詩片の夢 神威之文明に顕る想念英雄(イ・クレスイェ)
――『狭間』とは御柱前に詠う詩、還りし後は『夢』と直霊せん――
――此度、『夢』を詠い直霊せん――
先の古代國は遥かいにしえの神話となり、神威と民衆が掌を取り合い、神威之文明として刻は進み征く。
小さな鉢にて育った朝顔。
其処に宿りし二体の、この世の理を助く存在、精霊神。
「よぉしっ! これでどうだっ!」
小さな子供のヤオヨロズが、葉の上で飛び跳ね、あらん限りで朝顔を吹奏し、高らかに福音を響かせる。
「とっても良いわ廣念!
来たわ!
弥音舞にも降りて来たわよ!」
弥音舞と名乗るヤオヨロズの乙女に降り注ぐ、緋緋色金の花吹雪。
昂る想いに頬を紅潮させ、セルスの奏でる音色に合わせ彼女は華麗に舞う。
「廻れ廻れ輪廻の輪!
次なる生へ祝福を……破魔神反呪!」
まさに神がかり的な美しさ。
その情熱的で真寧な舞は、未だ浮かばれぬ彷徨う魂達に道を示し、歓喜と共に天へ還して逝く。
「……とっても素敵だよ弥音舞。
でも、あんまり激しく踊ると下帯が丸見えだから、気を付けて」
少しだけ照れて視線を逸らし、セルスは大胆な彼女を心配する。
「まぁおませさん!
大丈夫よ、これは神聖なる舞。
そんな想念で誰も観ないわ」
晴れやかな彼女の笑みにセルスはひとまず安心する。
(そうなんだろうけどね……。
間近であの舞を観たら、善男乃子ならだれでも『想い』乱されるよ、本当……)
「なぁに廣念ったら!
大丈夫よ、ネンノピッタ、そんな想い全くないもの」
真寧なる想いなくば神舞とはならない。
当然よとばかりに彼女は自身の胸を軽く叩く。
「うん。
みんながきれいに輪を廻り、この大地に新たなる想念を注ぎ育むよう祈っておくよ」
そう想い籠めてセルスが朝顔を吹き鳴らそうとした刻、突如虚空に顕れた裂け目より、昏き闇が噴き出て来る。
そして世界から光が喪われてゆく。
「な、なんだあれは!
この御柱に護られてた世界に、あんなものが出て来るなんて!」
古代の神々の尽力により、平和の象徴「御柱」に護られし世界。
この世においてあまりに異質な禍々しき闇。
「本当だわ!
民と神威が掌を取り合うこの「神威之文明」の中、余りにおかしいわあの闇!」
ネンノピッタも、未だ噴き出し続けている昏き闇を見つめ戦慄く。
《精霊神達よ……。
案ずることはない。
今おれが裂け目を封じよう。
暫し待つが良い……むぅん!》
遥かなる天空より響く神威之啓示。
「あぁ!
あれはぼく等の王さま!
精霊王、『猛ル宗像之大王』さまのお声だ!」
セルスは喜び露わに飛び跳ねる。
観る間に巨大な神威が上空に顕現する。
彼はその逞しい両腕を自身の前で重ね、神威を集束させ勢い良く放つ。
「万象を護り徹せ!
深山神威!!」
瞬く間に、見渡す限り盤石の大地の天蓋に覆われてゆく。
「すごいすごい!
流石ぼく等を育んでくださる大地の神威さま!」
喜び踊る彼の元、耳元に纏わりつく、彼とは全く異なる「神威之啓示」……。
「オマエ五月蠅いね。
邪魔者は滅すると良いよ……!」
瞬間炸裂する漆黒の雷光。
悲鳴を上げる間もなくセルスは誰かに突き飛ばされる。
「痛っ――ネンノピッタ!!」
近づく事すら敵わぬ無慈悲にして峻烈なる雷。
その迸る爆雷の中、セルスの身代わりになり、静かに悲し気に微笑む乙女。
「……ごめん廣念……。
先に……『輪を廻る』……わ……」
彼女の姿が見えなくなるほど雷光が強まり、弾け飛ぶ瞬間齎される絶望。
「何言ってるんだ?
この完全抹消、魂ごと消滅させるよ?
