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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
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第36倭 流転 終焉(おわ)り 神威之文明 創世(はじ)まらん

「え……何? 大凬(レラ)も……大海(アトゥイ)も大焔(アペヌィ)も大地(モシリ)も……。

 草花からでさえ力強い氣力(トゥム)……いいえ、『神威』を観じるわ……!」


 四獣王を率いて、真っ先に降りてきたミチヒメが唖然とする。


「わぁ……本当です(ですの)! すべてが喜びを詠っているようです(いますの)、お兄さま(おにいさまぁ)!」


 次いで降りてきた瑞月(ミヅキ)が、内なるミヅチと共に感嘆する。


「……すごいわ……! 『瑞月(ミヅキ)』もミヅチも観じるかしら?

 砂の海……緑の豊饒の大地へと直霊されちゃっているわ!」


 遠き砂の大地の変貌を観じ取り、倉稲之魂(ウカノ=ミタマ)……キクリも喜びと驚きを同時に顕す。


「それだけじゃないよ! 山々の高い処も、寒いのに寒くない!?」


 新緑の翼をはためかせ、山頂を確認してきたスセリも驚いている。


「地上(ここ)より刮目せん直霊されし瞬間は……筆舌に尽くし難き荘厳さでした!

 皆さん、流石でした……!

 信じていましたよ、ヤチホコ……いいえ世界之王(カント=ルガル)。

 そして……良くぞ詠い直霊されましたね、人皇……!

 ご覧ください、あなたの詠い直霊された世界……!

 斯様にも生命の息吹と力に溢れ返り、美しく輝きを放っています……!」


 「天之磐船」より己の身体へと還りしオオトシが、地上から目の当たりにした超常の奇跡を、珍しく嬉々として伝えて来る。


「これは……!

 世界の理を担う精霊神(ヤオヨロズ)達がこんなにありありと姿を顕しているとは!」


 タカヒコは、精霊たちが喜びを顕し、踊り、営む姿に驚きを隠せない。


「やりおる、さすがは『我が孫』、と言っておこう。

 なぁミカツヒメや」


「フ、剣之神威(フツノミタマ)さま!?

 そのお姿は……!」


 観ると、ミカツヒメの愛剣、フツノミタマが神威の姿を成して顕れている。


「なに、少々、『この素晴らしき大地を踏みしめたい』……。

 斯様に想念(イレンカ)抱いただけであるぞ?」


「まさに……想い即顕さん世界……ですわ……!」


 世界の変容の素晴らしさを悟ったミカツヒメに、祝いの春雷と花吹雪が舞う。


「まぁ本当ですわ!

 フミルィもこうやって自在みたいですわ!

 うれしいっ!!」


 突如顕れし翼を湛えた巨大な女神。


「フ、フミルィ……!

 その、天翔神威(カンナ・カムイ)之乙女(=フミルィ)の姿!」


「造物主《アークマスター》!!

 あなた方は本当に素晴らしい事を成し遂げたのですわ!

 素敵!!」


 巨大な緋緋色金の翼をはためかせ、フミルィはヤチホコをあらん限り抱き締めて舞い上がる。


「わぁ! 待ってよボクも!」


 新緑の翼をはためかせスセリも必死でついてゆく。


「……素晴らしいな、この世界。オマエもそう想うだろう、ヒメ?」


「もちろんでございます。

 ――『母上』もそうお想いでしょう?」


 そう言って清廉な微笑みで宙を見つめると、虚空にタギリが顕れる。


「もう、理(ことわり)が変わり過ぎて、驚きを通り越して呆れちゃうくらいだわ。

 ヤチホコ、少し頑張り過ぎだわ……!

 でも……良くやりましたね……『竜輝』……!」


 フミルィと共に舞い降りてきて、その言葉に驚いて振り向く。

 他人の空似ではなかった。

 彼女こそ、竜輝たる自分と楓が、共に暮らしていた本当の母親、「綴詩《つづうた》 観那《みな》」その人であった。


「一か八かの……大いなる賭けだったの。

 あなたが『詩片』を遣い、神呪を詠い、『この刻』へ跳んでくるかどうかの。

 『あたし』はその為に……。

 向津日霊女(ムカツヒルメ)さまと九姿異祢沱乃日霊女(クシイネダノヒルメ)さま、そしてウガヤ兄さまから練り上げられた神威を受け取り、『木花開耶(コノハナ=サクヤ)』の権能のすべてを賭けて刻を超え……あの書物へ宿っていたのよ。

 あなたが目覚めるまでは『母親』として、ね。

 『楓』……あなたは……わかっていたでしょ?

