第9倭 飛翔せん神威之遺産、顕る万象之鍛冶師
其之壱 驚愕の神威之遺産
「……流石本家の天之鳥船ね!
この大きさなのに、わたしが全力を籠めて疾走らせてきた帆掛け舟よりも遥かに迅いわ!」
窓の外を眺め、まさに飛び去ってゆく景色を眼にするミチヒメの感動。
船内に視線を戻すと、また別の感嘆を漏らす。
恐らく十名ほどは問題なく収容可能な広い船内。
品格を漂わせる彫刻を施された調度品。
そして、ラーマの座を円柱状に包み込む薄膜……。
「こちらからも観える……。
間違いない、これは外の景色だわ!」
「左様……。
どうやら此処に座する者の頭の内には、薄膜に映るすべてが映し出されしなり」
高さ、空の圧する強さ、翔ぶ迅さ……。
それらが常に目まぐるしく変わりながら映し出されているらしい。
「……この様に顕す事も叶うなり」
ラーマの声と共に格調高く繊細な彫刻の施された壁面が、瞬時に「消え失せる」。
「ちょっ! ラ、ラーマさまっ!
壁が無くては流石に危ない……あ、あら?
壁があ、ある、わ……?」
ミチヒメの掌に触れる冷たく心地良い感触。
消失したのではなく、壁面も膜様画面同様に、外の様子を事細かに顕している。
「……まさに『神威之遺産』でありますな!
某も神威の端くれなれど……。
実に解し難き、凄まじき絡繰りでありまする。
遥かなる古代の世に、根源神威様がお造りになられたとだけ聴き及んでおりまする」
己の知り得る理を遥かに超えた「天之鳥船」に対する白猿之神威の感嘆。
「根源神威……さま……。
あの、すべてを産み直霊された……方……?」
「……左様。
この雷鳥の他、もう一対、『翼』を産み直霊していたとも聴きしなり」
突如ミチヒメの頭の内に浮かび上がる光景。
狂喜に身を委ね、星々之海を翔び回る白銀の殺戮神……。
「なに? 今の? もう一対は『触れても想ってもならぬ禁忌』……なの?
そしてさっきのラーマさまの様な……真輝銀の美しい長髪……」
軽く眩暈を覚えながらミチヒメは呟く。
「……『神威之啓示』やもしれぬな。
恐らくはそれこそが……すべての父神、根源神威であろう……」
ラーマは語る。
イザナギこそが、世界の総てを産み直霊した、原初の「神謡者」だと。
「そう、そうなの、ね……。
でも、あれはとてもじゃないけど……。
『みんなのおとうさま』には観えなかったわ……
同じ真輝銀でも……ラーマお兄さまとは大違いだわ
あの翼もそうよ。
雷鳥……?
あなたの方がずっとずっと素敵で頼もしいわ」
頭を軽く左右に振り、ミチヒメは微笑んで雷鳥を見つめる。
「……ありがとうございます……。
おそらく、雷鳥とは籠められた想いに相違があるのだと推測します……。
先程の話に出た帆掛け舟と同様だと想われます……。
あの素材で、あそこ迄フミルィ達の機能を再現した純陀鍛冶師、その技、そして『想念』は、驚嘆に値します……」
「籠められた……『想い』……。
やっぱり、何事もそこが大切なのね……」
納得し、噛み締めるように頷いてミチヒメは拳を握り締める。
「左様なり。
故、我等が正しき想い抱きて歩む限り……」
力強く微笑んで頷くミチヒメの確信。
「どんな逆境でさえ、翻り直霊す事は叶う……そう言う事ね!」
「左様。
その『想い』であるぞ、誇るべき我が『魂の妹 (いもうと)』よ!
そなたの刻と変わらず、王子授乳せし大地の街より離れし、岩に囲まれし渓谷こそが、彼の者の住処なり。
いざ参らん!」
雲の海の上へと、天を突き抜けて雷鳥は飛翔する。
陽光煌く蒼天を、真輝金の翼を輝かせて、雲の海を斬り裂いて征く。
「……この分ですともうじき雲の下へと降りて征くでありましょう」
ハヌマーンが現在の位置を風から観じ取る。
世界乃天蓋、砂の海、それらをすべて飛び越えて雷鳥はクスターナを目指す。
其之弐 顕し直霊す万象之鍛冶師
雷鳥は再び雲の海を斬り裂き、地上へと舞い降りてゆく。
上空から眺めると、猶更信じがたい光景が広がる。
四獣王不在により、死せる砂の海と化した周囲とは隔絶された、生命溢れる大地。
古より神威に護られし瑞々しい緑。
そして、清冽なる恵みの河を湛えるクスターナ。
「……この刻もわたしの刻も……。
ここの緑と河は変わりないのね」
切り立った、巨大な岩壁が織り成す渓谷の横にある洞窟。
「……とても永く生きられるのね、大地之石鍛冶って」
遥かなるこの、「六百遡りし刻」から自分の知る刻迄健在な「彼女」。
その姿を想い出したミチヒメの感心。
突如響き渡る空を斬り裂く金属音。
「……空が、震えているわ……あそこね」
雷鳥から降り立った瞬間、ミチヒメはそれを観じ取る。
それは、風によるものなどではない。
大地を揺るがす程の、強烈に脈打つ振動によって齎されていると。
「左様でござりまする。
この音こそ、彼の方が槌打つ音でござりまする」
ハヌマーンに先導され、良く観知った街外れの岩壁に穿たれた洞へ赴く。
「ラーマお兄さま、観じませんか?
