産霊(むすひ) 『神威乃流転と歩み征く 皆の掌に在る聖なる詩片』
銅鐸の音が鳴り響く。
始業の合図である。
慌てて教室に入ろうとする処を、凛とした佇まいで静かに歩く、気品ある、まさに姫のような生徒会長、「高照 秘女」に見つかる。
彼女は竜輝と視線が合い、見つめ合ってしまう……。
すると……全身から七絃の雷光と朱金の気勢を迸らせ息を荒げる。
静かに肩で息をして、山桜の実の様に頬を紅に染めたまま、今度は危険を避けるが如く、そっと視線を逸らし優しく告げる。
「ワ、『ワラワの神威』殿……息災で何よりでございます……。
あ、明日は、もう少々早きに来られると、良いかと存じます……」
二人が大きく頷くと、満面の笑みを咲かせる。
「いつもありがとう、秘女さん!」
竜輝のその言葉が彼女の胸中に鳴り響き続ける。
そして秘女は、ふたりが足早に去り行く後ろ姿を見送り、満足げに頷いて教室に入ってゆく。
「よし、間に合いました」
「もう、休み明けはよろしく頼むわよ、『ヤチ』」
苦笑いを浮かべながらも頷き、見回すと眼に入る、いつもの馴染みの顔ぶれ。
(相変わらず朝練の後で、足りないんだろうねゴハン。
扱かれ方も凄いだろうから……)
一番前の席、竹刀を背に、購買のパンを頬張る御氣彦。
顧問の先生は、目を見張るほどの美人と名高いが、怒らせると世にも恐ろしい、「降魔の火焔」と「雷神剣」を自在に放つ美香津先生。
(御氣彦、良くあの剣撃を受けられますね。
僕なんて『解放』しないと……。
剣技においては……とてもついていけません!)
前列右端、ひたすら画帳の上に、鉛筆を走らせている黒髪の乙女。
傍にいる透き通る紺碧の髪の乙女は、双子の妹、「鏡水 海音」。
(いつも朝日に照らされる月の絵ばかり描いているよね、瑞月ちゃん。
本当に……好きなのですね、掌を取り合いし『月と太陽』が……)
「あ! おにいさまぁっ! おはようですの!」
海音は、竜輝を見つけるや否や飛びついてくる。
(ミヅチちゃん……いえ、瑞月ちゃんと別たれし新たな……『海音』ちゃん……。
『意宇之國(あの頃)』からずっとこのままですね……!)
純粋で直向きな好意。
その真っすぐさに彼は思わず顔が綻ぶ。
「よし、席についてくれたまえ、今学期最後の授業だ」
「プリント配るよ! これ回してね!」
白衣姿で、眼鏡の奥に理知的な瞳が伺える担任「ルース」の言葉。
横でいそいそとプリントを配る、活動的だがどこか清楚な品のある、サイドテールの副担任「香」。
(先生の授業って、いつも教科書から外れていきます……。
なのに最後はちゃんとみんな理解できてしまいます。
『導き』がうますぎるのは……当然でしょうか……)
「では次は理科室へ向かう。花壇の横の通路から来てくれたまえ」
「うん、これで良いかしら? そう、よかったわ」
花壇に向かい話しかけ、土を器の様に整えて住まいを造り、植えた花に水をやる乙女。
横ではヘッドフォンを首から下げ、天を仰ぎながら頷き喋る先輩。
(あ! 『お花も喜んで』います、さすが宇迦野さん。
崇彦さんは……相変わらず「精霊神」を慰めて……さすがですね)
渡り廊下の向こう側、中庭で激しく稽古しているのは……。
(うわ、さすが下照さん!
あの美香津先生相手に、素手で全く怯まずに、むしろ押しているなんて!)
思わず上げた叫び声を聴き、「下照 導姫」は、満面の笑みで振り返る。
「あら、ちょうど良いわ!
『ヤチホコ』くん、あなたに『本気』出して相手して欲しいわ……!」
「導姫ちゃん、私たちこれから理科室で授業なのよ。
だからそれまでには向かわせてね! ふふ、じゃぁ竜輝、お先に、ね。
……『ボク』先に行くね! じゃぁね、『ヤチ』!」
楓と、今日はその内にいるスセリは結託して足早に去っていった……。
「ちょっ! 自分の方が無手は得手なのに……。
仕方ないですね……。
下照さん、僕は『これ』遣っても……良いのですか?」
「かまわないわ。パートナーの了承も出たし……師匠達!」
彼女がそう叫ぶと、木の上から彼女へと、迸る四大の霊力が注ぎ込まれる!
「――っ! 休み時間でそこまでします?
熱心にもほどがあります! カ、『カンナ』さん!」
乾いた金属音が渡り廊下に響き渡る。
それは、彼の「守護封環」が解放される音。
観る間に、透明に輝く権能が竜輝の身体中から吹き上がる。
同時に、背中の風呂敷から真輝銀の剣が眩く煌く。
「ひゅぅ! 流石は統治之神威。
でも、わたしは、『民衆』のままで……今の『神威』を超えてみせるわ!
はぁぁ! 迅き事白虎の如く……!!」
「待って、それは手加減が出来な――っ!
カ、神威之剣閃ーっ!!」
技のぶつかり合う激しい衝突音が鳴り響き、爆風が吹き荒れる。
「どちらも素晴らしき技でございますわ。
し・か・し!
