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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
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第6倭 理解者と伝えられし詩

 神殿へ続く道に沿い流れゆく小川。

 眺めながら進むその水面に、ヤチホコはたとえようのない違和感を抱き歩を止める。

 透き通る清き水(ワッカ)の流れ――それが躓くように「跳ねて」いる。


(……何ですか? 川が……コマ落ちして?)


 流れる水が断続的に止まり、数舜後、数歩先へ「移動」している。

 世界がまるで、精緻な絵巻の様である。

 それはまさに、癇癪起こした子供が行う乱暴な捲られ方を、「川の意思」に反してさせられているかの如く。

 辺りには乾いた音が鳴り響く。

 例の入るべきではない処に疾る不気味な亀裂が入る。

 抗うように健気に鳴り響く修復音《ピリマ》。

 「世界」が修め直霊しようとしているも、無情に鳴り響く崩落音《ピリマ》。

 「破滅の砂音」が齎す、無情で冷酷な終焉り(ピリマ)。

 聞こえる賑やかな祭囃子、愛おしい人々の営み……。

 不意に……すべての始まりである『終焉の夢』が頭をよぎる。


(『前』以上に『この世界』の方が、民衆《ウタラ》が、たまらなく愛おしい? まるで本当の……)


「着くわよ。気を引き締めなさい」


 思考に耽るヤチホコを、現実へ引き戻すミチヒメの助言《ピリマ》。

 希望と幸福溢れる祭囃子と、絶望と焦燥の「破滅の砂音」が折り重なる度、思わず胸が張り裂けそうになる。

 ――世界は今も終焉《おわ》りへ向かい、削られ続けている。


「……ヤチ? ボク達も一緒だよ、だから、ね」


 スセリは優しく微笑んで、ヤチホコの両の掌《て》を包み込む。

 そのまま、彼の腕から背中へと慈しみを籠めて掌を滑らせる。

 ミチヒメは、その所作を見つめ不思議そうにする。


「スセリそれは……挨拶之作法(コルィルィェ)よ。

 あなたこんな刻にするの?」


「挨拶……? ボク、なんでかな?

 困ったヤチを観ると、ついこうしたくなっちゃうの」


 戸惑って首を傾げるスセリの瞳の奥。

 一瞬、制服姿の「楓」の面影が折り重なる。

 その幻像はヤチホコの胸に救いと癒しを齎す。

 だが同時に、「彼女《かえで》」ではない現実が、鋭く彼の胸を穿つ。


「なんにせよ、落ち着けるならそれで良いわ。刻は限られているもの」


 (……自覚はないけど、きっと『楓』ちゃんが励ましてくれようと……!

 そうだ、焦燥と圧迫(プレッシャー)に負けている場合じゃない!) 

 

 ヤチホコは胸中で己を叱咤し、祈りの間前方の、「先導手の座」を見据える。

 暫くすると向津日霊女が顕れ、ゆるりと歩み寄って座に着き、四魂封じの柏手を打つ。

 その後神威祀りし祭壇へ丁重に礼をし、静かにこちらを見遣る。


「ヤチホコや……貴方には聴こえているのでしょう。

 世界が砂となり、崩れ落ちゆく音が」


 唇の端を噛み締め、拳を握り締めながらも、努めて冷静にヤチホコは応える。


「はい。昨日まではあったはずの――星々の煌きが闇に呑み込まれました。世界は壊されています」


 彼女は深く頷き、その胸元に輝く八角形の鏡――丁寧に彫られた八卦(はっけ)の首飾りを握り締める。

 その仕草を観たミチヒメの顔に、確信の色が浮かぶ。


(やはり伏犠さまより……!)


「わたくしも……貴方と等しき想念《イレンカ》を抱いております。

 この身に刻まれし『真実』を無き事にされぬが為に」


 困惑の表情でスセリが思わず問いかける。


「向津日霊女……いいえ、おかあさま、何故ボクも動けたのでしょう?」


 スセリが抱く、自分も動けた事実と言う「不可解《ピリマ》」。

 ヤチホコは「空」を遣う次なる神威の器。

 ミチヒメも、聞けば遥か刻を超え、今は神威となった彼の英雄王と共闘し、己を磨き上げてきた強者。

 対する自分は……「氣力」ならば、先のミケヒコの方がよほど上手。

 

(一体どうして……?)


