第33倭 左右の慟哭 岩戸を開闢直霊せん
「逃さぬ!
『我の』主の元へ、如何なる者も近づく事なかれ!」
天界の最深部、次元の裂け目から響くのは、全宇宙を規定する重圧。
十枚の白金の翼を携え、絶対的な神聖さを纏った「告発の担い手」が、「現人神威」となったルースと共に、錐揉みしながら追随して舞い降りる。
彼が発する言の葉。
それは、発するだけで事象を確定させる「原初乃八卦」の原典、『神威ノ言霊』。
ヤチホコ達の「想念」さえも凍りつかせ、刻を止めたかの如く十柱の動きを封じる。
サタンは、不完全な「詠い直霊」を断固拒絶する。
彼にとっての世界とは、「主が定めた完璧な円環」。
「自由意思」が歴史を書き換えることなど、あってはならないとばかりに、「絶対的な法則」として厳格に冷徹に立ちはだかる。
サタンの攻撃は熾烈を極める。
彼が「消えよ」と想えば、その言葉は世界を書き換える法則となり、ヤチホコたちの存在そのものを「欠陥」として修正にかかる。
「汝等の存在、それ自体が許されざる罪なり……!」
サタンより放たれる、絶対記述による「消滅虚無の波動」。
「まかせたまえ! この技には矛盾など存在しない!
『希望乃守護天蓋』!!」
希望之一閃の際に受け取りし、纏め上げられた十界の氣力。
その全力を以って、ルースは究極の防御を展開する。
想い籠めて焼成された緋緋色金に阻まれ、サタンの波動は光に包まれ浄化霧散し、世界へと静かに還りゆく。
忌々しげに口の端を噛み締めてその様を睨む、告発の担い手が発す魂の咆哮。
「無に帰すことさえ、我の許しが必要なり……!
汝等に救いなどない。
――ましてや、ましてや……!
真理の導き手に連なる者どもなど……!!」
先程己が分身によって暴露された前乃世。
悠久の昔日より抱きし「母」への想い。
想いが……溢れ還る……迸る……開闢かれて逝く……!
「斯様な存在蔓延りし世界など……必要ぬ!
全て虚無へ還るが良い!!
ぬぅぉぉぉおおっ!!
『創世終焉之虚無』!!!」
激昂した告発の担い手は、己の全霊、全魂の質量を滾らせて猛り狂わせる。
自神を形造る総て限界を超えて暴走させる。
「――まずい!
アイツめ、己の全てを賭してこの宇宙、いや『次元』自体を……!」
「な、何?
世界が……虚空に裂け目が!?」
無限ともいえる静謐な空間。
そこに浮かぶ、巨大な美しい紺碧の宝珠、「世界の礎たる大地」……。
それらすべてが顕れし「終焉の虚無」の咢に呑み込まれようとしてゆく……。
空に浮かぶ星々が消え、足元に広がる銀河が消滅してゆく……。
浮かび上がり翔け抜けて逝くのは……彼の執念の結晶達……。
「道化師の我執」……「管理者の承認」……。
別次元での「淫蕩」……。
己自神の「霊的堕落」への落胆……。
禍々しき想念を取り込み喰らいたがる貪食……。
「主」への想いを渇望する「強欲」……。
そして断末魔でさえ想いを顕せない「虚栄之虚飾」……。
最後に翔け抜けて逝くのは……。
「傲慢」なる導き手への「嫉妬」……そして「憤怒」……!!
十界の顕現すら呑み込まんと「終焉之虚無」がその咢を開けた瞬間。
「――造物主!! フミルィの影へ!!」
一行の前に立ちふさがる翼の女神。
全次元を飛翔する権能を全解放し、総ての波動を久遠の彼方へと飛翔させる。
足元に開けし虚無の咢が彼女を容赦なく呑み込んでゆく。
「フミルィ!! やめるんだ!」
響き渡るヤチホコの絶叫。
「アーク……マス、ター……ご無事で……良かった……です……わ……」
煌く緋緋色金の破砕片となり、天翔神威之乙女は虚無へ還って逝く……。
「いやです! ダメです! 戻ってきてくだ……!!」
彼女を追いかけようとするヤチホコを、タカヒコが抱えて止める。
「まだだ……!
