第九話ーオリヴィエの回帰
「――ごめんなさいお姉様!」
頭に響く甲高い声に、オリヴィエは我に返った。
目の前で子供がこちらを見ながら震えている。その子供の容姿にオリヴィエは目を見張った。金の髪、紫の瞳。
(な、なにこの娘。メロディに似すぎているわ)
視界に自身の振り上げた腕が見えた。周りに視線を向けると、子供たちが集まっているようだ。全員がオリヴィエを奇異の目で見ている。
オリヴィエは今、目の前の子供を叩こうと手を振り上げていた。
(どういうこと?)
混乱しながらも振り上げていた手を降ろす。
メロディに似た子供の傍らには、オリヴィエの兄、ライボルトとアレスターに似た子供の姿がある。
(いえ、あれはお兄様だわ……そして紫の瞳の子なんてめったにいない。これはメロディなの?)
子供の姿をしたアレスターが前に出て叫んだ。
「オリヴィエ!お前、まさかメロディに手を上げようとしたんじゃないだろうな!」
子供とはいえ、敵意のある眼を向けられオリヴィエは狼狽えた。
(ここは、覚えてるわ。メロディが侯爵邸に来て初めての大きなパーティー。……私の、8歳の誕生日パーティー)
――思い出したくもない。オリヴィエの誕生日パーティーとは名目だけ。実際はメロディを他の高位貴族にお披露目するための場だった。事実、オリヴィエにはプレゼントの一つもなかったのだ。
オリヴィエは後退りをし、その場を逃げ出した。
◇
走って走って、思い切り逃げたつもりだったが、辿り着いたのは侯爵邸の庭だった。息切れがひどく、これ以上は走れない。
とりあえず欅の木の下に腰を降ろした。
(落ち着いて、落ち着いて……)
オリヴィエは自分の手のひらを見た。小さい。明らかに大人の手ではなかった。
「う……う、嘘でしょう……?」
震える手を見ながら、オリヴィエは唸った。
自分の身に何が起こったのか。思わず目をギュッと瞑ると、皇太子妃教育で叩き込まれた聖書の一文が脳裏に浮かんだ。
「回帰……だなんて……」
ぽつりと呟くと、牢に入れられるまでの出来事を走馬灯のように思い出した。
「‥‥もうあんな目にはあいたくない」
ぽろぽろと涙が溢れた。
(女神様。私が何をしたというの。どうしろというの)
オリヴィエにとってとても辛い日々だった。牢に入れられてからは特に。
(やり直せというの?復讐しろとでもいうの?)
聖書には、女神の施しにより回帰した聖人たちは、過ちであった過去を改め、国を救ったなどという記述もあった。
(――嫌だ)
オリヴィエの涙が引っ込んだ。濡れた瞳で焦点も合わないまま手を見つめた。
(――私は疲れたのに)
オリヴィエが何か動く事で、国が無くなるわけではない。事実、回帰する前に起こったのは自身の死だけだ。ただ義妹との折り合いが悪く、罠にはめられただけ。
(……そうね、死にたくはないわ。私は生きたい。……静かに暮らしたい)
オリヴィエはしばらく一点を見つめた。パーティー会場に戻る気にはとてもなれない。オリヴィエは覚えている自室に戻ることにした。
◇
オリヴィエが一人で自室に戻ると、メイドがすぐに気付き着替えを持ってきて手伝ってくれた。
(この頃はまだ、本邸でも私の世話をしてくれる人がいたのね)
とはいえ、顔に嫌悪感が滲み出ている。嫌々世話をしているのが分かる。
オリヴィエは着替えが済むと、すぐにメイドを下げらせた。ただでさえ気分が滅入っているというのに、嫌悪感丸出しのメイドと同じ空間に居たくはない。
「これからどうしようかしら‥‥」
何もしたくはないが、何もしないままだと回帰前と同じ事が起きてしまう。
(あんなに大きな光属性の魔法は初めて見たわ。メロディの魔力はとても高いのね‥‥)
最期に見た、光の球体。メロディの紫暗の瞳。
「何故お父様が、皇太子妃をメロディに譲らなかったのか分かったわ‥‥」
ぽつりと呟く。
(光属性で、あれほどの魔力量。お父様はメロディを神殿に送るつもりだったのね)
よく考えれば、強欲な父が、親しかったからと情だけでメロディを養子に迎えるはずがない。
「皇室には私を……神殿にはメロディを差し出すつもりだったんだわ」
皇室と神殿。どちらの権威も得る為に。
「はは……」
オリヴィエは自嘲するように嗤った。悲しくもなんともない。もはや父としての愛情を、カッサンドラ侯爵には求めていないからだ。
この日、オリヴィエは夕食も食べずそのまま眠り込んでしまった。夕食の席に姿を見せないオリヴィエを呼びに来る使用人もおらず、オリヴィエが目を覚ましたのは明け方だった。
ベッドから降りてカーテンを開ける。まだ朝日も顔を出しておらず、外は闇に包まれている。
オリヴィエは今後の目標を定めた。一番重要な事は、皇太子の婚約者にならない事だ。メロディとの関係を改善しようとも思わない。ただ、視界に入らないようにしたい。
(婚約者にさえならず、極力メロディに関わらなければ、静かに暮らしていけるはずだわ)
オリヴィエは朝日が昇るまで外を眺めた。
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