詩片の狭間 鏡水に揺れる乙女の想い
崩壊を鎮め直霊され、何事もなかったかの様に佇む「宍追いし道」。
生い茂る葦が優しく夕日に照らされ、優しき風に揺れている。
そこを歩くヤチホコの白銀に染まり始めた長髪も、微風に棚靡き、赤みを増した陽光を受け、自ら輝かんばかりに眩い光を放っている。
「……ヤチホコ……おにいさま……。
すごく、綺麗……ですの……。
さっきまでの『消えちゃいそう』な気配が嘘みたいですの……!」
思わず見惚れて口伝に漏れる、頬を薄紅色に染めたミヅチの甘やかな吐息。
「本当です……。
神威之巫女様も仰られておりましたが、まさに『根源神威』様の現し身なのですね。
観ているだけで魂から清められてしまいそう……」
知らずに亡き兄神を重ね、想いを焦がすミヅチ。
帯同している八乙女達が、口々に漏らす感慨無量な恍惚。
背中に刺さる熱い視線達に、さすがのヤチホコも頭を掻きながら浮かべる困り笑い。
「あの……そんなに見つめられますと、流石に歩きにくいのですが……。
それに中身は変わらず『僕』のままですし」
甲高く詠い上げるくろとりの囀りが、言霊を含み鳴り響く。
八乙女達は目を伏せ、深甚なる想いで聴き入っている。
(僕は僕ですのに……。
ただ、ほんの少しだけ……声の聞こえるアングルが違う気がしますが……)
「あら、ミチヒメの言う通り本当に自覚無いのね。
ヤチホコ……。
今のアンタは、ただそこに居るだけで辺りの氣力の調べを合わせてしまうわ?
それはまるで歩く聖域……今の『宍追いし道』のようだわ」
(……先の『変貌』で、僕自身の氣力が変わったのはわかります……。
ですが、まさか周囲にそこまで影響を及ぼすとは……)
苦笑いを浮かべ歩くヤチホコの隣で、一言も発さずに彼の左の掌をしかと握りしめてスセリは歩いている。
燻る様に小さく渦巻く風がいくつも彼女を取り囲む……。
(……みんなちょっと観すぎだよ。
ヤチはボクと……の……? ヤチなのに……。
この綺麗な白銀の髪、そして美しく紅に変わる瞳……。
それもこれも、ボクの……ボクが一番観ていたいのに……!)
知らずに氣力を籠め、ヤチホコの掌を強く握り締めるスセリ。
「スセリちゃん? 流石にそれは少し痛い……どうかしましたか?」
「……だって、この位握っておかないと……。
ヤチってば『数多の乙女の処』に行くかわかんないもん!」
まったくもって想定外のスセリの甘やかな嫉妬。
余りに意表を突かれてヤチホコ驚きを隠せない。
「えっ? スセリちゃんそんなことある訳ありませんよ?
だって僕はあなたと一緒に……」
「ねぇヤチホコおにいさま!
髪触っても良いかしら?
ミヅチとっても触り心地良い気がしますの!」
ヤチホコの腕に抱きつこうとしたミヅチの無邪気で甘やかな愛乞い。
その瞬間巻き起こる、肌を少し刺すような峻烈さを帯びた旋風。
「きゃぁっ! な、なんですの? 渦巻く……風?」
「ミヅチちゃん……ダメ。
ヤチ、そ、その、今疲れているから……。
だからべたべたしちゃダメなの!」
「スセリおねえさまですの? 今の?
まぁっ! お、おねえさま……!
