第1倭 絶望を復讐に焚ベて
(……あ、暑い……の、かな……解らない……わ……もう……何も……)
無慈悲に彼女を照り付ける陽光。
唇は乾き足元も覚束ない。
眩しさに思わず瞳を閉じる。
すると這い寄る様に纏わりつき響き渡る残響。
あの刻、最後に眼にした、遥か虚空に浮かぶ不快な彩の道化師からの「執念」……。
それは、聴こえるはずのない彼からの、余りに強大で歪んだ嘲りの侮蔑であった……。
『──お館様の懸念もこれできれいに消えたねぇ。
小娘如きには過ぎた舞台だったようだねぇ!
目障りだからこの国ごと消えちゃぇっ! ヒャハハハハ!』
直後に齎されしは……すべてを灰燼と化し、何もかもを奪い去った漆黒の爆雷。
(なん、で……こんな……こんな事に……)
続いて響くは、まるで幻のように湧き出た軍勢を率いる王の声。
『余は最高神の御使いが一柱、神威をも超越せし『羅刹王』なり。
余のもとへ捧げよ、己が胸中に秘めし禍々しき想念を!』
それは、彼女の氣力を糧として溢れ出た、昏き闇より顕れし「幻の軍勢」……。
一糸纏わぬ姿で地面を舐めさせられ、魂ごと塗り潰されるが如く蹂躙された。
瞑目も赦されず、己が眼に焼きつけられた凄惨なる情景……。
無限に湧き上がる彼女の氣力を、尽きることなく貪り続ける蛇頭の昏餓鬼達。
喰われる度に見舞われる、筆舌に尽くし難き激痛……。
(……わたし……何も……出来ず……義父さま達でさえも……)
最愛の義父母、國、民……すべて護れずに……喪った……。
ただ一枚、遺されていた外套を羽織り、夢路を彷徨うが如く、「西」へと徘徊していた。
途中、誰かが衣を施してくれた。誰かは解らない。覚えていない。
憐れむ様に、彷徨う先々で、「誰か」が茶や果実を施してくれた。
だが、今の彼女は……それが誰かすら理解できる状態ではなかった……。
ただ、亡者の如く彼女を突き動かす最後の呪詛。
――この絶望の深淵にて、なお貴様に敵を討つ想念遺りしならば、西の果てに聳える聖塔へ参るが良い――
静かに目を開ける。
再び足を動かし始める。
(……西へ……)
道すがら立ち寄った村落。
「……倭の、神託啓示ノ國って言う、そりゃぁお強い王さまのいる処でさえ大変な目に遭ったって聞くじゃない! おぉ恐ろしい!」
(倭の――っ! 兄上の……神託啓示ノ國!!)
憑りつかれた様に話す民を問い質す。
どうやら、王は一命をとりとめたが、両の腕をへし折られ身動き取れないと。
「それに比べ、我等が大将軍さま護りし『上伽耶』はほとんど無事だったらしいよ!
流石ウガヤ様だねぇ……!」
彼等が悪い訳ではない。
悪いのは護れなかった……。
「一番酷いのは……滅ぼされた『下伽耶』さね。
なんかお強いお姫さまが護られてると聞いちゃぁいたけどねぇ……。
てんでダメだったみたいさね」
そう、何も出来なかった。
余りの自分の無力さに……憤りよりも……悔しさと悲しみが込み上げてくる。
「だ、大丈夫かい? あんたまさか、『下伽耶』からきたのかね?
それは……『無力な領主』のせいで大変じゃったろうて……」
ミチヒメに対し無慈悲に降りかかる、「彼女を慮る為」の、「大将軍たる自分」への誹謗中傷……。
それは、彼女から彷徨う氣力すら刈り取るのに十分な「一撃」であった……。
(……もう、いい……『輪を廻ろう』……だめ……耐え切れない……)
静かに向かうは……谷底が観えない程の断崖。
「これなら……此処からなら……身体が応じて護ろうとしても……『輪を廻れる』わ……」
吹上げられる大凬に煽られるも、余りの高さに霞む程の谷底を見据える。
突如目に入る乙女。
こんな処で何やら探している様子。
「あ、危な……一体何で?」
掌にしようとしているのは……「桔梗」。咳に効くと覚えがある。
先日久々に齎された恵みの雨により、地盤は緩く危険であった。
「も、もうちょっ……とっ――あぁっ!!」
想いよりも先に身体が「反応してしまった」。
谷底へ落ちゆく小さな乙女を追いかけるも、あと掌一つ分足りない!
