。
試しに近くの落ち葉を足先で軽く押してみると、湿った地面とは違う頼りない感触が返ってきた。
「本当だ……」
「森じゃ、見えてる地面がそのまま足場とは限らねえ。腐った枝や落ち葉の下に穴があることもあるし、ぬかるみに足を取られることだってある。音を立てるだけならまだいいが、転んで怪我でもしたら面倒だからな」
ガレスはそう言って、俺の肩越しに前方へ視線を向けた。
「慣れねえうちは、少しゆっくりでもいい。まずは周りを見ることだ」
「はい」
返事をしながら、俺は改めて足元へ目を向けた。
さっきまで同じように見えていた落ち葉の地面にも、色や重なり方、湿り具合に違いがある。木の根が地表を這う場所では土が盛り上がり、少し離れたところには獣が通ったのか、下草が細く倒れた跡も見えた。
それらが何を意味するのかは、まだ分からない。
けれど、注意して見なければ、存在することにさえ気づけなかっただろう。
そう考えながら歩いていると、先頭のフィナがふいに片手を上げた。
それまで一定の速さで進んでいた足がぴたりと止まり、後ろに続いていたガレスとリックも、ほとんど同時に動きを止める。
俺も慌てて立ち止まった。
フィナはしばらく前方を見つめていたが、やがて視線を足元へ落とすと、音を立てないようにその場へしゃがみ込んだ。
短い金髪が頬にかかり、彼女はそれを指先でそっと耳へ掛ける。先ほどまでの明るい笑顔は消え、細められた瞳が湿った地面の一点をじっと見つめていた。
その真剣な横顔に、俺は思わず見入ってしまった。
街道ではリックの冗談に笑い、気さくに話しかけてくれた彼女が、今はまるで別人のように見える。
小柄でしなやかな身体を低く構え、わずかな物音にも反応できるよう周囲へ意識を向けている姿には、普段の快活さとは異なる凛とした美しさがあった。
やがてフィナは、地面の一点へ指先を伸ばした。
「……ゴブリン」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
フィナが示した場所を覗き込んでみるが、そこには黒っぽい湿った土と、ところどころに散らばった落ち葉があるだけだった。
「分かるんですか?」
声を潜めて尋ねると、フィナは小さく頷いた。
「うん。ここ、見て」
彼女が指先で落ち葉を一枚だけ避けると、その下に浅い窪みが現れた。
最初はただの地面の凹凸にしか見えなかったが、よく見ると、細長い形の跡がいくつか並んでいる。人間の足跡よりもずっと小さく、つま先にあたる部分が不自然に広がっていた。
「これが足跡ですか?」
「そう。ゴブリンの足跡。ほら、こっちにもあるでしょ?」
フィナが少し先を指差した。
俺は彼女の示す方向へ目を凝らしたが、やはりすぐには分からない。何度か視線を行き来させているうちに、ようやく同じような形の窪みが、落ち葉の隙間に続いていることに気づいた。
「……あ、本当だ」
「でしょ?」
フィナは小さく微笑んだ。
自分が見つけたものを俺にも見つけられたことが嬉しいのか、その表情には先ほどまでの鋭さとは違う、柔らかな親しみが浮かんでいる。
「でも、よくこんなのを見つけられますね。俺には全然分かりませんでした」
「慣れだよ。最初は私も、何が何だか分からなかったもの」
そう言いながら、フィナは再び地面へ視線を戻した。
「足跡だけを探そうとすると、かえって見つからないこともあるんだ。落ち葉の乱れ方とか、草が倒れてる向きとか、周りと違うところを探すの」
彼女が指した先には、細い下草が数本、同じ方向へ押し倒されている場所があった。そのすぐ横には、まだ乾ききっていない土がわずかに盛り上がっている。
言われてみれば、確かに周囲とは違って見える。
けれど、フィナが何も言わなければ、俺はその上を何の疑問もなく通り過ぎていただろう。
「三……いや、四体かな」
