詩片の狭間 鏡水に揺れる乙女の想い
崩壊を修復されて何事もなかったかの様に、「宍追いし道」は、生い茂る葦が穏やかな夕日に照らされて優しき風に揺れている。そこを歩くヤチホコの白銀の髪も、夕日を受けて自ら輝かんばかりに眩い光を放ち、そよぐ風に舞い踊る様になびいている。
「……ヤチホコ……おにいさま……すごく、綺麗……。さっきまでの『消えちゃいそう』な気配が嘘みたい……!」
「本当です……。神威之巫女様も仰られておりましたが、まさに根源神威様の現し身なのね。観ているだけで魂から清められてしまいそう……」
知らずに前世の兄神を重ね想いを焦がすミヅチに続き、追従している八乙女達も口々に惚けた言葉を漏らす。背中に刺さる熱い視線に、さすがのヤチホコも困り笑いを浮かべながら頭を掻く。
「あの……そんなに見つめられますと、流石に歩きにくいのですが……。それに中身は変わらず『僕』のままですし」
(ただ、ほんの少しだけ……声の聞こえるアングルが違う気がしますが……)
「あら、ミチヒメの言う通り本当に自覚無いのね。……今の貴方は、ただそこに居るだけで辺りの氣力の調べを合わせてしまう程の存在なのよ? まるで歩く聖域……今の『宍追いし道』のようだわ」
(……先の『変貌』で、僕自身の氣力が変わったのはわかりますが、まさか周囲にそこまで影響を及ぼすとは……)
苦笑いを浮かべ歩くヤチホコの隣で、一言も発さずに彼の左手をしかと握りしめてスセリは歩いていた。ちりちりと小さく渦巻く風がいくつも彼女を取り囲んでいた……。
(……みんなちょっと観すぎだよ。ヤチはボクと……の……? ヤチなのに。この綺麗な白銀の髪も美しく紅に変わる瞳も、ボクの……ボクが一番観ていたいのに……!)
「スセリちゃん? 流石にそれは少し痛い……どうかしましたか?」
「……だって、この位握っておかないと……ヤチってば『数多の女性の処』に行くかわかんないもん!」
まったく想定外の意見に驚きながらヤチホコは応える。
「えっ? スセリちゃんそんなことある訳ありませんよ? だって僕は君と一緒に……」
「ねぇヤチホコおにいさま! 髪触っても良いかしら? とても触り心地良い気がするの!」
ミヅチが無邪気にヤチホコの腕に抱きつこうとした瞬間、風の旋風が巻き起こる!
「きゃぁっ! な、なに? 旋風?」
「ミヅチちゃん……ダメ。ヤチ、そ、その、今疲れているから、べたべたしちゃダメなの!」
「スセリおねえさまなの? 今の? ――っ! お、おねえさま……お顔真っ赤なのに凄い目つき」
恥ずかしさと情けなさの想い抱きながらも、先程以上に強くヤチホコの手を握り締める。後ろから傍観していたミチヒメは、呆れ顔でため息つきつつも、楽しげな笑みを浮かべ近寄ってくる。
「まったくもぅ……。せっかく『根源』サマがお目覚めになられて、辺りがのどかになったかと思えば、今度はご機嫌斜めな風が吹き荒れちゃうなんてね。ヤチホコくん、あなたは本当に罪な存在ね。その姿で無自覚に慈愛を振りまかれたら、乙女はみんな惑っちゃうわ」
「ミチヒメさんまでそんな。僕はただ等しくみんなを護りたいだけで……」
「それが『危険』なのよ。あなたは……もう少し自分を理解したほうが良いわよ」
ミチヒメはそう言いながらヤチホコをちらりと見つめると、薄紅色に頬を染めてしまい、視線を樹々へと逸らして言う。
「うん、確かに……その姿、少し『毒』が過ぎるわ。闘士としてのわたしが『近づきすぎるな』って警鐘鳴らすくらいには、ね」
「それって褒められているのでしょうか、それとも……?」
「さぁ、ねっ! ほらスセリ、そんなに想念を風に籠めないの。ヤチホコくん困っているわよ」
「え、あっ! ご、ごめんねヤチ……」
「……大丈夫ですよスセリちゃん。少し強かったですが、ほら小川も」
観ると風に吹かれ、穢れを吹き飛ばされた様である。
「……ヤチはいつも、優しいね」
スセリはそう言って今度は優しく腕を絡める。自然と撫でる様に優しい風が二人を包む。ミチヒメは微笑ましく想いながらも、絡めた腕に目が行ってしまい、軽く頭を振って、すぐさま前に向き直り二人に促す。
「……落ち着いたら集落へ早く行きましょう。もう少しで日が暮れるわ」
集落内の宴の喧騒から外れた場所へとヤチホコはスセリに手を引かれていく。
「ふぅ……。ヤチ、まずは今日お疲れ様。あのね、ボク、ちょっと怖かったの。今日の試練の後のヤチ、すごく遠くに観じちゃって……ボクの知らない『神威』になっちゃったんじゃないかって」
「スセリちゃん……」
「でもね、さっきミチヒメさんに言われて気付いたの。どんなに眩く煌こうとも、ボクを困らせる『優しさ』は、いつものヤチだって。だからボクも決めたの! ヤチに置いてかれない位の強き風になってみせるって。……その白銀の隣が一番似合う乙女になるって」
なびく白銀の髪をかき上げ、ヤチホコはスセリの手を優しく握る。スセリを見つめる深みのある紫の瞳の奥に、「竜輝」として大切な存在への想念を宿して。
「……僕はスセリちゃんが隣にいてくれないと、自分が誰で何のために今ここにいるかわからなくなっちゃいます。ですから……これからも、ここで僕を繋ぎ止めておいてくださいね」
宵闇の空高く昇りし、優しく照らす月光を受け、紅に瞳を輝かせながらヤチホコは穏やかに伝えた。
(だからそれじゃ……もぅ。本当に真っすぐな想念なんだから)
遠く離れた処から青龍の権能、「神威之眼」で見守っていたミチヒメは、呆れて溜息をつくも微笑ましく想って眺めていた。