ここはものすごく『熱い』わ」
清涼な空気を携える緑の地において、あまりに異質な「熱」。
「恐らくは、鍛冶に遣いし火の熱故と想われしなり。
そして、火床への気遣い故の岩場に造りし洞であろう」
無骨な扉を開けると、最奥にある朱き咆哮を上げる炉が眼に入る。
その灼熱の炉の前で、洞全体を震わせ、己のすべてを注ぎ込むような「想い」で槌振る姿。
それは……ミチヒメよりもずっと小柄ながらも、彼女よりも遥かに逞しさを観じさせる、あの刻とまったく変わらない背中。
違いは、変わらぬ無造作に切り揃えた尼削ぎの髪に、金属製の兜を被っている事。
体格に不釣り合いな籠手を嵌め、自身の身の丈ほどもある巨大な槌を、全霊で飛び跳ねて打ち付ける。
「……本当に変わらないのね……不思議……」
チュンダの背中を観て、思わず漏らすミチヒメの感嘆。
彼女は一心不乱にそれを見据え、兜を被り直し前掛けを整える。
そして、不敵な笑みを浮かべ、仕上げの一撃を振り下ろす。
――ガキィィンッ!
暗がりの中、鮮烈な火花を咲かせる。
地響きが鎮まり、世界の刻が凍り付いたような静寂が訪れる。
彼女は満足げな表情で無造作に槌を置く。
手近な樽から一掬いした水を、最高の美酒を味わうように飲み干す。
「……この一杯、やっぱなまら美味いべや。
誰かと想えば、白猿之神威かい。
と、言う事は、その後ろさいる『バグ』が、例の王さまさんかい?
ん? ないだって其処のお嬢ちゃんは誰だべさ?」
「純陀様、いかにも。
彼こそが世界の希望、空の遣い手でありまする」
抱拳の礼と共にハヌマーンが応える。
軽く頷く彼女の右眼は眼帯に覆われている。
剝き出しの左眼は、愛嬌を醸し出しながらも、世界の裏側まで読み取るかの如く鋭い。
「……こちらの刻では初めまして。
遥か先、『六百進みし刻』のあなたに言われて参りました。
わたしはミチヒメと言いま……っ!」
丁重にミチヒメが挨拶をしようとすると、チュンダは血相変えて彼女の左手を掴む。
「ないだって!?
こりゃ、わしゃが常々思い描かさっていた、『生命之法具』でないかい!
しかもその中さ入らさってる魂さ……。
この地から喪わらさった四獣王たちでないかい?」
瞬間、ミチヒメの肢体が紺碧に輝き、チュンダの拘束から流れる様にすり抜ける。
「な、なんてチカラ……!
セイリュウ師匠にお願いしないと抜けられなかったわ……。
チュンダさま……。
わたし、ただの民衆の乙女よ?
……もっと優しくしてくれないと……痛いわ」
「青龍乃籠手」を「貫通して」つけられた、掌握痕を観せるミチヒメの苦笑。
「こりゃ、わしゃとした事が……。
なんまら興奮しすぎてやっちまったべさ!
ミチヒメちゃんごめんだべさぁっ!」
我に還ったチュンダは、両の掌を重ね合わせて深々と拱手する。
「良いわ。
万象を見極める事に夢中になるのがあなただもの。
その飽くなき探る心の果てに、師匠達の打ち直霊が叶ったのだと想うもの」
チュンダに向けた咲き誇らんばかりのミチヒメの笑顔。
そして彼女は、自身が身に纏う、四獣王を宿した「生命之法具」について事細かに説明する。
チュンダは真寧に耳を傾けて頷いている。
一通り聞き終えると、意を決したように右眼の眼帯をずり上げる。
「あ!
