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第11話 初めてのパーティー

 翌朝、グランベルの街は、まだ夜の名残を色濃く残していた。


 東の空には薄い青が滲み始めていたが、建物の隙間や細い路地には夜明け前の冷気が沈み、石畳もしっとりと湿っている。遠くでは荷車の車輪が軋む音が響き、どこかの家からは朝食の支度をするために薪を割る音が聞こえてきた。


 街が眠りから覚めるにはもう少しかかりそうだったが、商人や職人たちの一日は、すでに動き始めているらしい。


 俺が滞在している宿、《跳ね鹿亭》も同じだった。


 一階の食堂にはまだ客の姿こそほとんどないものの、厨房では薪が勢いよく爆ぜ、焼きたてのパンと温かなスープの匂いが漂っている。時折、食器を重ねる乾いた音や、厨房で働く人たちの声が聞こえてきて、朝の静けさの中に心地よい賑わいを添えていた。


 その片隅のテーブルで、俺は昨夜まとめておいた荷物を、もう一度確かめていた。


 水筒に保存食、包帯、火口箱、解体用ナイフ、それから予備の布。昨日、ドランの店で買った剣油の小瓶も入れてある。


 日帰りの依頼に必要なのか少し迷ったが、剣の手入れを怠るわけにもいかず、結局そのまま持っていくことにした。


 必要なものは一通り揃えたつもりだったが、背負い袋は思っていた以上に膨らんでいた。


 口紐を締め直して持ち上げてみると、ずっしりとした重みが腕に伝わってくる。


 王宮にいた頃なら、遠出の支度を自分ですることなどなかった。


 着替えも食事も、必要な道具も、出発する頃には従者たちが用意してくれていたし、剣の手入れについても、使う油や布が足りなくなることなど考えたこともない。


 それが今は、何を持っていくべきか自分で考え、限られた袋の中へ詰めなければならない。


 剣を振るうことなら十年間続けてきたのに、こうした準備には思いのほか時間がかかる。


 昨夜も荷物を何度か詰め直し、ようやく納得したはずなのだが、こうして朝になってみると、まだ何か忘れているような気がして落ち着かなかった。


 けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。


 袋の中にあるものは、どれも自分で必要だと考え、自分で選んだものだ。


 少し不格好に膨らんだ背負い袋を眺めていると、その重ささえ、これから始まる冒険の一部のように思えてくる。


「アルク、もう行くの?」


 明るい声に顔を上げると、厨房から出てきたのは、この《跳ね鹿亭》の娘、メルだった。


 十八歳の彼女は、明るい亜麻色の髪を後ろでざっくりと束ね、白いブラウスの上から宿の前掛けを着けている。


 いつも快活で、人懐っこい笑顔の絶えない女性だ。


 そして初めて会った時から、どうしても目についてしまう特徴が一つある。


 ――胸が、とにかく大きい。


 豊かな胸元は前掛けの上からでも隠しようがなく、細めの腰との落差もあって、身体の線はかなり目立つ。宿の中を忙しく動き回るたびに、その存在感まで一緒についてくるようだった。


