第8倭 復活せし天翔ける翼
「いい朝! ほら見てヤチ、今日もこんなに力強く『太陽』が輝いているよ」
あの『破滅の砂音』は、未だ消えず耳元で囁き続けている。
世界の崩落の歩みも、止まる事無く無情に進み逝く。
だが、降り注ぐ陽光は、彼等の背中を後押しするように、優しさと強さを以って照らしてくれている。
ヤチホコも、きっとそうであると、天に坐す陽光を見つめる。
「そうですねスセリちゃん、間違いなく祝福してくれていますね!」
優しい木漏れ日に照らされて、二人は神殿の祈りの間へと向かっていく。
扉を開けると、既に皆集まっていた。
(……色々と呼び止められたりで、刻がかかってしまったようですね)
神殿までの道中、意宇之國の民達は、変貌したヤチホコを畏敬の念を以って迎え入れた。
見惚れ、聴き惚れ、跪き、拝み……果てには卒倒する者まで出た始末であった。
「仕方ないわ。民衆にはこの波動、あまりに『毒』が過ぎるもの」
呆れるも、已む無きものだと諭すようなミチヒメの囁き。
困りながらも、仕方がなく納得するヤチホコの溜息。
(昨日のみんなの反応からも……。
きっと、より氣力の少ない彼等には、なおさら刺激的……だったのでしょうか?)
長揖から顔を上げて意宇之國貴を観ると、彼でさえ驚きを隠せないようである。
「ヤ、ヤチホコであるか……?
その佇まい、まさにスサノヲ殿が悲願、顕現せし『希望之神器』なり!
良くぞあの試練を……いや、必定と言うべきであるか……。
『根源』を具現出来しならば……。
しかし、これは何と言う雅やかな……」
「ぎ、義父王、お止めください。
僕は、僕のままです。
ただ、少しだけ……。
風や水の囁きが聴こえる……。
そんな奇妙さは確かに少々観じますが」
神威留まりし鈴音が染み入る様に、跪いたヤチホコから響き渡る「神威之音声」。
ヤチホコは、神威宿りし鈴の音に、聴き入り惚けている意宇之國貴の掌を取る。
その振る舞いにでさえ、世界の理を顕すような、静謐なる荘厳さを醸し出してしまう。
「斯様な事よりも、義父王、刻はとても足りませぬ。
僕に宿りし『外なる智慧』を鑑みるに、『神聖城国』まで、並の歩みでは、とてもこの『終焉の砂』落つるまでに間に合いません。
何か良き手立てはございませんか……?」
その美麗なる調べに宿る、切迫した「想い」を受け、意宇之國貴は我に還る。
「今のそなた等ならば、必ずや応えてくれるであろう。
先だった『オロチの乱』にて傷つき眠りについた、神威之遺産、『天之鳥船』。
彼の神威眠りし山へと赴き、強き想念の元、あらん限りの霊力を籠め、『再び羽ばたけ』と念ぜよ。
さすれば……『彼の船蘇り再び天空へと舞い上がらん』、斯様に聞きしなり」
意宇之國貴に案内され向いしは、郷の南端に聳える山。
その岩壁に隠されし巨大な祠が観えてくる。
祠の最奥、鎮座するは……翼を折られ傷だらけの姿で蹲っている巨大な金属の鳥。
それは、観た事もない材質で、水晶ともあの「石板」ともまた違う、黄金にも似た輝きを放つ存在。
(これが……神話で『天鴿船』と伝えられているあの……)
なるほどこれは、「一柱の神威」扱いされるであろうとヤチホコは納得する。
巨大な鳥が天高く舞うさまを観て、皆、「魂」ある「神威」と判断したのであろうと。
(観た事もない輝きの金属……。
まさかこれが真輝金!?
そして……『ヴィマナ』……!
やはり神話の記述は事実!
でも、これが本当に飛ぶの……ですね)
それが何かを理解しながらも、信じられない気持ちを隠せないヤチホコを横に、ミチヒメは当たり前のように話しかける。
「……そう、ずっと羽ばたけないでここにいたのね……。
『あの刻』はありがとう。
また、あなたの権能貸して欲しいの」
懐かしそうに語りかけている処から、先の乱でも共にあったのだろう。
「今こそ伝承の通り強き想いを籠めて霊力を!」
意宇之國貴の声を聞き、ヤチホコは気を取り直してあらん限りの「霊力」を注ぎ込む。
だが、「天之鳥船」は微動だにしない。
「だ、駄目です、この姿でも……霊力は全く足りません……!」
己の至らなさに歯噛みしているヤチホコの前に、静かに歩み出る存在。
それは、歩み寄ってきたヒメの、歯車の軋むような音色。
彼女ですら、ヤチホコを一瞥し、そのくろとりの調べを聞いた瞬間、動く筈の無い表情に、動揺と狼狽を露わにする。
「そのお姿……音声の響き……。
実に……宜しき事かと……。
とは言え、お独りで背負いすぎませぬ様……。
ここは、ワラワがご助力いたしましょう。
ヤチホコ殿、そなたの空の権能でお受け取り下さりませ!