 『永劫の流転』の中で」


 タギリはスセリに向かって話しかける。

 すると……。

 顕れたのは……スセリでもイザナミでもない。

 黄色味がかった撒き毛でも、深紅の長髪でもない。

 栗色の、ごく普通の尼削ぎ程の長さの髪の乙女。


「楓ちゃん!!」


「ふふ、この姿では……すごぉく久しぶりね竜輝。

 いいえ、『統治之神威《シュメールカムイ》』さま。

 観じていてくれたと思っているけど、私もずっと観ていたわよ。

 ――あなたの奮闘と活躍」


 スセリとは違い、ミチヒメの様に、ヤチホコよりも少しだけ大人びた佇まいで、「楓」は彼を労う。


「どうして……表に殆ど出て来てくれなかったのです?

 楓ちゃんの為に僕は……」


 微笑みながら楓はヤチホコ……いや「竜輝」の口をそっとしなやかな指先で塞ぐ。


「ほらほら、無自覚な毒を振りまく神威サマ!

 だめよ、あなたを想ってくれる彼女たちを慮らないと、ね」


 あくまでも穏やかに竜輝をを諭す楓。


「……スセリとは全然違う……のね。

 あなたが先の世のヤチホコくんのお姉さん……?」


 竜輝(ヤチホコ)の観た事もないような甘えて気を許す様。

 初めて目にするその光景に、ミチヒメは少しだけ悔しさを顕して腕を絡めとる。


「わぁ、こぉんな素敵な方をこんなに夢中にさせ……っ!」


 顔から火が出そうなほど赤らめて、ミチヒメは楓の口を塞ぐ。


「ごめんね。悪気は無いの。

 私には『弟』だから……。

 ついつい嬉しくって、ね」


 楓は微笑みを湛え、両手を合わせ目配せして少しだけ舌を出す。


「お姉さま?

 お兄さまが……先の世に住んでいた刻の……?

 わぁ、じゃぁ瑞月(ミヅチ)も、楓お姉様(おねえさま)って呼びますね(よびますの)!」


 その刻、突然新緑の旋風と深紅の暴風が巻き起こる。


「きゃぁっ! な、何ですか(なんですの)今の?」


 瞬時に楓だった彼女の髪色が、蒲公英の様な明るい黄色に変わる。

 湛えるのは新緑の瞳(スセリ)。


「あぁ!

 ごめんミヅキちゃんミヅチちゃん!

 ――だって「楓」ったら自分ばっかり、ズルいよ。

 ボクもヤチと……。

 ううん、みんなとゆっくりお話ししたいのに……あぁっ!?」


 今度は侵蝕する様に、夕焼けの陽光の様な深みのある紅へと変貌し、腰より下まで髪が伸びてゆく。

 湛えるは……深みがあるも透き通るような美しい『紅の瞳(イザナミ)』。


「わたくしもですわ!

 この乙女《メノコ》、一番後に『湧いた』くせに生意気です事。

 とはいえ、流転の最中、最も耐え忍んできたのも事実。

 わたくしを正気に還してくれた事も事実……。

 わたくしは、其方等のほとぼりが冷めるまで……。

 『我が背』との逢瀬は待ちて焦がれると致しましょう……」


「スセリちゃん、ナミ……。

 ごめん、また後でね。

 楓ちゃん……本当に良かったです……!」


 楓は、来なさいとばかりに軽く胸を叩き両手を開く。

 そして優しく竜輝を受け入れる。

 全てを成し遂げた今、彼ははじめて、楓の胸の中、伊弉諾《イザナギ》も希望之神器(ヤチホコ)も……統治之神威(シュメールカムイ)も世界之王(カント=ルガル)も神謡者(カムイ・ユカラ)であることも……すべてを脱ぎ捨てて、「ただの高校生の楓の弟」へと還りゆく。


「その『甘え』だけは……アタシが受け止めたかったわ……!