 王宮にも着飾った貴婦人はいくらでもいたが、メルのような健康的で生命力に満ちた体つきの女性は、俺にはかえって新鮮だった。


 今も厨房から小走りでこちらへ来るものだから、反射的に視線の置き場に困る。


「……アルク?」


「あ、はい。もう少ししたら出ます」


「もう、朝からぼんやりして。ちゃんと眠れた?」


 メルは不思議そうに首を傾げたが、すぐに俺の前へ立ち、テーブルの上に広げられた荷物を覗き込んだ。束ねた亜麻色の髪が肩から前へ滑り、石鹸の清潔な香りがふわりと届く。


「今日は冒険者のお仕事なんだよね?」


「はい。東部森林まで行く予定です」


「東部森林って……もしかして、ゴブリン?」


「そうです。昨日、ギルドで依頼を受けました」


「そっか……」


 メルの声が少しだけ小さくなった。


 普段は何でも明るく話す彼女だが、魔物の名前を聞いた途端、その表情にわずかな陰りが差した。


 宿には冒険者の客も多いから、仕事に危険が伴うことは俺よりよく知っているのかもしれない。


 けれど、その変化はほんの一瞬だった。


「じゃあ、ちゃんと食べ物持った?」


「はい。保存食を買ってあります」


「水は?」


「水筒に入れてあります」


「怪我したときの布とか薬は?」


「包帯なら持っています」


「本当に? ちょっと見せて」


 メルは俺の返事を待たずに背負い袋へ視線を落とし、中身を確かめようと身を乗り出した。白いブラウスの胸元が目の前へ近づき、俺は慌てて袋を少し手前へ引き寄せる。


「だ、大丈夫です。ちゃんと入れましたから」


「そう? ならいいけど……なんだか心配なのよね」


「何だか、お母さんに確認されているみたいです」


「ちょっと、それどういう意味?」


 メルは腰に両手を当て、むっとしたように頬を膨らませた。


 その仕草が妙に可愛らしく、思わず笑いそうになる。けれど、彼女が胸を張ったことで前掛けの布が引っ張られ、俺はまた視線の置き場に困ってしまった。


「いえ、気にかけてもらえてありがたいという意味です」


「本当かなあ?」


 疑わしそうに目を細めていたメルだったが、やがて堪えきれなくなったように笑い出した。


 彼女の笑顔を見ていると、こちらまで自然と頬が緩んでしまう。


「あ、そうだ。ちょっと待ってて!」


 何かを思い出したらしく、メルはぱっと顔を輝かせると、踵を返して厨房へ戻っていった。


 ほどなくして戻ってきた彼女の手には、油紙で丁寧に包まれた小さな包みがあった。まだ温かいのか、近づくにつれて香ばしいパンと燻製肉の匂いが漂ってくる。


「はい、これ。持っていって」


「何ですか?」


「朝ご飯。黒パンに燻製肉とチーズを挟んであるの。歩きながらでも食べられるでしょ?」


「でも、保存食なら持っていますよ」


「それはお昼に食べなさい。朝から硬い保存食を齧ってどうするの」


 メルは呆れたように眉を上げると、俺が何か言うより早く、包みを背負い袋の上へ載せてしまった。


「それに、朝ご飯をちゃんと食べないと力が出ないでしょ? 森まで歩くんだから、途中でお腹が空いたら困るじゃない」


「……確かに、そうですね」


「でしょう?」


 得意そうに微笑む彼女を見ていると、反論する気もなくなってしまう。


「ありがとうございます。代金は?」


「いらないよ。昨日の夕食、パンを一個残したでしょ? その分」


「そんな計算なんですか?」


「そうです。うちは良心的な宿屋ですから」


 メルは胸を張って言い切った。


 その堂々とした仕草に思わず目を奪われかけ、俺は慌てて油紙の包みへ視線を戻す。


