第二十七話ー婚約
「オリヴィエ・カッサンドラ侯爵令嬢に求婚する許可をいただきたい」
「――なに?」
皇帝が訝し気に言った。それもそうだ。オリヴィエは皇太子の婚約者候補の筆頭である。
(まあそういう反応になるだろう)
ルカディウスは皇帝から視線を逸らさずにいたが、皇帝はアルフォンスへ様子を伺う視線を向けた。その視線にアルフォンスが笑顔で応える。
「陛下。私はかまいません。元より、私とカッサンドラ嬢は恋仲ではありませんし……候補と言う曖昧な関係であったがゆえに、友人の恋路に大手を振って応援できませんでした。ですが、これからは堂々と祝福出来ることが喜ばしいです」
アルフォンスの言葉に、皇帝が目を丸くした。
「ほう……?というと、公子は以前よりカッサンドラ嬢を慕っていたと?」
「そのようです。陛下。私は友人の恋路の障壁になりたくはありません。勝手な事をして申し訳ないのですが、どうか二人の事をお許しくださいませんか」
「ふむ……」
皇帝は蓄えた紅い髭を撫でながら思案している。
ルカディウスはゆっくりと言った。
「皇太子殿下の婚約者候補でいらっしゃるので、今まで気持ちを秘めてまいりましたが……殿下から後押しも受け、気持ちを伝えることに致しました。先のエステルギアの豪雨被害の際にも、ご令嬢は人知れず支援をしてくださり、さらには我が領の孤児院まで慰労に訪ねてきて下さったのです。カッサンドラ嬢の心優しさに胸を打たれました」
皇帝の情に訴えている訳ではない。元老院も貴族派の重鎮も、貴族派の筆頭であるカッサンドラ侯爵家の娘であるから候補として推しているが、皇帝はそうではない。むしろ他の家門の方が、周りも静かになるから良いのではと思っているくらいだろう。とはいえ、揉めるのが面倒なのか決定を避けた。
「……カッサンドラ嬢の意見に委ねよう」
「なっ……!」
カッサンドラ侯爵が人垣を押しのけるように前に出てきた。
「陛下!皇室の婚姻ともなれば、当人同士の意志だけで決められるものではございません!家門の釣り合いや立場も……!」
「――侯爵」
カッサンドラ侯爵に、皇帝は咎めるように口を開く。
「私は今、アルフォンスの話をしている訳ではない。公子と、そなたの令嬢の話をしているのだ。そなたの娘は候補であり、まだ何者にもなっていないぞ」
皇帝の声は低く響いた。
公の場で、皇帝の言葉に喚くように口を挟んだのだ。
冷ややかな視線で他の貴族達の前で咎められ、カッサンドラ侯爵の顔色は青ざめていく。皇帝は暴君ではないが、礼を欠いた者に重要な立場を与えるほど、虚けではない。
カッサンドラ侯爵は少なからず皇帝の不興を買った。おそらく、これでオリヴィエは正式に候補から外れることになるだろう。”候補”なのだから、正式も何もないが。
オリヴィエの希望は叶う。しかし皇帝の許しを得たのだ。ルカディウスはこの機会を逃すわけにはいかなかった。片手を壇上のへりにつき、ひらりと段下へ降りた。近くにいた令嬢達が、小さく黄色い声をあげる。
青ざめたカッサンドラ侯爵の横を通り過ぎ、大股でオリヴィエのもとへ向かった。
(――うっ)
深い藍色の髪がふわりと揺れた。オリヴィエは年齢の割に大人びている。しかし今は、空色の瞳を大きく見開き、小さな少女のようにぽかんと口を開いて立っている。
頼りなく立っているオリヴィエに動揺してしまう。
(オリヴィエ嬢は見る度に印象が変わるな)
オリヴィエはどこかぼんやりとしていて、ルカディウスが近づいても反応が薄かった。
ルカディウスはオリヴィエの手を取った。
(小さい……)
折れてしまいそうなので、力を入れないように気を付ける。
「オリヴィエ嬢……」
名を呼んだらオリヴィエの身体がびくりと跳ねた。目を見て言いたかったのに、首元までしか視線があげられない。意気地のない自分に心中で幻滅する。
「オリヴィエ嬢、僕と…婚約してください」
声が震えたのに気付かれてしまっただろうか。少しの沈黙が永遠に感じてしまい、ルカディウスの眉間に知らず知らず力が入る。
「……あ」
小さな声に、思わず顔を上げると、オリヴィエの顔がみるみる熟れた果実のように紅くなっていく。
ルカディウスはごくりと喉を鳴らした。
(――いや、可愛すぎるだろう)
小さな口がぱくぱくと動く。
(頷いてもらえるだろうか‥‥)
断られたら、耐えられないかもしれない。祈るように次の言葉を待った。
「わ、私で間違いないですか?メロディではなく?」
「――は?」
予想もしていなかった言葉に、一瞬思考が止まる。
(メロディ?義妹のことか?何故今その名が……)
オリヴィエ嬢の後ろに、恨めしそうな視線を向けている少女がいた。金髪である。
(ああ、この子が)
初めて視界に入れた気がする。目が合うと、金髪の少女は表情を整え、艶めかしく身体を捻った。
(何だあの子は‥‥)
不快な表情になる前にオリヴィエに視線を戻す。オリヴィエを前にして、そのような表情を見せたくはない。
「……僕は貴方がいいのですが」
ルカディウスがそう言うと、オリヴィエの固かった表情が綻んだ。花が咲いたように柔らかく。
「手を‥‥」
「え?」
「差し出した手をとってほしいと言われましたのに、もう掴まれていては、とることができません」
そう言われて、ルカディウスは手を離した。
「では、改めて」
背筋を正し、オリヴィエの前に膝をついた。
「僕と婚約してください」
「‥‥はい」
皇帝がパンパン!と手を打ち鳴らすと、貴族達も祝福の拍手を送った。
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