第10倭 掌を取り合い 産まれし希望 闇を祓う
其之壱 『白猿之神威の秘めし無念』
空を翔ける雷鳥の中で打ち明けしラーマの想い。
傾聴していた白猿之神威が、意を決した様に立ち上がり、ふたりの前に跪く。
「某が彼の刻に、英雄王様よりその神威授かりしも今の為体……。
それは、斯様な出来事にて起こりしでござりまする……。
よろしければおふたりとも、何卒お聴き下さりませ」
静かに頷くラーマとミチヒメ。
その様に安堵を顕してハヌマーンは語り始める。
先の話の後、ラーマに頼まれたハヌマーンは、再び得た権能を持ち、自在に空を飛翔してシータを探す。
「す、素晴らしきなり!
これならば必ずや清廉王女様、見つける事叶いまする……!」
己の復活の為、ラーマより授けられた弥満之神威の権能。
その凄まじさに対し高揚して漏らすハヌマーンの驚愕。
彼は己に宿した神威により、理想之浄土中を飛び回る。
神智都、豊饒乃大地、その王城、難攻不落乃都城……。
「この辺りからは、シータ様の大凬は観じられませぬ。
――これは、更なる南!
吹く風に混ざる、邪悪なる魔闘氣を斬り裂いて空を翔けし深碧の大凬は……!」
その姿を見つめ歯噛みする一柱の幻影。
天に浮かぶ天超飛翔神威之城の中、記述の広間より響き渡る彼の狂笑。
「ヒヒッ! あの英雄気取りの王サマが、ただの民衆になってしまったのはとっても良いねぇ!
だけどね、『お猿さん』が強くなりすぎちゃ、面白くないんだよねぇ」
八葉の蓮華座のある、城の最奥「記述の間」。
その中央にて、四大遊戯盤を弄る道化師が吐き捨てる様に言う。
「全てを喪い、さっきの大猿になっちゃえ! 記述之付与!」
彼が虚空を書き殴る。
其れ迄の突き抜けるような紺碧の空に、突然暗雲が立ち込め急変する。
すると空も暗雲も引き裂かれ、生まれ出ずる数多の「虚空の裂け目」から、縦横無尽に迸る漆黒の稲妻が、ハヌマーン目掛けて絶望的に降り注ぐ。
「ぐっぁぁああっ!
こ、これは、まさか管理……!
ぐっぁぁああっ!」
あまりの衝撃に天より堕とされるハヌマーン。
辛うじて身を躱し地上に降り立つ。
「……『輪を廻らされて』はおらぬであるな……。
我が身護りし「大いなる真理」よ、魂の奥底より感謝いたしまする……。
今の雷撃は一体……?
む、こうしてはおれませぬ! シータ様を!」
再び空へと飛び上がる。
だが、良く育った菩提樹の上程度で失速してしまい、ハヌマーンは地上へと降りてきてしまう。
「こ、これは……と、翔べませぬ……!
先の雷撃によるもので……在りまするか……無念!
然らば……神威之眼!」
ハヌマーンは、修行により身に着けし、万象を見抜く神眼を発しようとする。
「……こ、これも、またもや喪われしでありまするか……!」
その刻、遥か頭上に浮かぶ絶望の城より響き渡る悪意。
それは、嘲笑と言う名の「神威之啓示」……。
「ヒヒッ! これで僕の描いた叙事詩通りさ!
さぁ、頑張って健闘してくれたまえ! ヒャハハハハ!」
身震いする様に鳴動する空一面を覆う程の巨大な城。
あろう事か、響く嘲笑と共に、突如顕れた天空の裂け目へと吸い込まれる様に消え去ってしまう。
「……くっ!
