第6倭 待ち受けし希望の英雄
「予言聖者の乙女の泉」後にしたミチヒメ達は、ひたすらに想之浄土を目指す。
「この帆掛け舟……本当にすごいわ!」
砂の海を超えた後、世界乃天蓋を超える際、この帆掛け舟は驚くべき事に、僅かながら宙に浮き山肌を登頂していったのである。
今もまた、ミチヒメの氣力を遣い、滑る様に山肌を翔け降りて「理想之浄土」を目指している。
その主たる都、「神智都」にあるのが……。
「これが……純陀さまより教えてもらった、伝説の『天地を貫きし叡智の聖塔』……!」
修行の旅の果て、辿り着いた塔。
見上げる塔の、荘厳かつ重厚で巨大な扉より降り注ぐ一筋の閃光。
それは、見目麗しくも精悍な青年。
彼は、近づいてくるミチヒメを、彼女に連れ添っている青龍と感応し、「神威之眼」を顕し直霊して見据える。
(怨恨……憎悪……憤怒……虚無……絶望……。
研鑽……祈祷……比武……!
左様であるか……!
そこまで到りし故の邂逅……因果の導きである、か。ならば……)
「待っていたぞ。余は英雄王なり。
彼奴等の元へ共に参ろう、希望の『聖乙女』、ミチヒメよ!」
良く焼けた褐色の肌、同色のうねる髪に紺碧の瞳を湛え、ラーマは力強い笑みを浮かべ掌を差し出す。
「どうしてわたしの名を!? あなたは一体?」
ミチヒメが漏らす英雄王の不可解さへの警戒。
掌を差し伸べたまま齎す彼の導き。
「四獣王達へ、清廉王女賜りし『神威之啓示』を告げ、其方を探しに征かせし者こそ余なり」
「ミチヒメ、コイツこそオマエの希望になるだろう、『あの方』ことラーマさまだぜ!」
白虎の、恐らくは拳を握り締めたつもりの、前足を曲げて伝える説明。
「案ずるでない。白虎の申す通りである。
此処にて英雄王さまと其方を引き合わせる事こそ、我等の使命の一つなり」
青龍から齎されるミチヒメを慮った安心。
「ビャッコ、セイリュウ師匠……。
わかったわ。
ラーマさま、わたしも共に……。
みんなの……仇を……!」
ミチヒメは音を立てて拳を握り締め、彼の掌を取る。
「うむ! では、早速だが……」
ラーマが言うには、『五大』すべての氣力を、門に刻まれし五つの紋章に奉納しなければ、この『聖塔の扉』は開かないらしい。
「そなたは……余へ、四大すべてを付与せん事を願う!」
「四大すべてを……。
やる、やってみせるわ!」
それは、「生命之法具」を得た後、初めての試み。
あれ以来、ひたすらに磨き練り上げてきた自身の氣力。
「――心配するな! 今のオマエなら間違いなく出来るぜ!」
ミチヒメの右腕に巻き付く、漆黒と純白が織りなす紋様を湛える帯紐。
生命之法具「氣力帯紐」より響く白虎の鼓舞。
「じゃぁ……早速やってみるわ!
いきます! ――迅き事白虎の如く!」
ミチヒメは意を決し白虎を自身の内へと呼び込む。
「お受け取り下さい! 付与生氣呪・風!」
猛き虚無の漆黒と、清廉かつ峻烈な純白の織り成す旋風。
その風が、ラーマが秘めし権能を呼び覚ます。
「よしっ! 次をっ!」
「はい! 神妙なる事青龍の如く! 付与生氣呪・水!」
入れ替わる様に今度は青龍が入り込む。
流麗なる紺碧の波動がラーマへと注ぎ込まれてゆく。
「くっ! 次! 参るが良い!」
「いきます! 勇敢なる事朱雀の如く! 付与生氣呪・火!」
代わって朱華の炎、朱雀が舞い降りる。
猛り狂う朱華の猛炎が、ラーマを焼き尽くさんばかりに襲い掛かる。
「ぐっぁぁああっ! 最後! 来るが良いっ!」
「これで最後です!
頑張ってぇっ!
完璧なる事玄武の如し! 付与生氣呪・地!!」
最後、玄武の盤石の護りが、彼の生命を繋ぎ止めるかの如く撃ち込まれる。
重厚なる山吹の岩塊が圧し掛かる。
圧倒的に巨大な存在が、彼の内へと、無理矢理に押し入りゆく。
「ま、負けぬッ! 必ずや徹しきらんっ!!」
肩で息するミチヒメに映る姿。
それは、己が現身の様な、無理筋徹す「神聖なる雄姿」……。
(な、なんて壮絶な、強き想い……!)
