第7倭 鏡水顕導神(ヤィ=モ=トーヤ)との邂逅
第7倭 鏡水顕導神(ヤィ=モ=トーヤ)との邂逅 改稿版です。
この後に第17倭のあらすじの改稿を送ります。
二つの文章を読んでから、評価、判断、整合性を応えて下さい。
第7倭 鏡水顕導神(ヤィ=モ=トーヤ)との邂逅
「あそこが『宍追いし道』だって!? まさか、こんな聖域まで……」
ヤチホコが愕然として戦慄く景色の最奥に、辛うじて原形を留めて観えるのがその名を冠した湖である。
「比武の前、審神者の完遂を祈る為訪れた刻……葦が美しき碧さを誇りて生い茂り、湖に住まう四氣王の加護にて、踏み心地の良い柔らかく肥沃な大地続く道でありましたが……」
「『滅び』は、既に世界中に広がって……くそっ!」
神威住まう清浄な湖へ続く自然の参道ともいえる聖地、『宍追いし道』でさえも、そこかしこにあの不自然な亀裂が蔓延り、地面の至る処をすり鉢状に削られ、まるで黄泉へと続くような窪みが誘うようにその昏き口を開け、耳に響き続け絶望を駆り立てる『あの音』を奏でて崩れ落ちてゆく……。
「何ですと? ヤチホコそれは真なる事でしょうか?」
滅びの声を聞かされ続けているヤチホコの言葉を受けて、『観之眼』を以って辺りを見回してオオトシは驚愕する。
「な、何という事でしょうか! 私はこれに気付かず歩いていたのですか!」
普段の冷静さを掻き乱され、狼狽と憤慨を露わにオオトシが叫んだ。
「オオトシ兄、無理もありません。向津日霊女さまでさえ、気付かぬ間に喪いし想いあると申していたじゃないですか」
(そして僕にはこれ見よがしに……! いや!)
思わず拳を握り締める。逡巡などいらない。向津日霊女の言葉を信じ歩む、それが今自分がする事だと再び己の想念を奮い立たせる。
「……そうよ。わたし達が立ち止まればその間にも世界は喪われるわ。その想念よ、ヤチホコ! あなたに足りないのは氣力の量じゃないわ。放つ際の強い想念よ。かつてわたしが一緒に旅したラーマさまは、絶望的な神威を前にしても、己が一撃が未来を齎すと一豪も疑わなかったわ。強く正しい想念を貫いて平和を勝ち取る、それこそが真なる神威の闘い方よ。あなたの『左手』は、想いをチカラに変えるモノ。あなたが『護りたいモノ』を強く念じるのよ! さぁ、進みましょう!」
想いが伝わったのか、ヤチホコに共感するようにミチヒメが先へと促す。
「ミチヒメさんの言う通りですヤチホコ。我らが父『始祖須佐の王』が伝えし『緋徒乃詩』は、この大地縛りしモノ達から、過ちを重ねながらも直向きに生きる民衆を護るモノとして受け継ぎました。そして、父同様、空遣いしあなたが揮う刻こそ、恐らくは真なるチカラが呼び起こされ、想念は願いとなりて叶う事でしょう」
「オオトシ兄……わかりました、ありがとうございます!」
オオトシは優しく微笑み、頷いて続ける。
「この先にてその『滅び』を喰い止めし、この地の鎮護を想念捧げて行いし巫女こそ、私達の母上、鏡水顕導神を祀り、『八乙女』を率いる『九姿異祢沱乃日霊女』なのです」
(それであそこの湖は大丈夫なのか! そして、九つの、姿異なる父神祀りて……涙流す巫女……九人だからか? 稲の神威じゃ……? 水の四氣王は陽数の極みのはず……あぁ、それを一頭賜ったと言うのが……)
「オオ兄様、ヤチホコ、スセリ、そしてミチヒメも……よく来たわね」
「みんなようこそ。母さまの祈りを受けて鎮護の権能顕す、『鏡水顕導神』さまに護られし湖、『宍追いし道』へ」
「キクリ姉、ミヅチちゃんお出迎えありがとう」
スセリは、出迎えてくれた金色の髪を二つに束ね狐耳を携えた女性と、淡い灰色の髪と縦長の瞳を携えた子龍の少女に手を振る。軽く頷いてキクリは応える。
「母様は類稀なる水の巫女。八大龍王が第参の、三女にして最も強く血を引き継いでいるわ。そのおかげでこの湖周辺は辛うじて平静を保てているけど、一体外で何が起きてるの?」
眺めると視界に跳び込んできてしまう『外』の不可解な惨状に対し、流石のキクリも動揺を隠せない。
「お待ちしておりました……次代のシュメールとして『詩綴るモノ』であり、我が背スサノヲと、向津日霊女さまが、父神を助く為、その身命を賭して形造りし『希望の器』よ」
「それは昨日の向津日霊女さまの! そして、ふ、父神を、身命を賭しての、『器』――ま、まさか!」
クシイネダの言葉にヤチホコが息を呑む。今自分が宿る身体が、ここでの父母の想いと犠牲によって造られたモノであると言う、残酷な、しかし愛に満ちた真実。
(スサノヲとヒルメの父神と言えば――創世の国生みを担うイザナギしかいないじゃないか! まさか僕が……)
「……あなたが今ここに在る、それこそがすなわち新たなる『詩』を綴る事ですわ。さぁ『息吹』、『導き手』もこちらへ」
八人の巫女を従え、耳の横で櫛を挿して纏め、足元まで届く絹糸のような御髪、透き通るほど白い肌、そして二人の娘同様、縦長の碧い瞳を携え、紅く縁どられた肌同様透き通る白色の衣を身に纏う、少女にしか観えない清楚で可憐な佇まいの巫女が入り口を示す。
(……僕は、自分の想念でここにいるんじゃ……ないの、か……?)