まぁ安心しなよ。ほら」
視線を促す混沌とした昏き闇。
崩れ逝き光の粒子と化した彼女を、受け入れて天へ還す大いなる存在。
「観ての通りさ。
彼女は自由意思を喪い、全なる一へと還り、新たなる存在へと造り変えられてゆく。
喪くなる事はない。
その存在の重さはこれからも遣うから。
姿も想いもどうでも良いが、魂の重さは遺るし、それで問題ない」
闇は、静かに這い寄ったかと想うと、虚空に浮かび上がり、例えようもない形へ絶えず変化しながら蠢いている。
「ほら……完全に滅して還って逝く……。
この刻ばかりはすべての存在が綺麗に観える……」
溢れる涙を構いもせず、セルスは跳び掛かろうとするも、小さな彼では届くべくもない。
「キミは変わった精霊神だね。
『歯車』は『歯車』」らしく廻っていればいいのに……。
なんか、目障り。
君も消えておくか?」
混沌として蠢く彼の中から、腕の様なものが伸びあがって天へ翳される。
「――させぬ!
我等が神威よ!!」
「猛ル宗像之大王」の裂帛の気合。
齎される緋緋色金の閃光。
光の中から産まれ直霊するは、輝く真輝銀の長髪を棚引かせ、煌く法衣を纏い、紅玉の神瞳の瑞光を発する万象の父神、統治之神威 弥致鉾。
《……理を捻じ曲げる者は許しません……》
彼は、自然に輝く「紅玉の神瞳」で混沌を見据える。
それだけで噴き出てきた昏き闇が「浄化」されゆく。
続けざまに蠢く混沌たる彼自身も、次元の裂け目へと、この世界から追い出されてしまう。
「すまぬ。
助かった、ありがとうヤチホコ」
彼は統治之神威に向かい深々と長揖する。
そして猛ル宗像之大王の顕現を解き、褐色の肌の屈強な青年の姿へ還る。
彼の傍へ降り立ち、実の身へと顕現する統治之神威。
「礼には及びませんよタカヒコ義兄さん。
それよりも、あの精霊神……」
昏き闇は消え去り、混沌たる存在も吹き飛ばされた。
だが、統治之神威の浄化の波動でも、ネンノピッタはもとに還らない。
「……ヒメさん、これは一体如何なる事でしょう……?」
ヤチホコの掌から、七絃に輝く虹光が迸り、神威之巫女が一柱顕れる。
万象を見抜き先世を見据える、如意宝珠の乙女、ヒメ。
「お久しゅうございます我が崇敬すべき神威殿。
……これは、執念による呪詛……!」
彼女は自神が持つ、万象を見抜く真理眼を輝かせ驚愕する。
「恐らくは……聡き石版を通じ集まりし物かと」
自身の想いの儘、欲する事象を顕す事叶う「聡き石版」。
そのもう一つの機能、「想いを送る」事により齎された魂の侵蝕であると彼女は告げる。
「……同じ権能を用い、『善かれの想念』を集め直霊すれば、彼女もいずれ癒し直霊され黄泉還る事叶うでしょう」
固唾を呑んで傍で聴いていた廣念。
「神威さま方……。
ぼく、どうしたら弥音舞を救ってあげられるの?」
「光あれば闇あり。
禍々しき想念あれば善かれの想念あり。
この世は須らく、陰陽の番による調和によって保たれております。
故、其方が『陽』の体現者となり、『禍々しき想念』に蝕まれし彼女を『陰』の体現者と直霊し、『陰陽抱きし民の希望の顕現』となりて、この世に蔓延る怪異を祓い浄めて征くのです!」
ヒメから齎される途轍もない道筋。
セルスは想い折れそうになるも、消え去りそうなネンノピッタを観て、己の想いを奮い立たせる。
「ぼくは単なるヤオヨロズ。
なんの権能も無い。
でも、でも……!
ネンノピッタを救いたい!
この想念だけは誰にも負けません!!」
静かに厳かに、そして冷徹に微笑むヒメ。
「よろしいでしょう。
今の覚悟の想念、努々お忘れなき様。
『他者を慮り、己を鼓舞し立ち上がらんとする者』……。
其れこそが、いにしえの英雄に連なりし者でございます!
