第4倭 万象を打ち直霊す鍛冶師
陽光が訪れるよりも少し前の刻……。
砂の海において、唯一緑豊かな土地の上空を翔け抜ける閃光。
「つ、ついた……わ……」
ミチヒメは……驚くべき事に、夜明け前に「王子授乳せし大地」へと辿り着く。
「おい! しっかりしろ! ミチヒメ!」
白虎が、満身創痍の彼女を小さな身体で必死に支える。
「オマエ等も手伝えッ!」
小さな四柱達が、必死にしかし丁重ににミチヒメを寝かせる。
「これは……已む無きである……な……」
青龍が、神威之眼で彼女を見抜き吐露する驚愕。
「やはり……民衆の彼女の身で……すべきではなかったのですわ……」
焼ききれんばかりの煙を噴き上げる、権能の通り道、「眞理乃命脈」……。
それを最も痛感した朱雀の悲嘆。
「身体も悲鳴を上げています」
玄武の冷静な心配。
「んな事は解っている! さっさとあそこへ連れてくぜ!」
口は悪くとも誰よりも彼女を慮る白虎の指示。
そこは王子授乳せし大地の集落から外れた処……。
岩壁の渓谷の狭間。
今日も槌打つ音が夜通し鳴り響いている。
一際大きく鳴り響いた後、静寂が訪れる。
見計らって四獣王達は声をかける。
「……純陀殿! 失礼仕る。
観て欲しき乙女ありきなり」
奥で桶から汲み上げたものを美味しそうに飲み干している姿が伺える。
この工房の主、「大地之石鍛冶」の乙女……鍛冶師の純陀。
「ないだって、今度は乙女さ拾ってきたのかい?
どら……ふぅむ、コイツぁ……エパタイ《バカ》だべ?
したけども……いいカンジに無理筋徹したべさ!
嫌いじゃないべさ、この無理筋……!」
純陀は眼帯をずり上げる。
顕れるのは真紅に輝く義眼。
彼女はその眼を紅蓮に輝かせてミチヒメを見遣る。
純陀が言うには、ミチヒメは己の身体の限界を超えて権能を発揮したらしい。
その為、一時的に動けなくなっていると。
「したから、このまんま休ませておけば……元気になるっしょ!」
四獣王達は安堵を露わに、掌を取り合って喜ぶ。
「したけど……このまんま繰り返しここまでの無理筋徹らさったら……。
この嬢ちゃん、間違いなく『輪を廻る』しょや……」
希望が絶望へと、瞬時に詠い直霊される様な純陀の見立て《ピリマ》。
「この……『眞理乃命脈』の輝き方……。
この嬢ちゃんさ……ただの民衆だべ?
したっけ、オメェさん達の強力な権能さ……耐えられる訳ないべさ!」
「なんと……!
彼女が四大の氣力をすべてを同時に遣いこなしきれぬならば……彼の大地は滅びしな……っ!」
既知だと言わんばかりの面持ちで、純陀は青龍に掌を翳す。
そして大きく頷いて不敵に笑う。
「したっけ此処さ来たんだべさ?
任せれ!
『わしゃ』に『打ち直霊』叶わんものなんてないべさ!」
純陀は、己の胸を力強く張って叩く。
「……普段からずっと氣力さ遣っているからきついっしょ。
したから、オメェさん達を顕すのに、権能さ割かなくしたら……何とかなるんでないかい?」
純陀の提案……。
それは、四獣王達が普段は「法具」に宿っておく事である。
「これで負担さ減ったとしても……。
この嬢ちゃんの眞理乃命脈さ……。
耐え切れるのは……『百数える間』だけだべさ。
今回は……良く『輪さ廻んなかった』と思うべさ……!」
「……わ、わたし……? 『百数える間』って……?」
「ミチヒメ! 何だよ起きてるなら言えよな!」
真っ先に飛びつく白虎。
「……今回は無事で何よりです。今後の課題を純陀さんと相談していました」
玄武は、静かに足元に歩み寄り、冷静な口調と裏腹に目一杯ミチヒメの足を抱きしめる。
「……良かったですわミチヒメちゃん……。
どうやら、わたくしめ達からの付与、全力で放てるのは『百数える間』らしいですわ……」
朱雀も喜びを隠しきれず、肩にとまり頬擦りをする。
「……『百数えし刻』の縛り……。ミチヒメよ、武であるならば……」
青龍の重々しい口調。
(……それが民衆のわたしの限界……! いいえ、これは限界なんかじゃないわ!)