「此処である!
四獣王よ、余へ其方等全ての霊力をっ!!」
四獣王達は一斉に頷き、迷わず全力で付与霊呪を放つ。
受け取った彼の全身より迸る、透明に輝く眩い気勢。
「――あれは『空』!
ラーマさま、あなた『空』の氣力を遣えるの!?」
ふらつくミチヒメの眼に飛び込んできたのは、ただの民衆と思しきラーマが、なんと「空」の氣力を放出する姿。
そして、燦然と腕に輝く二つの黄金の腕輪に願う彼の絶唱。
「――今昔二軸の刻を顕す『金剛法輪』よ!
此処に豊饒乃大地の王、ラーマが願い給う!
『今一度』、我に刻を超えんが為の権能を授け給え!」
彼の腕に煌く黄金の腕輪が、眩いばかりに輝きを放つ。
そしてミチヒメが放った四大の氣力を極限まで錬り上げてゆく。
「風」は「大凬」へ、「水」は「大海」へ、「火」は「大焔」へ、「地」は「大地」へと磨き直霊されてゆく。
「ミチヒメよ! 余へ、更なる追い風を!」
「はぁ、はぁ……わ、わかったわ!
啊啊啊啊啊啊っ! 吹き荒べ、ビャッコッ!!」
産み出された猛り狂う暴風を、ラーマは自身の胸中に受け止める。
「はぁぁぁああっ! 目っ覚っめっよっ! 虚・空ーッ!!」
ラーマは、全身の毛細血管が破裂するも一切構わず無理筋を貫き徹す。
「ラ、ラーマさまっ!」
「構わん!
そなたを連れてゆかねば、決して彼奴等の野望、止める事叶わぬ!
此処に、今昔二軸の刻を掌りし我のすべてを賭けん!
扉よ、我等が前に道を拓け!!」
限界を超えたラーマの絶唱。
一瞬、彼の髪が真輝銀に煌き、瞳に紅が宿る。
刹那の刻だけ叶いし、凄絶なる供犠の果ての「神謡者」の権能……。
伝説の扉へと神謡者の『五大』が奉じられる。
遥かなる刻、封を解かれる事無く外界のすべてを拒み立ち塞がっていた、石造りで厳かな装飾を施された巨大な扉。
それが今、大地を激しく割らんばかりにその身を震わし、ミチヒメ達を認めるかの如く開闢かれゆく。
内部に入り歩を進める二人を待つ存在……。
それは、聖塔の管理を担う塔主。
不可思議な宙に浮く、様々な絵が映し出された筒に囲まれる異形。
観ると手元には何やら細かな突起物が数多く立ち並んでいる。
それは、「真輝金」に輝く、面妖な椅子。
ミチヒメ達を歓迎する様に、彼の掌から瑞光が放たれる。
すると、観る間に二人の身体が癒し直霊されてゆく。
驚く二人に対し、満足気な笑みを湛える塔主の歓待。
「ラーマよ、よくぞ再び扉を開きしなり。
我こそはこの聖塔の主、梵天王之代行者なり。
歓迎しようミチヒメ。
そなたは、今を生きる緋徒や民衆の中、はじめてこの『塔』へ入れし存在なり」
話によればこの塔主こそが、真なる聖塔の管理者。
彼は語る。
遥かな過去に一度だけ、自分でも気づかぬうちに、この『塔』、そして塔と対となり、天を超え征く究極の船である、『天超飛翔神威之城』の制御を担うこの『座』が奪われてしまいし事あり、と。
故に今の世、未だ「城」は「ラーヴァナ」達が所有すると言う。
「……『彼の刻』の運命変わりし刻……。
この今の刻も、因果の帰結によりて変化が齎されん……」
「梵天王之代行者」が静かに告げるは、刻の因果が齎す真理。
「『彼の刻』って……あの刻セイリュウ師匠が言っていた、清廉王女さまのお話の……?」
少しだけ申し訳なさそうなラーマの微笑。
「……すまぬ。
ミチヒメよ実は……。
今より、そなたの生きる『この世』の『刻』を離れ、余と四獣王の生きる刻……。
そなたから観る、『六百遡りし刻』のいにしえへと、『余と共に』来てはくれまいか?」
ラーマの真寧なる願い……。
それは、ミチヒメに、此処に在るすべてを、棄てるが如く置き去りにする事。
そして見果てぬ彼方へと「共に刻を超えて」来てもらう事……。
一瞬固まるも、即座に発すミチヒメの返答。
「――行きます!
