第二十九話ーオリヴィエの復讐②
「ふ……ふん!いいのよ。ルカディウス様なんてっ。ねっ、お父様。お姉さまは皇太子殿下の婚約者候補から外れるのでしょう?私が代わりに婚約者になりたいわ」
子供のように顔を膨らまし、メロディはカッサンドラ侯爵の裾を引いた。成人前の娘の幼い要望に、さすがに侯爵も呆れた顔をする。
「――あ」
ルカディウスがカッサンドラ侯爵の後ろに視線を向け、呟いた。
「いや、侯爵。すまないが、私にも好みと言うものがある。名家のご令嬢ならば、誰であってもかまわないと言う訳ではないな」
「なっ……!」
メロディが目を吊り上げて振り向くと、そこにはアルフォンスが冷ややかな目で見下ろし立っていた。
今世では初めて見る。アルフォンスは蔑むように口を開く。
「ほら……君は内外共に幼いし、とても国母と言う器には見えないだろう?」
冷徹とも言えるその朱い目は、久しぶりに回帰前のアルフォンスを彷彿とさせた。その瞳がメロディに向けられているのを、オリヴィエは胸のすく思いで見ていた。
(到底……仕返しとは言えないけれど、私にはこのくらいでちょうど良いわ)
アルフォンスの登場に、カッサンドラ侯爵は慌ててライボルトにメロディを下がらせた。
「殿下。この度は成人おめでとうございます。どうか不出来な娘の発言は子供の戯言と思っていただければ……!」
「ふむ。侯爵の家にはずいぶんと大きな子供がいるのだな。まあまだ成人前だ。あと一年。教育をやり直させた方が良いな。神殿に送ろうと言うなら、なおの事」
頭を下げていた侯爵の身体がびくりと動いた。
「な、何のことやら。それでは私はこれで……先に下がらせていただきます」
「ああ。ずいぶん体調が悪そうだ。オリヴィエ嬢の事なら心配するな。公子に責任もって送らせよう」
アルフォンスの言葉に、カッサンドラ侯爵は複雑そうに口角を上げた。取り繕えないほど動揺している。
侯爵が去ると、オリヴィエはアルフォンスを見た。恐れの感情がなく向き合えるのは初めてのことだ。
「殿下、知ってらしたのですか?父がメロディを神殿に送るつもりなのを」
「ああ。ルカに聞いたんだ。私も君の父が善意で人を養うとは思えなくて……あ、失礼」
「いえ…」
少し驚いてルカディウスを見る。ルカディウスは気まずそうに微笑んでいる。
(侯爵家と神殿の繋がりが強くなると皇室にとってよくないものね……)
「たしかに君の義妹は、人より強い光属性の魔力を持っているが、訓練しないと何もできない。神殿に送った所で、すぐにどうとはならないだろうに」
「そうなのですか?」
「ああ。しかも光属性となると、今は指南できる魔術師は皇室にしかいないな。彼女の性格も鑑みると、指南しない方が良さそうだ。力を悪用されても困る」
「……」
回帰前のメロディが強力な光魔法を使えていたのは、アルフォンスが皇室の魔術師を手配したからなのだろうか?
オリヴィエが眉を寄せて思案していると、ルカディウスがそっと肩に触れた。
「心配ですか?」
蜂蜜色の瞳が少し危険な色を称えて輝いている。
オリヴィエは首を振った。今となっては考えても分からない事だ。
「――さて、二人とも。君たちが結ばれて、私は肩の荷が少し降りたよ。式には是非とも呼んでくれるだろうね?」
「「えっ」」
アルフォンスが機嫌よく言った言葉に、オリヴィエは目を丸くした。ルカディウスも声を上げる。
(そんな、式だなんて)
「揶揄わないでください殿下」
(ええ。ルカディウス様の言う通りだわ)
「僕はまだ成人もしていないのですから。式は成人後に――……」
「式だなんて、挙げるはずがないではありませんか」
「「――え?」」
オリヴィエの言葉に、ルカディウスとアルフォンスは声を揃えてオリヴィエを見た。
「え?」
オリヴィエも狼狽える。
(あら?ルカディウス様は何て言いかけたのかしら?)
「で、ですから、ルカディウス様の善意を揶揄わないでください。ルカディウス様は私を助けようと、婚約者役を買って出てくださったのですから」
「――んん?」
アルフォンスは折れそうなほど首を傾げ、ルカディウスの顔色は真っ青になっていく。
オリヴィエだって驚いた。まさかルカディウスが、あの日、皇城での助言にこれほど恩を感じてくれていたなんて。
そしてもう一つ驚いたことがある。
(それにしても、世の殿方はこんなにも婚約者に優しく接するものなのね。特別扱いをしてくれて、微笑んでくれてー……)
夢のような時間だが、婚約を解消にするのは早い方がいいかもしれない。でなければ、ルカディウスが恩返しはもう十分だと考えた時、素直に婚約解消に応じれないかもしれない。
今でも、ものすごく落ち込んでしまう。おそらく泣いてしまうだろう。
「――ふっ……!はははは」
突然、アルフォンスが大声を出して笑った。横ではルカディウスが、笑うアルフォンスを親の仇のように睨んでいる。
「だから、はやく伝えろと言ったんだ!全く理解されていないじゃないか」
「うるさいぞ」
大きく口を開き、笑いながら言うアルフォンスに、ぶすっとした表情で応えるルカディウス。
(う、うるさい?友人のような関係とは聞いてはいたけれど、こんなにあけすけにものを言い合う仲だったのね)
オリヴィエは二人のやり取りに衝撃を受けた。ルカディウスの表情もそうだが、アルフォンスがこのように快活に笑う姿も回帰前はもちろん見たことがない。
(そもそも、回帰前はこのように笑う方ではなかったもの)
じんわりと心が温かくなった。ルカディウスの姿を見ると、目に涙が溜まった。
(殿下も、私も、この方に出会えて本当によかった……)
涙がこぼれそうになったので、指で拭った。その仕草に気付いたのかそうでないのか、ルカディウスがくるりと向きを変えオリヴィエを見据えた。
「オリヴィエ嬢、少し二人で話しましょう」
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