第15倭 想い引継ぎ 暴れ直霊せん雷
真寧な面持ちで黙祷を捧げるオーディン。
暫くして目を見開き、太々しく挑発的な口調でインドラ・ジットへ向かって叫ぶ。
「おめぇさん、無敵じゃなくなったんだべさ?
したらもう、今度こそわしゃ達には勝てないべさ!」
あえて彼の想いを逆なでするようなオーディンの絶対宣言。
「巫山戯るな! 異教の神威の分際で!
其の方等最強の『雷ノ神威』でさえ、我の御前に平伏したである!!」
インドラ・ジットの暴言を聴いたオーディンの失笑。
「そったら事ある訳ないべさ。
あぁ! わしゃさ『友情の証』預けた後だべか!!
したら……なんまらがっつりヤル気にならさった、本当の『雷ノ神威』と……比武すっべか?」
その言の葉に更にインドラ・ジットは激昂する。
「出鱈目を! 良いだろう!
其処まで言うならばこの戦場に呼んでみるが良い!」
オーディンは一瞬後ろを向き、不敵な笑みを心の中だけに浮かべる。
すぐさま普段の表情へと還り、至極普通に上空へと呼びかける。
「おぉーい! ソール!
いやさ『天空之神威』!
預かっていたコイツ等……。
『思念金乃槌』と『万握籠手』……還すべさ!!」
突如暗雲が立ち込め、雷光迸る中から一柱の神威が顕現する。
「探求之神威よ、久しきなり!
いや、『なんまら久しぶりだべさ』!」
オーディンを観るや否や、なんと大秦の主宰神ゼウスは、彼と掌を握り締め合い、あろう事か、同郷の言葉を想い籠めて交わす。
「……我こそは、ソールより直霊されし『天空之神威』。
今まさに此処に顕現せん!
ほう……貴様も久方ぶりであるな……インドラ・ジット」
ゼウスは太々しく笑みを浮かべ、インドラ・ジットを真っすぐ見据える。
「おめぇさんよりもコイツぁ『強い』らしいんだべさ……。
したから、おめぇさんの『本気』、此処さ顕してあげてけれ!」
ゼウスは、オーディンの元を離れし際に預けおいた「万握籠手」を嵌め、「思念金乃槌」を握り締め、己の神威を籠めて練り上げてゆく。
「ないだって……あとで泣きべそさ掻いてもしらねっ……べさ!
よしゃ!
此処さ、真の姿顕し直霊すれ! 『万象粉砕乃雷槌』!
……なんまら久っしぶりに、『本気』さ出すっべさーっ!
神威顕現! 雷ノ神威!!」
ゼウスの絶唱と共に、天空全てから稲妻が迸り、彼目掛け降り注ぐ。
その爆雷すべてが「思念金乃槌」へと集束、いや「喰らい尽くされてゆく」。
小ぶりながら、天空に鳴り響く爆雷の総てを内包した最強の槌。
それを掌に握りしめて顕れたのは、北欧最強の神威、オーディンの盟友、ソール。
「……コイツの本気の一振りで、『輪さ廻ら』さんかったのは……。
後にも先にも『尊大なる世界蛇』だけだべさ……。
オメェさん……ホントに良いんだべか?」
その圧倒的絶望的な神威を見抜き、インドラ・ジットは戦慄する。
だが、慄いた事への屈辱から沸き上がる闘志と、勝利への執念ですべて塗り潰して咆哮する。
「愚弄するでない!
斯様な武具の恩恵如何に関わらず、我の方が貴様より上である事、まさに此処に顕さん!
ぅぉおおっ!!」
その「猛き執念」に、「雷ノ神威」と顕現したゼウスは、感心と好意を籠め力強く笑う。
「嫌いじゃないべさ、その執念……。
よしゃ!
思いっきりかかってくると良いべさ!」
自神の腰から、権能を倍増させる力帯を抜き捨てて、ソールも嬉々として叫ぶ。
「やっぱしコイツら……おんなじエパタイだべさ……。
したけど、そんな奴ぁ、わしゃ、とてもでないけど嫌いになれないべさ……!」
二柱が壮絶にぶつかり合う。
その様を、眩しそうにオーディンは眺める。
すると「夢幻乃軍勢」より響く宣言。
「然らば探求之神威よ、其方の想い、我がこの戦場へ顕さん!」
天空より顕れし「夢幻乃軍勢」。
その軍勢より、一際逞しい一柱が戦場へ舞い降りる。
「付与精霊よ!」
降り立った巨躯の武人が、肩に乗る愛らしい小人へ向けた掛け声。
「うん、わかった! 付与霊呪!」
静かに付与される、優しく穏やかな霊力……。
静かに風が舞い起こり始める。
「然らば参る。
我が槍の一振りにて、『草花と戯れる』がよい……!