たとえ二度と此処へ戻れなくても!
そこにあいつ等がいるなら……いるなら……!
絶対に『この拳』を撃ち込んでやるわ!」
ミチヒメは、音を立てて拳を握り締める。
眼に浮かぶは悲しみではない。
復讐の怒り。
それは彼女の魂の奥底から沸き上がる、昏く激しき獄炎。
「英雄王」は想い詰める彼女の握り締めた拳に、優しく自身の掌を重ねる。
「……復讐の『執念』を、よくぞ『直霊せんが為』の『想念』へ練り上げしなり……!」
ラーマが発した言の葉……。
それはまさに世界が定めし事象の如く、ミチヒメの心を燃やし尽くす獄炎を、「彼の魔王に、『過ちを認めさせんが為』の決意の想い」へと「詠い直霊」して征く……。
「……そう、そうよ。
わたしは……あの魔王に……。
そしてあの『城』を操る道化師に……!
絶対に「過ちを認めさせて」みせるわ!!」
ミチヒメの眼に、尋常に比武せん想いが、輝きを放ち宿り直霊する。
昏き闇が、黄金の氣力へと直霊されて噴き上がる。
ラーマの眼に浮かぶ、溢れんばかりの熱い滴。
それは、重ね合わせた掌より、痛いほど伝ってくる彼女の想いによるもの。
「成人女性」になりたてである、幼さを残す彼女の、健気で直向きで真寧なる「想念」。
「……案ずる事はない。
すべて成し遂げし後、必ずや『この世の刻』へとそなたを還さん事、この英雄王、此処に『大いなる真理』に身命を賭して誓わん!」
「……ラーマさま……」
四獣王達に続き、下伽耶の滅亡以来張りつめていた、ミチヒメを呪縛する「執念」が、優しく解かれてゆく。
「……左様である。
今後、余を『兄』のように想い、慕い、頼って貰って構わん」
ラーマが言い終える前、自分でも気づかぬ内にミチヒメは彼へ抱きつく。
彼は観じる。
彼女の余りに華奢で儚げな、小さく脆い乙女の肢体の柔らかさを。
(斯様な民衆の乙女の身で……。
如何程の想い貫きて成し遂げしか……!)
「どこまでも……お供して参ります……。
この『想い』をあなたと交わせるのなら」
「他者を全面的に信頼し委ねる」……。
それは、彼の刻以来ミチヒメから喪われていた「想念」。
薬草を取りに来ていた幼い乙女、四獣王、そして今眼前の若き成人男性……。
彼等の存在により、「喪われた想い」が静かに癒し直霊されてゆく。
「――あぁっ! す、すみません!
英雄王さまって……。
その、呼び名からも……王族ですよね?
なんて御無礼を」
一頻り想いを委ねた後、我に還り己の振る舞いに気付いたミチヒメの跳躍。
「今更であるぞミチヒメ……。
いや、我が『魂の妹 (いもうと)』よ。
気遣うでない。
此度より共に旅する『仲間』であり、『家族』と想い振る舞うが良い」
「――はいっ! ラーマ……『お兄さま』!」
全幅の信頼を以って、陽光を受け咲き誇る、山桜の如きミチヒメの湛えし笑顔。
「咲き誇らん笑顔同様、良き想念なり!」
自国の無念を晴らす為、そして塔主たる彼にも頼まれ、四獣王と共に刻を超え征く。
「しからばミチヒメよ、余と共にいざ参ろう!
征くぞ雷鳥!
此処に二つの刻の『金剛法輪』を以って、刻を超え征く真なる権能を顕せ!
神威之力《カムイ=マゥエ》! 『流転反魂』!!」
限界を超えた英雄王の絶唱。
瞬間、真輝銀に輝く瑞光を放つ。
「か、『神威之力《カムイ=マゥエ》』!!
ははっ! ラーマさま、わたし以上に途轍もないわ!」
浮かび上がり煌き飛翔する中……。
ミチヒメは、世界を救わんと、己を超える無理筋を徹して刻を翔け廻る、熱き英雄の背中を、眩しそうに焦がれんばかりの想いで見つめていた。