困惑し狼狽を露わにヤチホコはついてゆく。
「……現状、長たる向津日霊女さま、木花開耶の権能を得たタギリ、そして、鏡水顕導神の『神威之巫女』たるアタクシの間で行いし、『想念共鳴』でのみ可能でございますわ。易き事でございましたら、どなたのお考えでも斯様に読み取る事叶いますわ」
(テレパシーの様な……そんなことも……嘘はつけない、か。しかし、闘いの刻なら物凄く役に立つ能力じゃないか?)
天然の鍾乳石か、はたまた金属か、そのどちらでもない――あの『詩片刻まれし石版』のような、光沢の壁面が織りなす洞窟を進んでいく。奥へ行く程に輝きは増していく。
「……来たる刻、斯様にチカラ揮う事こそ、アタクシの真のあり方ですわ。さぁ着きました、こちらでございますわ」
「来る刻? 今の惨状でもはまだその刻じゃないと?」
「……左様でございますわ。その様な刻など来なければ良いのですが……」
(これ以上に切迫した事態だなんて、一体どんな事だと言うのか……)
とてもではないが、今起きつつある世界の崩壊以上の事態など、ヤチホコには全く想像がつかなかった。それと同等かそれ以上に、今己を揺るがし心を埋め尽くしているのは、先程彼女に告げられた真実。――選ばれし救世主なんかじゃない。かつての「子等」が、絶望の流転を断ち切る為に己を省みず、管理の支配及ばぬ「外」へと禁忌を犯し造り上げた、究極の「希望」なのだと言う事。
「こ、これは、見渡す限り鏡のようね……」
ミチヒメは辺りを見回して驚きながら応える。
「すごくきれいだけど……なんでかな、少しだけ怖いかも」
スセリは何かを観じ少し警戒しているようだ。
「鏡水顕導神の水鏡の権能により、あらゆるモノを跳ね返せるのですわ。しかし、それもいつまで持つか……流石に解りかねますわ」
そこに在るすべてが、水晶か鏡のように輝きを放ち、また互いの輝きを跳ね返し合っている空間であった。
「泉の中央に座す存在こそ鏡水顕導神。ヤチホコや……いま最も強く抱く想念を以って鏡水顕導神へ語りかけなさい」
クシイネダが手を伸ばして翳すと、泉の水面が急激に渦巻いて隆起する。周囲の空間同様透き通る様に煌き、水の様に揺らめいて周囲の景色を鏡の様に映し返す身体を持つ、八頭を有す巨大な龍であった。
「な、何あれ! 今と……何か違う『刻』が揺れ動くように映っている?」
「――『綴り手』よ。汝に宿りしは、始祖王の不屈と日霊女の慈愛に生み出されし、全てを包み創り出す空間。その魂に眠るは世界を統べる『根源神威』。その上で敢えて問おう。そこに今を生くる『ヤチホコ(われ)』はあるか? 神話に伝承されし『眞なる神威』か、遠き刻より迷い込んだ『偽なるモノ(竜輝)』か! 応えられぬならばその『器』、我が水にて無へ還さん!」
声と同時に激しい水流がヤチホコを呑み込む。幾重にも鏡像の重なり合う水牢の中、様々に映り変わりながらヤチホコの姿が徐々に薄れていく……。
「ヤ、ヤチが、透けていく……! ヤチッ!」
スセリが風を纏い反射的に手を伸ばすも、「猛る水流」に阻まれて弾かれる。それは「風(自由)」を奪い「火(活動)」を滅す水の猛り。誤ればすべて無に還される。そして眼前で観る間に透け逝くヤチホコの姿が。
(……沈んでいく……深淵……て言えばいいの……でしょうか……とても……深い……)
眼に映りしは湖底と思しき光景。しかしすべての色が喪われた世界……。そこに顕れた巨大な水鏡に、様々な刻の情景と誰かが映し出されている。銀髪をなびかせ威厳に満ちたまさに神威たる存在。制服を纏い所在無げに立ち尽くし「元の自分」だと認識する、楓に手を引かれ歩く「綴詩竜輝」。そして管理者のシナリオ通りに救世主を演じている「ヤチホコ」……。
(……ここに、僕の想念は……なかった……のですか……? これは……僕の『自由意思』による行動じゃ……なかったのでしょうか……)
「母様、一体何されているの? ヤチホコが消えてしまうわ!」
