第三十話ー長期戦
自慢ではないが、女性には人気があると思っていた。だけどそれは勘違いだったのだろう。
オリヴィエ嬢が、まだ自分に恋愛感情を持っていない事は分かっている。
(当然だ。実際に顔を合わせた回数だって片手で数えられるほどなんだ)
それなのに彼女に対して、ここまで執着にも近い感情を抱いている自分の方がおかしい。それも分かっている。
(だが婚約に応じてくれるのなら、そのまま結婚してくれても良くはないか?)
だれだ。帝国一縁談を望まれているなんて言った奴は。
(アルめ……よくもいい加減な事を教えてくれたな)
心中で親友に悪態をつき、気持ちを静めるためにゆっくりと息を吐いた。
横目で隣にいるオリヴィエを見た。
人気のない場所を探していたら、ベンチも椅子もないバルコニーにたどり着いた。座るところも何もないが、中央の庭園が見渡せて景色はとても良い。二人は欄干によりかかり外を眺めた。
いざ、気持ちを伝えようと決めたものの、何と言えばいいのか分からない。ルカディウスがぐずぐずしていると、オリヴィエがぽつりと言った。
「ルカディウス様。本当にありがとうございます」
「え?」
「アルフォンス殿下から聞いたのですか?私が殿下の婚約者になりたくなかったこと」
心臓に針を刺されたような痛みを感じた。
(殿下には話していたのか?)
「あ、いや……うん」
幼い頃に盗み聞きしたとは言えず、アルフォンスに濡れ衣を着せる形になってしまった。
「その……幼い頃の夢……のようなものなのですが……」
オリヴィエは下を向き、呟くように小さな声で言った。顔色が悪くなり、欄干に置かれた手は震えている。
(僕に理由を話そうとしてくれているのか?そんなに辛そうに……無理して話すことはないのに)
ルカディウスは震える手を握って良いものかも分からず、オリヴィエの懺悔のような呟きを聞いていた。
本当は、蒼白になった頬を手で包み込み、震える手ごと抱きしめたかった。
「夢の私は、殿下の婚約者になったことで、とても辛い思いをしたのです。……だから」
(回帰……)
今も半信半疑ではあるが、幼い頃に聞いたオリヴィエの悲痛な呟きを、ルカディウスはまだ鮮明に覚えている。
”――回帰”
あの言葉がきっかけで、ルカディウスはオリヴィエに興味を持ったのだから。……初めは単なる好奇心。いつの間に、こんなにも心の内を占める存在になったのか。
(仮に、回帰者だとして、前の人生で辛い目にあったのなら……もっと上手く立ち回れば良いものを。自分が最大限有利になるように。……僕ならそうする)
しかしオリヴィエは、おそらく亡くなっていたであろうルカディウスを助けてくれたのだ。それが成り行きだろうと、何だろうと……。
(幼い頃のあの呟きを聞いていなければ、話も碌に聞かず、怪しい令嬢だと放置しただろう)
オリヴィエが辛い立場になる可能性は充分にあった。
「あの……夢のせいでこんなにも嫌がるだなんて、驚きましたよね?」
オリヴィエの表情が暗い。ルカディウスが眉間に皺をよせて思案していたので、不安にさせたようだ。
ルカディウスは上着を脱ぎ、オリヴィエにふわりと掛けた。
震える手ごと抱きしめていいか分からないので、上着で暖をとってもらう。
「少し驚きましたが、そこまでではありません。オリヴィエ嬢、ちなみにその夢では、僕は豪雨で命を落としていたのでは?」
なるべく軽いトーンで聞いた。
オリヴィエは質問に狼狽えながらも、小さな声で「……はい」と言った。
「でしたら、僕の命はオリヴィエ嬢と、その夢のおかげで救われたのですね」
オリヴィエが気まずそうに視線を逸らす。
「夢……のおかげですので、ルカディウス様がそこまで、私に恩義を感じる必要はありません。婚約の件ですが……いつ、解消に……」
「解消はしません」
ルカディウスはきっぱりと言った。自分にも問題はあるだろうが、オリヴィエも鈍すぎるのではないだろうか。今日は好意を隠さずに接したと言うのに、まるで伝わっていない。
「僕は恩義を感じて貴方と婚約したわけではありません」
ルカディウスが一歩、歩み寄ると、オリヴィエはびくりと下がる。
(怖がらせたい訳じゃない)
なめらかな藍色の髪を掬い、口付けた。
「貴方に好意があるので婚約を申し出たのです」
(少しでも僕の気持ちを知ってほしい)
懇願する想いで顔を上げると、オリヴィエは固まっている。
空色の瞳は大きく見開き、ルカディウスの姿が映っている。
「こうい……?」
オリヴィエは復唱する。ルカディウスも頷き、もう一度言った。
「はい。僕はオリヴィエ嬢が好きなのです」
静止したままのオリヴィエの髪を、もう一度掬って口に近づけた。するとオリヴィエに慌てて髪を奪い返された。
「ちょ、ちょっと待ってください。何を……!」
「髪にキスをしようと」
「き……!?…な、なぜ」
「好きだからです。さっきからそう言ってるではありませんか」
目の前の相手が狼狽えるほど、自分は冷静になれるものだ。頬を真っ赤に染め、自分の髪を握りしめて混乱しているオリヴィエ。
「ふっ」
ルカディウスは思わず吹き出してしまった。オリヴィエが怒り、胡乱な顔で睨まれた。(しまった)と思ったが、後の祭りだった。
「貴方は本当に、可愛いですね」
心からの気持ちを伝えると、オリヴィエはぷいっとそっぽを向いてしまった。
(からかわれていると思われただろうか……)
少しは伝わった気がしたが、また”解消”などと言われたら立ち直れないので、もう一言付け加えておく。
「オリヴィエ嬢、婚約は解消しません。僕の好意が一方的なものでなくなれば、その先も受け入れてくださいね」
オリヴィエはぱくぱくと口を動かし、言葉のない言葉を発した。やがて観念したように真っ赤な顔で頷いた。
とりあえず満足のいく返事がもらえたので、ルカディウスはにっこりと微笑んだ。
気持ちは伝えたので、ここからは長期戦も覚悟している。
(二度目かもしれない彼女のこれからの人生は、木に隠れて泣くことなく、笑顔で溢れるものにしたい。幸せで満ちたものであってほしい)
それが自分の隣であるなら――これほど嬉しいことはない。
ご愛読ありがとうございました!
アルフォンスの話など、ルカディウスの長期戦の行方やメロディのその後など、もう少し考えているので、後日番外編として投稿します。とりあえず本編は一旦、完結いたします。
ここまで目を通していただき、ありがとうごさいます。
本日投稿した短編も読んでいただけると嬉しいです。
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