付与霊呪!」
ヤチホコの背中に添えられたヒメの掌から、莫大な霊力が注ぎ込まれる!
「今でございます!
水の『浄化の権能』を用い、強き想念で!
共に詠います、さぁ!」
「浄化――わかりました!
鏡水顕導神よ、我に力を!
詠います! 『船よ、神威となりて……再び羽ばたけ』!!」
叫びと共に、左の掌の封環に宿りし紺碧の宝珠が輝きを放つ。
ヤチホコは、輝く紅の瞳と共に白銀混じりの髪を激しくなびかせる。
そして霊力と重なり、「神威」となった「水」の権能を、ヒメと想いの掌を合わせて放つ。
朽ちた船体に霊力が吸い込まれるや否や、目も眩むような閃光を放ち始める。
見る間に亀裂は磁石が吸い寄せられるように結合され、折れた翼には、周囲から光る粒子が集束して再生していく。
そして、新たに生まれ変わらんばかりに、力強く脈動して、船は真なる神々しき姿を取り戻す。
「治った……。すごい……ほんの一刻の間に……!」
呆然として漏らすスセリの感嘆。
「これが本来の……! ヒメ、ありがとうございます、助かりました!」
感謝を露わにヤチホコは、ヒメに対し四指を伸ばした左手で右手を覆い、拱手する。
すると、ヒメは少しだけ法衣の袖で口元を隠し、恥じらいを顕すかの様に視線を逸らす。
「礼には及びませぬ。
先日ワラワが……ヤチホコ殿より賜りし『想い』と比ぶれば、実に些末な事」
意を決し一同乗り込もうとするも、船は静寂を保ち扉は一向に開かない。
「『籠めし氣力猛き程、彼の船は高く迅く天翔けるなり』と聞く故……」
意宇之國貴の言葉を聞くや否や、ヤチホコはすぐさま掌を翳す。
だが、ヒメと共に放った際、全ての氣力も遣い果たしたらしく、船は地に伏せたまま沈黙を続けている。
「……駄目です、先ほどの修復で氣力が、こ、これ以上は……!」
「黄泉の眠り」が静かに忍び寄る。
活力が喪われ睡魔が肩にとまりほくそ笑む。
よろめき膝をつき悔しがるヤチホコの肩を、優しく叩きミチヒメが歩み出る。
「ヤチホコくん、『氣力』ならわたしに任せて!
縛り無き今なら――全力で出せるわ。
『空』翔けるは強き『風』! ビャッコ!」
ミチヒメは、傍らに付き従う精霊達……「四獣王」の一柱より膨大な霊力を受け取る。
すると、彼女の身体から、先の比武とは比較にならない程の、強大な白黒入り混じった氣力が吹き上がる。
そのまま扉に掌を翳すと、すべて喰らい尽されるように吸い取られていく。
「まだよ! スザク! 『火』よ凝結して『風』を強めよ!
そして風よ、『火に吹き込みて』激しく燃え上がらせ給え!」
ミチヒメの掌より迸る、強烈な縞模様の風と朱華色の火。
莫大な風と火の氣力が、互いに高め合いながら天之鳥船へと注ぎ込まれてゆく。
――クォッ、コォオオオンッ!
祠に響き渡る、耳を劈く甲高い金属音。
直後、渦巻く様に熱風が吹き荒れる。
船体全体に精気が漲り激しく鳴動し始める。
そしてその眼がゆっくりと開かれる。
「目覚めて天之鳥船!
わたし達の想念を乗せて、『再び羽ばたいて』!」
彼女の想いに呼応するかのように、天之鳥船の巨大な船体が、「大地の枷」を一向に介せず、軽やかに浮かび上がる。
「め、目覚めた! すごい、ミチヒメさん! 船が喜んでいるよ!」
吹き付ける熱風と共鳴して、籠められた想いを観じ取ったスセリの歓喜。
「ふふ、霊力さえ付与してくれれば、わたしの氣力は無限よ!」
二人の背後で、力を遣い果たしたヒメが倒れそうになるのを、ミケヒコがしっかりと支える。
「限界を超えたか!
ヤチホコ……!