 静かに向津日霊女が齎す真実《ピリマ》。


「スセリ、貴女は『虚ろなる無』を動かす息吹。

 息吹受け、新たなる有を生み出す空《ニス》たるヤチホコ。

 そしてミチヒメ。

 かつて、遠く『六百遡りし刻』にて、磨き上げた想念《イレンカ》で、定められし『記述』を覆し直霊してみせた、新たなる『詠い手』の導き手。

 貴方達は、須らく『この世の秩序定めし存在』の調和を覆し、乱す『歪み (バグ)』なのです……」


「ボクがきっかけ……でも『歪み(バグ)』って何の事なのですか?」


 そのやり取りに、ヤチホコの「直感」が閃きと共に「論理」を紡ぐ。

 彼女の遣う言葉。

 「あの刻」の中の認識。

 己を護る八卦。

 世界の不自然な揺らぎ……。

 散らばりし詩片が冷徹な結論を導いてゆく。


「向津日霊女《ムカツヒルメ》さま……単刀直入に伺います。

 あのジェスターと、その背後にいた存在……。

 彼らが行おうとしているのは『管理者権限(システム)』による『世界の消去(デバッグ)』なのですね?」


 静けさが鳴り響く。

 ミチヒメが、困惑の表情を露わにするも律して堪えている。

 その静寂と困惑の中、向津日霊女の唇が、微かに震えを帯びながら開かれる。


「……流石、彼の刻において『竜輝《りゅうき》』であられた御方……。

 左様でございます」


「む、向津日霊女さま?

 今のヤチホコの妄言、意味ある事柄なのですか?」


 およそ世迷い事としか思えないヤチホコの言。

 それに対し、彼女が理解を示し応える様を観たミチヒメの狼狽《ピリマ》。


「我が愛娘、古の世界《モシリ》救いし英雄よ。

 そなたが『成し遂げし事』、それすら含むこの世の理を……。

 己が意思掌中に治め、動かさんとする輩がいる……。

 そう言う事である」


 穏やかに、しかし切実な声色で伝える意宇之國貴の慰撫《ピリマ》。


「おとうさま!?

 ま……まさかあの、わたし達が勝ち取った平和さえも!?」


 ミチヒメが受ける、苛酷な冒険の中で抱いた想いに亀裂が入る程の衝撃《ピリマ》。

 魂が瓦解して喪いそうになりながらも、必死に父へ向けて放つ彼女の糾弾《ピリマ》。


「……ミチヒメよ、誇るべき愛しき娘よ。

 そなたの勝ち取りし平和は、真なり。

 民は安寧に暮らしたと今に伝え聞く。

 案ずる事はない」


 いつになく優しく響く、父の「言祝ぎ《ピリマ》」。

 裏腹な真実を痛感し、力無く蹲り項垂れるミチヒメの愕然《ピリマ》。


「そんな……そんな事って……」


 彼女の魂の慟哭に合わせる様に、無情に響く堕ちゆく「破滅の砂音(ピリマ)」。


 ミチヒメは、溢れそうな熱い滴を必死で堪える。

 生死の狭間で積み上げたものが瓦解しかけ、想いが大きく揺らぐ。


「ミチヒメ……。

 貴女も彼の刻にて、管理者の綴りし叙事詩《シナリオ》の『絶望』を、無理筋徹し超克叶えた為、彼等に執拗に狙われる事になったのです。

 彼等は、『定められし筋書の改竄』を何より疎みます」


(まさに冷徹な『管理者』……か! そして)


「ミチヒメさん、あなたも以前に?」


「ええ……。

 わたしは、わたしの国の民衆《ウタラ》の想念《イレンカ》を抱き……。

 でもそれさえも……なんて……」


 それは、壮絶な過去。

 そして完全なる采配の元、『ミチヒメの想いを完膚なきまでに叩き折る為』だけに行われた悲劇……。

 「結果からそう推測できる」事変。

 絶望に打ちひしがれても、立ち上がり、研鑽し、抗い、立ち向かい、乗り越えた果て、己が掌で掴み取った彼女の強さ。


(……『甘い』って言われる訳だ……。

 想念《イレンカ》の重みが違い過ぎる。

 でも、今は……!)


