第2倭 想い重ねし精霊たち
更なる西を目指しミチヒメは歩んで征く。
(……おじさまの処は、大した事無かったって聞いたわ。一番酷いのは――)
昏く淀んだ闇に、心も身体も塗りつぶされそうになる。
「ダメ……だわ……! 今はまだ……『輪を廻る』事なんて――出来ない!」
恨み、悲しみ、無力感、絶望……そして……怒り。
それら負の執念を、復讐の獄炎の薪と焚べ、彼女はひたすら進み征く。
(……必ず……アイツ等を……! そしてみんなの恨みを!!)
辿り着くは絹の道で最も旅し難き処、「砂の海」……。
生身では……相応の支度なくば超えられぬ処と聞き及んでいる。
「それでも……何であろうとも……わたしは……征くわ……!」
音を立てて拳を握り締め歩み出ようとした瞬間、それは聴こえた。
「イイ想念だぜ! オマエ、見込みあるぜ!」
突如、どこからともなく聴こえてきた激励。
「然り。観ずるに……かなりの憂き目に遭いしなり」
慮る重厚な囁き。
「――誰?」
辺りを見渡すが、今のミチヒメの視界には何も映らない。
「わたくしめ達は、ほら、貴女のおそばにいますわ」
突如、山桜の実の様な、深紅の小鳥が囀りながら透けた姿で顕れる。
「ワタクシは足元です」
観ると小さな透き通る陸亀の子が、足元より静かに囁いていた。
「あ、あなたたち、何者なのよ?」
角を生やした子蛇……いや、子龍が応える。
「我等はこの地、西域の自然の盟主、『四獣王』なり。
先の襲撃の主、羅刹王等の掌により、『神威之色身体』奪われ、斯様な姿になっている。
今まさに、其方の氣力を以って、矮小なれど姿顕す事叶いしなり……!
其方、この砂の海……身支度もなくして、乙女独りで何処へ行かんと言うのであろうか?」
どうやら独り旅を心配している様である。
「……恨みを晴らしに。皆の復讐に!」
両目より溢れる大量の熱い涙。
怒りを露わにミチヒメは応える。
「そうですわよね。
あんな酷い目に遭えば、どなたでも危うい執念をも抱いてしまうわよね……」
小鳥はミチヒメの肩にとまり、羽で頬を撫でて寄り添う。
「え? な、なんでそれを……!」
ミチヒメは驚いて小鳥を見遣る。
「ずっと……それこそあの『城の放った爆雷』以来より……。
わたくしめ達は貴女を観護っておりましたわ……」
「あの刻いたのあなた達!?」
静かに話し始めるは子龍であった。
「其方が何故、あの絶望の稲妻降り注ぎし中で『輪を廻らなかった』か……」
想い還し戦慄を覚える様な面持ちで子龍は語った。
「わたくしめ達も……驚嘆して目を見張りましたわ」
小鳥も驚きを隠せない。
「まっさか……オマエみたいな小娘がな! 見直したぜ!」
真っ白な子猫が姿を顕して彼女を褒める。
「驚くべき事に、あの瞬間……。
アナタはワタクシ達が『付与』した霊力をすべて受け入れ……『四大すべての氣力』を放ちあの爆雷を凌ぎ切ったのです!」
陸亀の子が短い手足をばたつかせて跳び上がる。
聴いたミチヒメ本人が一番驚きを隠せない。
「四大すべて……? 『爆雷』を凌ぎ切った……?」
「左様である。
彼の漆黒の稲妻凌ぐには……『虚空』、もしくは『四大すべてを合わせし氣力』でなくば叶わぬなり」
戦慄と敬意を交え子龍が応える。
信じられないが……自分には「絶望を凌ぐ権能」が宿っている……。
「その『無限』とも言える氣力の恩恵がワタクシ達の姿の顕れです」
そう。先程から……「精霊神」と化して霊体のはずの彼等がありありと観えている。
「確かに……。触れられないけど……さっきから観えているわ……?
わたし霊力ないのに……?