一瞬絶望への翳りを観せるも、ミチヒメは想い直霊し、明るく力強い笑みを浮かべる。
「――十分だわ! 緩急と、氣力顕す拍子さえ掴み、『遣いこなせれば』……!」
みしりと彼女の拳が音を立てる。
満足気に頷く四獣王と純陀。
「んだ! したから、わしゃが準備さするその間に……『全て集め練り上げ解放する技』さ、編み出すと良いべさ!」
「百数える間」……。
それは、その間なら「全力を振る事叶う」とも言える。
「……氣力の集中と練り上げ……解放……! 必ず成し遂げてみせるわ!」
ミチヒメの直向きさに、満面の笑みで純陀は拳を突き上げる。
「したらコイツ等さをおめぇさ……ミチヒメちゃんの負担さなんらねぇ姿に『打ち直霊』してやるべさ!」
途轍もない事を軽々しく言い放ち、笑みを浮かべる純陀にミチヒメは唖然とする。
「そんな事って……出来てしまう事、なの……?」
「任せれ!!」
それから一行は、暫く純陀の工房に通い詰める。
純陀は四獣王達を、紅蓮の義眼を輝かせ、真剣に眺める。
「……ふぅむ……『陽』の風と火……『陰』の水と地……こいつぁ、互いに組み合わせたらいいべさ!」
純陀が言うには、実の撃を受け止めたり与えたりする者達と、観えざる権能や神威を得手とする者達を「番」にさせると良いと言う。
「したから……『攻めるビャッコ』と、『護るゲンブ』さ、『鉾と楯の番』にするべさ。
こっちさは、ミチヒメちゃん、アンタの『想いと技』で顕すものっしょ?
したから……コイツ等の『名前さ入れない』で造るべさ。
して、セイリュウとスザク……。
コイツ等は、中さ秘めている『神威』を借りっから、『癒しと猛りの番』として、『名前さ入れて』造るべさ。
したからミチヒメちゃん……今着ている衣さ……『脱ぐべさ』!」
純陀はそう言うと、有無を言わさず衣を剥ぎ取りに来る。
一瞬黄泉還る凄惨な情景を、彼女の優しく丁寧な指遣いが「癒し直霊」してゆく。
「……安心するべさ。
わしゃ乙女だし、『嫌な事』なんかなんもしないべさ」
一旦掌を止めて純陀は微笑む。
「それに……なんも観じないまんま脱がせるべさ……ほりゃっ!」
彼女のしなやかに滑るように動く指先。
衣の縫い目、結び目、布の合わせ……。
純陀の指が触れた瞬間、「繕乃理」自体が解かれてゆく。
ミチヒメは、気付く間もなく一糸纏わぬ姿にされていた……。
「え? え? えぇーっ!」
全く何も観じずにすべてを「丁寧に」一分の引っ掛かりもなく、「脱がされた」。
「……なんも、衣も生命之法具も、『理』さ踏まえりゃどうとでもなるもんだべさ」
彼女が言うには、万象に「理」が存在し、逆らわずに想い顕す事こそ「打ち直霊」だと。
「……衣脱がされて感動したのはじめてだわ……。
純陀……『さま』、よろしくお願いいたします!」
ミチヒメは片膝をついて長揖する。
するとまたもや気付かぬ内に、別の衣を着せられていた。
「ソイツを着ておくと良いべさ。『錬』もしやすいっしょ?」
いつもと違い、上は長袖、そして下履きも、足に合わせて筒状になっているものである。
「『胡服』と呼ばれるものだべさ。
その、『絝』なら、足技もしやすいと思うべさ」
確かに、そう想いミチヒメは少し体を動かす。
無理なく頭上まで足が上がる。
馬に乗る民族の衣だけあり、足捌きは上々である。
「……ありがとうございます純陀さま。さっそく錬してまいります! ビャッコ!」
ミチヒメは深々と長揖し、工房を飛び出していく。
「まぁ、も少しかかるから、その間に『理』さ掴むと良いべさ……」
一直線に駆け出してゆくミチヒメを、純陀は微笑ましく見つめていた。