『想い』折れる程の差を見せつけ、我等に『絶望』を齎す事……。
それこそが目論みでありまするか!」
見据えるは、雲一つなく澄み切った紺碧の空。
飛翔する事も、広きを探る事すら奪われるも、ハヌマーンは諦めずに主君の想い人を探しに森を駆け抜けて征く。
その後、自神以上に弱体化されてただの猿とされるも、「完全抹消」による消滅を免れた太陽神之子と雷霆神息を見つけ、従者として連れ添う。
民達より助言を得、「ガンダーラ」の王、「敬虔転輪聖王」に目通り叶い、賜りし「神威之啓示」。
「南の果てに浮かぶは、邪悪なる結界に護られし魔の島。
南から吹く邪悪なる風ならば、間違いなかろう。
だが、彼の島へ足を踏み入れるならば……」
その啓示に従い訪れたのが……。
此処、「王子授乳せし大地」の外れにあるチュンダの工房。
「……その状態じゃぁなんまらゆるくなかったっしょ。
まぁ、まずこれさ呑むと良いべさ」
渡された「至純之水」を呑み干すと、心なしかハヌマーンの氣力も霊力も回復してゆく。
「これは……!
チュ、純陀殿……忝き……!」
頷きながらチュンダは優しくハヌマーンの肩を叩く。
「魔の島の封印さ、破る為の物、用意しておくべさ。
したから、おめぇさんはその、英雄王さんさ連れてくると良いべさ。
任せたべさ!」
帰路、世界乃天蓋の「予言聖者の乙女の泉」で英気を養い、ハヌマーンと二匹の猿はダンダカの森へと向かってゆく。
「某が賜りし至高の神威は、確かに喪われしでございまする。
で、ありますが、此度の事で確信持ちしでございまする。
この世の裏で糸引きて操りし『管理者』……。
彼等ですら畏れしものこそが……」
ラーマはハヌマーンの言葉に、深く頷き不敵に笑う。
「決して折れぬ余達の想念なり!」
ミチヒメも確信の笑みを浮かべる。
「間違い無いわ!
そしてそれこそが……」
「「「「「希望之閃光! だべさ(だと想われます……)!」」」」」
「今のって……!
探求之神威さまと……まさか雷鳥!?」
「んだべさ! フミルィさ頼んで『声』徹してもらったべさ!」
驚くミチヒメをよそに、船内に響き渡るオーディンの返答。
「……勝手かと想いましたが、オーディン様の声を徹させてもらい、フミルィも参加させて頂きました……」
僅かばかりながら、声を弾ませたように聴こえる雷鳥の告白。
「まさに異体同心なり!
フミルィ、オーディン、フレース=ヴェルグ、ハヌマーン、そして……ミチヒメ。
共に参ろう!
彼の島はすぐ其処なり!」
前方に浮かび上がる、漆黒の稲妻迸る昏き闇の靄で覆われし島。
想いの掌を重ね合わせた希望之閃光達は、一丸となり闇を斬り裂かんと翔けてゆく。
其之弐 『魔の壁を撃ち抜く希望之閃光』
「くっ!
これ以上は進めぬであるか……」
已む無くラーマは、ランカーの手前の海上に雷鳥を着水させる。
「んだべ。
こいつさ破らねぇと、この島さは入れないべさ」
海面に八脚神馬を立たせオーディンは呟く。
そのまま彼が続けて齎す「神威之啓示」。
「したから此処から、あの呪法さ放たねぇとなんねぇべさ……!」
ラーマは、オーディンの言葉に行く手を阻む昏き闇を見据える。
天まで覆わんばかりに立ち昇る絶望の壁に、折れそうな自分の想いを奮い立たせて叫ぶ。
「――いざ参ろう!
細かな手はずを賜りたき!」
彼の振り絞った勇気と想いを受け、オーディンは力強く笑う。
「よしゃ!
したら、わしゃが水、地さ出すべさ。
暴喰乃虚無!
おめぇさんは……遣っちまったら封風之鷹に戻っちまうけんど、全力で風を頼むべさ。
ミチヒメちゃんは『四大全部遣える』っていうから、火さ頼むべさ!」
オーディンの掛け声で一行は己の権能を高めてゆく。
仕方ないとはいえ、己が発する事の叶わぬ為に無念露わなハヌマーン。
「某が万全ならば、フレース=ヴェルグ殿の権能遣い切らせぬ様、風を揮いし事叶うでありましょうに」
「……おめぇさんにはもっと大事な役目があるべさ……」
オーディンが静かに語り出す。
「今の、神威弱められし某にでござりまするか?」
叡智の紅蓮を輝かせ、オーディンは確信して頷く。
「んだべさ。
神威さ弱っても……今迄に磨かれた品格……。
『魂の境涯』は喪われてないべさ!