 十五歳になって王宮を出たばかりの俺には、彼女のこうした無邪気な振る舞いにどう反応すればいいのか、まだよく分からなかった。


「……では、ありがたくいただきます」


「うん。そうして!」


 満足そうに笑ったメルは、俺が包みを背負い袋へしまうのを見届けると、今度は袋の肩紐を指先でつまんだ。


「それにしても、ずいぶん重そうだね」


「必要なものを入れたら、こうなりました」


「ふうん。あんまり無理しないでよ?」


「大丈夫です。これくらいなら」


「剣が強いのと、荷物を背負って歩くのは別でしょ?」


 何気なく言われた言葉に、俺は少し驚いてメルを見た。


 彼女は特に深い意味で言ったわけではないらしく、肩紐のねじれを直しながら、いつもの明るい表情を浮かべている。


 確かに、剣を振るう訓練なら何時間でも続けてきたが、荷物を背負って森を歩く経験はほとんどない。


 言われてみれば、剣の腕だけで何でもこなせると考えるのは、少し違うのかもしれなかった。


「……気をつけます」


「うん。それがいいと思う」


 メルは満足そうに頷くと、背負い袋を軽く叩いた。


「それじゃ、ちゃんと帰ってきてね」


 その言葉は、それまでの賑やかな会話の続きとして、ごく自然に口にされたものだった。


 けれど、俺は返事をする前に、ほんの少しだけ彼女の顔を見つめてしまった。


 メルはもう空いた食器へ手を伸ばしていて、特別なことを言ったつもりはないらしい。朝の光を受けた亜麻色の髪が柔らかく輝き、横顔にはいつもと変わらない穏やかな笑みが浮かんでいる。


 昨日、ギルドのエレナにも似たようなことを言われた。


 王宮にいた頃、外出するときには必ず護衛がついていた。


 行き先も帰る時間も決められ、何事もなく戻ることが当然だったから、誰かに帰りを心配されるという感覚は、あまり意識したことがなかった。


 けれど、今は違う。


 この街で俺を待ってくれる人がいて、無事に帰ってくることを願ってくれている。


 それは、思っていたよりも温かいものだった。


「はい。行ってきます」


「うん! 行ってらっしゃい、アルク!」


 メルの明るい声に送り出され、俺は《跳ね鹿亭》の扉を開けた。


 外へ出ると、冷えた朝の空気が頬を撫で、宿の中に満ちていたパンやスープの香りが、街の澄んだ空気へと溶けていく。背後では扉が閉まる直前まで、食器の触れ合う音とメルの笑い声が聞こえていた。


 肩に背負った袋の重さを確かめ、俺は東門へ向かって歩き始めた。


     ◇


 集合場所の東門までは、歩いて十五分ほどだった。


 夜明けの光が街路の屋根を淡く染め始め、石畳には建物の長い影が伸びている。通り沿いでは店の戸板を外す商人の姿が見え、パン屋の前を通りかかると、焼きたての小麦の香りが冷たい空気に混じって漂ってきた。


 まだ人通りは少ないものの、街は確かに動き始めていた。


 東門が近づくにつれて、荷車の軋む音や人々の話し声が増えていく。門前にはすでに商人や農夫たちが集まり、野菜を積んだ荷車の傍らでは、眠そうな馬が白い息を吐いていた。門衛たちは欠伸を噛み殺しながら開門の準備を進め、重い閂を外す金属音が、朝の静けさに響いている。


 約束の時間より少し早く着いたつもりだったが、ガレスはすでに門の脇に立っていた。


 昨日と同じ使い込まれた革鎧に、肩や胸元を守る金属板を重ね、背には円盾、腰には片手斧を下げている。足元には大きな背負い袋が置かれていたが、長年使い込まれているらしく、紐や留め具には何度も補修した跡があった。


