第十話ー候補
「……はぁ。全然駄目だわ」
オリヴィエの九歳の誕生日パーティー。オリヴィエは自分の考えの甘さに項垂れていた。
「この一年……悪評が変わらなかった」
回帰を自覚してから一年が経った。
オリヴィエはメロディと顔を合わせないよう、部屋に籠るようになった。しかしオリヴィエはメロディを甘く見ていた。メロディは何度もオリヴィエの部屋を訪れ、しばらくすると泣きながら飛び出して行くのだ。まるでオリヴィエに泣かされたかのように。
ならばと思い、日中は庭で隠れるように過ごしていると、いつもすぐにメロディに見つかる。それもそのばず、邸宅の使用人のほとんどがメロディの味方なのだ。メロディがオリヴィエの居場所を訪ねると、使用人達はオリヴィエの居場所を伝えた。
先日など、池の畔に隠れているとメロディが現れ、自ら池に入って行った。と思ったらすぐに声を上げ、駆けつけた兄に言うのだ。「オリヴィエに突き落とされた」……と。
とはいえ、オリヴィエもこの悪評をそこまで改善しようとしていなかった。悪評が広がれば広がる程、もう一つの問題が解決するのではと思ったからだ。――しかし、その問題もまた甘くはなかった。
「……このままだと、前みたいに皇太子殿下の婚約者になってしまう」
(回帰前にも、悪評のある私と婚約したんだもの。そう簡単にはいかないか)
皇太子アルフォンス・ヴァレンティン。彼との婚約の話が出たのは、この年だった。
「――はぁ」
盛大にため息をつき、オリヴィエは広がる庭に視線を向けた。
パーティーが始まってすぐに、オリヴィエはアルフォンスに挨拶をした。――その時に感じた違和感。回帰前ではこの時に既に、アルフォンスはオリヴィエを嫌っていたはずだ。だから挨拶もとても素っ気なく終わったのだ。
しかし今回は違った。オリヴィエがカーテシーを取ると、皇太子殿下は挨拶を返してくれ、オリヴィエの手の甲にキスをしたのだ。回帰前では考えられない。アルフォンスの纏う空気感も、少し変わったように感じた。
(私に好意がある訳がない。何かしら。性格が少し温和になった‥‥‥?)
オリヴィエは立ち上がると、ドレスの裾に付いた葉を払った。
オリヴィエに用意されたブラウンのドレス。華美な装飾は一切無く、とても誕生日パーティーの主役とは思えなかった。
(私が会場に戻らなくても誰も気にしないわ。今日はもう部屋に戻ろう)
パーティーの始まり。オリヴィエの隣でにこやかに微笑っていたメロディを思い出す。宝石の付いたベビーピンクのドレスに身を包み、金髪を丁寧に編み上げられていたメロディ。一見して分かる二人の違いに、パーティーの招待客も戸惑った事だろう。それをオリヴィエの父であるカッサンドラ侯爵は隠しもしないのだから。
オリヴィエとて、精神的には幼くないとはいえ、気にしないようにする事は難しい。父からの愛情が、自分に向けられていないことを突きつけられるのは、大人とて辛い。
◇
誕生パーティーから三ヶ月後、オリヴィエは父に呼ばれた。
「お呼びでしょうか。お父様」
カッサンドラ侯爵に会うのはパーティー以来、三ヶ月ぶりだ。
誕生日パーティーでも、始まる際に顔を合わせただけ。誕生日プレゼントも一切貰っていない。回帰前はその事に傷つき、なんとか父の関心を得ようと空回りしたものだ。
「オリヴィエ、お前が皇太子殿下の婚約者候補に上がった」
執務室の机に座り、カッサンドラ侯爵はオリヴィエを見ずに言った。
「……候補、ですか?」
オリヴィエは思わず復唱した。
(候補?回帰前とは違う)
回帰前ではいきなり婚約者だったからだ。
侯爵は眉を顰めて言った。視線は机の書類を見つめたままだ。
「ああ。皇太子殿下が婚約者選びに慎重なようでな。陛下も殿下の意向に反対しなかった」
オリヴィエが静かに聞いていると、侯爵はオリヴィエをジトリと睨んだ。
「しかし我が家の意向としては、今年中に婚約者であると示しておきたい」
「父上、それは……」
皇室の意向に背くことになる発言だ。オリヴィエは思わず呆れた声を出すところだった。
「一月後、皇城主催のパーティーが開かれる。大規模なものではないが、高位貴族の集結する場だ。そこで殿下と交流して仲を深めなさい。前のように早々と帰ってはならんぞ」
「パーティー……」
覚えがある。婚約者になってすぐに開かれた皇室主催のパーティー。名門や高位貴族の長男と長女も参加可能で、オリヴィエも皇太子の婚約者として参加した。そこで他家の令嬢と口論になり、皇女殿下も巻き込んでしまいちょっとした騒動になった。
(あの後、お父様に三日間自室での謹慎を言い渡されたのよね。婚約者になってすぐだったから、軽率だとすごく怒られたわ……そうだ)
「分かりました。では念入りに準備を致します」
オリヴィエは侯爵に頭を下げ一礼すると、踵を返して部屋を出た。
(……そうよ。前は婚約者だったけれど、今は候補。問題を起こせば候補ですらなくなるかもしれないわ)
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