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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第弐部 『時空を超えし幻の軍勢』ラーマーヤナ(一書)編――秘幻乃神謡 其之壱 昔日英雄乃詩――
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第14倭 麗しの王弟 覚悟の比武

 呆然として彼を見つめるラーマを他所に、絶対の存在への随喜の涙を流し駆け寄るハヌマーン。


「なんとなんとなんと!

 お待ち申しておりましたぞ吉祥剛弓者(ラクシュマナ)様!

 あなた様がいらっしゃるならば、インドラ・ジットなど恐るるに足りませぬ!」


 ふたりのやり取りを見つめているラーマの頭の、胸の内に静かに黄泉還る記憶。

 共に生き、研鑽し、闘ってきた掛け替えのない弟……。

 「書き換えられる前」の刻では、彼の活躍でダンダカの森にて堕ちる事無く難無きを得ていた事……。

 そしてこの場面で……まさにハヌマーンの言う通りの功績を成し遂げし事……。

 想い還すと共に、止め処なく溢れ出る涙。

 涙ながらにラーマは歩み寄る。


「おぉ、おぉ!

 何と言う事であるか!

 余は……。

 ハヌマーン同様、掛け替えなき其方の事すらも……。

 『書き換えられて』忘却の彼方へと追い遣られしなりか!


 この弓、大切に抱えしは、其方のであったが故の事!

 再び逢えし弟よ、魂(ラマトゥ)の奥底より随喜溢れん!」


 そう言うとラーマは力強くラクシュマナを抱擁する。

 伏し目がちに頬を染め、心底嬉しそうに彼の首へ腕を絡めるラクシュマナ。


「あぁ、お兄さま……!

 この吉祥剛弓者(ラクシュマナ)も……。

 あなた様との邂逅。

 感極まりて、まさに身を燃やし尽くされんばかりの随喜に溢れております」


 其処まで言うと、今度は愁いを帯びた面持ちで静かに語り出す。


「……ですが、此度は仮初の顕現。

 『刻』がございません……。

 だからこそ、此処で『我が使命』だけは完遂してみせます!」


 ラクシュマナは七絃に輝く神弓を、限界まで引き絞り、鏑矢を放つ。

 その音に、ラーマ陣営を真っすぐに見据えるインドラ・ジット。


「我こそは英雄王(ラーマ)の弟、王弟吉祥剛弓者(ラクシュマナ)なり!

 其方も弓の名手ならば、このラクシュマナとの弓の比武、受けてみよ!」


 清廉に澄み渡る甲高い美声が響き渡る。


「ふん!

 猪口才な!

 我を雷霆超越乃神(インドラ・ジット)と知っての事か!

 その無礼千万、我が矢にて打ち砕いてみせよう!

 この比武、「大いなる真理」に誓いて応じてやろう!」


 魔術を遣う策士でもあるインドラ・ジットは、彼の麗しい佇まいと美声に高を括り、尋常の比武を自ら宣言してしまう。


「綺麗な声……まるで乙女(メノコ)のよう……」


 その美しき声に感心するミチヒメ。

 だが、彼から激しく迸る氣力が、有無を言わさず前言を撤回させてゆく。


「ご安心ください、聖乙女(ピリカ・メノコ)。

 このラクシュマナ、弓にかけては誰にも負けませぬ!

 刻がありません。

 全てをこの一射に籠めて放ちます。

 顕し直霊せよ! 雷霆神之矢(ア・インドラ=ストラ)!!」


 彼の美しき絶唱と共に、稲妻迸る神威の矢が顕現し、極限まで引き絞られてゆく。


「これはまさに……!

 彼の刻に於いて、インドラ・ジット屠りし神威の矢!」


 想わず拳を握り締めて喜ぶハヌマーン。

 だが、ラクシュマナは緊張したまま静かに微笑む。


「恐らくは『あの刻の通り』には征きません。

 奴らの背後に控えし『管理者』は、きっとこの神威の矢すら、『書き換えて』いるでしょう。

 ですので……」


「ならぬ!

 その矢を放ってはならぬぞラクシュマナ!

 余は二度とそなたを喪いたく無いなり!」


 彼の言葉を遮るラーマの歎願(ピリマ)。

 一度弓を降ろし、喜びと、それを上回る運命(さだめ)への憂いと悲しみを籠め、静かにラーマへと歩み寄り抱擁する。

 そして抱く全ての想いを籠めて、兄の頬へ唇を押し当てる。


「我が愛しき……お兄さま……。

 ラクシュマナは滅する訳ではありません。

 ただ、お兄さまより先に、次なる輪へ廻るだけでございます……。

 聖乙女(ピリカ・メノコ)……さん……。

 どうかお兄さまを支えてあげて下さいね……。

 そして、今の内ですハヌマーン。

 あなたは、いえ、あなたこそがシータさまを。

 『今のあなた』なら、城に攻撃されずに門を潜りて入れます。

 どうか、彼の城より連れ戻してきて下さいませ!」


 清廉で高潔でいながらも、甘やかな想いを隠さず伝えるラクシュマナ。

 刻の無い彼は、伝えるべきすべてを伝え、希望を託し弓を引き絞る。


「ラ、吉祥剛弓者(ラクシュマナ)様……!

