第十五話ー10歳、二度目の誕生パーティー②
調理場を覗くと、アネッサの姿は見えない。
(しまったわ。もう会場に行ってるのかしら)
調理場にはすでにたくさんの料理が並び、準備を終えている様だった。一人、年の若い男の子が残っている。
(あの子は、確か見習いの……)
「ガイ、ちょっといいかしら」
名前を呼ぶと、ガイは驚いてこちらをみて近くに来た。
「オリヴィエお嬢様、何か不手際でも?」
ガイはまた日が浅く、オリヴィエの邸宅での扱われ方を知らない。オリヴィエの言うことを素直に聞いてくれた。
「調理員たちはもう会場に行ったの?もうここへは戻らないかしら?」
「いえ、いま着替えています。一度ここに戻り、担当を決めてから会場に向かいます」
「そう…ではこの文をアネッサに渡してくれる?」
「かしこまりました」
ガイはまだ字が読めないようで首を傾げている。アネッサは文字が読めていたから大丈夫だろう。
手紙には『アネッサはここに残り、調理場の番をするように』と書いた。執事の筆跡に似せて書いたから従ってくれるはずだ。
オリヴィエはふと目に留まったので、ガイに言った。
「ガイ、ちょっとそのフライパンも貸してちょうだい」
ガイはまた首を傾げたものの、言われたとおりに差し出した。
「どうぞ」
◇
パーティー会場ではカッサンドラ侯爵がオリヴィエを探していた。ちぐはぐな黄色いドレスのオリヴィエを見て眉を顰めたが(貴方が用意させたものでしょうに)すぐに笑顔を張り付け、来客たちにオリヴィエを紹介した。
「本日は長女オリヴィエの誕生祝いの為にお集まりいただき、感謝申し上げます」
オリヴィエは一歩前に出てカーテシーをとった。この歳にして仕上がった美しいお辞儀に、貴族たちは感嘆の声をあげた。
「まあ…美しい所作ね」
「実際にお会いすると、噂とはちがいますね」
「落ち着いたご令嬢だわ」
貴族たちの声に、カッサンドラ侯爵は満足そうである。
「オリヴィエ嬢。お誕生日おめでとうございます」
ひときわ目立つ燃えるような赤い髪。アルフォンス・ヴァレンティン。オリヴィエの前に出てくると、手をとりキスをした。そして微笑む。
回帰前、メロディとアルフォンスに散々な目に合わされた手前、どれほど優雅でかっこよくても心はまったくときめかない。オリヴィエは笑顔が引きつらない様努力しながらお礼を言った。
「アルフォンス殿下。ありがとうございます」
「怪我はもう良いのかな?お見舞いに来れず申し訳なかった」
「いえ、その節は素敵な花束をくださり、ありがとうございました」
「…花束?…ふむ」
アルフォンスの微妙な反応に、オリヴィエは顔をあげた。
(あら?やっぱり送ってくれたのは殿下ではなかったのかしら?側近の誰かが気をつかったのかしら…)
「殿下?」
しかしすぐにアルフォンスは笑顔に戻った。回帰前では久しく見る事のなかった、オリヴィエ自身に向けられた快活な笑顔。
「いや、何でもない。ところで、あとで貴方に紹介したい友人がいるのだが……」
(友人?回帰前ではこんな事はなかったわ)
「ええ。ではまた後で」
アルフォンスに一礼して挨拶すると、オリヴィエはくるりと向きを変え、場所を移動した。
(早く挨拶をすませて、ここを離れないと)
あと一刻もすれば、回帰前に刃物を持った男が乱入してきた時刻になってしまう。
オリヴィエは急いだ。
◇
上級貴族の夫人たちに、一通り挨拶を済ませ、オリヴィエは目立たないよう会場から離れた。途中で調理場を覗く。そこにアネッサの姿を見つけて少し安堵する。
(良かった。指示どおりアネッサは調理場に残っているわね)
そして茂みに隠しておいたフライパンを握りしめ、オリヴィエは目星をつけた場所に移動した。
パーティー会場と、邸宅の門の間にある中庭だ。会場へ向かうにはここを通らないといけない。そこには数匹の鯉を放っている小規模な池があった。ほとりに腰を下ろす。
今朝の夢では、刃物の男はまっすぐにオリヴィエを狙って来た。アネッサが庇ってもなお、オリヴィエから視線をはずさなかったのだ。
(私を狙って来たのよね。会場には人がたくさんいるもの。他の誰かが傷つくことがあっては目覚めが悪いわ)
震える手でフライパンを握りしめた。
「……大丈夫。大丈夫よ」
「襲いかかって来たら、これで防げばいいんだから」
オリヴィエの場所は、会場からくればトベラに隠れて死角になるが、門から来たならばすぐに目に入る場所だ。目立つ黄色のドレスを着ているので、すぐに気付くだろう。
「前はパーティー会場で襲われたから、ここにいれば誰にも迷惑をかけないわ……」
――本当は来ないで欲しい。回帰前とは違う展開になり、男が思いとどまって、誰も来なければ一番良い。
「――危ない!!」
叫ぶような声に思わず顔を上げると、短剣を持った男がすぐ近くに立っていた。
(――いつのまに?)
「……少し切るだけだ!」
男はそう言い振りかぶった。
自分でも無理だとは思ったが、オリヴィエは咄嗟に目を瞑りフライパンで頭を守った。
「ぐっ…!」
なにか当たった鈍い音と、男の小さな悲鳴のような声が聞こえた。そして更に打撃音。
恐る恐るオリヴィエが目を開くと、膝を付いた男の前に、自分と同じくらいの男の子が立っていた。
金髪だが、兄たちではない。兄たちのようなギラリとした金髪ではなく、淡く優しい、蜂蜜のような色だった。
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