 でもまぁ、仕方ない……わね」

 

 「豊饒の母性(キクリ)」が赤子の頭を撫でながら、少しだけ残念そうにする。


「キクリ殿……!

 然らばワラワの無念、如何程か観じさせんといたしましょうか……?」


 ヒメは、彼との契りと誓いを慮り、唇を噛み締めて真紅の滴を一筋流す。

 己を雷光で罰したい想いを、必死の覚悟で彼女は耐えている。


「みんな、もう少しだけごめんね。

 私も……竜輝に少し甘えたかったから、ね。

 私、みんなの様な権能(チカラ)ないし、この『想い』にすがるしか無かったから」


 楓の穏やかに、しかし必死に吐露する「心情(ピリマ)」。

 聴き入った乙女は全員……何も言わず、一斉に静かに後ろを向く。

 「一蓮托生呪《イレンカ・シェアリング》」と言う絆でつながっている彼女達。

 楓から流れ込む想い……。

 それは、遥かないにしえより、「破壊の女神(イザナミ)」だった彼女の楔となり、幾度も繰り返してきた流転の記憶……。

 彼女が竜輝との再会を、どれほど永き刻を超えて待ち焦がれていたか……。

 伝わってきた瞬間、誰も何も言えなくなる。

 そして……むしろ「この刻を堪能して欲しい」。

 それが、乙女全員から楓へ齎された心の底からの想い。


「……ありがとう……」


 楓は、想いの丈を籠めて竜輝を抱きしめる。

 しばらくして、微笑みを湛えてゆっくりと、しかし名残惜しそうに離れる。


「じゃぁ……還すね!」


 そう言うと楓は、再びスセリへと直霊してゆく。


「……あ、あのさ、ヤチ……」


 竜輝にも、もちろん神呪を徹して、乙女達の真寧なる切なる想いが流れ込んでいる。

 それぞれが全力を以って命がけで、それぞれの想いで自分について来てくれた彼女達……。


(そうよ、その掛け替えの無さをわかる様になってきたのって……。

 素晴らしい生長だと想うわよ)


 彼の想いの変遷と生長を、認め称える楓の囁き(ピリマ)。


 ヤチホコは、乙女達の求める己の側面を、それぞれに合わせて懸命に顕す。

 そして全員に感謝を伝え、彼女達の想いを、一人一人真寧に受け入れてゆく。


「うん、じゃぁボクと今度大海(アトゥイ)を眺めに行こうね!」

 

 スセリは一緒にゆったりと海を眺めたいらしい。


「ミヅキ(ミヅチ)はね……お兄様(おにいさまぁ)と錬がしたいです(ですの)!」


 ミヅチは純粋に、憧れの「兄」と、少しでも長く一緒にいれればそれだけで幸せだと言う。

 そして瑞月(ミヅキ)は、「兄」の背中を、「掌を取り合える距離」で、純粋に追いかけたいらしい。


「『錬』ならわたしも……!

 でもね、わたしは……。

 ヤチホコくんの『大好き』な、あの馨しい乳(カフェオレ)……。

 あれをね、「法理の水」なしで作ってみて……。

 『二人だけ』で『一緒』に飲みたいわ」


 誰を相手にする事になろうと、ヤチホコの喜びになる様に伝える、ミチヒメの想い。


「……父様《スサノヲ》を思い出しちゃったら……。

 またこっそりと『抱いて』欲しい……わ!」


 そう囁きながら、最後は照れ隠しに冗談めいて、豊満な肢体で抱きついてくる、キクリの甘えたい想い。

 横で宙に浮かぶ赤子(アマム)は、らしからぬ苦笑を湛えている。


「……ヒメさん、何も願わなくても良いのですか?」


 喧騒を上空から眺め満足気に微笑むヒメに、瀬尾律姿のカンナが尋ねる。


「おかげさまでワラワは……。

 暫し目を合わせればすべてが満たされる故……最後で構いませぬ」


 そう言いつつ眺めていると、気付いたヤチホコに見つめられ、恍惚に至り全身を桜色に輝かせる。


「すでに六欲天を超えそうですね。

 見つめ合うだけで……なんて」


「カンナ殿、斯様な事は断じてヤチホコ殿には……!」


「打ち明けると宜しいですわ。

 今世の『我が背(ナギ)』も……。

 そろそろ解せん年の頃になりつつありましょう。

 申してみては?」


 間隙を縫った唐突なるイザナミの進言(ピリマ)。

 完全に不意を突かれたヒメは言葉が詰まる。


「イ、根源神威之妹《イザナミ》殿!

