創世ノ零倭 『開闢(ひら)かれて 隆盛誇る 神威之文明』
刻は流れ、そして……。
――再び――。
「――きて。『起きて……竜輝』」
(ふふ、楓、それじゃ『ボクのヤチ』は起きないよ!)
「起きて……起きなさいってばっ!」
乾いた柏手の音が耳で弾けると同時に、急速に現世へと意識は還ってゆく。
反射的に飛び起きた彼の視界に飛び込む輝き。
それは、優しくも力強い……『あの刻』の言葉で言う「陽光」が眩く塞ぐ。
輝きを背にして、腰に掌を当て仁王立ちする乙女の影。
「楓ちゃん……そしてスセリちゃんでもある僕の……」
まだ覚醒しきっていない彼に対し、彼女は呆れ顔で微笑む。
「やっと起きた? もう、今日は何の日か忘れていないわよね?」
楓に急かされながら、竜輝は机の上に置かれた、美しい革表紙の手帳をめくる。
古びた、しかし輝きを失わない「無垢なる白紙の誌面」。
そっと指でなぞる様に触れる。
それは、遥かなる超古代。
「刻」を超えてなお、奴國の死闘の熱き想いを纏っている。
虚空にて、「主」から贈られた「自由なる未来」。
竜輝はそっと目を閉じる。
そして、「ヤチホコ」としての彼の刻へ、想念廻らせて、還る。
浮かび上がる情景……。
それは、祝福されし眩い光の中、主……「創世之女神」が優しく微笑み差し出した、空白の「聖なる詩片」。
「さあ……おゆきなさい。
これは、わたくしの指先が届かない、あなたたちだけの自由なる未来、『聖なる詩片』です。
そこに何を綴る、いいえ、『詠う』かは、あなたたちの想念に委ねましょう。
楽しみにしております……。
『我が子』の生長を……慈しみ観護る想念で」
(忘れるはずありません。僕たちが、想いを籠めて詠い直霊しはじめた物語ですから)
彼女は少し頬を膨らませるも、緋色の糸から想いを観じ取り、すぐに笑みを浮かべる。
「……うん。じゃぁ、あの刻の様に、ね」
掌にはすでに櫛が握られている。
そう。今日は『終業式』。
「ええ、お願いします。ごめんね、触れたらふと『あの刻』が……。
スセ、いや、この『刻』では……」
竜輝でも、ヤチホコでもある――人知れず、気の遠くなるほどの永き刻を、仲間と共に歩んできた彼。
依然として、折につけ、『あの本』に触れるたびに、幾度となく繰り返し浮かび上がる、夢ではないはずの――。
「『楓』でも、『スセリ』でも、『ナミ』でも……好きに呼んで良いわよ……。
そうよ、夢じゃないわよ。
『あの刻』は、私たちの想念の証。
……じゃぁ、髪を梳くわよ」
楓でもスセリでもある彼女が、静かに背後に回る。
慣れた手つきで『彼』の髪に櫛を通し始める。
遥かなる奴國同様、彼は座禅を組み、意識を集中させている。
梳くたびに光の粒子が極寒の粉雪の様に美しく厳かに煌き、観るからに清らかな気配に変貌していく。
二階の窓から吹き込む風は、「染井吉野」の仄かな馨しさを運んでいた。
風住まう外に浮かぶは……緋緋色金で出来た「天之鳥船」の定期バス。
煌めきを湛え緩やかに飛翔して通り過ぎてゆく。
道行く民衆が手にするは、覚醒した石版……「大地之鍵」とよく似ているが一回り小さい物。
それは、あらゆる色に輝きを放ち、想念の元、必要な事を自在に顕す、「聡き石版」。
遥かな大空を見上げれば、優しく観護る様に浮かぶ、途轍もなく巨大な城。
緋緋色金に輝く、「天超飛翔神威之城」……。
此処には、「神威之力」と「民衆の文化」が掌を取り合う、絶望の終焉を乗り超えた、「神威之文明」で紡ぎ出された世界が広がっている。
穏やかな朝。「あの刻」以上に、世界は美しく輝いている。
「急ぐよヤチ! 教導之神威さま達が待っているよ!」 「はい、急いで参りましょう!」
二人は学び舎へと駆けだした。
しかし「刻」はない。
詰襟姿のヤチホコは、制服を翻し走るスセリの腰を抱きかかえる。
「え、わっ竜、ヤ、ヤチ! そんな場合じゃ――まさか!」
「遅れますので、已む無しです!
行きます!
『神威之力 一念三千!』
我が業は、我が想念にて自在なり!」
ヤチホコが神呪を唱えると、透明な輝きに包まれ、二人は宙に浮かび上がる。
一瞬、世界が身震いし顕れる虚空。
次元の裂け目に映し出された、彼等が学び舎へと跳び込む!
「もう! こんなことして。またあの刻の様な事になった――」
彼女の言葉を優しく遮り、絶対の確信を以ってヤチホコは応える。
「大丈夫です!
たとえ僕の存在が、世界を乱す『歪み』であろうとも……。
僕が……彼の刻の、根源神威之妹であり、スセリちゃんであり、楓ちゃんでもある、貴女を……そして『世界のすべて』を愛する『想念』に限界などありません!
全宇宙、全時空、全次元を超えて……想いを顕し続けます!」
「やっぱりヤチって……今でもちょっとだけ……エパタイ!
ううん……ボク、わたくし……そして私も!
すべてを喪くしたとしても、この愛の想念だけは、ずっと離さない!
あの刻から今、そしてこれからも……。
『大好き』だよ(ですわ)(よ)……ヤチ、我が背、そして――『竜輝』」
二柱の想念が、天空高く放たれる。
すると、荘厳で清浄な氣力溢れる風が渦巻いて彼等を包み込む。
そして、「あの刻」以上に、山桜の花吹雪の如き、力強く美しい慈雨が降り注いでゆく……。
世界すべてが喜びを顕すかの様に煌いて応える。
邪魔はない。
自分達を盤上の駒として扱う存在さえも。
校門の横、滾々と湧く泉で穢れを祓う。
ふたりで同時に打つ柏手が鳴り響く。
打つたびに『精霊神』が快く盛大に柏手を還す。
その度に、己の四魂に力が宿ってゆく。
離れた処。
二人が虚空より降り立った……その刻から、漆黒のロングコートを羽織り、竹刀を抱えて仁王立ちで見つめ、「白金」の気勢を纏う存在。
「……ったく、また『バグ』か。
だがまあ……いいだろう、何せ今日は、晴れの場、『終業式』だから、な!」
彼は、自然と口角をあげ、微笑みを漏らし呟いていた。
「……珍しく生活指導の薩埵納先生、決め台詞言いませんでしたね?」
「今日は特別な日だから、『告発!』は、勘弁してくれたのよ」
そう話しながら二人は校舎へと入っていく。
「さぁ、今日もこれからを、目いっぱい楽しみましょう! 正しき想念で!」
竜輝はしかと彼女と掌を取り合い、光輝く『未来への階段』を駆け上がっていった。