フィナは小さく呟き、足跡の続く先へ目を向けた。
「昨日の夕方くらいに、ここを通ってると思う」
「方向は?」
ガレスが尋ねる。
「あっち。森の奥へ向かってる」
フィナは木々の間を指差した。
そこには低い灌木が茂り、その向こうに幾重もの木の幹が並んでいる。朝の光は枝葉に遮られ、奥へ進むほど薄暗くなっていた。
俺には、そこをゴブリンが通ったということさえ分からない。
「四体か。依頼の対象と同じ数だな」
ガレスは周囲を見渡しながら、低い声で言った。
「まだ近くにいると思うか?」
「どうかな。足跡は新しくないし、ここから先は少し地面が硬くなってるから、追うなら慎重に見ないと」
「分かった。無理に追う必要はねえ。周囲を警戒しながら進もう」
短いやり取りを交わすと、ガレスは俺たちにも周囲へ注意を向けるよう合図した。
リックはすでに剣の柄へ軽く手を添え、先ほどまでの気楽な表情を消している。
フィナも立ち上がると、足跡の続く方向だけでなく、左右の木々や頭上の枝葉へ素早く視線を走らせた。
その様子を見て、俺はもう一度、地面に残された小さな窪みへ目を落とした。
剣術なら、俺の方が上手いかもしれない。
少なくとも、これまで見たリックの立ち方や足運びからは、そう感じることがあった。
けれど、この森ではどうだろう。
フィナが見つけたゴブリンの足跡も、ガレスが教えてくれた落ち葉の下の空洞も、俺は自分では気づくことができなかった。
王宮で十年間剣を振り続け、相手の構えや重心のわずかな変化を見抜く訓練を重ねてきた。
けれど、森の地面に残された痕跡を読むことは、誰からも教わったことがない。
同じものを見ているはずなのに、フィナにはそこからゴブリンの数や進んだ方向まで分かる。
それが、素直にすごいと思った。
「アルク」
ガレスが声を潜めて呼んだ。
「はい」
「今日は剣だけ覚えて帰ろうとするな」
俺が顔を上げると、ガレスは森の奥へ視線を向けたまま続けた。
「森の見方を覚えろ。魔物と戦う前に、まず魔物を見つけなきゃならねえし、こっちが先に見つかっちまったら、それだけで不利になることもある」
「……はい」
「剣を抜く前にできることは、思ってるより多いんだ」
俺は頷き、フィナが指し示してくれた足跡をもう一度確かめた。
落ち葉の間に残された浅い窪みは、場所を知っている今なら見分けられる。
けれど、少し離れたところへ目を向けると、同じような痕跡があるのかどうか、途端に分からなくなってしまった。
フィナはそんな俺の様子を見て、小さく微笑んだ。
「最初から全部見つけようとしなくてもいいよ。まずは、周りと違うところを探してみて」
「周りと違うところ……」
「うん。地面だけじゃなくて、草とか枝とかもね」
彼女はそう言って立ち上がると、弓の位置を確かめ、再び先頭へ向かった。しゃがんでいた間に頬へかかった短い金髪を指先で払い、木々の間へ鋭い視線を向ける。その動きには無駄がなく、森に入ってからの彼女は、街道で笑っていたときとはまた違う魅力を見せていた。
俺も立ち上がり、三人の後に続いた。
森の奥へ進むにつれて、木々の間隔は少しずつ狭まり、頭上を覆う枝葉も厚くなっていく。足元には太い木の根が複雑に這い、柔らかな土の上に積もった落ち葉が、踏みしめるたびに湿った音を立てた。
ときおり枝の隙間から光が差し込むものの、明るい場所と暗い場所の差が大きく、少し先の地面さえ見分けにくいところがある。
俺はフィナの足運びを真似しながら、なるべく先の足場を確かめて歩いた。
剣術の訓練では、相手の動きを見ながら足を運ぶことが当たり前だった。
だが、森の中では相手がいなくても、常に周囲へ注意を向けなければならない。
目の前の木の根を避けようとすれば、その先にある落ち葉の窪みを見落としそうになり、足元ばかり気にしていると、今度は顔の高さに伸びた枝へぶつかりそうになる。
