第二十四話ー成人の儀
オリヴィエは会場を見渡した。回帰前では、皇太子の成人の儀は婚約者として出席し、アルフォンスのエスコートを受けて入場した。アルフォンスからの嫌悪感を感じながら、泣きそうになる自分を叱咤して気丈に振る舞った。
そして今日、再び皇太子の成人の儀が行われ、婚約者が決められる事は知っている。
しかし自分でも驚くほど落ち着いた気分だった。
――四年が経ち、オリヴィエは変わった。
社交こそしなかったものの、オリヴィエは様々な人と関わった。侯爵の目を盗み、エマと街に降りて市井の生活を身近に感じたり、エマの実家を訪れたり。
昨年には、以前寄付した孤児院から招待を受け、お忍びでエステルギア公爵領の孤児院を訪れた。素直でひたむきな子供たちに感銘をうけた。
それから、近くにある孤児院にも行くようになった。
オリヴィエはとても充実した四年間を過ごしたのだ。
もちろん皇太子の婚約者には選ばれたくはない。しかし、選ばれた場合は与えられた役目をきちんと果たそうと思っている。
回帰前のアルフォンスとは違い、今世のアルフォンスとメロディの接点はほぼなかった。性格の違いもあってか、メロディが好む場所に寄り付かなかったのもある。
もし婚約者に選ばれたとしても、以前のような冷遇は受けないだろう。
異性としての好意はないが、パートナーとして良い関係を築ける気さえしている。
アルフォンスの隣に立つ姿を想像する時、いつも頭の奥に浮かぶ色があった。オリヴィエは短く頭を振り、浮かんだものを打ち消した。
回帰前の最悪の状況を、改めることが出来たのだ。望み過ぎてはいけない。
オリヴィエは前を向いた。
今世の成人の儀で、壇上に立つのは皇族だけではない。オリヴィエが先ほど打ち消した、蜂蜜色の髪が見えた。
大陸の中央にて、長年続いていた蛮族の近隣諸国への侵攻。隣国も標的にされ、ヴァレンティン帝国にも被害が及ぶようになった。エステルギア公爵領は帝国と被害国の境界にある。一年前、エステルギア公爵領からも出兵し、エステルギアの騎士団のみで、僅か半年で蛮族の制圧に成功した。
エステルギア公爵はその功績を、弱冠十五歳である小公爵ルカディウスによるものだと公表した。
ルカディウスは皇帝より勲章を授かる事になった。ルカディウスは皇太子の最側近候補である。異例であるが、皇太子の希望で授与式を成人の儀と同時に行う事となった。
(久しぶりにお顔が見れてうれしいわ)
皇族と同じ席でも萎縮せず堂々としているルカディウスを見て、オリヴィエは微笑む。――ふと、ルカディウスと目が合ったような気がした。
「まあ。いまエステルギア小公爵と目が合ったわ」
「私もよ。なんて素敵な方なのかしら。まだ婚約者もいないのでしょう?」
「お父様に釣り書きを送ってもらうよう頼まなくちゃ」
後ろで令嬢達が盛り上がっている。ちくりと胸が痛む。その場を離れようとするオリヴィエに、候爵は眉を顰める。
「オリヴィエ?」
「すぐ戻ります」
素早く答えると、オリヴィエは近くのバルコニーに向かった。
◇
(少しだけ風に当たって戻ろう)
バルコニーの柵に手をかけ、風を浴びる。藍色の髪がふわりと揺れた。
授与式は、じきに始まる。ルカディウスの晴れ姿は見逃したくないが、この動悸を押さえてから行きたかった。
「……ふう。私の事なんて、もう忘れているでしょうね」
「――僕の事を仰っているなら、誤解ですよ。僕は恩人を忘れるような薄情者ではありません」
「ひゃっ……!?」
背後から声がして、オリヴィエは飛び上がった。振り向くと、ここにいるはずのない人物。ルカディウスが立っている。
「こ、公子……!ど、どうして……すぐに授与式が始まってしまいますよ?」
オリヴィエは慌てた。壇上まで距離はないとはいえ、主役がここに居て良いはずはない。
「ええ。すぐに戻ります。オリヴィエ嬢、唐突に聞こえるかもしれませんが、貴方は殿下との婚約を嫌がっていらっしゃいましたよね」
「えっ」
(な、なぜルカディウス様がそれを…?いえ、そんな事を言っている場合じゃないのでは……)
脳内がぐるぐるとせわしく動く。思い出してみたが、ルカディウスにその気持ちを打ち明けたことはない。
(あ……アルフォンス様から聞いたのかしら?)
「殿下から聞いたわけではありません」
ルカディウスはオリヴィエの心を読んだかのように言った。
「時間がないので、端的に言いますが、おそらく貴方は殿下の婚約者の第一候補のままでしょう。カッサンドラ以上の名門の令嬢がいない上に、侯爵が根回しを四年間頑張って続けておられましたから」
ルカディウスの言葉に、オリヴィエの心がずしりと重くなる。覚悟はしていたが、ルカディウスの口から聞きたくはなかった。
「オリヴィエ嬢。貴方がまだ殿下との婚約を避けたいのでしたら、今日しかありません。僕の差し出す手を取ってください」
オリヴィエは蜂蜜色の眼を見て瞬いた。
「それは……どういう……」
「エステルギア小公爵!こちらでしたか。早くお戻りください」
侍従の声に、ルカディウスは振り返る。
「ではまた後ほど」
そう言うとバルコニーを出て行った。残されたオリヴィエは、しばらく放心していたが、やがて侯爵に呼ばれ会場に戻った。
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