ぬぅん!!」
小さな小人を肩に乗せ、大きく振り被って構える巨躯の武人。
恐らくは微笑みを湛えたまま、彼の巨槍より放たれる凪ぎ祓い。
遥か彼方、両軍の外周から放たれる、莫大な氣力の籠められた、激しくも爽やかな突風。
「あれは!? ミチヒメ! 避けろっ!」
ラーマの掛け声でミチヒメはいち早く飛び退く。
遺されたインドラ・ジットの軍勢は、巨濤にさらわれる小枝の如く、敵陣中央に鎮座する、「天超飛翔神威之城」まで吹き転がされてしまう。
「やるべさ!
だぁれも怪我一つしていねぇべさ。
流石は『受け継ぎし』……だべさ!
よしゃ! 今だべさ!
来ると良いべさ! 豊饒の女神ちゃん!」
オーディンの掛け声と共に一柱の女神が顕現する。
それは……荷馬車に振り回され悲鳴を上げる女神……。
「おめぇさんの本気、今こそ魅せてけれ!」
オーディン力強く笑みを浮かべ咆哮する。
「きゃぁっ!
あ、はぁいっ! いきますっ!
いまはわたしが通りますっ!
ですから、『全部しまって』下さいねっ!!」
清廉な女神、ネルトゥスの讃える満面の笑み……。
それは「世界」からすべての「刃を帯びた」武具を封じてしまう……!
そのまま彼女は荷馬車を暴走させて走り去ってゆく……。
「いやぁんっ!
牝牛ちゃんたち、もっと優しく引いてほしいですーっ!」
オーディンは、拳を突き上げて最高に不敵に笑う。
「やっぱしなんまらすごいべや!
ネルトゥスちゃん、良くやったべさ!」
其処に駆け付けるのは、書き換えられて弱らされ、反対に気配を気取られにくくなったハヌマーン。
其の腕にしかと抱くのは、清廉なる王女。
「英雄王様!
此処に清廉王女様、ご帰還でござりまする!!」
不殺を護り傷だらけになるも、決死の想いで成し遂げてきたハヌマーンを、
ラーマは想いの限りで抱きしめる。
「よくぞ、よくぞ……!
其方は余の最高の臣下、いや友なり!」
二人の姿を優しく愛おしく見つめるシータ。
「……ラーマ。
あなたのシータ、此処に還りました」
恭しくラーマへ挨拶し、抱擁を交わす。
「うむ!
恐らくは数多の辛苦ありしであろう……。
よくぞ……。
此のラーマ、一日千秋の想いにて待ち侘びしなり……!」
暫くしてラーマから離れ、彼女は静かにミチヒメへと向き直る。
「……お待ちしておりました。
『民の希望の聖乙女』、ミチヒメさん。
異なる刻への参戦、魂の奥底より感謝申し上げます」
両の掌を胸の前で組んで跪き、シータはミチヒメへ真寧なる想いを籠めて祈りを捧げる。
「いいえ、こちらこそ。
そのおかげでわたしはお兄さま……。
ううん、ラーマさまにお逢い出来た事……。
そして今なお、己の更なる研鑽に努める事が出来ています」
静かに立ち上がり、シータは再度深々と拝礼する。
そして清廉な笑みを湛えて言う。
「素晴らしき想念でございます。
必ずやこの闘いに幸福を齎して下さる事でしょう。
私からも感謝をお伝えいたします。
ラーマがあなたを妹ともうならば……。
私にとってもあなたは魂の妹 (いもうと)です」
(……非の打ち処の無いお方……。
お兄さまが……身命を賭して助けようとしたはずだわ……)
乙女としての圧倒的な敗北感を観じるも、何処までも徹底したシータの清廉さに、ミチヒメは想わず苦笑する。
「……ラクシュマナさまにも、さっき頼まれました。
これからも一緒に、『ラーマお兄さま』を支えていきましょう!」
彼の復活と流転に驚くシータ。
「そう、そうでしたか……。
流石は吉祥剛弓者。
『絶望の改竄』を超克したのですね……!