この刻からそっちは義眼……。
『真理眼』なのですね?」
一瞬意表を突かれるも、チュンダはすぐさま先世の自身との邂逅を解し微笑む。
「んだべさ!
こいつぁ、わしゃがずっと前さ……。
『大いなる真理』を解する事さ欲して祈り捧げた刻、自分の右眼の代わりに頂いたもんだべさ」
瞬く間に紅蓮の光が一筋伸びてきて、ミチヒメとラーマを隈なく照らす。
「なぁーるほどだべさ!
しっかしミチヒメちゃん、こいつぁ大変だったべさ……。
アッチのわしゃが、少しでもチカラさなれたみたいで良かったべさ」
そう言うと、チュンダはミチヒメの左腕を滑らかな手つきで撫でる。
「あっ……! な、治ったわ!?
そ、そうなのね、これも『理』を掴む一端……!」
「んだべさ」と微笑みながらチュンダはラーマへ向き直る。
「して、さっきから突っ立らさってるあんちゃんが英雄王さんかい?
おめぇさんも……大概エパタイ《バカ》だべ?
わやな無理筋さ徹したっけ、眞理乃命脈が焦げ付いてるべさ!」
呆れるも、好意露わにチュンダは豪快に笑う。
すると、奥の部屋から何か持ってくる。
それは、髪を束ねる布、「承露」。
「これは髪を纏める布……。
その中央に実に美しき宝珠が三つ!」
「んだべさ。
ラーマさん、おめぇさんも民衆だべ?
したっけ、顕したい権能に対し、きっともって霊力さ足りねぇべ?
そこでこいつだべさ!
この三つの宝珠さ、オメェさんに足りねぇ霊力の入れ物さなってくれるべさ!
真ん中のおめぇさんの瞳の様な紺碧が水。
右の深碧が風。
左の紅蓮が火。
で、全部さ霊力入らさると、地も入らさるべさ」
チュンダの言葉に戦慄を覚えるラーマ。
「ま、まさにこれは『神謡者』を顕す為に必定なるもの!
しかし純陀殿……何故斯様な物を……?」
遠い昔日を想い還し、遠くを見つめ微笑むチュンダの返答。
「あんさん達のもっとずっと前さにも、『誰かの為』さ無理筋徹す『エパタイ《バカ》』がいたんだべさ。
その……『熱い想い』顕す奴の為さ造ったもんだべさ……。
無理筋徹して民衆を『善かれへと導かん』、最っ高に面白いエパタイだべさ!」
瞬間、ラーマとミチヒメの頭の内に過ぎる神威之啓示。
それは、真輝金の翼を湛え宙を舞う者。
「こ、これって、まさかあの金翅鳥!?
じゃぁ……根源神威……さま……?」
「い、いや、異なる者なり……。
この者は、恐らく余達同様……民衆なり……!」
閃光のように奔った映像。
恐らくは……身命を賭した刹那の奇跡。
(ふたり共、『観え』ちまったべか……)
一瞬険しくなるチュンダの表情。
すぐさま素知らぬ装いで、彼女は話を続ける。
「して、今ラーマさんが言ったように、『神謡者』さ顕し直霊出来るものでもあるべさ。
したっけそん刻ぁ……。
真なる『虚空』呼び覚ます大凬、
神威と成らんが為の莫大な氣力、
神威さ超えんが為の極みの霊力……。
こいつ等を受け切る器にもなるべさ……。
して、すべてさ超えんが存在へと、『産まれ直霊』する事すら叶うべさ!」
チュンダは、力強く親指を立てて笑みを浮かべる。
その言葉を聴いて、白猿之神威は驚きを隠せない。
「チュ、チュンダ殿!
それはまさか彼の伝説の……!」
チュンダは深く頷く。
そして、さらに不敵な、しかし愁いも帯びた笑みを浮かべる。
「んだべさ。
きっともって一刻の間だけだと想うけんど……叶うべさ」
「純陀殿?
この『承露』を遣いこなしきらんとする刻……。
今まさに余達の頭の内に浮かび上がりし権能が、齎されしと言うのであるか?」
自身の啓示とふたりの話を聴いたラーマの質問。
「……なるべくなら遣わない方が良いべさ……。
ただ、想い貫く為……『何が何でもな刻』にだけ想い出すと良いべさ」
その静かな口調に、並ならぬ代償を観じ取る。
「いいわ……!
ラーマお兄さまがそんな権能遣わなくても……。
わたしが、この拳で道を切り拓いてみせるわ!」
右腕の「氣力帯紐」から、緇素掌を取り合いし玄裳縞衣の旋風を巻き起こし、ミチヒメは力強く拳を握り締める。
「んだべさ!