「……ミチヒメさん」


 項垂れるミチヒメの両の掌を、ヤチホコはありったけの慈しみを籠めて優しく握る。

 そしてそっと腕や背中へ掌を滑らせる。


「エパタイ《バカ》……。

 それは挨拶の刻する事よ、しかも乙女《メノコ》の……」


 そう言われても構わず続ける。

 そしてしっかりと彼女を抱え上げる。


「な! なにをっ!?」


「ミチヒメさん、やはり、あなたのその強さは、見合うだけの艱難辛苦の故……!

 ですが、今はまだ『錬』及ばずも……。

 抱く想念《イレンカ》はあなたと同じです!

 この奴國《ナ・ラ》を、民衆《ウタラ》を、世界すべてを絶対に喪わせはしません!

 向津日霊女さま! 僕はこの終焉、絶対に止めたいです!」


「ヤチホコ……くん……!

 ひとつ……貸しにしておくわ」


 ヤチホコは、優しく丁寧にミチヒメを下ろす。

 そして、強い眼差しで向津日霊女の方へ向き直る。


「良くぞ申しました、それでこそ、世界を統べる『統治之神威(シュメールカムイ)』の資質受け継ぎし者です」


 喜びの笑みを浮かべる向津日霊女の賞賛《ピリマ》。


「そは、相反せし存在を繋ぎ、纏め上げ、自由な想念《イレンカ》を以って、管理されし論理の『真か偽』かを打ち破る力でございます。

 世界《モシリ》は塗り潰されようとしています。

 これを打ち破らん者こそ……」


 (『真か偽』……論理演算の事か!?

 間違いない。何らかの形で現代知識を……!

 しかも脳の性質まで見抜くなんて――)

 

「我が愛すべき息子(ヤチホコ)や……こちらへ」


 向津日霊女に全身をくまなく『診られた』後に呼び寄せられる。

 そして彼女は、ヤチホコの事を優しく抱きすくめる。


「『想い』は、わかります……。

 ですが、そこまで独り気負わずとも……。

 少々落ち着きてお聞きなさい」


 ヤチホコは、全く以って信じ難いが、彼女が「母親」である事を、胸中に湧き上がる安らぎから深く認識させられる。


(……肌を触れ合わせると『安らぎのホルモン』が出て落ち着く。

 どう得たのかは解らないけど、その『知識も』持っている事を教えてくれたのか……)


「……明らかにするならば……。

 わたくしは、この世を生み出し、真実を知り、自由へと挑んだ『根源神威』の系譜の一柱……。

 『神威』として敗れた者です」


 吐露する彼女の口元。

 八卦の紋に触れる指先……。

 今はそこに、常々完璧な神性を顕す日霊女たる、彼女らしからぬ微かな震えを帯びている……。


 『根源神威』……その言葉を聞いた刻、何かがヤチホコの胸中を掠める。

 突如苛まされる刺さる様な頭の痛み。

 浮かび上がるいくつかの映像。

 断片的な情景が、頭の内を閃光のように疾る。


「痛っ! か、神威……だった?

 確かに、今の貴女のその智慧、そしてあの『錬』での不自然な強さ……。

 『神威』と言われた方が納得できます。

 それが……い、一体、何故?」


 ヤチホコは尋ねようと思った途端、胸が早鐘の様に高鳴り、舌が縺れ言葉を喪う。

 まさに、「犯してはならぬ禁忌」に触れたかの様に。


「己がすべてに代えしとも、現世に降ろさんと欲す、我等の『希望之神器』が為の故……。

 今はそれだけを伝えておきます……。

 さぁ、我が背ハヤスサノヲより授かりし『詩』を、貴方の魂に刻み征きなさい」


(希望? そして『詩』?)


