第十七話ーアルフォンスとのお茶会
オリヴィエが11歳になる一月前、久しぶりに邸宅の外へ出ることになった。
皇太子が婚約者候補の令嬢とお茶会をするために、それぞれ皇城へ招待されたのだ。
カッサンドラ侯爵が断るはずもなく、オリヴィエは用意されたドレスに身を包み皇城へ向かった。
オリヴィエの乗った馬車は皇城の門を過ぎると、後宮へ向かった。一年も邸宅で療養していたオリヴィエへの配慮で、オリヴィエとのお茶会のみ人目に付きにくい後宮の温室ですることになったからだ。
後宮の馬車寄せに止まり、温室へ案内された。回帰前では、皇太子に会う時はいつも赤を基調としたドレスだった。今世で赤を身に纏うのは初めてだ。
(赤を着るのは、これが最後になると良いけれど……)
後宮の温室には初めて来る。皇太子が母である皇后に許可を取らないと入れない、特別な場所だ。
(回帰前、メロディは何度も呼ばれていたわね。私もこの場所に憧れていたけれど、今となっては何の感慨も浮かばないわ)
しばらく廊下を進むと、温室へ通じる扉が見えた。中へ入ると、オリヴィエは思わず感嘆の声を漏らした。
「まあ……!」
とても広い空間だった。色とりどりの花が咲き誇り、天井は高く中心がガラスになっているのか空も見える。壁はガラス張りになっており、緑豊かな中庭が見えた。中心にテーブルが置かれており、ケーキや菓子の準備がしてあるが、皇太子の姿はなかった。
「こんなに素敵な場所だったのね……!」
「気に入ってもらえたかな?」
驚いて振り向くと、後ろに皇太子が立っていた。
「帝国の次なる太陽、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
「ああ、そんなに畏まらないで。遅れて申し訳ない」
「い、いえ。私も今着いたところですので……」
久しぶりに顔を合わせる。昨年の誕生パーティーの時も思ったが、とても回帰前と同じ人物とは思えない。目を合わす度に不快な表情をされていたというのに、今では微笑んでさえいる。
「座って。体調はもう大丈夫なのかな?呼び出してしまってすまない。私が侯爵邸へ伺おうかとも思ったんだが、オリヴィエ嬢だけ特別視しては他の候補者から不満が出ると言われてね」
そう言いながらテーブルへエスコートされ、椅子も引いてくれた。
(ほ、本当に別人だわ。こんなに丁寧に殿下に接していただく日が来るなんて)
皇太子は向かいに座り、はたと気付いたように困った顔をして言った。
「ああ、ありがとう。気を使って赤いドレスを着てきてくれたんだね。ふふ。彼に知られたらまた妬かれてしまうな。さあオリヴィエ嬢は何が好きかな?飲み物は?」
オリヴィエはいつもと同じように答えた。
「私にも殿下と同じローズティーを」
皇太子が目を丸くする。
「……私の好みを知ってるのかい?」
(しまった)
オリヴィエは動揺を見せない様に言った。
「もちろんです。父に聞いておりますので」
「そうか……いや、しかしカッサンドラ侯爵も甘いな。確かに昔はローズティーが好きだったけれど、私の友人が甘いものが苦手でね。彼とよく飲むようになったカモミールティーを今は好んで飲んでるんだ」
「……!そうなのですか」
驚いてオリヴィエは顔をあげた。――好みまで違うとは。
「そんなに驚くことかい?だからオリヴィエ嬢も好きなものを飲んでいいよ。ローズティーが好きなら用意させよう」
オリヴィエは素直に驚いてしまった手前、もう淑女顔に戻すわけにもいかず、思い切って言った。
「では……私は、ミルクティーをお願いいたします」
「ああ。それと殿下は堅苦しいから、アルフォンスと呼んでくれ。ああ、大丈夫。君だけじゃないよ。候補者の令嬢は皆そう呼んでいる」
アルフォンスは穏やかに言った。
(特別扱いしている訳ではないと言いたいのかしら?でもそれにしては言い方が……)
「はい…アルフォンス様」
訝し気に言うと、アルフォンスは更に言った。
「あ、これも深い意味はない。何やら君は、私との婚約を避けていそうだったから」
オリヴィエはまたも驚いた。どう答えていいか分からず固まってしまう。
「違う?」
首を傾げて言うアルフォンスの紅い瞳に、回帰前に感じたオリヴィエへの嫌悪感はない。オリヴィエはゆっくり口を開いた。
「……はい。私は、穏やかに、静かに、暮らしたいのです」
言葉にして、胸が苦しくなった。回帰してから願い続けているオリヴィエの祈願。
「そうか……そうか。ふむ。善処しよう」
何やら難しい顔をしながらアルフォンスが呟く。
「でもな。厄介な奴に気に入られているから……」
(厄介?)
それ以降は聞き取れなかった。アルフォンスがオリヴィエに向き直って言った。
「オリヴィエ嬢は雰囲気がずいぶん変わったね」
「そうですか?私はその……色々ありまして……そういうアルフォンス様も、変わられたと思いますけど…」
「そうかい?うーん面白い友人に出会ったからかな」
「友人……」
きっとルカディウス公子のことだろう。回帰前と違うのは、アルフォンスとルカディウスが親しくなったことだ。
(彼の影響が、アルフォンス様にとってとても良いものだったのね……)
「君も覚えているだろう?昨年のパーティーで暴漢から君を守った……あ、あんまり思い出したくない事だったら……」
そう言えばオリヴィエの一年にもわたる引きこもりは、その事件の心労のためと言うことになっている。
「いいえ。ルカディウス公子にはとても感謝しています」
オリヴィエが答えると、アルフォンスは嬉しそうに言った。
「そう?うんうん!彼に何か言いたいことがあれば伝えるけれど?」
前のめりに言うアルフォンスに、少し驚きつつ、オリヴィエは答えた。
「え、いえ……そうですね。助けてもらったお礼が伝えたいです」
「わかった!まかせてくれ」
勢いに驚いたが、アルフォンスの機嫌はさらに良くなったように見えた。
お茶会は和やかに終わった。
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