この破邪の呪法、ただの空じゃダメだべさ。
極まりて『大いなる真理』と感応叶う真の『空』、『虚空』……。
おめぇさん達の言の葉で顕わしゃぁ、『光明之世界』を以って放たないとなんねぇ。
シータさまを除いて、ラーマさんの『虚空』を目覚めさせられる事さ叶うんは、敬虔深く信心重ねてきた、おめぇさんしかいないべさ!」
続けてオーディンは、二匹の猿を紅蓮に輝く義眼で見据える。
「この二匹が此処に居るのも、まさに僥倖だべさ。
ミチヒメちゃんが火に専念して付与さ出来ねぇ中、この猿たちがラーマさんに氣力さ渡せるべさ」
オーディンの見解。
彼等は自身で揮う事は封じられしも、今迄に、鍛え練り上げ培われた氣力を内包していると。
「境涯高く、威力なくとも『大凬』まで高められる風、莫大な氣力……。
あとは、ラーマさんの想念次第だべさ。
うまく目覚めさせたら……。
『禁忌の神呪』で権能呼び出し、この『呪法』さ放つと良いべさ!」
そう言うや否や、虚空に浮かび上がる輝く呪文。
それは、「禁忌の神呪」と呼ばれ伝承されしもの。
『――風は竜巻となりて無を宿し 無より眞なる神威之力生ず――』
「こ、これであるか……!
そしてこの呪法……。
よし、覚えたり!
然らば皆の、参ろうではないか!
最初の空の目覚めも、其方に任せる。
ハヌマーンよ! そなたの風を!」
「ははぁっ! 身に余る光栄!
参りまする! 付与生氣呪・風!!」
ただの民であるラーマを、清廉な風が包み込む。
すると透明に輝く氣力が溢れ出て来る。
「よしゃ!
したら、じゃんじゃんいくべさぁっ! 暴喰乃虚無!!」
オーディンの掛け声に頷く、フレース=ヴェルグの凄まじい暴風。
「す、凄いわ!
これはわたしがビャッコと掌を取り合わせた刻を遥かに……!」
「あったり前だべさ!
フレース=ヴェルグは、すべてを喰らう世界の風さ統べる王の一柱だべさ!
こいつの風さ勝てるのは、『大凬の四氣王』さんだけだべさ!」
戦慄を覚えるミチヒメに対し、力強く笑みを浮かべてオーディンが構え始める。
「したら次はわしゃだべさ!
水! 地!
掌を取り合えば世界を顕さん! だべさぁ!」
産み出されるのは水を湛えた巨大な大地の球。
「な、なんなのよ!
その巫山戯た氣力の大きさって!」
小柄な乙女でもあるオーディンが、得意満面に言う。
「いっつも貯めている分さ、全部一気に出ささったからだべさ!」
彼は言う。
鍛冶師として振舞いし間、ひたすらに己の氣力を、「詩片の狭間」に密かに隠した「武具」へ封じていたと。
「したから……管理者にもばれていないべさ!」
一瞬ミチヒメの眼に、強大な背中の向こうに、悪戯好きな「大地之石鍛冶」の乙女が浮かび上がって観える。
「……呆気に取られている場合じゃないわね。
スザク! 啊啊啊啊啊啊っ!」
掛け声と共に、ミチヒメの拳から朱華の炎が猛り狂う。
「今だべさぁっ!
ハヌマーン!
ラーマさんへ極め高めた『大凬』の氣力、渡すと良いべさぁっ!」
深々と頷き、意を決してハヌマーンは両の掌を合わせ集中してゆく。
二匹の猿が彼の足元にしがみ付き、祈る様に閉眼する。
「……「大いなる真理」よ……。
此処に敬虔なる使徒、白猿之神威が願い給う。
我が風を、至高の『大凬』へと直霊給え!」
すると、程無く天より煌めく法雨が優しく降り注ぐ。
その法雨を浴びたハヌマーンから、白銀に輝く凄まじい旋風が巻き起こる。
「お、おぉ!! これぞまさに!
英雄王様っ! 参りまする!!」
ハヌマーンが、裂帛の気合で放つ「究極付与生氣呪」。
承露を身に着けたラーマは、その莫大な氣力の奔流のすべてを受け入れてゆく。
「はぁぁぁああっ!