そして……」
彼女は虚空に幻像を浮かび上がらせる。
それは、聡き石版に向かい「善かれの想念」を送る民衆……。
「彼等の想いを重ね合わせて纏め上げ、見事『産まれ直霊』するのです……!」
ヒメが言うには、「善かれの想い」により、権能の身体を得られ現世に行使叶うと。
「神威ならぬ緋徒の境涯の其方……。
緋徒の極み、『聖仙之色身体』となり、民の希望の英雄となられよ!」
その刻、先の昏き闇の残滓に「禍々しき想念」が集まり、徐々に形を成して具現化してゆく。
「潜土蛇竜!!
此の現世に!?」
その獰猛なる姿に戦慄くセルスに対し、静かに響く統治之神威からの神威之啓示。
「……僕達が動くと『御柱』が揺らぎを起こしてしまい、この世全てに問題が産まれ直霊してしまいます。
廣念さん……。
あなたが弥音舞さん……。
彼女へ抱く想念で、あの潜土蛇竜を『癒し直霊』して下さい……」
彼が言い終えると共に、天空より静かに舞い降りる金色の法輪。
「……これは金剛法輪です……」
静かにタカヒコの頭上にて輝く。
すると消耗した彼の疲れが、「存在しなかった」かの様に癒されてゆく。
「えぇ!
王さまの疲れが……消えちゃった……?」
静かに優し気に統治之神威は頷く。
「その通りです。
この法輪には、『刻を逆巻かせる』権能があります。
皆さんの想念を集め、法輪を発動させてください……。
そして刹那の刻、今世へと黄泉還る彼女と掌を取り合い、想いを重ね合わせて祈るのです……」
全く理解が及ばない。
解る事は、これを遣ったら一刻彼女に逢える事。
そしてふたりで祈ればあれをどうにかできる事。
「全然何もわからない。
でも、弥音舞に逢える、ふたりでなら何とか出来る!
それだけは分かったよ!」
静かに降り注ぐ緋緋色金の花吹雪。
「あぁ! これってさっきの!」
世界の民の善かれの想い籠められた花弁が一片、また一片と彼女へ降り積もる。
観る間に彼女の存在力が膨れ上がり、実の身体を形造ってゆく。
花弁に籠められた神威の想いと共に、彼女の胸に吸い込まれてゆく。
「……わかったわ……!
廣念……良いわね?
刻が無いわ、行くわよ!!」
具現化して開口一番、弥音舞が齎す覚悟。
「ネ、弥音舞!
嬉しいよ!
え? わ、わかった! 行くよ!
で、でもどうやれば……?」
静かに微笑みを湛えネンノピッタが近づいてくる。
静かに額を重ね合わせ寄り添う。
「難しく考えないで。
強く『想う』、それだけで良いの。
だってここは……神威さま達が創って下さった『想い即現る』世界だもの!」
彼女の言葉に意を決し、セルスも全霊で祈る。
「……これを皆へ届け直霊致しましょう!!
雷鳥殿!」
ヒメの裂帛の咆哮。
「了解しましたわヒメ!
『天地を貫きし叡智の聖塔』!
全世界へこの光景を!!」
雷鳥の掛け声と共に聖塔目掛け雷光が迸る。
受け取った聖塔は雷光を集束し強さを増して全方位へ放出する。
それは、世界各地の聡き石版の光紡ノ想念網を一刻絡め捕り、今此処に産まれ直霊しようとしている存在を万民へと届ける。
「え! な、なにこれ!
新手の幻像……いや、これホンモノだ!」
「なんか健気ね、この精霊神達……」
「こんな愛らしい姿で世界を護ってくれていたのか……!」
その姿を観た多くの民から寄せられる、「好意と共感」の嵐。
それは聖塔を通じヒメの眼を徹し彼等へと還されてゆく。
「――想い重なり産まれ直霊せよ!
民の希望想念英雄よ!!」
セルスとネンノピッタが生命之法具、「如意宝珠」と化す。
彼等から伸び征く権能の道筋、眞理乃命脈。
それは霊性乃身体へと直霊され、真輝銀の輝きを放つ。
「宜しいです、次なるは実の身体!