「おはようございます」


「おう、アルクか。早いな」


「遅れるなと言われたので、少し余裕を持って来ました」


「いい心がけだ。集合時間ぎりぎりに来る奴より、よっぽど信用できる」


 ガレスは口元を緩めたが、その視線はすぐに俺の背負い袋へ向かった。


「昨日、道具を買い揃えたんだったな。ちょっと見せてみろ」


「荷物ですか?」


「ああ。何を持ってきたか確認しておきたい」


 俺が背負い袋を下ろして渡すと、ガレスは慣れた手つきで口紐を解き、中身を確かめ始めた。


「水、食料、包帯、火口箱……予備の布に解体用ナイフか。必要なものは大体揃ってるな」


 そう言いながら袋の奥へ手を入れたガレスは、小さな瓶を取り出したところで動きを止めた。


「……剣油?」


「はい。必要になるかと思って」


「今日の依頼は日帰りだぞ?」


「……持ってこなくてもよかったですか?」


「別に持ってちゃいけねえ物じゃない。剣を大事にするのも悪いことじゃねえしな」


 ガレスは苦笑しながら小瓶を手のひらで転がし、再び袋へ戻した。


「ただ、次からは荷物の重さも考えろ。歩き始めは大したことがなくても、半日森を歩いた後じゃ話が違う。疲れてくりゃ、銅貨一枚分の重さだって余計に感じるもんだ」


「そんなに違うものなんですか?」


「森の中は街道みたいに平らじゃねえからな。木の根を跨いで、ぬかるみを避けて、足場の悪いところを何時間も歩く。そこへ魔物が出てきたら、荷物を背負ったまま動かなきゃならねえこともある」


 言われて、俺は自分の背負い袋を見つめた。


 確かに、王宮で剣の訓練をするときには、こんな荷物を背負うことなどなかった。


 身軽な状態で剣を振るうのと、疲れた身体で重い袋を背負いながら戦うのとでは、勝手が違うのだろう。


 ガレスはさらに袋の中を探り、底の方から包帯を取り出した。


「それと、こいつはここへ入れるな」


「どうしてです?」


「怪我してから荷物を全部ひっくり返すつもりか?」


「あ……」


 思わず声が漏れた。


 確かに、必要なものを持っていても、いざというとき取り出せなければ意味がない。


 昨夜は袋に収まることばかり考えていて、使う順番や取り出しやすさまでは気が回っていなかった。


「包帯みたいなものは、すぐ取り出せるところへ入れとけ。水も同じだ。必要になったときに手間取るようじゃ、持ってる意味がねえ」


「分かりました」


 俺はガレスから袋を受け取り、その場で中身を詰め直した。


 包帯を取り出しやすい場所へ移し、水筒の位置を変えるだけでも、背負い袋の中はずいぶん使いやすくなった気がする。


 試しに肩へ掛けてみると、先ほどより重心が身体に近づいたのか、背中への収まりもよくなっていた。


「どうだ?」


「さっきより背負いやすいです」


「だろうな。荷物ってのは、ただ詰めりゃいいってもんじゃねえ。自分が動きやすいように考えるのも、冒険者の仕事だ」


 ガレスは満足そうに頷き、自分の荷物を軽々と肩へ担いだ。


 昨日の買い物では、必要な道具を揃えるだけで精一杯だった。


 けれど、実際に使う場面まで考えなければ、道具は十分に役立たないのだと分かる。


 剣の扱いなら、長年の訓練で身体が覚えている。


 だが、こうしたことは、誰かに教わらなければ気づけない。


 メルに言われたことを思い出しながら肩紐を調整していると、街の方から賑やかな声が飛んできた。


「おーい! ガレス! 新人!」


 振り返ると、赤い髪を朝風に揺らしたリックが、大きく手を振りながら歩いてくるところだった。


 その少し後ろには、短い金髪のフィナがいる。


 彼女は弓と矢筒を背負い、腰には短剣といくつかの小さな袋を下げていた。軽装の革鎧は身体の動きを妨げないよう作られているらしく、細身ながら引き締まった体つきによく馴染んでいる。歩くたびに短い金髪が朝日を受けて揺れ、こちらへ向けた笑顔には、森へ出ることを楽しんでいるような余裕があった。


