詩片の狭間 英霊乃館 継承と招待の為の比武
「……あの刻はね、もう本当に驚かされたわ!」
想い還し困った様に笑いながらミチヒメは言う。
「しかも伝承に名高い『あの方』を名乗るから……。
それも、『本当』にそうだったなんてね……!」
静かに馨しい乳を注ぎ直し、ミチヒメは続きを話し始める。
「あの後ね、実はわたしの後を追って……」
幾度か月が廻りし後、ミチヒメを追って王子授乳せし大地の純陀の元へ辿り着く巨躯の武人。
ミチヒメの叔父、ウガヤ「漆拾壱世」。
「ウガヤさん……。
アンタじゃ……いんや、わしゃでも『刻さ超える事』は叶わないべさ。
したけども……一つだけ道があるべさ!
それは……」
彼女が言うには、「夢幻乃軍勢」の住まう「英霊乃館」は、この世界の理の外にあるらしい。
「おめぇさんの父神、スサノヲさんさ住まう処、根源の国とおんなじだべさ!
『記述』さ免れて霊性乃身体だけだから、『刻』が無いんだべさ。
したから……」
チュンダが続ける話が齎す福音。
『英霊乃館から夢幻乃軍勢としてなら、どの刻にも顕し直霊叶う』と。
「したけども……あそこさ、ウガヤさんの祖となる『伍拾世』さんさいるべさ……。
彼に勝たねぇと、きっともって顕し直霊すっこと、許して貰えないべさ……」
ウガヤは柄にもなくあからさまに不敵に笑う。
「僥倖なり!
永き刻で最高に勇猛なる祖霊と比武叶いし事。
このウガヤ、至福の極みなり……!」
チュンダは苦笑い浮かべて思わず本音が漏れる。
「やっぱあんさんもエパタイだべさ。
だけんども、わしゃそんなエパタイが好きだべさ!
したっけ英霊乃館の館主なんてやっているべさ。
よしゃ!
こいつさ連れて行くと良いべさ。
おーい、付与精霊!
こっちさ来ると良いべさ!」
チュンダが奥へ呼びかけると、彼女よりも更に小柄な……まさに小人と言えるような愛くるしい善男乃子が出て来る。
「どうしたの『爺さん』?
あぁ、この緋徒……だね?
だって、霊力まったくないもんね……」
そう言うと「イレス」と呼ばれた彼は静かに眼を伏せ何かを観じ取っている。
「……『爺さん』とは、どなたの事なりしか?」
当たり前のことを聴かれた様な面持ちで、イレスと呼ばれた小人は小首を傾げる。
「そんな爺さんって言ったら爺さんの事だよ?
うん……いいよ……。
ぼく、あなたの事気に入った、ついていく!」
チュンダは親指を立てて頷く。
「そう言うと想ったべさ!
ウガヤさん、いい成人男性だべ?」
「うん、とっても。
この緋徒になら、『ぼくのすべて』を捧げても良い……」
イレスは、心なしか山桜の実の様に頬を朱に染め俯く。
「やっぱし観る眼あるべさ、イレス!
流石わしゃの『眼』の欠片から打ち直霊しただけあるべさ!」
チュンダが言うには、万象を見抜くという、彼女の「真理眼」、其の一部から打ち直霊した「如意宝珠」と言う存在らしい。
「まだ完璧な技じゃないべさ。
したけども『霊力』だけは付与出来るべさ。
ウガヤさん、あんさんならこれでバッチシだべ?」
イレスは、莫大な霊力を宿し、月光を浴びる度にそれを増やし蓄えられると言う。
「……解んなくても良いんだけんども、英霊乃館さ在る処なら……いくらでも慈愛之月光浴びれるべさ!」
何故かチュンダは遥かな上空を見つめて言う。
昼夜問わず。
在り得ぬがそう言う事だとウガヤは肝に銘ずる。
「委細承知!
実に……有難きなり!」
ウガヤの快諾にチュンダは満足気に大きく頷き、満開の笑顔で親指を力強く立てる。
「したらけっぱると良いべさ、ウガヤさん!
いっくべさぁっ!
神威顕現! 探求之神威!」
突如、大地之石鍛冶の小さき乙女が、自分並みかそれ以上の巨躯の神威へと顕現する。
「こ、これは……!
流石に読めぬなり!
実に……素晴らしき気勢なり……!」
氣力を極めたウガヤは、瞬時に秘めし莫大な氣力を観じ取る。
「そっちゃも……。
『ウガヤさん相手』なら試したいけど、今はダメだべさ。
すぐ終わらせねぇと、管理者達ばれるべさ!
英霊乃館でけっぱって、彼の刻のミチヒメちゃん達さ助けてやるべさ!」
チュンダより直霊したオーディンが不敵に笑い拳を突き出す。
丁重に長揖し、拳を突き合わせる。
「……筆舌に尽くし難き感謝なり!」
「なんもさ!