目っ覚っめっよっ! 虚・空ーッ!!」
限界を超えたラーマの絶唱。
一瞬、彼の髪が真輝銀に煌き、瞳に紅が宿る。
それは、刹那の刻だけ叶いし「神謡者」の権能……。
「あぁ、あの輝き、また……。
この刻のラーマさまって……本当に……」
理解し難いほど、魂の奥底から焦がされて欲する至高の輝き……。
無理筋徹し産まれ直霊す、その儚くも凄絶なる姿に、ミチヒメは立ち尽くして見惚れてしまう。
「ラーマさん今だべさぁっ!!」
好機を伝えるオーディンの咆哮。
頷くラーマが、額中央を眼の様に輝かせて唱え始める。
『――風は竜巻となりて無を宿し 無より眞なる神威之力生ず――』
放たれし至高の氣力達が、掌を取り合う様に渦巻いて重なり直霊して征く。
「すべての自由と平和の為、此処に顕し給わんと願う!
悪しき壁よ、我が前に希望を拓け!
はぁぁぁああっ! 神魔五芒封印呪!!」
放たれた「虚空」の、壮絶かつ清廉な透き通る波動。
それは、四大を纏め上げて虹色に輝かせ、極みの朱金之光と化す。
放たれた光は、悪しき想いを穿いてゆく。
それはまさに、顕れ直霊した希望之閃光。
無人の野を疾るが如く、万象を撃ち抜いてゆく。
一介の民が、想いのみで無理筋徹した反動。
力尽きたラーマは、浮かび上がりし宙より無防備に落ちてゆく。
その姿を目にして我に還ったミチヒメが、彼目掛けて全力で朱雀の翼を羽ばたかせる。
「お兄さまっ!」
間一髪ラーマを抱き留め、ミチヒメは静かに地上に降り立つ。
軽く身震いし、程無くラーマは目を覚ます。
「呪、呪法は……?」
ミチヒメは、溢れる涙のまま彼に抱きつく。
「観て下さい!
お兄さまの放った光……。
それはまさに『希望之閃光』よ!」
視線を移した先……。
それは、闇黒の壁が大きく裂け、まるで歓迎するかの如く道が拓かれている光景。
「流石でありまする!
しかし、あれほどの奔流、よくぞご無事で!!」
本来の自神でも御しきれぬほどの莫大な奔流。
それを見事直霊したラーマへ、心の底から感嘆の声を上げるハヌマーン。
「んだべさ……びっくりなほど良くやったべさ!
したけども……あの無理筋は……なるべくならもうしない方が……いいべさ」
凄絶なる権能に対する代償……。
「次、この境涯で権能さ顕し直霊した刻さ……。
きっともって『輪を廻る』……かもしれんべさ……」
彼を慮るオーディンの「神威之啓示」。
しかしラーマは不敵に力強く笑う。
「あぁ!
しかと魂の奥底に刻みしなり……。
だが、余の身命を賭さん事にて、世界に平和訪れしならば……本望なり!」
その言葉を聴いて真っ先に反応し、ミチヒメは彼の顔を自分に向けて拳を握り締める。
「ダメっ!
絶対にダメよそんな事!
――お兄さまが先逝くなんて……わたし絶対に許さないから!」
握り締めた拳を開き頭を撫で、ミチヒメはそのまま彼をきつく抱きしめる。
静かに聴こえる咽び。
堪えようともその場面を想うだけで、流れる涙は止められない。
「……王としての言の葉への責、軽んじていたなり……。
此処に改め直霊せん。
必ずや、皆で無事に帰還せん!」
瞬間、咲き誇る山桜の笑顔。
奥で頷く巨躯と封風之鷹。
傍に寄り添い跪いて安堵を顕す臣下。
彼に倣うように頷く猿達。
「参りましょうお兄さま!
わたし達の掌で世界に希望を!」
圧倒的無勢ながら類稀なる精鋭。
「希望之閃光」達は、ランカーの奥地にて待ち構える、絶望の城を目指し歩んで征く。
空に輝くは力強い陽光。
その黄金の輝きが、自神達に祝福を齎すようにオーディンは静かに祈る。
そして皆へと向き直り、共に島の奥、目指す地へと歩んで征く。




