第九十一話:世界が認める愛の誓いと、バグの完全消滅
プロテクトが解除され、まばゆい黄金の光を放ち始めた【創世の魔導書】。
しかし、地下書庫全体の空間のひび割れは止まらない。システムはなおも、上書きされようとしている「ハッピーエンド」の熱量が、世界を維持するための定義を満たしているかを厳格に審査していた。
『――最終審議。プロットの強制挿入を完了したければ、この世界が存続すべき『絶対の因果エネルギー(愛の証明)』をシステムに提示してください。出力が不足している場合、世界は予定通り初期化されます――』
「愛の証明……!? 出力って、そんなものどうやって数値化すればいいのよ!」
ルナの理系脳が、システムのあまりにも抽象的で理不尽な要求に歯噛みする。
周囲を埋め尽くしていたデリーターの群れが、最後の審判を下すかのように、一斉にその白いノイズの刃をルナへと向けた。
カイルが「くっ、ここまで来て……!」と聖剣を構え直すが、出力の次元が違いすぎる。
だが、ルナの隣に立つ男――アレス王子だけは、その無機質なシステム音声を聞いて、フッと妖艶で狂気的な冷笑を浮かべた。
「愛の出力だって? 呆れたシステムだ。そんなもの、僕がルナを想う狂気に比べれば、この世界そのものの質量すら軽すぎるというのに」
アレスはルナを正面から抱きしめると、彼女の細い腰を片手で固定し、もう片方の手で彼女の美しい顎を持ち上げた。
彼の深紅の瞳には、世界の滅亡など一微塵も映っていない。そこにあるのは、宇宙の始まりから終わりまでを全て焼き尽くすような、ドロドロに蕩けた「ルナへの絶対的な独占欲」だけだった。
「ねえ、ルナ。僕の愛を、世界(神)が証明しろと言っている。……いいよ、見せてあげる。僕がどれだけ君を影の底に閉じ込めておきたいか、どれだけ君の肉体も精神も、その吸い込む息の一言まで僕のものだけにしたいか、そのすべてをね」
アレスがルナの唇に、これまでで最も深く、激しい、魂を融かし合うような誓いのキスを落とした。
その瞬間――ドクンッ!!!!! と、世界そのものが激しく心動した。
アレスの身体から溢れ出たのは、もはや魔法や魔力といった概念すら超越した、ドス黒く、しかし気高く輝く「絶対的な執着のエネルギー」だった。
その漆黒の闇の津波は、地下書庫を、王都を、そしてこの世界全体を瞬時に飲み込み、空を覆っていた幾何学模様のノイズを力尽くで真っ黒に塗りつぶしていった。
『――警告。愛の因果出力、測定不能。限界値を突破しています――』
『――処理回路のオーバーフローを感知。システムはこれ以上の拒絶が不可能です。……プロットの上書きを、強制承認します――』
無機質なシステム音声が、アレスの放つあまりにも重すぎるヤンデレの熱量に耐え切れず、悲鳴を上げるようにバグり、そして完全に消滅した。
パァァァァァァァッ!!!!!
魔導書のページが激しくめくれ、ルナとアレスが紡いできた「誰も不幸にならないハッピーエンド」が、世界の公式な歴史として永久に焼き付けられた。
崩壊しかけていた空間がピタリと安定し、襲いかかってきていたデリーターたちが、光の粒子となってサラサラと消えていく。王都の空には、バグの霧が晴れた、どこまでも青く美しい本物の太陽が顔を覗かせていた。
「ハァ、ハァ……、やった……。世界を……デバッグしきったわ……!」
ルナは魔導書が静かに閉じるのを見届け、アレスの胸の中で安堵の息を漏らした。
カイルは呆然とそれを見つめ、「……これが、世界を救う愛の形だというのか……」と、あまりのスケールのヤンデレぶりに乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「よく頑張ったね、ルナ。これで僕たちの世界は完璧に固定された。……ということは、もう僕たちの邪魔をするものは、神も含めて誰もいないということだね?」
アレスはルナを愛おしそうに、しかし骨が軋むほどの強さで抱きしめ直し、その耳元で極上の、そして最高に恐ろしい監禁旦那様の笑顔を浮かべた。
「さあ、別荘へ帰ろうか。世界を救ったご褒美として、これから一ヶ月は、僕の部屋から一歩も出さずに、僕の愛だけで溺れさせてあげるからね……?」
「ちょっとアレス!? 世界は救ったんだから、監禁プランは通常営業に戻しなさいってば!」
世界の滅亡を乗り越えた先で待っていたのは、やっぱりいつも通り、いや、それ以上に過保護で重すぎる、最高に甘くて危険なヤンデレ旦那様との新婚ハネムーン生活の続きだったのである。