「くっ! もう一伸びなのにっ!!」
森の中から密かに迸る山吹の閃光。
「――っ! これは霊力!――はぁっ!!」
足場など存在しない虚空で一瞬彼女は「蹴り込んで跳躍」する!
「届いたっ! 後は――っ!」
彼女を抱きかかえたまま激しく身体を旋回させて枝に絡め衝撃を相殺する。
「痛っ!」
そのまま草叢を滑らされるも、身を捻り立ちあがる。
掌の中には……大切そうに薬草を握り締める小さな掌。そして護れた命……。
「あ、あぁっ! おねえちゃんありがとうっ!!」
聴けば彼女の母親は、重い咳を患い苦しんでいるらしい。
「この辺ではここにしか、おかあさんの咳にきくお花は無いの」
村まで彼女を送ってゆくと、途中で心配して探しに来ていた民衆達に出会う。
「なんと! そったらあぶねぇとこさ行ってたべか! 旅の方何とお礼言って良いだか……!」
彼女の眼に静かに黄泉還って征く闘志。
圧し掛かる想いを降り祓うように彼女は尋ねる。
「……誰か……霊力遣える方いませんか?」
「村長ならばぁ……少しゃぁできっぺ!」
村長に同行を願い、彼女の母親の元へ向かう。
「僅かばっかしだけんどもが……いくっぺよ! 付与霊呪(ラムハプル=ヌプル)!」
いつ以来かの……氣力の目覚めを観じる。
「わたしは快癒呪は遣えないけど……それでも少し楽になると思うわ……!」
想い籠めて真寧に氣力を注ぎ込む。
すると静かに流れ込む流麗なる紺碧の光。
呼応する様に優しく降り注がれる癒しの氣力。
「――っ! い、息が出来るわ!! 貴女!? 凄いわ!
何とお礼を言ったらいいか……!」
(い、今のは……まさか『快癒呪(トゥサレ=イノミ)』!? )
辺りを見回すも、付与の切れた彼女では探し切れなかった……。
「おねえちゃん、ここで暮らさないの……?」
それも良いかもしれない。
一瞬、その想いが胸中に芽生えかける。
「ありがとう。 でもね、『おねえちゃん』……征かなくちゃならないわ」
「掌」を差し伸べてくれる存在は……きっといる。
もう一度だけ、皆を……「自分自身」を「信じて」みよう。
目を潤ませるも、母にしがみついて気丈に笑顔を造る先程の小さな乙女――。
「げ、元気でね! えっとね、お姉ちゃんのお名前教えて欲しいの」
一瞬戸惑うも、大きく息を吸い込んで朗々と名乗りを上げる。
「わたしは……。
滅ぼされた下伽耶の大将軍、『ミチヒメ』……!
國と民……この地の平和の為、すべてを護らんと此処に誓うわ!!」
一瞬訪れる静寂。
あの惨状は……こんな辺境の村落にまで伝わっていた。
その刻に力強く響き渡る「絶対の信頼」。
「うん! おねえちゃんならきっと護ってくれる! わたしは信じてる!!」
ミチヒメは感極まり天を仰ぐ。
そして空より降り注ぐ陽光を見つめる。
彼女の方を向いてしまったら、きっと涙で何も見えなくなってしまう。
「……っ、……っ……。ありがとう……。
きっと……すべてを護れるように!!」
ミチヒメは、力強く拳を握り締める。
自分が霊力なしには脆弱な乙女なのは認めよう。
(……それで良いわ。
わたしは、『誰かに頼らなければ権能を発揮出来ない』。
良いわそれで。付与があろうとなかろうと……。
『何であろうとも』……わたしはやる。――やってみせるわ!!)
決意と共に握りしめた拳を突き上げる。
堂々たるその姿。
それはまさに復活せし「聖乙女」の雄姿であった。
(――絶対に忘れないわ……この屈辱……恨み……怒り!!)
降ろした拳がみしりと音を立てる。
魂に刻まれた深き傷。
今の彼女は、それを、己の復讐を果たさんが為の、「牙を磨く力」へと「詠い直霊」し、己が魂が抱く「復讐の獄炎」へと焚ベていた……。