顕れよ聖仙之色身体!!」
世界中から集まりし民の想い。
それが今、ヒメの揮う指先を導とし、氣力を迸らせ、先の霊性乃身体と重なり直霊してゆく。
「……まさに『別たれし道筋の彼女』の如し!
さぁ、目覚めよ、新たなる英雄!」
見た目はしなやかで引き締まった青年。
だが、その身体に性差はなく、逞しくも清廉かつ妖艶な気配を纏う。
「まさに、この妖艶なる事こそ、民が神威を得た証左!」
静かに立ち上がり宙に浮く彼が目覚め、自身を観て驚く。
「……こ、これは一体……?
なんかぼく、凄く大きくなった気が……」
眼を開けた瞬間、彼の本体が宿る「如意宝珠」とこの身体の眼が重なり合う。
そして想うが儘に動く。
「さぁ、はじめて故長くは顕現叶いませぬ。
臆する事無く彼の者を屠るのではなく、『祓い浄め直霊』してくるのです!」
ヒメに言われ先程顕れた潜土蛇竜を見つめる。
それだけで音を置き去りに眼前に降り立つ。
「うわぁ! なんて迅さ!
ほんの少し『想い』籠めただけなのに……!」
己の理解の範疇を軽々と凌駕する権能。
彼は迷いを振り切って潜土蛇竜に向かう。
「大人しく元居た処へ還るんだ!」
その想い籠めて暴れる蛇竜を捕まえる。
すると明滅をはじめ藻掻き苦しむ。
「其の儘『無事還り給え』の想いで放つのです!」
暴れる潜土蛇竜に必死にしがみつき、彼は想いを発する。
如意宝珠へ集束する氣力。
重なり直霊する霊力……。
霊氣掌を取り合い産まれ直霊する、根源の輝力。
(今よセルス!
――こう!)
頭の内に鳴り響き齎されるネンノピッタからの啓示。
「――ネンノピッタ!
うん、やってみるよ!」
セルスは意を決して、彼女から教わった神呪を詠う。
「憐れなる蛇竜よ……。
本宮へ還り安寧の眠りにつかんと我は願い給う!
――浄化之閃光!!」
燦然と輝く眩い真輝銀の閃光。
それは蛇竜から、「禍々しき想念」のみを祓い浄める。
静かに浮かび上がり還りゆく魂……。
それは、道行く車に轢かれ、無念のまま彷徨っていた野鼠……。
「あんな小さな野鼠だったの……?」
驚くセルスに、ヒメは静かに告げる。
皆の想いは良きにつけ悪しきにつけ、この世界では大いなる力を齎すと。
「此度の件にて、皆、其方等の存在を認知いたしました。
今後、恐らくは其方等を応援してくれる民達が顕れるでしょう」
そしてそれこそが、この姿顕現させ、万象を祓い浄める権能を産み直霊する力になると。
「努々励まれよ!
其方の伴侶を取り戻さんが為に!」
「な!?
は、伴侶なんかじゃ……ううん、それ以上だよ!
弥音舞は……ぼくのすべて……必ず還って来させてみせるさ!」
「期待しているわ」彼女もそう言の葉を遺し静かに消えてゆく。
「待ってよ!
行かないでよ! 弥音舞!!」
(……安心して。
ネンノピッタは輪を廻らない、廻れないの……。
あなたがこの姿になろうと『想いを抱いた』刻……。
ネンノピッタは必ずあなたに寄り添いに来るわ
だから……)
最後、彼の耳元で囁くように遺りし想念。
「――『寂しさに負けずがんばれ』、か。
わかったよネンノピッタ!
またいつか必ずふたりで楽しく踊りうたえるその日まで!」
観ると頭上には晴れ渡る蒼穹。
緋緋色金と真輝銀の輝く粉雪を降らせ、至高の神威達は去ってゆく。
「そうさ。
すでに安寧にしてくれているはずのこの世界。
ぼく等だけできっと何とかしてみせるさ!」
小さなヤオヨロズに戻ったセルスが、意識せず振り翳した小さな「左手」。
かつて泥臭く直向きな想いですべてを成し遂げた万象の父神は、最上の慈しみを以て彼の想いの掌を、遥かなる虚空の彼方から見つめていた。




