番外編ーアルフォンスの独白
「オリヴィエ・カッサンドラ侯爵令嬢に、求婚する許可をいただきたい」
ホールに響いた友の声に、アルフォンスは小さく息を吐いた。
(やっと言えたな)
友人であるルカディウス・エステルギアが、オリヴィエ・カッサンドラを意識し始めたのはいつからだろう?
初めに違和感を感じたのは、カッサンドラ邸で開かれたオリヴィエ嬢の9歳の誕生日パーティーだった。
出会った頃から落ち着いていて、一つ歳下とは思えない態度だったルカディウスが、オリヴィエ嬢の事を聞くときだけは視線が泳ぐ。
(女の子慣れしていないだけか?)
そう思い、しばらくはからかっていた。しかしそうではなさそうで、他の令嬢との会話や、振る舞いには子供ながらに一分の隙もない。
『オリヴィエ嬢に好意があるのか?』
いつだったか、聞いたことがある。聞いておかねば、今後の交友関係に問題が起こる。なぜなら彼女は一応私の婚約者候補だったからだ。蜂蜜色の瞳は一瞬見開き、すぐに元に戻った。
『そんな訳ないだろう』
そう言い、いつもの淡々としたルカディウスに戻るので、そんなものか。と放っておいた。
そして翌年の誕生日パーティー。
刃物を持った男に、オリヴィエ嬢が襲われた。間一髪のところでルカディウスが助けたのだが、ルカディウスは私が冗談で言った「お前が泣かした」という言葉をひと月も二月も引きずっていた。私もあんなに狼狽えていた彼を見るのは初めてだったから、からかうしか出来なかったのだ。反省している。
『オリヴィエ嬢に好意があるのか?』
しばらくしてもう一度確認した。もう確認しなくても、私は分かっていたが、本人はどうやら分かっていなかったようで、『………そんな訳、ないだろう…?』と、前回のと同じ言葉を言っていたのだがすぐに耳まで赤くなっていたので、もう私が確認することはないだろう。とはいえ、うぶな友人の事だ。私との婚約者候補という縛りがなくなれば、オリヴィエ嬢には婚約の打診が殺到するに違いない。そしてあの欲深いカッサンドラ侯爵が、継ぐ爵位もない公爵家の次男に娘を嫁がせるとも思えない。
ルカディウスが気持ちを自覚して覚悟を決めるまで待ってやろう。
周囲は淡々として突出した事のないルカディウスを、面白みのない子供だと評価しているが、僕にとっての彼はそうではない。
『殿下、それはメイドの責任ではありません』
『無茶を言わないでください。怪我でもしたら責任はとれないでしょう?』
『その物言いでは相手を逆上させるだけです』
幼い頃、傲慢だった自分を正してくれた、大事な友人だ。彼がいなければ、私は傲慢な暴君にでもなっていたんじゃないだろうか。想像しただけでゾッとする。
オリヴィエ嬢はよく分からない。何故そんなに私を見て怯える眼をするのか。昔、私を虐めていたのは君の方じゃないか。
『私はその……色々ありましたので』
お茶会の時に聞いた言葉。――そうだよな。誰にだってそういう変化はあるものだ。
彼女にも、私のように良き友人がいると良い。
エステルギア領が豪雨の被害にあったと聞いた時には肝が冷えた。ルカディウスが領地へ赴く日程と被っていたから。慌てて連絡をしようとすると、先に彼から連絡があった。
『無事だ。領地には戻ってないから心配いらない』と。
後に聞けば、オリヴィエ嬢の助言のおかげと言う。
ルカディウスのオリヴィエ嬢を語る時の眼に、崇拝のようなものを感じるようになり、私は少し心配になった。が、……その後の彼の異常な活躍に比べればその時の心配など塵のようなものだ。
何が突出したものがない子供だ。稽古の時も、共に授業を受けている時も、実力を抑えている気はしていたが、こんなにも抑えていたとは。もはやバケモ……いや、友に使う言葉ではないな。
思考を正し、壇上の友人に視線を戻す。
(仮にも皇帝陛下の御前だと言うのに、腑抜けた目をして……)
ルカディウスは、視線の先にいるオリヴィエを蕩けるような視線で見ている。
(当のオリヴィエ嬢は……)
混乱しているのか、顔色は蒼白だ。とても愛の告白を受けた令嬢の表情ではない。
(それもそうか。愛の告白を受けた訳ではないものな)
だから早く告白しろと言ったんだ。オリヴィエ嬢は何故自分が求婚されるのか、分かっていない顔をしているぞ。
呆れた視線を友人にむけつつ、アルフォンスは願いをこめた。
(二人がうまくいくと良いんだが……)
月並みな願いだが、どうか女神が叶えてくれるようにと。
アルフォンスの心情を少しだけ。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