 如何様にしてここに?」


「そこな『法理の娘(カンナ)』なら解るでありましょう?」


「……はい。

 霊性乃身体(ヌプルケゥエ)になり、己の氣力(トゥム)で具現化されたのではと」


 少し畏まってカンナは応える。


「……斯様な術が……!」


「ふふ、如意宝珠(イレンカ・タㇰ)の乙女《メノコ》。

 其方中々に攻め好きの様だ、の」


 廻らせし想いが筒抜けて、ヒメは稀にみる狼狽(うろた)えっぷりを披露する。


「ア、ナ、何をおっしゃりまするか……!

 ワ、ワラワは決して良からぬ事など……」


「ほほ、語るに落ちているわ、「宝珠の娘(ヒメ)」よ」


 何処でも如何様な存在でも、乙女三柱集まれば賑やかなのは……。

 古今東西変わらぬ真理なのであろう……。


 その刻、天より静かに響く神威之啓示(カムイピリマ)。

 それは……御柱に遺りし「天火明」からである。


「……今暫しの間であるならば……。

 『我等』日向《ひむか》の英霊のみで支え切れるであろう。だが……」


 告げられた真実……。

 世界之王(カント=ルガル)と地上之王(モシリルガル)が還らなくば、世界の安寧の象徴、「御柱」が消失してしまう事……。


「……そう、です、か……。

 いいえ!

 そうすればこの『世界』を護り続けられるならば……僥倖です!」


 真っ先に彼に抱きつく影。

 ミチヒメ。

 そしてスセリ。


「なんで! なんでなのよ!

 ヤチホコくん、ううん、『竜輝』……くんも!

 こんなに頑張ったのに……!

 『創世之女神(アシュナン)』すら救われたのに……。

 なん、で……よぉっ!! 」


 跪き、大地に両の掌を叩きつけるミチヒメが響かせる絶唱(ピリマ)。


「ヤチ……やっぱりヤチはエパタイ(ばか)。

 でも、ね……今ならきっと……。

 『ボク』も同じこと、するよ……!」


 溢れ出そうな熱い滴を堪え、想いの丈を抱擁に顕し、静かにスセリは離れる。


「……私(わたくし)だけで罷り徹せませぬか、火明さま?」


 オオトシからのヤチホコを慮る提案(ピリマ)。


「天神地祇人皇(アン キ ルーガル)揃いて初めての御柱。

 揃いて初めて十界の顕現叶いしなり……」


 申し訳なさそうに伝える火明の応答(ピリマ)。


「……火明さま……『刻』はどのくらい遺されているのでしょう……?」


 ヤチホコの問いに、火明は静かに思案し、応える。


「……大地(モシリ)すべての存在……。

 そして最後の告発の担い手(サタン)の働きが偉大なり。

 今暫く……幾度か日が廻る程は持つであろう……」


「……では、その間に……。

 先ほどみんなから聞いたことを……全部やりましょう!」


 離れ難い気持ちで溢れている自分達に対し、相手の事だけを想ったヤチホコの慈愛(ピリマ)。

 全員がヤチホコ目掛けて飛びついてくる。

 そして想いの丈を涙に変えてあらん限り顕す。


「くそっ! 火明よ……。

 オレとオオトシさまだけで……なんとかならぬのか?」


「そなたこそは、この世界に住まう『生きとし生けるもの』の王。

 王が國に居なくて如何様にせんと?」


 火明によれば、「善かれの想い(イレンカ)」を以って、彼が民の先に立って歩むほど、「御柱」は強さを増して盤石になると言う。


 その刻七絃真理を輝かせ、溢れんばかりに涙を流したヒメの「神威之啓示(カムイピリマ)」。


「皆の! 『観え』ました!

