第二十五話ー成人の儀②
「オリヴィエめ。どこへ行ったんだ」
カッサンドラ侯爵は周囲を見渡してオリヴィエを探した。すぐ戻ると言いながら、もう五分は過ぎてしまった。視界に目障りな金髪が映った。息子たちの鮮やかな金髪と違う甘ったるい蜂蜜のような色。
(またエステルギアの若造か……目障りな)
昨日の今日で、また厄介なことを持ち出されてはたまらない。避けるため視界から外したにも関わらず、エステルギア小公爵は近づいて来た。
「カッサンドラ侯爵。昨日言った事は覚えていらっしゃいますか?」
ざわりと身の毛がよだつ。
「な、なんだ!昨日から無礼な事ばかり言いおって!馬鹿にするのも大概にしていただきたい!」
周囲の視線が少し集まる。
(くそっ。変に目立ってしまうのは不味い)
昨日の夕刻。先ぶれもなくエステルギア小公爵はカッサンドラ侯爵邸へ訪れた。そして不躾にこう言ったのだ。
『あなたの国庫の横領。他国への武器の横流し。諸々の不正はいつでも証明できる』と。
逆上してすぐに追い返したが、心配になり執務室の金庫を確認すると、紛失している書類があった。
「薄紫色の封書の束も、青色の封筒も、僕が持っていますよ」
耳元でエステルギア小公爵が囁く。十五歳とは思えぬ低く重たい声音だった。全身から血の気が引いていく。
(もう一度邸宅内を探そうと思っていたが……)
カッサンドラ侯爵は呟くように言った。
「何か望みがあるのか?」
「それも昨日言ったではありませんか。思い出してください」
そう言って小公爵は壇上に向かっていった。冷やりとする笑みを見せて。
カッサンドラ侯爵は短く息を吐き、昨夜の会話を思い返した。
『カッサンドラの令嬢は、まだ婚約者が決まっていませんよね?』
(やはりメロディを狙っているのか?小癪な!成人を迎えたら教会から迎えが来るよう手はずを整えているというのに。渡すわけにはいかん……!)
カッサンドラ侯爵はいら立ちを姿の見えないオリヴィエに向けた。
◇
「わざわざ刺激する必要があったのか?」
壇上に戻ると、アルフォンスが呆れた視線を向けて言った。
「刺激した訳じゃない。ただ、昨日言った事を理解しているか確認したんだ」
「それで?オリヴィエ嬢には気持ちを伝えたのか?」
「……」
無言で返事をすると、アルフォンスは目を見開いた。
「嘘だろう?何しに行ったんだ」
信じられないという顔をしている。気持ちも分かる。自分でも信じられない。
「言うつもりだったんだが……」
時間がなかった。途中で邪魔が入った。――いや、どちらも言い訳に過ぎない。……怖気付いたのだ。
「……僕の提案を受け入れるようには言った」
「何だそれは。偉そうだな」
「うっ‥‥!自分でもそう思う」
青ざめた顔で言うと、アルフォンスが肩を竦めた。やれやれとでも言いたげだ。
「まぁ、もしオリヴィエ嬢がルカの手を取ったら、聞いておいてくれ」
「何をだ」
「こんなにも私を嫌がる理由さ。内心ショックだったからな」
「――皇帝陛下のおなりです!」
会場に響き渡る声に、ルカディウスとアルフォンスはホールの扉に向き直った。
「ようやくお越しだ。今日はずいぶんかかったな」
「待たせるのがお好きなのさ」
二人は後ろに回した手で小突き合い、背筋を正した。
アルフォンスと同じ赤髪に輝く王冠を乗せ、ヴァレンティン帝国皇帝エドワード・ヴァレンティンがゆっくりと玉座に座った。
少し離れた場所に、父であるエステルギア公爵の姿が見えた。名声が地に落ちた兄のジークハントに、早々に見切りをつけた父は、すぐに継承権をルカディウスに移した。
その後、間もなく始まった蛮族の討伐。エステルギア公爵は、初めはルカディウスの参戦に難色を示していた。兄があのざまで、弟まで何かあっては公爵家の存続が危うくなる。
ルカディウスは父の反対を押し切り参戦すると、三日目には数百人の兵を率いて敵将の首を獲ってきた。
その後は父も何も言わなかった。
複雑なのだろう。放置に近い待遇をしてきた次男が急に頭角を現したのだから。
眉間に皺を寄せたままの父を一瞥し、ルカディウスは視線を戻した。
「本日は我が帝国の皇太子、アルフォンスの成人を祝うため、この場に集まってくれたことを嬉しく思う」
皇帝が会場に声を響かせた。アルフォンスよりも少し暗い朱い瞳がルカディウスに視線を向ける。
「――さて、皇太子が成人の儀を行う前に、皆に伝えたいことがある。ルカディウス・エステルギア。前へ」
名を呼ばれ、皇帝の前に出て跪いた。
「皆も知っている事と思うが、此度の蛮族の制圧はエステルギア小公爵の功績が大きい。弱冠十四歳にして、戦場に赴き帝国民と国境を護った功績を称え、ルカディウス・エステルギア小公爵には帝国栄誉勲章を授けることとする」
皇帝の言葉に、ホールの貴族達は騒然とした。帝国栄誉勲章など、ここ数百年で賜った者はいない。それを齢十五歳という若さで受けたのだから。
皇帝は更に続けた。
「本来ならば褒賞として領地を加増し、陞爵するのが妥当だが、公爵位をまだ継いでいないそなたには当てはまらんだろう。その辺りの褒賞は爵位を継いだ後に手配するとして……ふむ。何か望みがあれば言ってみなさい。私に叶えられるものであれば、取り計らおう」
皇帝が口角を上げた。そう言うだろうと思っていた。
「――では、一つお願いがございます」
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