 このハヌマーン、身命を賭して御言の葉承りまする!」


 弱らされど、崇高なる境涯の持ち主故に観える、因果の帰結。

 ハヌマーンはこれから起こりくる事象に涙し、自神のすべてを賭けることを誓い、深々と長揖し静かにその場を去ってゆく。

 身を潜め駆け抜けてゆくハヌマーンを、頼もしそうに微笑んで見送り、ラクシュマナはインドラ・ジットへ向き直る。


「……先世に住まう万象の安寧の為に……。

 民を救う『希望之閃光』達に、大いなる勝利を!」


 万感の想いを籠めて放たれる神威の矢。

 音すら置き去りに、余りの迅さに炎を纏い虚空を劈いてゆく。


「――なんて迅さ!!」


 「神威之眼」ですら捉え切れない一射に、ミチヒメは驚嘆する。

 迫りくる矢を睨み、インドラ・ジットは不敵な笑みを浮かべる。

 

「甘い! これならば……!」

 

 響き渡る凄まじい轟音。

 矢を中心にすべてが吹き飛ばされ、夥しい土煙が舞う。

 瞬間、発動する城の護りの「記述」。

 即座に矢に対し、「権能喪失」が綴り直霊され、存在毎消し去ろうとする。

 

「な、何?

 どうなったの――上よ!!」


 ミチヒメの絶叫と共に、上空に顕れる信じられない姿。

 それは、弓を引き絞り矢を構え宙に浮き、狙いを定め不敵に笑うインドラ・ジット。

 しかし、吉祥剛弓者(ラクシュマナ)は最後まで城壁を見続け、遥か先の輝きを見届けた後、笑みを湛え小さく拳を握り締める。


「僅かに狙い、外ししなり!

 そして我は此処ならば、絶対に外さぬ!!」


 流星の如く放たれる矢の豪雨。

 そのすべてをラクシュマナは受けてしまう。


「吉祥剛弓者(ラクシュマナ)ーっ!!」


 響き渡るラーマの絶唱。

 必死に駆け寄り、崩れかけるラクシュマナの身体を涙ながらに抱きかかえる。

 

「……予想の……通りです……!」


 その言葉に響き渡るインドラ・ジットの蔑笑。


「断末魔で強がろうと結果は――狙ったのは……『城』であるか!」


 「喪失の権能」を纏ったまま、神矢は城壁に強烈に跳ね返され、ラクシュマナ目掛けて飛来する。

 勢いを増した僅かにだけ角度を変えられし矢は、上方に逸れて征き、頭上に浮かぶインドラ・ジットを撃ち抜いてゆく。


「キ、キサマ……!

 はじめから狙いしなりかぁっ! ごぼぉっ!

 ――我が『神威之色身体』より何かが喪われてゆく……!

 これは、そうか、左様であるか……。

 見事なり……そう言っておこう……!」


 鳩尾を撃ち抜かれしも、不死の恩寵を抱くインドラ・ジットは輪を廻らない。

 だが、飛び去り逝く矢と共に、身体の損傷ではない強力な喪失感が彼を襲う。


「そ、その通りです……。

 あなたがお持ちの不死の権能、『夢幻流転《オハインカラ・ラマトゥ》』を、撃ち抜かせて頂きました……。

 これで、お兄さま方と……尋常なる闘いとなり、ま、しょ、う……」


「吉祥剛弓者(ラクシュマナ)!! 逝くでない!

 礼も労いも全くしておらぬ!」


 間隙を縫って本陣まで退くインドラ・ジット。

 間の原野では、エイン=ヘリャル達が、不殺の闘いを繰り広げている。

 弓を持つ掌が静かに落ち逝く。

 最後の力で静かに彼は語り始める。


「お兄さま……先に、『流転の旅』へ……参ります……。

 必ずや廻りし先でもお逢いすること……。

 そして彼女の様に、あなたに……『空(ニス)』に連なり世界を護る、魂(ラマトゥ)の血脈の為に……。

 真なる姿、鎮護の龍神として尽力する事を、此処に「大いなる真理」に誓います……」


 きつく抱きしめて叫ぶラーマ。


「ならぬ、ならぬ!

 ミチヒメ、後生である、快癒呪を!!」


 即座に青龍と掌を取り合い快癒呪を放つ。

 だが、彼の身体は一向に回復されゆかない……。


「元々仮初の命です。

 この刻の為に……英霊乃館(ヴァル・ホル)に遺っていたのです……。」

 ……しばしのお別れです……お兄さま……」

 

「ラクシュマナぁっ!!」


 微笑みを湛えたまま、ラクシュマナは静かに眼を閉じる。

 ひとつ、ひとつ。

 彼を形造っていた光が、千の弦となり、龍と成りて、天空に浮かぶ「英霊乃館」へと還ってゆく……。

 最後の弦が龍となりて昇り逝く際、ミチヒメにだけ聴こえたラクシュマナの遺言(ピリマ)。


(聖乙女(ピリカ・メノコ)……いいえ、ミチヒメさん。

 どうかシータさまと共に、『我が愛すべきお兄さま』を……)


「……吉祥剛弓者(ラクシュマナ)さま……。

 必ずや……!」


 流れる涙をそのままに、天を見据えてミチヒメは力強く拳を握り締める。

 そして泣き崩れるラーマへと寄り添い、静かに拳を突き出し、彼の胸へ押し当てる。


「お兄さま……。

 吉祥剛弓者(ラクシュマナ)さまの想いを胸に……!」


 涙を拭い伝える彼女の言葉に、ラーマは己を奮い立たせ、立ち上がり天を見据える。


「……我が愛すべき弟よ……必ずや流転の果てに!」

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