いっくべさぁっ!
天空之神呪! 英霊招還!
したら、けっぱるべさーっ!」
ウガヤはオーディンの神呪で、有無を言わさず彼の館へと「招還」されてゆく……。
飛ばされた先……。
「英霊乃館」にて彼を待ち受けるは、屈強なる「夢幻乃軍勢」達。
「我等に連なりて『彼の刻』に顕現したくば、見事勝ち抜いて観せよ!」
静かに礼をするウガヤと、つぶらな瞳を輝かせて、不敵な笑みを浮かべるイレス。
「付与精霊殿!」
「うん、わかった! 付与霊呪!
槍よ、神威と成りて万象を撃ち抜いて!」
刻の無い英霊乃館にて、彼とイレスは、神威ならぬ「緋徒」の身で、夢幻乃軍勢の、幾百幾千の猛者達を次々と打ち倒してゆく。
夢幻乃軍勢達を軒並み打ち倒し、最後立ちはだかるのは……「ウガヤ伍拾世」。
「実に素晴らしきなるかな、我が裔よ!」
逞しい顎ひげを蓄えた伍拾世がウガヤへ送りし賞賛。
「光栄の極みでございまする……!
然らば、このウガヤ漆拾壱世、大切な姪を助く為、此処より彼の地へ顕し直霊せんが為、いざ尋常に比武せん!」
ふたりの武はまさに拮抗している。
ウガヤが連撃で 伍拾世の身体目掛け、人体の急所たる心身道交孔を突こうとするも、すべてを熟知している彼に読まれてしまい、間一髪の処で躱される。
「良き狙いなり。
だが、『技』では我に一日の長ありしなり。
これでは、『久遠の合掌』にもならぬである!」
同様の連撃を、伍拾世はウガヤ以上の精度で放ってくる。
「ぬぐぅ!
……流石なり」
「……其方が出来し事はただ一つなり」
静かに告げる伍拾世。
その言の葉に、覚悟に到ったウガヤは、調息し始める。
「ふぅ……はぁぁぁああっ!!」
爆発的に吐き出した息吹により、氣力を極限まで研ぎ澄ます。
「……其方は霊力遣えぬのであろう?
其処な従者、遠慮せずとも遣うが良い!」
先達故のゆとりをみせる伍拾世。
「伍拾世殿……。
我が、イレス殿の霊力と『掌を取り合いし刻』……。
努々侮らぬ様、十全に氣力研ぎ澄まされよ! イレス殿!」
「うん、わかった!
それからね……『イレス』って呼んで、ウガヤさん……」
イレスはどこか甘やかな口調で伝え、小さな身体で必死にウガヤの肩にしがみ付く。
そして、つぶらな大きな瞳を輝かせてイレスは絶唱する。
「いくよ! 究極乃付与霊呪!
ぜんぶウガヤさんの中へ入って……!
ぼくのすべての霊力よ、氣力と掌を取り合いて『神威』と成れぇっ!」
それは今まで蓄えたすべての霊力の暴風。
観る間にウガヤの身体ごと輝きはじめ、氣力は「神威之力」へと極まり直霊されてゆく。
「おぉ、おぉ!
実に、素晴らしきなり!
よもや……。
始祖須佐の王以外に、此処まで神威遣えし者顕わるるとは……!
流石は……『直に血を受け継ぎし者』なりか……!」
彼が言うには、スサノヲは悠久の刻をただ独神、根源の国にて管理の記述より世界を護りし狭間、稀に現世に降臨し裔を遺す事があるという。
ウガヤも其のひとりである。
「……稀、とな?
我等……須らく父神の血、受け継ぎしものなり……」
ウガヤの言う通り、彼を筆頭に、タギリ、オオトシ、そしてミチヒメ……。
皆、子であり孫であり、スサノヲの血を受け継ぎし者ばかりである。
「実に不可解な程に稀なる事なり!
其方等の刻……。
如何程の試練待ち受けしであろうか……。
良かろう。
まずは其の神威、真なるや否か、此処に顕してみせるが良い!」
そう言うと伍拾世は、深淵まで沈み込む様に調息し始める。
「封于于于于……。――覇啊啊啊啊っ!!」
途端、彼の全身を包み迸る尋常ならざる気勢。
それは、在ろう事か、今のウガヤ同様の権能の極み、「神威之力」。
「我は……其方と違い、彼の始祖王の傍系なり。
だが、此の地にて極限まで研鑽積みしなり。
想いの強き事、それ即ち己の内に眠りし無限乃希望を、極みの域まで錬り上げる事叶いしものなり!