もしかして自然の盟主……だから、なのね。
わたし達と、想念も氣力も交わせる。
……そうなのね?」
「正解です。特にあなたと我々は、同一の想念と目的故、猶更です」
陸亀の子は穏やかに、冷静に述べる。
「……で、オレ様たちとオマエが、復讐を果たす為には」
子猫が不敵な笑みを浮かべる。
「其方の類稀なる氣力と……」
静かに、真寧な想い籠めた口調の子龍。
「わたくしめ達の『神威乃霊力』が……」
小鳥が彼女の秘められし氣力に驚嘆しながら羽ばたく。
「互いに掌を取り合う事が、問題の早期解決につながります」
「霊力! あ! そう言う事だったのね! しかも……『神威』の……?」
「観せてやろう!
ただし、今のオマエでは、俺たちの全力なんて到底無理だから少しだけな!
行くぜ!
付与霊呪!」
白い子猫から容姿と裏腹に、強大な霊力が注ぎ込まれる!
「――ぅあっ!
こ、これは……凄い!
こんなに氣力が溢れ出たのはじめてよ!」
今までになく湧き上がる、力強き大量の氣力にミチヒメは戸惑う。
だが、同時にその目に精気と闘志が黄泉還る。
「わ、わたしに霊力……貸して、貸して下さい!」
四匹は同時に頷く。
「然らば……我等四獣王と、『四氣之誓約』をせよ。
誓約により結ばれし後、其方は如何なる処に於いても我等と繋がり、付与霊呪叶いしなり!」
力強く響く子龍の宣言。
「忌憚なく述べれば、我々もあなたの氣力が不可欠なのです」
真剣な眼差しでミチヒメを見つめる、陸亀の子の本音。
「まぁそう言う事だぜ! 誓約叶えば恐らくオレ様達も、常に実の身体で姿顕す事叶うと思うぜ!」
「そして、わたくしめ達が察する気配を……ミチヒメちゃん、あなたも観じる事叶いますわ」
「――やります! お願いします!」
ミチヒメは深々と長揖し誓約を請う。
「……ありがとうございます。
これも我等が、『清廉王女』様の導きを信じたからこそです」
感謝の意を顕して陸亀の子がこうべを垂れる。
「……清廉王女……さま? それって……あのいにしえの『伝説』の……?」
四匹は不敵な笑みを浮かべて頷く。
「『此方の刻』では伝説かもしれぬが、『我等の刻』には存命せん王女なり。
――然らば参る!
『誓約の神呪』! 我、水の龍王『青龍』、此処にミチヒメと誓約にて権能交し合わん!!」
莫大な紺碧の霊力が波濤の如くミチヒメへと流れ込む。
「ぅぁあっ! こ、これって!
あの快癒呪の刻の!
セ、『セイリュウ』、あなただったのね!」
溺れそうな奔流に、必死に踏みとどまってミチヒメは受け入れる。
「次はワタクシです。『誓約の神呪』、我地の亀王『玄武』、此処にミチヒメと誓約にて権能交し合う事を望みます!!」
圧倒的に巨大な山吹の霊力が盤石の岩塊となり、ミチヒメを圧し潰す。
「これはあの虚空の足場! あれはゲンブ、あなただったの――な、なんて兆重……さ!
で、でも……受け止めきってみせるわ……!
あの刻群がってきた『昏餓鬼』共に比べたら……比べたら……!!」
頭上が観えない程の圧迫感を、ミチヒメは自身の想念で受け止めきる。
「……オレ様たちは『陽』の霊力……さっきの二柱より激しいぜ!
でもオレ様はオマエが気に入った! 信じるぜ!
いくぜぇっ! オレ様は風の虎王『白虎』!
見事受け入れ切ってみせやがれぇっ! 『虚無之白光』!!」
暴れ狂う純白の暴風がミチヒメに襲い掛かる!
粉微塵に斬り刻まれ、中央に生じた虚無の嵐に吸い込まれそうになりながらも、ミチヒメは想いの限り絶唱する。
「――わ、わたしは負けない!