思っていた以上に、森を歩くというのは難しい。
それでも、フィナが何を見ているのか意識するようになってから、少しずつ気づくものが増えてきた。
ある場所では、下草が一方向へ倒れていた。別の場所では、木の幹の低い位置に、何かが擦れたような跡が残っていた。
どれも魔物の痕跡とは限らないが、これまでなら気にも留めなかったものばかりだ。
しばらく進んだところで、フィナが低い茂みの前にしゃがみ込んだ。
俺も少し離れた場所から覗き込むと、細い枝が一本、不自然な角度で折れているのが見えた。折れ口にはまだ明るい色の木肌が残り、その下の葉には、何かが擦れたような小さな傷がついている。
「……ここも、何かが通った跡ですか?」
小声で尋ねると、フィナは少し驚いたようにこちらを振り返った。
そして、嬉しそうに目を細める。
「うん。よく見つけたね」
その笑顔に、俺も思わず頬を緩めた。
フィナは俺が見つけた枝へ視線を戻し、折れ口を確かめるように顔を近づけた。
「ただ、これだけじゃ何が通ったのかは分からないよ。小さな獣かもしれないし、さっきのゴブリンたちとは別かもしれない」
「そうなんですね」
「うん。だから、ほかにも跡がないか探すの」
そう言って、フィナは周囲の下草や地面を丁寧に調べ始めた。
俺も彼女の隣で目を凝らしてみたが、折れた枝以外に不自然なものは見つけられなかった。
湿った土にはいくつもの落ち葉が重なり、細い木の根が複雑に入り組んでいる。少しでも視線を動かすと、先ほど見つけた枝の位置さえ分からなくなりそうだった。
フィナはしばらく調べた後、小さく首を振った。
「これだけじゃ、はっきりしないかな」
「そうか。なら、先へ進もう」
ガレスが頷き、俺たちは再び歩き始めた。
森の中では、時間の流れが街道とは違って感じられた。頭上を覆う葉が太陽の位置を隠しているため、どれほど歩いたのかも分かりにくい。
時折聞こえていた鳥の声も、木々の奥へ進むにつれて遠くなり、代わりに風で揺れる枝の軋みや、足元で落ち葉が擦れる音が耳につくようになっていた。
先頭のフィナは、ときどき足を止めて周囲を確かめながら進んでいる。
ガレスはその少し後ろで全体の様子を見渡し、リックも剣に手を添えられる位置を保ちながら、左右の茂みに注意を向けていた。
俺は三人の動きを横目で確かめ、自分もなるべく音を立てないように足を運んだ。
背負い袋の肩紐が少しずつ肩へ食い込んできたが、荷物の位置を直すときにも、周囲から目を離さないように気をつける。
ふと、先ほどフィナが見つけた足跡のことを思い出した。
四体のゴブリンが、昨日の夕方、この森の奥へ向かって歩いていた。
あの浅い窪みだけで、フィナは数も進んだ方向も読み取っていた。
けれど、足跡を残したゴブリンたちが今どこにいるのかまでは、まだ分からない。
俺は前方の木々へ視線を向けた。
幹と幹の間には暗い茂みが続き、少し離れた場所では、風に揺れた葉がかすかな音を立てている。どこを見ても同じような景色に思えるが、フィナたちの目には、きっと俺の知らない違いが見えているのだろう。
そう考えながら、俺は足元の落ち葉へ視線を戻した。
少し先に、下草が不自然に倒れている場所がある。
何かが通った跡かもしれないと思い、注意して見てみたが、そこから先に続く痕跡は見つけられなかった。
俺が首を傾げていると、前を歩くフィナが振り返り、声を出さずに小さく笑った。
どうやら、俺が何をしていたのか分かったらしい。
彼女は足元を指先で示し、それから前方へ視線を向けた。
俺も頷き、歩き始める。
森の奥から吹いてきた風が、頭上の枝葉を静かに揺らした。鳥の声が遠くに聞こえ、湿った土の匂いが濃くなる中、俺たちは足音を抑えて歩き続ける。
あの小さな足跡を残した四体のゴブリンも、今はこの森のどこかにいる。
俺は腰に下げた剣の位置を確かめ、再び前を向いた。