――参る!」
瞬時に伍拾世が「消え去る」。
「――見事っ! ぬぅん!!」
ウガヤは槍を前面に両の掌で突き出して、渾身の力で交差させるように捻る。
強烈に鳴り響く激しく擦れ合う金属音。
吹き荒れる氣力の暴風。
「ほぉ……よもやこれを受け止めしとは、天晴なり」
眼前一寸先で観えるは……伍拾世の槍先。
背中を冷たい汗が激しく流れ落ちる。
「見事は……其方なり。
斯様な鋭き槍撃……まさに我が父神以来なり!」
全身を駆け抜ける戦慄と恐怖。
だが、それ以上の歓喜と闘志が炎となり、弱き想いを焼き尽くしてゆく。
「然らば此度は此方から参る。
この技こそ、『始祖須佐の王』より受け継ぎし至高の一撃なり。
いざ征かん! ぬぅん!!」
槍を正中に構え、ウガヤは極限まで自身の気勢を高めてゆく。
「実に、素晴らしきなり……!
氣力は我を遥かに凌駕せん」
その猛き高まりを眼に、想わずこぼれる伍拾世の感嘆。
ウガヤは一瞬禅定なる笑みを浮かべ、大きく背中を見せる程に身を捩る。
「それは悪手なり。
比武に於いて背をみせるなど!」
伍拾世は、素早く流麗に、刻を置き去りにする程の迅さで踏み込んで詰め寄る。
「有乎乎乎乎王っ!!
全貫穿撃槍突!!」
伍拾世の気配を観じ取り、練り上げた力を瞬時に爆発的に解放させる。
ウガヤは凄まじい勢いで左脚で踏み込み、弓を引き絞るが如く左腕を後方へと強烈に裏拳の様に振り払う。
瞬間身体が独楽の様に激しく廻天し、目にも止まらぬ迅さで槍が撃ち出されてゆく。
「此処なり!」
そこで更に右脚を滑る様に踏み出して、更に肩を、前腕を捻じ込む様に槍を突き出す。
その刻、左脚から螺旋を描き、竜巻となりて「眞理乃命脈」を貫き徹し、神威之力が槍を覆い尽くして征く。
それはまさに、万象を貫く「神威之槍撃」。
「な!? 我にすら……観えぬ!!」
疾風怒濤の竜巻は、伍拾世の肩を掠め、館の壁面を貫いて遥か彼方まで吹き荒れてゆく。
静かに抱拳の礼をして槍を納めるウガヤ。
肩に遺る衝撃に、静かに後方を見遣り、呆然自失となった後、らしくなく豪快に笑う伍拾世。
「見事!
研ぎ澄まされし氣力の『観』にて、我を捉える事叶いし故のあの構えなりか……!
良い。
此度は其方へ譲りしなり。
こちらの刻でも、己を磨き練り上げてくるが良い!」
伍拾世は満足げに槍を降ろす。
氣力を納め直霊し、ウガヤへと向き直り抱拳の礼をする。
「……忝き!」
ウガヤは片膝をつき、深々と長揖する。
「委細構わぬ。
それよりも……。
其方の生くる刻、一体如何なる事起こりしであるか……?」
ウガヤは今迄に起こりし事、スサノヲより賜りし予見など、己が知り得し事のすべてを伝える。
「それでは其方の刻に……。
彼の『希望之神器』、産まれ直霊する事叶うと申すであるか?」
ウガヤは神妙な面持ちで深く頷く。
「まさに運命変わらん帰路となりし刻なり……!
重き責、双肩に圧し掛かりしも弛まず歩むが良い。
彼の刻へと赴きしならば、其方が伍拾世を名乗るが良い!
我が称号、其方の内に観えし「希望之閃光」へと、今まさに此処に託さん!」
伍拾世はすべてを解す。
そして優しく、力強くウガヤの肩を叩く。
静かに差し出す掌。
握られるは、今しがた比武で遣いし槍。
「恐らくは……この『刃を落としし槍』こそが至高の武具とならん。
ふっふ……。
『あやつ』なら、恐らくはそうするであろうからな」
不敵で少々悪戯めいた笑みを浮かべて伍拾世は伝える。
「其方をこの『館』へ送りし探求之神威。
彼の神威は、戦にて、熱く自由なる想い持ちし闘士を、敵味方問わず愛でしなり。
故、武に長けし者出て来るならば……。
必ずや『最も恐ろしい女神』召喚せん。
後に遺りしは……。
『輪を廻らぬ』尋常なる比武となるは必定なり」
神威達の想いすら見抜きし祖王の慧眼に、ウガヤは改めて敬服し深々と長揖する。
「実に素晴らしき慧眼なり……!
其方が申すのであるならば、まさにそうなるのであろう。
この槍、有難く頂戴いたす。
祖王よ、其方の裔の活躍、とくと御覧をば……!」
覚悟の笑みを浮かべ、ウガヤはイレスと共に颯爽と戦場へ赴いて征く。