キクリがクシイネダに詰め寄るも、彼女は碧き瞳を閉じ印を結んだまま静かに、しかし厳しい表情で応えた。
「鏡水顕導神は対象の矛盾を暴く神威。『綴り手』は……今在る『ヤチホコ』を、現実と認め難き揺らぎに見舞われておりますわ。もしも彼が『眞か偽か』、易きに己を求めしならば……彼はこの刻に無きモノと消し去られてしまいますわ」
「そんなの……あんまりだわ。ヤチホコくんはこの世界を救う為に懸命に抗っているのに」
ミチヒメは音を立てて拳を握り締めた。今彼女に出来る事はヤチホコを信じこの場を護り抜く事のみ――いや違う。彼女は透き通り消えゆくヤチホコの背中に向かい、断固たる想念を籠め、凛とした声を放った。
「ヤチホコくん! 迷わないで! あなたが包んでくれたわたしの涙も、スセリちゃんと分け合った温もりも、無情な理に綴れる『筋書き』なんかじゃないわ! あなたのくれた想念は本物よ、だから自分を信じて!」
その眼には熱い滴が溢れそうになるも、ミチヒメは毅然として、優しく、そして力強くスセリの手を握り水牢を見つめていた。
(ミチヒメ……? 僕が……本物……?)
虚ろな身体に辛うじて宿るヤチホコは、観じた想念に微かに反応する。今度は目の前に誰かが顕れる。
(楓ちゃん……いつもの制服の……悲しそう……? あぁ、そうか。この崩れ逝く砂を観て……)
「……器たり得ぬ想念の持ち主であったか……」
先程とは打って変わり、無念を露わに悲し気に鏡水顕導神が呟く。
「……違います! 鏡水顕導神さまも観じているでしょ? ミヅチの中の水龍は、ヤチホコさんの中に、温かな輝きを観じているもの……! 彼は過去の『統治之神威』でも、『遠い刻の誰か』でもない! ミヅチ達と今を歩む緋徒よ!」
(……ミヅチちゃん……清く優しい想念……。緋徒……僕は……神威でも人でもない……『緋の神威に連なる使徒』……!)
記憶にないがミヅチの中に確かに息づく九頭龍の慈悲。その想念籠めた叫びは消え逝くヤチホコの内に眠る空に響き魂を震わせた。徐に自分の左手を観る。そこには、昨日抱き寄せたスセリの「温もり」が確かに残っていた。
(……眞か偽か。誰が想う眞?、偽? ――関係ありません! 僕は、僕への愛で『器』をくれたスサノヲ達も、この手に残るスセリちゃんの体温も、あの学校での刻も全て抱えて『ヤチホコ』としてここに在るんだ!)
不意にオオトシから授かった『緋徒乃詩』が、黄金の旋律となり脳内に響き渡った。
「……定義などいりません。僕は竜輝でヤチホコ、そして……根源神威です! 幾重にも重なりし世界に、全ての矛盾をはらみ今ここに立つ……この『バグ』こそが僕だ!」
消えかけていた右足がありありと顕れ、ヤチホコは力強く踏み出す。
「どちらかを選ぶなんて、誰か(管理者)が勝手に決めた論理でしょう? 僕は『詩を綴るモノ』。だから、新しい詩片を僕が今、ここで書き足し――そうか! あの詩は……『管理権限への入り口』だったんだ! ならば、詠います! 『緋徒よ 此処の蓋・ 十六夜の・ 緋徒よ ・緋徒よ』! この詩に秘められし権能を以って、我は理を書き換えん!」
左手の封環が、幾星霜の刻を超えて煌く銀河の様な閃光を放つ! 同時にヤチホコの姿が鮮明に顕れる。彼は幾重にも重なり飛び交う世界の境界、その歪みそのものを掴み取り、そのまま高く左拳を突き上げる。
「安寧喪いし事恐れんが故に猛りし水よ、今ここに安らぎを与えんと誓う! 清き流れに還り自由に風を羽ばたかせよ!」
幾重にも揺れ動き乱れていた像が一つに重なり合い、優しく厳かで力強き光が染み渡る。それはすべてを包む慈愛の波動。暴れ狂う渦巻は、輝く水晶の様に透き通りて静まり、湖面は波一つなく、まさに鏡面のような静寂さを取り戻し、水牢は緩やかに湖面へと還り、その内よりヤチホコが顕れた。
(……まさかあの受け継がれし詩に斯様な意味があったとは……!)