 ヤチホコが反芻していると、流れるような足捌きでオオトシが歩み寄る。

 そして上座の二人に相対し、深々と長揖する。


「……ヤチホコよ、スセリよ、まずはさきの比武、見事でした。

 これより私(わたくし)が、我々の父神、始祖須佐の王(オアシ ハヤスサノヲ)より賜った『緋徒(フィト)乃詩』を授けます」


「……詩、ですか……?」


「ええ。

『……オオトシよ、意味解かりかねるとも良い。

 音だけは一言一句違えずに、後に顕る空《ニス》の遣い手に、必ずや口伝せよ』

と。

 しかと魂(ラマトゥ)に刻むが如くお聞きなさい。

 参ります」


 オオトシは立ち上がって天を仰ぎ、合掌して厳かに唱え始めた。


「緋徒《フィト》よ 此処《ここ》の蓋《ふた》 十六夜《いざや》の緋徒《フィト》よ 緋徒《フィト》よ」


(緋徒……『緋の神威に連なる徒(ともがら)』……の詩、か。

 胸が締め付けられ……?

 熱っ! 左手の封環が……熱い!?)


「そして後に続き、こう唱えなさい。

 『布留部《ふるべ》、由良由良都《ゆらゆらと》、布留部《ふるべ》』。

 覚えられましたか?」


「……はい、大丈夫です。向津日霊女さま、これは一体?」


 ヤチホコが向津日霊女を仰ぎ伺うと、彼女の八卦の首飾り周囲が歪み、例の亀裂が一瞬だけ疾る。


「この詩は、か、限……。

 どうやら、わたくしが知り得し事に……『鍵』がかけられているようです。

 神威の権能を喪いし今、これを外すことは、いかな八卦でも、叶い難し……です」


 無念を静かに示す向津日霊女を観て、ヤチホコの背を冷たい滴が流れ落ちる。

 彼女ですら気付かぬ内に「管理」されてしまっている。

 今ここにいて自分が抱く「想い」さえももしかしたら……。

 

 向津日霊女がヤチホコの掌を強く握り締める。


「ヤチホコ、貴方は自らの魂(ラマトゥ)を、この『管理』の及ばぬ『外』へと逃がしました。

 そして……故あって空《ニス》の権能を有します。

 だからこそ、貴方は『歪み (バグ)』として抗えるのです。

 これより、全ての四氣王と契約し、『空』の権能を完成させなさい。

 さすれば、あの砂時計の理さえも覆せましょう」


 聞いた途端、駆り立てられ向かおうとするヤチホコを、穏やかな声が制する。


「日隠れ闇憚る夜《シリクンネ》も深まりし故、明朝出向くが良い。

 今宵はしばし、祭りの賑わいに身を任せ……心緩ませるが良かろう」


(そうだった。こちらの『夜』は危険が多い。いくら僕等であっても)


「義父王、お心遣い感謝いたします。

 今宵は休ませていただきます」


「明日は私(わたくし)も同行いたしましょう。

 まずは比武の疲れもあるはずです。

 ゆっくりと休みなさい」


 自分達を慮る義父王とオオトシに対し丁重に長揖する。

 ヤチホコ達は祈りの間を後に寝所へ向かう。

 神殿の外、遠く観えるは……未だ続く祭りの宴。

 砂となり崩れゆく集落の壁。

 何事もなかったかのように笑顔で踊る民衆《ウタラ》達。

 美しくも悲しい対比を、ヤチホコはしかと心に焼き付ける。


(この世界を、『今此処にある細やかな幸せ』を、管理者の思い通りになんてさせない。

 この『左手』で――護ってみせる!)


 夜空を見上げれば、秋の星座がまた一つ、闇に吞まれ消えている。

 目に映るのは、滅びの事実と裏腹な、祭りの宴の悲しき幸せの情景。

 彼は護るべき、儚くも掛け替えのない幸せを見つめる。

 宵闇に浮かび上がる燈火を見据え、竜輝、いやヤチホコの、胸に宿る「想念《イレンカ》」は、かつて無い程強い輝きを放ち始めていた。 

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