「おはよう、アルク。ちゃんと来てるね」


「おはようございます、フィナさん」


「おう、新人。初依頼なのに寝坊しなかったとは、なかなかやるじゃねえか」


「普通に起きただけですよ」


「いやいや、初めての依頼ってのは緊張するもんなんだよ。眠れなくなって、朝になってから寝ちまう奴だっているんだからな」


「……それって、もしかしてリックのこと?」


 フィナが横から口を挟むと、リックは露骨に顔をしかめた。


「おい、なんでそうなるんだよ」


「だって、前にそんな話をしてたじゃない。初めて依頼を受けたとき、寝坊して大慌てだったって」


「あれは寝坊じゃねえ。前の日にちょっと飲みすぎただけだ」


「それで朝起きられなかったんでしょ? 同じことじゃない」


 フィナは悪戯っぽく目を細め、リックは返す言葉を探すように口を開きかけたが、結局何も言わずに頭を掻いた。


「……まあ、そういう失敗も経験ってことだ。新人、覚えとけよ」


「はい。依頼の前日は飲みすぎないようにします」


「そういう意味じゃねえ!」


 リックが大げさに声を上げると、フィナが堪えきれずに笑い出した。


 二人のやり取りを見て、俺も思わず笑ってしまった。


 王宮でも騎士たちが冗談を言い合うことはあったが、俺がその輪に入ると、どうしても相手が一歩引いてしまう。


 けれど、ここでは誰もそんなことを気にしていないらしい。


「ところでアルク、その荷物、結構大きいね」


 フィナが俺の背負い袋へ視線を向けた。


「昨日、必要なものを買い揃えたんですけど、思ったより多くなってしまって」


「最初はそうなるよね。あれも必要、これも必要って考えてると、どんどん増えちゃうから」


 そう言って笑う彼女の装備は、俺のものと比べると驚くほど少なかった。


「フィナさんは、それだけですか?」


「うん。今日は日帰りだし、必要なものだけ持ってきたから」


「ずいぶん身軽なんですね」


「森を歩くなら、軽い方がいいもの。弓を構えるときにも邪魔にならないしね」


 フィナは肩越しに弓を示すと、腰の小袋を軽く叩いた。


「それに、何が必要かは何度か依頼へ行けば分かってくるよ。私も最初は色々持っていって、ガレスに呆れられたから」


「お前は最初、予備の靴まで持ってきたからな」


 ガレスが横から口を挟むと、フィナは少しだけ頬を赤くした。


「あれは雨が降ったら困ると思ったんだってば」


「森へ行くたびに靴を履き替えてたら、荷物がいくらあっても足りねえぞ」


「もう分かってるって!」


 フィナが頬を膨らませ、リックが声を上げて笑った。


 その様子を眺めているうちに、俺の肩からも自然と力が抜けていく。


 ガレスたちは皆、最初から何でもできたわけではないのだろう。


 失敗を重ね、教わりながら、少しずつ今のようになったのだ。


 そう考えると、自分の不慣れさも、必要以上に気にすることではないように思えた。


「まあ、最初は皆そんなもんだ」


 ガレスは俺の背負い袋を見ながら、穏やかな声で言った。


「必要なものも、いらねえものも、そのうち自分で分かるようになる。今日のところは、荷物の重さも勉強だと思って歩いてみろ」


「はい。よろしくお願いします」


「おう。ただし、途中でへばっても荷物は持ってやらねえぞ」


「それくらいは大丈夫だと思います」


「へえ、言うじゃねえか」


 リックが面白そうに笑い、フィナも口元を綻ばせた。


 何気ないやり取りだったが、こうして自分も会話の輪に加わっていることが、少しくすぐったかった。


 王宮にいた頃、俺の周囲には常に誰かがいた。


 護衛の騎士も、身の回りの世話をする従者も、皆それぞれの役目を果たしてくれていたし、俺自身も彼らを信頼していた。


 けれど、今ここにいる三人は、俺を守るために同行しているわけではない。


 同じ依頼を受け、同じ報酬を目指し、互いに助け合いながら危険な森へ向かう冒険者たちだ。


 ガレスは経験の浅い俺に必要なことを教えてくれるが、それは俺が特別な立場だからではなく、同じパーティーの一員として扱ってくれているからなのだろう。