お顔真っ赤なのに凄い目つきですの……?」
恥ずかしさと情けなさ、両方の想い抱きながらも、先程以上に強くヤチホコの掌を握り締めるスセリ。
後ろから傍観していたミチヒメの、呆れるもどこか楽し気な笑みと共に漏らす皮肉。
「まったくもぅ……。
せっかく『根源』サマがお目覚めになられて、辺りがのどかになったかと思えば、今度はご機嫌斜めな『風』が吹き荒れちゃうなんてね。
ヤチホコくん、あなたは本当に『罪』な存在ね。
その姿で無自覚に慈愛を振りまかれたら、乙女はみんな惑っちゃうわ」
スセリに続き、ミチヒメからも心外な事を言われ狼狽するヤチホコ。
「ミチヒメさんまでそんな。僕はただ等しくみんなを護りたいだけで……」
変わらぬ処か、益々冴え渡りゆく「くろとり」の清廉な調べ。
「それが『危険』なのよ。
あなたは……もう少し自分を理解したほうが良いわ」
ミチヒメはそう言いながらヤチホコを一瞥する。
すると、醸し出す清廉かつ妖艶さに、思わず頬を薄紅色に染めてしまう。
彼に観られない様に後ろへ振り向き、視線を樹々へと逸らして言う。
「うん、確かに……その姿、少し『毒』が過ぎるわ。
闘士としてのわたしが『近づきすぎるな』って警鐘鳴らすくらいには、ね」
「それって褒められているのでしょうか、それとも……?」
「さぁ、ねっ!
ほらスセリ、そんなに『想い』を風に籠めないの。
ヤチホコくん困っているわよ」
「え、あっ! ご、ごめんねヤチ……」
「……大丈夫ですよスセリちゃん。少し強かったですが、ほら小川も」
観ると小川のせせらぎが「峻烈な風」に揺らされ浄められ、穢れを吹き飛ばされてしまった様である。
「……ヤチはいつも、優しいね」
スセリはそう言って今度は優しく腕を絡める。
自然と撫でる様に優しい「そよ風」が二人を包む。
ミチヒメは微笑ましく想いながらも、絡めた腕に目が行ってしまう。
祓い浄める様に頭を軽く横に振る。
そしてすぐさま前に向き直り告げる二人へ催促。
「……落ち着いたら集落へ急ぎましょう。
もう少しで日が暮れるわ」
「日隠れ闇憚る夜」が、世界を宵闇に染め上げる前に辿り着いた集落内。
宴の喧騒から外れた場所へと、ヤチホコはスセリに掌を引かれていく。
「ふぅ……。ヤチ、まずは今日お疲れ様。
あのね、ボク、ちょっと怖かったの。
今日の試練の後のヤチ、すごく遠くに観じちゃって……。
ボクの知らない『神威』さまになっちゃったんじゃないかって」
ヤチホコに対し、観じていた不安を素直に打ち明けるスセリの告白。
「スセリちゃん……」
「でもね、さっきミチヒメさんに言われて気付いたの。
どんなに眩く煌こうとも、ボクを困らせる『優しさ』は、いつものヤチだって。
だからボクも決めたの!
ヤチに置いてかれない位の『強き風』になってみせるって。
その白銀の隣が……一番似合う乙女になってみせるって」
棚引く白銀の髪をかき上げ、ヤチホコはスセリの掌を優しく握る。
スセリを見つめる深みのある紫の瞳の奥に、「竜輝」として、彼女の奥の大切な存在への想念を宿した彼の返答。
「……僕はスセリちゃんが隣にいてくれませんと、自分が『誰』で『何のため』に今ここにいるかわからなくなっちゃいます。
ですから……これからも、『隣』で僕を繋ぎ止めておいてくださいね」
宵闇の空高く昇りし優しく照らす月光を受け、紅に瞳を輝かせるヤチホコの願い。
(だからそれじゃ……。
もぅ、本当に真っすぐな『想念』なんだから)
遠く離れた処から、警護の為に青龍の権能、「神威之眼」で見守るミチヒメが、思わず目にしてしまい、少しだけ熱を帯びて漏らす溜息。
真輝銀に煌めく月光降り注ぐ中、彼女はヤチホコの無自覚さに呆れるも、その想いの真っすぐさを微笑ましく想い、二人を優しく見守っていた。




