詩片の夢 「星々之海」乃詩 ――卵と乙女そして虚空(ニス)――
――『狭間』とは御柱前に詠う詩、還りし後は『夢』と直霊せん――
――此度、『夢』を詠い直霊せん――
一つ大きな乱を治め、ヤチホコ達が御柱より還りし刻から暫し経った頃……。
遥か彼方で星の終焉を観じ、ヤチホコは天之鳥船を星空ヘ羽ばたかせる。
幾度かの空間跳躍を繰り返し、「星々之海」を翔けてゆく。
一息ついて安定し、滑空する様にはためく雷鳥の中、一行は賑やかしく過ごしていた……。
「ちょっとヤチってば聞いてよ! 楓ったらボクの卵焼きとったのよ!」
ヤチホコにつかみかからんばかりの勢いのスセリの抗議。
「えぇ? あれは私が焼いたのよ? 当然の権利よ」
微笑みを湛えながらも勝ち誇る楓の反論。
「『新緑の娘』、『直霊の娘』。
斯様に美味なれば、わたくしにも一声あってもよろしいと想いましてよ?」
二人の態度から興味を示した根源神威之妹の意見……。
分かれなければいいのに、事ある毎に三柱に分かれるスセリ達。
「魂は別」な為、したい事が度々異なるかららしい。
「ねぇお兄さま……(おにいさまぁっ!)、瑞月もね(ミヅチもミヅチも!)、食べたかった、な……(ゼッタイ食べたいですの!)」
ことさら甘やかな声で彼の腕を取る瑞月の希求。
重なり合い、彼女の内からヤチホコの心へと、直に響くミヅチの歎願……。
(……雷鳥、どこかで卵って手に入りますか……?)
(……この『枷鎖の乙女』の星々之海を……ここより二刻ほど西へ舵を切って進んだ星に生命反応を観じます……)
「まぁまぁ、じゃぁちょっと材料調達に参りましょう!」
ヤチホコは軽く溜息をついて石版を閉じる。
「……はいヤチホコくん。お疲れ様。さっきの星の事……書いていたの?」
ミチヒメが馨しい乳を差し入れてきて尋ねる。
「あ、ありがとうございます……!
しかしこれ、よく頑張りましたね……!
とっても美味しいです!」
ミチヒメは、喜ぶヤチホコを観て、満面の笑みで嬉しそうに軽く拳を握り締める。
「ありがとうヤチホコくん!
ええ……それはそれは……頑張ったわ……!」
ミチヒメは先の世の彼の味を顕す為、天之鳥船と共に世界中を旅してまわったと聞く。
「でも、ね、ヤチホコくん。あなたに喜んでもらえるのが、わたしは一番うれしいわ……!
で、さっき書いていた事だけど……?」
一転して神妙な面持ちでヤチホコは応える。
「はい……。彼(星の神威)は身体となる星自体の寿命が来ていましたから……」
「そうだったわね。だから……」
「はい、この『星々之海』の中央、『星之還処』へと魂を飛ばし、産まれ直霊させたのです」
頷きながらヤチホコは、石版を慈しみを籠めて見つめる。
相変わらず、いや、以前にも増してますます、彼の振り撒く無自覚な、『毒』と呼びたくなる程の鮮烈な慈愛の波動は冴え渡っている。
ミチヒメは、その無自覚で清廉な慈愛の奔流に抗い、必死に踏み留まる。
「……素敵な星になると良いわね!」
「はい!」
二人は「星々之海」を眺め、一際輝く中央の「星之還処」を同時に観る。
ミチヒメは丹田に氣を集中して呼吸を整え、意を決して身を寄せ、頬を重ねる。
ヤチホコは、少し照れるも心地良さそうにしている。
(日頃の『錬』の成果だわ。これだけ近づいても……大丈夫!)
ミチヒメは己の努力を認め、軽く握り拳をつくる。
暫くすると背後から、深紅の輝きが闇の如く猛り侵蝕してくる。
「我が背に……少々近うございますわ。
『想拳の娘』、もう少しお離れなさい」
「あらなんで? ただ星を眺めて馨しい乳を堪能しているだけよ?」
誰が相手でもミチヒメは引かない。
たとえ前乃世の彼の伴侶が相手でも。
根源神威之妹は、落ち着き払い目を伏せ頷く。
「ふむ……然らばわたくしも一つ頂くといたしますわ」
そう言って根源神威之妹は、ヤチホコへともたれ掛かる。
「……意外と乙女らしいですよね、根源神威之妹さま」
反対の掌でヤチホコの顔を引き寄せながら、ミチヒメは張り合う様に微笑む。
「当然でございますわ。わたくしが如何程の刻、逢瀬を待ち焦がれしとお想いでして?」
ふたりに構わず、「馨しい乳」を幸せそうに嗜んでいるヤチホコの器から、頬を寄せて一緒に飲む。
「ちょっと……! それは遣り過ぎだわ!」
「ふん、我が背に何せんと……『わたくしと我が背』の勝手でございましてよ?」
深紅が紅蓮の獄炎となりて渦巻きはじめる。
対するミチヒメは、みしりと音を立てて拳を握り締め、四大の輝きが煌きはじめる。
「ミチヒメさん、『それだけ』はやめておきましょう……!
あ、ほら、着きましたよ!
目的の星。みんな待っていてください!
すぐに新鮮な『卵』を調達して『飢え』を満たします!」
「飢え」の為皆の気が立っていると思ったヤチホコは、雷鳥から飛び降りてそのまま惑星を覆う「空之天衣」へと突入してゆく!