 遺されしワラワ達の……。

 『艱難辛苦を超えし、真寧なる歩み』にて……。

 ヤチホコ殿もオオトシ殿も還りし事叶います!

 今暫しの事、故……。

 皆笑みを……笑みを湛え……見送らんと……っ……っ!! 」


 言い切る直前、放たれた七弦の虹光が、真輝銀の棚引く輝きを求めて彷徨い霧散する。

 皆の先導として気丈に振る舞うも、耐え兼ねて言葉に詰まり嗚咽に咽ぶヒメ。

 ヤチホコが静かに歩み寄る。

 奔流となって流れくる、ヒメの精一杯の慈しみ、感謝……。

 そして「愛の想念(イレンカ)」……。

 その、「神威への崇敬」を超えた「想い」をヤチホコは強く観じ取る。

 そして彼女と同様の想いを湧き上がらせて胸に抱き、彼女をしかと抱擁する。


「ヤ、ヤチホコ……殿……!

 あぁ……こんな『想い(イレンカ)』を頂いて宜しいのでしょうか……?」


 観るとヤチホコの頬にも一筋伝う涙。


「ありがとうございますヒメさん……!

 実は……。

 僕は……僕も……!

 言葉になんて言えない位に……。

 寂しかった……苦しかった……です……!

 でも! ヒメさんの『予見』で希望を得られました!

 僕とオオトシ兄は……『皆を信じ安心して』待っています!」


「ヤ、ヤチホ……っ!」


 此処まで神呪の成就の為、気丈に振る舞ってきたヒメの想いが完全に折れ、堰を切って溢れ出す。

 ヤチホコは、彼女の想いを観じ合い、重ね合い、同様の想いを溢れさせる。


「……も、申し訳ございませぬ……!

 つきましては如何様なる罰も……」


 我に還り狼狽するヒメの口伝に漏れる「猛省(ピリマ)」。

 静かにヤチホコは立ち上がり、彼女を見つめる。


「……では申し付けます……!

 『皆を導き』、必ずやまた『お逢い』出来るよう努めて下さい……!」


 ヤチホコは、そう優しく告げ、もう一度、今度は彼女を見つめてやさしく抱擁する。


「こ、これは……斯様な褒美頂きしは……!

 如何なる困難待ち受けようとも必ずや……!」


 七絃に雷光を迸らせるヒメの誓願(ピリマ)。

 彼女を微笑ましく見つめる虚空の二柱。

 根源神威之妹(イザナミ)と瀬尾律たるカンナ。



「……ご存じでしたね……イザナミさま?」


 カンナの確信(ピリマ)にイザナミは、静かに、少しだけ寂しげな微笑みを浮かべる。


「……ふん、『法理の娘(カンナ)』。

 それはそなたもでございましょう?

 故の虚空での姦しさ……でしたわね?」


 カンナはその言葉に耐えきれなくなり瞳を潤ませる。

 

「……ええ、『我が愛すべき主』は……。

 必ずや選んでしまうでしょう……。

 その瞬間、傍より退く事……。

 ヤチホコ様の『神剣(アメノオハバリ)』として、許されぬ振る舞いなのは……重々承知の上です」


 頬を凪ぐ優しい風。

 意外にも慰めるような根源神威之妹《イザナミ》の還り言(ピリマ)。


「全て成し遂げし後故、わたくしも、誰も咎めませんわ。

 さてそれよりも……『法理の娘(カンナ)』、『宝珠の娘(ヒメ)』の予見は如何んと?」


 カンナは桜色の髪を震わせて、イザナミの掌を取って軽く飛び跳ねる。


「……ヒメさんから私だけに伝わってきた『予見(ピリマ)』です。

 『棄てられし原典の残滓、詠い直霊致せり刻、叶う』そうです!」

 

 嬉しさを満面の笑みで顕し、カンナは髪を揺らして大きく頷く。

 

「……であれば、わたくしは『待つ』と致しましょう。

 今は、『世界(カント)』に涌いて間もなき乙女(メノコ)達に……『刻』を譲りますわ」

 

「……もっと嫉妬深いと思っていました。

 慈悲深いのですね」


 本心から感心してカンナは進言する。

 

「少々無礼ですわ、法理の。

 これでも根源神威……『万物の母』、でしてよ?