オレは……ヒメと待つ。任せたぞ!」
己が闘志を堪えつつ、ミケヒコはヤチホコへと想いを託す。
「……申し訳ございませぬミケヒコ……。
ヤチホコ殿、ミチヒメ、スセリ……何卒ご武運を」
「……ヤチホコ、私からもお願いいたします。
私もまた、己が国を護るため動く事叶いませぬ故」
「ヒメ、ミケヒコ、オオトシ兄……お任せください!
ミチヒメさん、スセリちゃん……行きましょう!」
三人で乗り込むと、船内には、想像以上に広い空間が広がる。
複数人で乗れる「座」。
恐らく重要と思しき「座」が左右に一つずつと中央に一つ。
「……この三つに座りましょう。
何となくですが、僕が中央に座りますね」
ヤチホコは何かを観じたのか、そう伝えて中央に座す。
すると自動的に半透明の膜が、「状況画面」として展開し彼を包む。
(動力が氣力、生物のようで科学的でもある……これはまさに……!)
「素晴らしいです……!」
それはまさに、知り得る全てが融合された究極の姿。
ヤチホコから湧き上がる感嘆。
そして、彼の頭の内だけに響く天之鳥船の認証。
《……『空』の『氣力』、『想念』波形認識……完了。
声紋……『神威之音声』認証完了。
魂識別開始――これは!
『造物主……』!
いえ……失礼しました。
この時間軸では『希望之神器』様と呼ばれし存在と認識します……》
信じ難い呼称に対するヤチホコの質問。
(……今何と? 僕を知っているのですか?)
響くはどうやら喜びを顕す口調。
《……悠久の刻を経ての邂逅、幸福の極みでございます……アーク……。
該当呼称は、現在の制御機構では禁忌とされています……。
今は新規の『想念者』とお呼びします……》
「……お褒め頂きありがとうございます……。
それでは新たなる『想念者』。
目的の地を『想念』籠めて入力してください……」
「しゃ、しゃべった? この船生きているの!?」
あまりに理解が及ばないこと過ぎて漏らす、スセリの困惑。
「そうよ、この子はとても信頼できる仲間の一柱よ!
良く解ったわねヤチホコくん。
実は……そこに座れるのは……ラーマさま同様、空のあなただけよ。
さぁ、彼の地を『想い浮かべて』!」
(本当に前乃世の僕が……?
外燃機関でも内燃機関でもない……。
いわば『概念機関』……!
そう言うべき、僕の知り得るどんなものより遥かに高度な……)
この「天之鳥船」には、船体構造や制御機構、動力機構も、「竜輝」であるヤチホコですら、理解の範疇を大きく超える技術が遣われている。
そして無線充電の様に、どこにも接続を介さず、こちらの意図を読み取れる装置を、どうやらこの薄膜の画面が兼ねているようである。
《……『流転』による記憶喪失確認。
飛翔理論は『想念者』の推測の通りです。
航行に支障はございません。
再度目的地の想念を入力願います……》
「……解りました、それではお願いします。
目指すは神聖城国!」
「……了解しました……。
北方、『坤』の方位へ舵を切ります。
天之鳥船其之壱、『雷鳥』、只今より飛翔開始します……」
その瞬間、ヤチホコは胸の内に熱さを観じ石版を掌に取る。
『伍 霊、氣、虚空と掌を取りて 破れし翼蘇り 遥か坤へと羽ばたかん』
「二人とも! 詩片が――直霊されました!」
驚いて二人も石版を観る。
すると、浮かび上がった詩片が、再びゆっくりと昏き闇と砂時計に覆われて消えて行く。
「……少しずつですが、きっと運命自体、書き換わってきているはず――いえ、変えてみせます!」
三人で力強く頷き、拳を合わせる。
窓の外を見据えヤチホコが出立を告げる。
「みなさん、行って参ります!」
ヤチホコの声が船外の皆に伝わると、天之鳥船は緩やかに祠の外に出る。
そして、一際激しく輝き、甲高い金属音を響かせて熱風を吹き上げる。
驚くべき事に、火花や煙を微塵も出さず、天高く舞う。
「……『緋徒よ 此処の蓋 十六夜の 緋徒よ 緋徒よ 布留部、由良由良都、布留部』……頼みます……!」
浮かび上がった天之鳥船を見据え、オオトシは静かに、始祖王より継ぎし詩に想いを籠めて詠い上げる。
程無く天之鳥船は、降り注ぐ陽光を、真輝金に輝く機体に一身に浴び、煌きながら北の空へ飛翔してゆく。
それは、まさに滅びゆく世界に描かれた希望の軌跡であった。




