第十三話ーオリヴィエの誤算
邸宅で目が覚めたオリヴィエは、数日間、部屋から出ることを許されなかった。オリヴィエの部屋に来れたのは、事情を知らない使用人と、後頭部のこぶを治療しに来た医者だけ。
覚えている限り、血まみれに見える状態で倒れてしまった。
(コーディ嬢が私を害したと思われたらどうしよう……!)
リアナ・コーディがあの後どうなったのか知りたくても知るすべがなかった。
意外にも、次に訪ねてきたのは兄のアレスターだった。アレスターは大きな花束を持ってオリヴィエの部屋を訪れた。
「ほら。皇太子殿下からの見舞いの花だ。受け取らない訳にはいかないから、持ってきてやったぞ」
ぞんざいに花を渡され、オリヴィエは戸惑った。
(アルフォンス様がお見舞い……?)
回帰前では考えられない。
「どうして……」
アレスターは面倒そうな顔をしたが、答えてくれた。
「お前は今、怪我をして療養中ということになっている。だから殿下も、心配している素振りくらいは見せようとしているんだろう。一応、婚約者候補だからな」
その言葉に、オリヴィエは落胆した。
(まだ候補のままなのね……)
「今回の件は、どうなったの?皇室のパーティーを台無しにしたんですもの。皇后陛下は特にお怒りなのではないの?」
「ああ、いや。この件はお前に危害を加えようとした、コーディ子爵家に責があると父上が言及してたから……特にお前には大きなお咎めはないはずだ」
オリヴィエは奥歯を噛み締めた。
(回帰前より、悪い結果になってしまったかもしれないわ……)
もちろん赤いドリンクを持ち込んだリアナにも非があるかもしれないが、これはオリヴィエも招いた惨事だ。もう少し自分が上手く立ち回れていればと悔やむ。
黙り込んだオリヴィエを見て、アレスターは冷たく言った。
「でも、どうせ今回もおまえが発端なんだろう?コーディ嬢をけしかけたんじゃないのか?コーディ嬢はこんな事件を起こす子じゃないとメロディが言ってたぞ」
「な――」
反論しようとして、オリヴィエは固まった。反論する必要があるだろうか?
「そ、その通りよ!私がコーディ嬢をけしかけたの」
前のめりに言うオリヴィエに、アレスターは引き気味に返事をする。
「ねぇ、アレスター。貴方、今お父さまにお小遣いを止められているんじゃない?」
「な?何で知ってる」
狼狽えるアレスターにオリヴィエはにやりと微笑む。
(回帰前もそうだったからよ。賭博を始めだした時期がちょうど今だわ。お父さまに知られてから暫く、アレスターはお金に困っていた)
アレスターには悪友が居た。ジークハント・エステルギア公子だ。年若い頃から賭博にハマり、アレスターもその道に引きずり込んだ人物。
「私の事を新聞社に伝えれば、かなりの額の謝礼金が貰えるはずよ。私も、さすがにコーディ嬢だけに罰を受けてもらうのは申し訳ないと思うもの。アレスターが新聞社に、私の自作自演だと真実を伝えてよ。コーディ家にも感謝されるはずよ」
アレスターは怪訝な顔でオリヴィエを見たが、少し思案して言った。
「ふん。まぁ一理あるな。だが父上の意向に逆らう訳にはいかない。じゃあな。俺はもう行く」
そう言い残し、アレスターはそそくさと部屋を出て行った。
おそらくアレスターはその足で新聞社へ赴くだろう。オリヴィエの自作自演だと伝えてくれるはずだ。謝礼金のために。
(これで少しはコーディ家の悪評を消せないかしら)
◇
次の日にはアレスターが告発したであろう内容が、複数の新聞に掲載され、社交界を賑わせた。しかしカッサンドラ侯爵もすぐさま反論し、掲載された記事を取り下げさせた。それどころか、今度はコーディ家を貶める記事まで各社に掲載させ、社交界はさらに騒然となった。
カッサンドラ家の長女の自演か、コーディ家の策略か、世間の意見は二分化して、やがて話題に飽きた貴族たちの記憶からも薄れていった。
しかしその頃には、コーディ家は帝都から撤退したあとだった。
◇
皇城のパーティーから半年後。カッサンドラ侯爵の執務室には、深夜になっても明かりが付いていた。
「今回の件は無駄に長引いてしまった」
カッサンドラ侯爵は忌々し気に言った。
「ええ。結局お嬢様の悪評を消すことは出来ませんでした」
執事がお茶を淹れながら答える。
「これからはオリヴィエの方も、公式の場ではいつも以上に着飾らせ、評判にも気を配らねば」
「と言うと……」
執事が差し出すお茶を受け取り、一口すする。
「皇太子の婚約者候補が増えてしまった。陛下がうちより家格の劣る家門も視野に入れ始めたのだ」
執事が慎重に口を開いた。
「メロディお嬢様へ挿げ替えては…陛下もメロディお嬢様の事を気に入っておられますし……」
カッサンドラ侯爵は乱暴にカップを机に置いた。舌打ちとともに口を開く。
「メロディは駄目だ。皇室には送らない。もう下がれ」
執事は頭を下げた。
「差し出がましい事を申し上げました」
部屋を出ようとした執事に、侯爵は言った。
「ああ。しばらくオリヴィエを別棟へ移せ。今回の件を反省させろ。皇太子妃教育は充分進んでいるから、社交界の情報だけ与えるように」
「かしこまりました」
執事が部屋を出るより早く、廊下にいたオリヴィエは素早く身を隠した。
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