 そんなことを考えていると、東門の方から重々しい音が響いた。


 門衛たちが大きな閂を外し、分厚い木製の扉がゆっくりと開き始める。長年使われてきた蝶番が低く軋み、門の向こうから差し込んだ朝日が、石畳の上に細長い光の帯を描いた。


 待っていた商人たちが一斉に荷車を動かし始め、馬の蹄が石畳を叩く音と、車輪の軋む音が重なっていく。


「よし、俺たちも行くぞ」


 ガレスが背負い袋の位置を直し、街道へ向かって歩き始めた。


「了解!」


「はーい」


 リックとフィナがそれぞれ返事をし、俺も二人に続いて足を踏み出す。


 門の下を通り抜けると、朝の光が一気に視界へ広がった。


 街の外には緩やかな丘陵と広い農地が続き、その向こうには薄い朝靄をまとった森が、青黒い輪郭を浮かべている。風が吹くたびに草の葉に残った露がきらめき、遠くからは鳥の鳴き声が聞こえてきた。


 俺は歩きながら、一度だけ背後を振り返った。


 昇り始めた朝日を受け、グランベルの城壁が淡い金色に染まっている。


 これまでにも、あの門を通って街の外へ出たことはあった。


 一人で森へ向かった日も、角兎を探して草原を歩いた日も、同じ門をくぐっている。


 けれど、今日は少し違って見えた。


「おい、アルク。何してんだ、置いてくぞ!」


 前方からリックの声が飛んできた。


 振り返ると、少し先を歩く彼がこちらへ手を振っていた。


 隣ではフィナが呆れたように笑い、ガレスも歩調を緩めて待ってくれている。


「すみません、今行きます!」


 俺は背負い袋を揺らしながら、三人のもとへ小走りで追いついた。


「そんなに急がなくても大丈夫だよ」


 フィナが笑いながら言う。


「まだ森までは結構あるからね。最初から飛ばすと疲れちゃうよ」


「そうなんですか?」


「そうそう。森に着く前にへばったら、ゴブリンに笑われちまうぞ」


「ゴブリンって笑うんですか?」


「いや、知らねえけど」


 リックが真顔で答えたので、フィナが吹き出した。


 俺もつられて笑いながら、三人と並んで街道を歩き始める。


 朝日を受けた草原には柔らかな風が渡り、遠くに広がる東部森林の木々が、薄い朝靄の向こうに青黒い輪郭を浮かべている。街道沿いに咲く小さな野花が風に揺れ、草の匂いを含んだ清々しい空気が頬を撫でた。


 先を歩くガレスが今日の道筋について話し始めると、リックが軽口を挟み、フィナが呆れたように笑った。


 そんな三人の賑やかな声を聞きながら歩いていると、背中の荷物の重さも、いつの間にか気にならなくなっていた。


 王宮にいた頃も、誰かと一緒に出かけることはあった。


 護衛の騎士や従者たちは、いつも俺の身を案じ、何不自由なく過ごせるように気を配ってくれていた。


 けれど、今、隣にいる三人は違う。


 同じ依頼を受け、同じ森へ入り、同じ目的のために歩く。


 誰かに守られるためでも、誰かに付き従うためでもなく、互いに力を合わせ、それぞれの役割を果たしながら冒険へ挑む仲間たちだ。


 前方には朝日に照らされた街道が伸び、その先には、まだ見ぬ世界を隠すように深い森が広がっている。隣を歩くリックがまた何か冗談を言ったらしく、フィナの明るい笑い声が風に乗って響いてきた。


 俺も自然と笑みを浮かべ、三人と歩調を合わせた。


 そして――。


 俺は今日、初めて仲間と一緒に冒険へ向かっていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もともとは、自分が読みたい物語を、自分で楽しみながら作り始めた作品です。


冒険や成長はもちろん、何気ない風景や、その中で揺れ動く登場人物たちの気持ちを描く時間も、楽しみながら書いています。


小説を投稿するのは初めてなので、まだ少しドキドキしていますが、これからもアルクたちの物語を、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

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