オオトシは還ってきたヤチホコを、驚愕の想いで観ていた。
「戻れましたね、ヤチホコや……!」
クシイネダが安堵と共に微笑む。その背後から巨大な龍がゆるりと姿を顕して、静かに声を響かせる。
「見事なり……。これが、かつて我ら導きし『根源』の光にして、未来を切り開く為に今を生くる『希望』であるか……スサノヲが己が神体をも差し出した所以、しかと観たり」
鏡水顕導神は八つの首を垂れると、観る間に一柱の美しい女性神へと変貌した。
「……クシイネダさまにそっくり!」
「左様。鏡水の権能にて受け取りし姿なり」
穏やかな佇まいでヤチホコへと近寄ると、封環に唇を押し当てた。戸惑いながらも目をやると、紺碧の宝珠が輝きを放っていた。その刻、ヤチホコを蝕んでいた、あの世界が崩れ逝く砂音が、一瞬だけだが和らいだ。肩で息をしながらも自分を呼ぶスセリの元へと力強く歩み寄る。最早その瞳には、自分が何者かと逡巡するような迷いはなかった。遥かな刻を超え紡がれし想いを、一つに束ね上げた強き意思を持つ存在がそこに立っていた。
「良かった、ヤチィ……え? な、何か氣力の気配が物凄く変わっ――あっ! その髪、眼の色も!」
スセリは安堵を顕し胸に頭を預けたあと見上げて驚く。
観ると竜輝同様茶色がかった髪は、しなやかに長く伸び、末端から輝く白銀へと変わっていく。その瞳は、深みと高貴さを漂わせる紫色に変貌し、洞窟内の光を反射すると透き通る真紅の輝きを放っていた。
「きっとこれが……いいえ、これも僕ですよスセリちゃん」
(……まさに神威! あれが、あれこそが、我が父、そして日霊女様よりすべてを受け継ぎし姿……)
オオトシは知らずの内に跪いてしまっていた。
「……信じていたわ! 流石ラーマさまと同じ空の遣い手ね」
余程心配していたのか、ミチヒメは彼女らしからぬ勢いで飛びつくように抱きしめてきた。
「……あなたの声も聞こえました。おかげで自分自身を『本物』として信じられました……ありがとうございます!」
「これも……貸しておくわ。……ちゃんと返して、ね」
「……はい。――みなさん、本当にありがとうございます!」
「『希望』よ、さぁお行きなさい。自由なる空の翼、天之鳥船を呼び覚ますのです」
「天……之鳥船?」
「意宇国貴を訪ねるが良い」
深く頷いてヤチホコは長揖する。そして己の左手を見つめる。そこには、両親がくれた愛の温もりと、自ら綴るべき「白紙の未来」の重みが宿っていると、確かに観じた。
「身体が……軽い! いつも苦しかったのに」
ミヅチは不思議そうに自分の身体を見回す。それを観てヤチホコは優しく頭を撫でる。
「大丈夫です、そのうちもっと軽くして見せます! ありがとうミヅチちゃん。キミの想念がなかったら……僕はきっと自分になれなかったと思います」
「もぅ、あなたの無自覚さは節操無さ過ぎだわ! エパタイ(バカ)」
ヤチホコは、呆れるミチヒメに対しまったく理解が及ばない表情で苦笑いしている。
「そこもきっと……『根源神威』としてのみんなへの愛なのかな、ボクはそう思うよ」
そう言いながらもそっとヤチホコの手を握り締める。
「参りましょう、スセリちゃん、みなさん!」
夕日が優しく帰路を照らす。先程とはまるで違う穏やかな光景。
「あ、あの崩壊が……!」
「さっきのあのチカラのおかげで、この辺り一帯は元に戻ったようね」
驚くスセリにミチヒメが応える。
(ミチヒメちゃんは驚かないんだ……あのヤチのチカラ……。ボクは追いつきたいよ……。ヤチを護れる、あなただけの『風』になりたい……!)
ヤチホコの圧倒的な覚醒を間近で観たスセリは、自分の内に宿る風がかつてないほど渦巻くのを観じていた。
見上げると、西の空から一陣の突風が吹き抜けてゆく。スセリはその強き風に、己をさらに磨き上げると誓っていた。