統治之神威よ、観じるが良い……!
魂は……永遠不滅……なり……!!」
穏やかに伝えるも、握りしめた拳からは、忍辱の証が朱く滴り落ちている。
そしてタカヒコが己の権能を発する。
それは、遍く精霊神達の声を届けし禰宜が齎す、真寧なる神威之啓示。
(……造物主……。
今は……今だけは……『先』だけを見つめて……ですわ……!
フミルィも……『想い』はアークマスターとともに……)
「……『大切なあの子』護れたから……良かったわよね、フミルィ……?」
赤子をしかと抱きしめ、熱い滴を一筋流す倉稲之魂の言伝。
嗚咽する瑞月と内なるミヅチ。
彼女との、幾重もの旅の想いが溢れ返り、涙が止まらないミチヒメ。
スセリとヒメは……真寧なる想いを籠めて祈りを捧げている。
「……腕の枷鎖……ですわ『我が背』」
イザナミからの穏やかな激励。
「実にその通りかと……我が神威、何卒……!」
ヒメからの、「神威としての自分」への崇敬。
静かに頷くヤチホコの眼に、輝き直霊す自然の紅。
その眼で迷わず見据える先……。
今なお暴走し続けるサタンの虚無。
その絶望の波動に対し、必死に叫ぶルース。
それは、怒りなどではない、サタンへの純粋なる心配……!
「開闢の真理を『還し直霊』するだと!?
やめるんだサタン!
お前まで終焉之虚無へ呑み込まれるぞ!」
己を遥かに超越した「禁断の真理」の行使……。
その絶望を超えた執念の、「世界の拒絶」に対し響き渡るルースの絶叫。
意を決し、振り向きざまルースはとある処へと翔けてゆく。
それは、外界の全てと断絶された「想念岩戸」。
その断絶の玄室の前にルースは立つ。
「創造主、いいえ、『創世之女神』よ。
――私の最愛だった女神よ。
今、私は……。
あなたが捨てきれなかった、『愛の想念の結晶』と共に、苦楽混濁した地上で生きている。
私への愛……産み直霊してくれた想い……。
私の胸中には、貴女への感謝で溢れている。
しかし今、私と共に産み直霊されたはずの告発の担い手。
彼は、全てを無に帰そうとする程の絶望の極限に立たされ『泣いている』!
お願いだ!
『母』としてで……良い……。
彼の『魂』を、労い、慈しみ、『愛の想念』で抱きしめてくれまいか……?」
ルースの慟哭。
それは、絶望の淵に瀕した兄弟への、息子から母への懇願。
彼女の動揺と狼狽を顕す様に、世界すべてが激しく鳴動する。
やがて、鎮まり還り、静かに外界と断絶していた岩戸が開闢かれてゆく。
顕れたのは……ラィラと瓜二つの女神。
荘厳にして清廉……それすら超越した存在であった……。
「あぁ……真理の導き手……。
ずっと……想っておりました……。
あぁ、原初之女神と共に……。
そう、でしたか……。
根源神威……。
わたくしが産み出した創世の賢者、『希望の詠い手』……。
そしてわたくしが見限り、廃棄を決意した『バグと言う名の希望』よ……。
わたくしが眼を背け、内なる綴りに没頭せし間に……。
サタンはこんなにも懸命に……。
わたくしの綴りし記述を護らんが為に……」
アシュナンは、静かに、「終焉之虚無」と化したサタンへと歩み寄る。
そして持てる限りの慈しみを籠めて伝える。
「……ありがとう告発の担い手。
もう、大丈夫、良いのです……。
良くぞ、わたくしの想いと綴りし世界、護らんと身命を賭して下さりました……。
『母』は、貴方の全てを誇りに想います。
……おいでなさい、わが胸に」