アイツ等を倒すまでは……絶対に負けるもんですかぁっ!!」
暴風と同じ方向に己を回転させ同化し、純白の霊力を受け入れてゆく。
「……わたくしめが最も猛き『陽』……火の鳳王、朱雀ですわ……。
お受け取り下さいませ! 至高の『朱華乃火炎』!!」
それは、すべてを燃やし尽くさんばかりの、朱華に輝く陽光の如き灼熱。
「ぁああっ! か、身体がぁっ!! かはぁっ!!!」
ミチヒメは、瞬時に喉の奥まで焼かれ声を喪う。
(……ま、負けない……わ、たしが……『わたしである為』に!!)
声にならない想いの絶唱。
――彼女が夢中で天へと突き上げた拳に、渦巻く様に火炎が吸い込まれてゆく!
満身創痍で拳を突き上げ立つその姿……。
まさに「新たなる伝説の担い手」が産まれ直霊した瞬間であった。
「は、ははっ! やったぜミチヒメ! な! オレ様の言った通りだろ!
コイツなら絶対やれるってオレ様は信じていたぜっ! やったな相棒!」
喜び勇んで子猫が飛びついてきた。
その小さな突進にミチヒメは崩れ落ちる。
「む、いかん! ミチヒメよ、己が権能で『快癒』させるが良い!」
「わ、わたしの……?
セ、セイリュウ! わたしに力を……『快癒呪』……!」
紺碧に輝く氣力の波動。
観る間にミチヒメの身体は回復して征く。
「……す、ごい……! あなた達なんてすごいの!」
ミチヒメは、自身に起こり得た奇跡の所業に感嘆する。
「凄いのは……まさに其方なり!
あれほどの深手……如何程の氣力なくば快癒叶わぬか存じまい……」
青龍は己の権能を見事遣いこなした彼女に対し、驚愕を隠せない。
「――これなら、『闘える』わ! 行きましょう、一緒に!
改めてよろしくね。わたしは……」
「『ミチヒメ』だろ?
オレ様達は……『誓約』でつながったんだ、オマエの事なら何でもわかるぜ!
風の白虎さまと呼べ! っうわぁ!」
子猫、いや白虎は、高圧的に述べたが、軽々とミチヒメに抱き上げられてしまった。
誓約を乗り越え、目覚めさせられたミチヒメの膨大な氣力が、霊体だった彼等に対し、小さいながらも実の身体を齎した。
「触れるわ!? 柔らかい……ビャッコ、よろしくね」
それは、彼女に久々に齎された……『仲間』の温もり……。
自然と眼に涙が浮かび、しばらくそのまま白虎を抱きしめていた。
「ミチヒメ……。安心しろ……! 『誓約』でつながったオレ様達だぜ?
何があっても『どこへも行かねぇし裏切らねぇ』ぜ!」
言葉を聴いた瞬間ミチヒメの両眼から、堰を切った様に止め処なく溢れ出る熱い滴。
下伽耶の皆は裏切った訳ではない。
秘めし昏き想いを表へと引き吊り出されて顕しただけ……。
それでも、成人女性になりたての彼女の心を、魂の底から抉るに十分な出来事であった。
「四獣王」との誓約は、彼女の心の深き傷をも「快癒」したのであった……。
「……良かったですわ……。
改めまして、わたくしめは火の朱雀でございますわ。
よろしくねミチヒメちゃん」
小鳥が目くばせをしてそう応える。
「我は青龍である。『快癒呪』をはじめとする権能、水の盟主なり」
子龍はやや尊大だが、丁重に挨拶する。
「最後のワタクシ玄武は地の盟主です」
「ビャッコ、スザク、セイリュウ、ゲンブ……みんなよろしくね!」
太陽の様な満面の笑みを浮かべ、ミチヒメは四匹まとめて抱えた。
こうして、「利害」と「想い」、そして「権能」を、「誓約」によって重ね直霊した一人と四柱は、砂の海を更なる西へと旅してゆく。