そして、その想いの強さにて、『顕現』叶ったのですね」
シータは天を見据え祈る。
ミチヒメは力強く頷き、彼女と掌を取り合い微笑む。
そして戦場を見据え驚愕する。
「え……な、何あれ!
相手の武具が……全部喪われちゃているわ!」
城まで吹き飛ばされて頼みの武具をすべて喪い、戸惑い固まるランカー軍。
ソールに懸命に挑むも、圧倒されつつあるインドラ・ジット。
彼も、自慢の弓はあれど、すべての矢を喪い戦慄いている。
「ん? 矢さ喪くなったべか?
したら、こっちもコイツなしでいくべさ!」
ソールは「万象粉砕乃雷槌」をオーディンの元へ投げ返し、拳を握り締める。
「なんて巫山戯た権能!
この場より『すべての刃』喪われしであるか……!
だが構わぬ!
矢など氣力で錬成叶うわ!
……武具を手放せし事、後悔するぞ?
一般兵は引け!
闇闘鬼共よ!
武具なくとも絶対の強者たること、彼奴等に観せ付けるが良い!」
インドラ・ジットの咆哮に、屈強な「闇闘鬼」達が前方に躍り出る。
それに対し喜び露わに応じるエイン=ヘリャル達。
その「想いのぶつかり合い」を愛おしそうに見つめる巨躯が言う。
「これこそある意味最強の女神、ネルトゥスちゃんの権能だべさ!」
深々と頷いて親指を立てるオーディン。
ミチヒメは自軍を神威之眼で見回す……。
ソールは持っていた小ぶりの槌をオーディンに返し無手。
遥か後方に構えし武人は、良く観ると「錬」の為、「刃」を落としてある槍。
そしてエイン=ヘリャル達は、なんと最初から木剣で顕れていた様である。
此方で喪われしは、ラーマの「矢」のみである。
「さすれば、余も!
ミチヒメよ、そなた同様、この拳に想い籠めて『比武』とせん!」
ラーマは、想いの丈と技で乗り切れる戦況へと、「ひっくり返した」オーディンへ深々と長揖する。
「なんもさ! 思いっきりけっぱってくると良いべさ!
『舞台のお膳立て』は……任せるべさぁっ!」
絶対の自負を持って応えるオーディンに背中を任せ、ラーマは幻者と羅刹王の待ち構える城を目指し疾走して征く。
「征くぞ! 想いの丈を比ぶるに!」
ミチヒメはシータへ目配せして、彼の後を追いかけてついてゆく。
ハヌマーンも深々と長揖しその後を追う。
封風之鷹を天高く舞わせ、彼の「眼」と感応してオーディンが叫ぶ。
「したら征くべさぁっ!
解放! 『天空之神呪』!」
オーディンは、己に封じられた叡智の総てを、紅蓮の義眼を輝かせて解放する。
「な、なに? 急激に凍える様な氣力……!」
ミチヒメは白い息を吐き出して驚く。
この南に位置するランカーに於いて、絶対的にあり得ない寒さ。
気配を察知したミチヒメの神眼が捉えたのは……。
天空に静かに渦巻く冷たき「大凬」。
それは、瞬く間に周囲の海水を巻き上げてゆく。
その後も際限なく渦巻く迅さは上がってゆき、その凄まじき力は竜巻となり、海水から熱を奪い瞬く間に氷結させてゆく。
「ミチヒメちゃん、ハヌマーン達、避けて欲しいべさ!
いっくべさーっ!
ランカー軍、みんなしばれてけれっ!
吹き荒れると良いべさ!
『雹氷之暴風』!!」
響き渡るオーディンの詠唱。
渦巻く氷の粒が瞬く間に巨大な雹となり、螺旋を描きてすべてに襲い掛かる! 吹雪が翔け抜けた後……。
遺るのはランカー軍「だった」氷像の群……。
「しばらくじっとしていると良いべさ。
あとは任せたべさ、『東方最強』さん!」
オーディンは「鳴動乃槍」を納め、インドラ・ジットを、小人を肩に乗せた巨躯の武人へと託す。
「ほっほ! ないだってこったら素晴らしき武人さいたべか!
したら、このインドラ・ジット、オメェさんさ任せるべさ!」
その声を聴きつけ、ソールも満足気な面持ちでオーディンの元へ下がる。