「虚空よ!」
眼前に空気の層を造り、その向こう側に猛る灼熱を、虚空へ飛ばしながら着陸してゆく。
彼が真剣に「みんなの飢えを心配するさま」に、毒気を抜かれた乙女達は大人しくなる。
「……ホント、何時になったら気付くのかな、ヤチってば」
少し切なそうにスセリは呟く。
「そうよね。こんなステキな乙女達をほったらかしにして空へ飛び込んでいくんだから」
ミチヒメもいつもの事ながら呆れる。
「ほぉんと、しかもみんな観た?
竜輝ってば、『嬉々』として飛び込んでいったのよ。
あの子、大気圏……『空之天衣』と自分の虚空、『比武』させたかったみたいね」
楓は、呆れながらも微笑みを湛え無謀な挑戦に興じる「弟」を眺める。
「……きっとみんな、『美味しい卵焼き』食べたら落ち着くと想います……!
よぉしっ! 目覚めよ、虚空ーっ! 参ります!」
惑星の空と擦れ合い発する灼熱を、虚空で受け入れ喰らい尽くし、ヤチホコは得意満面で滑空して征く。
「確か先程……雷鳥殿に斯様な事柄を密かに訪ねていました……。
あれは……そう言う事でございましたか……」
ヒメは言の葉が噛み合い納得する。
そして、彼女への指示に籠めるヒメの敬愛。
「……雷鳥殿、『ワラワの神威』ヤチホコ殿を、決して見失わぬ様……!
しかと追従してくださいませ……!」
右に左に旋回して楽しんでいるヤチホコを観て、乙女達は心焦がし、歯噛みする。
そんな彼女達の想いを顕すかのように、雷鳥は苦笑して錐揉みしながら追いかけていった……。
――夢の余情――
暫くして満面の笑みでヤチホコは還ってきた。
掌にするは……巨大な切り株で造った木の大皿。
その中身は――
「みんなで仲良く食べられる様に、『陽光の雲』にしましたので、一緒に食べて仲直りしましょう!」
「……ヤチのエパタイ。……ぅわぁっ! お、美味しいよこれ!
とっても、最高だよヤチ!!」
彼の「想い」に対する余りの鈍さを吐露するも、一口運んで絶賛に直霊されてしまったスセリ。
「確かにこれなら喧嘩にはならないわね。
さっすが『神威』サ……な、なにこれ!?
『竜輝』あなたこんなに料理上手だったかしら!」
冗談めいて言うも、其の極上の味わいに感嘆する楓。
「……これが先の卵を焼きしもの、ですわね……どれ先の世の味を一つ――っ!
何と言う! こ、これは……年長の特権ですわ。
『陽光の雲』はわたくしがすべて頂きましてよ!」
的外れな「元」伴侶の施しは……悠久なる刻を紡いできた彼女でさえ、青天の霹靂であった……。
「ヤ、ヤチホコくん……あなたって本当に……もぅ。
良いわ、それでもわたしは……何があっても『諦める事を諦め』……な、なによこれっ!
これとこの『馨しい乳』……。
そして『彼の刻』に英雄王さまに教えてもらって『白麦乃窯焼』……!
なんて言う事……相性……抜群だわ!!」
感嘆と共にミチヒメが取り出した「白麦乃窯焼」が、瞬く間にうねる水に奪われる。
不敵に笑みを浮かべる瑞月が、口にした瞬間――「世界が揺らいだ」……。
「ミチヒメお姉さま(おねえさまぁ)、それは是非味あわせてもらいます(もらいますの)!
な、何ですかこれは!
お兄さま(ヤチホコおにいさまぁっ)、そしてミチヒメお姉さま(おねえさま)……!
ふたりの料理が掌を取り合って、まさに「詠い直霊」されています(最高ですのっ!!)!!」
感動の余り彼女の内より湧き上がる大海の巨濤!
「――虚空っ! みんな喜んでくれてよかったです!」
滾らせた虚空で巨濤を喰らい尽くし、ヤチホコは喜ぶ。
「そ、それほどまでとは……。
話の産霊が斯様に拗れ、ずれ込みしと言えども……。
此処は是が非にでも……堪能させて頂きたく存じ……!!」
最後……ヒメが口にした刻……七絃の輝きが詠い直霊されてしまい、緋緋色金の朱金の輝きを惑星中に際限なく放つ!
「げ、実に素晴らしくも凄まじき……類稀なる美味でございます……!」
(そしてこの内に秘められし……『想い』……。
それもまた……『類稀なる美しきもの』と存じます……)
ヒメが観じ得た美しき想いの幻像……。
「過ぎし世」が齎した「白麦乃窯焼 (初恋)」を、「今の刻」が「陽光の雲 (想いと掌)」で「塗りつぶし」、「先乃世 」を想い描き顕した、ミチヒメの「馨しい乳 (不撓不屈)」が華を添えるように寄り添う情景であった……。
「想いの掌」を、繋ぎ重ねて分かち合う「一蓮托生呪」。
その加護が齎す、二人の無自覚な想いの交歓……。
全く気付かぬ当事者達を他所に、一同静かに頷く。
「唯独り」を喪う、魂を穿つ程の憂い。
そしてそれ以上に湧き上がる、彼に芽生えた「慈愛ならぬ想い」に喜びを籠め、満面の笑みを浮かべていた。