ここは『神聖なる学び舎』であるという事……。
『聖なる怒り』にて……少々思い出させたほうがよろしいですわね?」
引きつりながらも笑みを浮かべる彼女の長髪が、鬟へと結い上がっていく……。
「いいえ、大丈夫です、もう思い出し……あ! 逃げたわね……!」
竜輝は彼女たちの隙を突き、全力で駆け出していた。
(彼女の『錬』の相手は、『あの刻』だけで……もう十分おつりがきます……!)
「はは、みんな相変わらずだね。
ここから『これ』で眺めるのが、一番面白いや」
そう呟く彼が左腕に装着した、あのバスと同様の煌く「緋緋色金」製の道具が、虚空を彩り、次々と学友の状態を映し出す。
彼はそれをつぶさに眺めては楽しんでいた。
観た目はあの『聡き石版』に酷似している。
画面から虚空へと浮かび上がる打鍵器に、指先から想念籠めると望みの場面が自在に映し出されていく。
画面に疾る真輝銀の煌き。
「ん? 通知……まぁそうだよね。なら安心だね……そして『彼女』も随分と……」
「美香津先生待って! ほら、観て下さい!
またオオトシさまが惑星大統領……『地上之王』だって!
あの娘も……随分と『万象之星母』が板についたみたいだわ……!」
「聡き石版」から虚空に浮かび上がる幻像……。
それは、良く知る「大倭乃国」……いや、今やこの惑星すべての大統領、地上之王オオトシ。
すぐ隣に追従するのは……ミチヒメによく似ているが、まさに星の聖母と呼ぶに相応しい、気品溢れる清廉で麗しい乙女。
「左様でございますわね。ほほ、この優雅な所作……。
ワタシとしましても……『作法を仕込んで差し上げた』甲斐がありますわ……!
さぁ、今は……貴女の方が『姫』らしくありませんわよミチヒメ……いえ、導姫さん」
二人とも遠く昔日に想いを馳せ、感慨深そうに幻像の彼女を慈しむ。
「もう、勘弁してよ『お義姉さま』。わたしはわたし。
復興した後は國なんて、皆のものよ」
美香津は、優しい佇まいながらも、少しだけ艶やかでいたずらな笑みを浮かべる。
「ほほ、彼の刻の『聖乙女』の威光……。
最早伝説を超え、『神話』となりて語り継がれましてよ」
導姫は、美香津の言葉に……「とある出来事」を思い出し血相を変える。
「お願い、それだけは忘れて、後生よ、お義姉さま……!」
力無く項垂れて長揖する導姫に、「此度の『錬』はこれまでにして差し上げますわ」と、美香津は微笑みを湛え軽く抱き寄せる。
「だよね、導姫……。
『彼女の事』、ぼくも本当に良かったと想うよ。
――っと、余興が過ぎた。本題を『覗く』か」
その様子を見つめる彼が、高速に打鍵器を叩きはじめると、過去の『詩片』が映し出されていく。
「……『智』を求める想念は、崇高なものさ。
たとえ『禁忌の情報』でも……。
真理を求めるこの『想い』は、ぼくだけの自由だからね!」
緋緋色金に輝く十二枚の翼を広げ、空中に寝転んで彼は喜びを顕す。
「すみませんお待たせしました!」
竜輝が慌てて席に着こうとすると、するりと鞄からあの手帳が飛び出す。
そして観る間に窓の外へと飛び出していく!
空白の詩面が捲れ上がる。
観えてくる最初の言葉……それは――
「ああ、そうさ、そうだよ。それこそがこの世界を――」
風に吹き上げられ、羽ばたき宙に舞う手帳を虚空へと『映し出して』言う。
それは、屋上で朱金の翼を広げ宙に浮かび、自由気ままにくつろぐ善男子、安日彦。
「参りましたね、まだ書きかけなのですが……」
そうは言いながらも、きっと手帳も「晴れの日」くらい、限りなく広がるこの天空を、『自由』に翔け廻りたかったのだろう……。
きっとそうだと、竜輝は、微笑ましい「想い」で見つめていた。
(誓いの言葉、貫いてますよ、創世之女神さん)
「……確かにその様ですわ。この、一行目、まさしく今の……」
遥かな遠く……この世界の「外」より、碧く輝き宙に浮かぶ美しい玉を見つめ、筆をおいて久しい彼女が呟く。
「……愛の想念。
そは無限の力なり。
『我が子』であり……『希望の器』たる『竜輝』。
あなたがその『想い』で顕して下さりました……。
しかしこの『詩片』は、まだ書き終えておりません……」
想いを籠めてゆっくりと創世之女神は告げる。
「ヒヒッ!
母さま、アイツは『想う儘』、面白い話を詠ってくれているようだねぇ!」
それは、色鮮やかで観るものを楽しくさせるような色彩。
「道化師の衣装」に身を包んだ彼女の息子が、楽しそうに笑みを浮かべる。
「ええ、そうねジェスター。
これからもきっとあの子はとても面白い話を詠い続けて行く事でしょう……」
そこで創世之女神はあらぬ方向を見つめる
「次は、あなたの想念を以ってこの続きを」
差し出される神呪――。「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」。
それは、すべての存在が内に秘めし無限の可能性、「無限乃希望」の顕現。
内なる荒魂、調和魂を……想念籠めて直霊して征けばきっと……。