まんず今の処、ラーマさんの眞理乃命脈さ護る物……。
そう想っておいてくれれば良いべさ!
ん?
……ラーマさん……その弓さ……!」
チュンダが戦慄いて不敵に笑う。
「真実を知るも、険しさに抗い、此の旅路を征く者……。
わしゃとハヌマーン。
ラーマさんとミチヒメちゃん……それだけじゃないべさ!
よしゃ! わしゃもいっちょついていくべさ!
いっくべさぁっ! 神威顕現!」
その言葉と共に、チュンダは右眼の紅蓮を眩い程に輝かせる。
放たれた紅蓮の光は、工房全体を覆い尽くしてゆく。
「な、何?
――光の中から途轍もない氣力が!」
ミチヒメは、己の肌に向かって叩きつけられてくる、凄まじくも洗練された鋭い氣力に戦慄く。
光が収まり、顕し直霊する姿。
あり得ない程の巨躯、紅蓮に輝く隻眼の神威。
「チュ、チュンダ……さま……?」
そのあまりの衝撃に、ミチヒメの「刻」が完全に凍り付く……。
「能ある『鷹』はと申すべさ……!
『探求之神威』、此処さ顕現だべさ!
鷹? そうだべさ。
ついでにおめぇさんも顕し直霊すれ! 封風之鷹!」
静かに隻眼を向ける先に住まう鷹。
彼が見つめると、なんと鷹は、翼ある巨人へと顕現してゆく。
「……直霊されし暴喰乃虚無。
おめぇさんもついて来るべさ。
よしゃ! 最後!
こっちさ来ると良いべさ! 八脚神馬!」
その掛け声と共に天空を斬り裂いて顕し直霊する巨大な神馬。
八本の脚を軽妙に操り、無人の野の如く、天を翔け征く。
ラーマとミチヒメが羽ばたかせし雷鳥。
その翼に並走して空を翔けるのは、八脚神馬を駆るオーディンと化した純陀。
そして巨大な鷲の巨人暴喰乃虚無……。
ミチヒメとラーマは何度も目を凝らし、顔を見合わせてしまう。
「わしゃがこの姿顕し直霊したら、なんも心配いらないべさ!」
純陀であったオーディンは、巨躯を揺すらせ叡智を宿した紅蓮の瞳を輝かせる。
そして絶対の自信を籠めて力強く笑う。
「もう言葉が出ないわ……みんな途轍もなさすぎだわ!」
どう受け止めて良いのか、最早解らなくなってしまったミチヒメの苦笑。
「その掌があったでござりまするか!
有事まで己が権能を潜めておけば……!
斯様な失態を被る事を免れしでありましたか……!」
チュンダの叡智に感服すると共に、己が不甲斐なさに歯噛みするハヌマーンの無念。
「ミチヒメ、ハヌマーンよ、余もまさに……。
しかも、神威遣わぬ身にて、伝説に詠われる鍛冶の御業、『打ち直霊』せんか……!」
ラーマは言葉を喪うも、彼女のこれまでの生きざまに、強く背中を押される想いを抱く。
そう、神威ならぬ緋徒として権能を揮い民を救い続けてきた彼女。
その姿はまさに、ラーマとミチヒメ、ふたりが目指すもの。
「お兄さま……。
きっと清廉王女さまも助け出して、豊饒乃大地も、王城である『難攻不落乃都城』だって取り戻せるわ!」
力強く握り締めるミチヒメの小さな拳を、英雄王も、自身の掌で優しく包み込む。
「参ろう……まさに少数精鋭なり。
例え万の軍が相手であろうと、必ずや渡り合えるであろう!」
「はい! まずはシータさまの行方を!」
一瞬、ミチヒメの胸を貫き疾る、棘の様な痛み。
胸を抑えて不思議がるも、彼女は首を横に振り祓うように力強く応える。
「それならばもう解っているべさ! 暴喰乃虚無?」
オーディンと反対側から、雷鳥を挟み飛翔する巨人が応える。
「封風之鷹として世界を飛翔せんが刻、見つけ出ししなり。
魔の島に舞い降りし、『天超飛翔神威之城』の中なり」
「カンナ……!
あの……城ね……!」
込み上げてくる戦慄と畏怖を、勇猛さと闘氣へ直霊してミチヒメが叫ぶ。
「参りましょう! 魔の島へ!」
一行は南へ舵を切る。
奪われし王城アヨーディヤーを横目に、コーサラ國を過ぎ去りて、更なる南の果てにある魔の島へと、黄金の光を階梯の様に放つ陽光を目掛けて飛翔していった。