 『子等』の幸せを願わぬ『母』がどこにおりまして?」


 失言とばかりに軽く舌を出し、すぐさま真寧な想い籠めてカンナは長揖する。

 

「……伝承など……あてになりませんね。

 この眼で観、この耳で聴き、この想いで観じた事から申し上げれば……。

 イザナミさまは、少々不器用ですがとてもお優しいお方だと存じます」

 

「ふん……。

 剣と直霊されし故か、ずいぶんと強かになりましたわね、『瀬尾律』や」


 イザナミは、言葉と裏腹に、その表情はとても晴れやかで喜びを隠ない様である。


「……おそらくは……。

 我が背(ナギ)達の還るための試練……。

 そなたにも関わりある事にて……為されますわ……ね?」


 流石は、とカンナは感嘆する。

 

「さて、迷い晴れしならば、今宵は宴と参りましょう」


「実に妙案かと」


 眼下に広がるは……神威息衝く……。

 いや、「神威と成りし意宇之國」の風景。

 映りしは、「乙女達に連行される統治之神威」の姿。

 

「これで良かったのですわよね、『ナギ』……?」


 最上の慈しみを籠め、イザナミは、直霊され泥臭く直向きとなった前乃世の、「己が背」を見つめて囁く。



 夜の帳が降りはじめ、静かに空に星々が瞬き始める頃。

 叙事詩に顕し直霊し、誰もが訪れる事の叶う、「自由都市露絲(ルース)」。


「……ふむ。面白いものだなやはり。この『世界』と言うのは」


 先程の、「神威乙女《カムイメノコ》」達の語らいを認(したた)め、感慨深くアビヒコは言の葉に顕す。


「なぁにアビヒコ?

 好きな乙女(メノコ)でもできたの?」


 万事屋ルースに戻り一息ついていたアビヒコを、彼の母である香《シャン》の揶揄うような質問(ピリマ)。


「え? い、いやそんなんじゃなくてさ、この世の理って言うか……」


「格好つけなくて良いのよ!

 善男乃子(ヲノコ)たるもの、惚れた乙女(メノコ)の一人や二人いないとね!

 はいこれ今日の夕食よ」


 嬉しそうに、鼻歌混じりに香は部屋を後にする。


(……なるほど……。

 これは……『告発の担い手(サタン)』すら直霊される訳だ。

 『母は強し』……まさに伝え聞く通り)


 興に乗り筆を認めていると、父ルースに呼び止められる。


「おぉ、アビヒコ、どうだ? この新たに造りしこの道具?」


「良いと思うよ。……どうかな父さん?

 ここをもう少しこちらにずらしてみては?」


 ルースはなる程と膝を打ち、さっそくとりかかろうと工房へ去ってゆく。


(ありがとう原初之女神(かあさん)、真理の導き手(とうさん)。

 ぼくは、キミ達のおかげでこうして素敵な毎日を過ごせているよ)


「その程度、あらゆる『生命の器』、『すべての根源(オピッタ=ストゥ)』に対して当然でございますわ」


 音もなく歩み寄るは、今はラィラと名乗る姿へと、香より顕現した「原初之女神(リリス)」。


「そう言ってくれるのも嬉しい。

 これだけ多様な『想い』が生まれる世界……。

 『護れて』本当に良かったと思っているよ」


「誇りに思いましてよ、『十界の顕現の一柱(アビヒコ)』。

 そして……新たなる『真理の導き手(ルシファー)』……。

 あなたは……あなた方は……わたくし達が叶えられ無き想いを見事顕しました。

 それはとても素晴らしく尊い事ですわ」


 優しい月明かり(クンネチュㇷ゚)照らす夜。

 アビヒコはリリスを見つめ、彼女とともに歩いてきた悠久の刻を、心底誇りに思っていた。



――『神威(カムイ)の流転と聖なる詩片』其之壱、『神威息衝く古代國』編、心願成就――

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